間話 暗躍
「ーー何故だ。何故」
全身に包帯を巻いたルーベルトは、ベットの上でぶつぶつと呟いていた。
両手で覆った指の隙間から、爛々とした瞳が天井を睨んでいる。
騎士の懲罰房ではなく客人用の部屋に入れたのは、セティアの温情なのだろう。
が、今はそんな事はどうでもよかった。頭を埋め尽くすのは、ただ一人の存在だけ。
「ふざけやがって……あの厄病神め」
ぎりっと歯を鳴らした。
本来なら、蹂躙されるのはアクシルだった筈だ。
セティアから指示を受けた時、なんと好都合な展開だと笑うしかなかった。
今までローグに守られ、手の出せなかった厄病神を殺せるチャンス。
そう、思っていたのにーー。
脳裏に浮かぶのは獣の醜悪な顔と、見下ろして嘲笑うアクシルの顔。
「今度こそ、殺す」
家族のように接してくれる二人の居場所を奪い、命すら奪った憎き存在。
嫉妬心を抑え込んで祝ってやった。兄のように接してやった。そんな恩を仇で返した屑は、生きる価値などない。
拳を握り締め、ルーベルトは立ち上がった。
明日になればセティアにどんな処罰を受けるかわからない。
ーー今夜、殺るしかない。
決意を固めて扉へと向かって歩を進める。
そんな時、
「ーーッ!?」
背後に湧き上がる気配を感じて目を見開いた。勢いよく振り返ると、いつの間にか老人が壁際に佇んでいて。
よく見て、それが契約の儀を執り行ったトリントという精霊術師だと気がついた。
「ほほほ。やはりバレてしまいましたか」
「てめぇ、なんでこんな所にーー」
扉は反対側、窓は固く閉ざされているのにどうやって。
疑問に眉を顰めるルーベルトに、トリントは馬鹿にしたように笑った。
「いやはや、実は邪魔になる存在を抹消せよ、と命令が下されてしまいまして。……面倒ながらやってまいりました」
「そうか。ーーなら先にてめぇを殺してやる」
あっけからんと答えるトリントに、ルーベルトは反射的に飛びかかった。
鍛えあげられた拳で殴り飛ばされれば、老人の身などひとたまりもないだろう。
精霊術を使わせる間も与えず終わらせてやる。そう意気込むルーベルトに、大きく嘆息した。
「ふぅ。野蛮な人間は嫌いでしてね」
その言葉と同時、呆気なくルーベルトの頭だけが宙を舞った。
「……ぁ……?」
攻撃の素振りすらなく、身動き一つせず命を奪ったトリントは血の噴水を笑顔で眺める。
何が起きたのか分からない表情で床に転がり、遅れて胴体が床に倒れ伏した。
血溜まりを踏みしめて死体へ歩み寄り、トリントは感情の籠らない瞳でルーベルトだったモノを見下ろす。
「……蛆虫のような命、多少は役立って死ねたのだから本望でしょう」
事切れたルーベルトに死者への礼をして、傍に浮かぶ靄に目を向けた。
「アクシル様は精霊との契約を無事完了しました。この後は如何なさるおつもりで?」
トリントの問いに応えるように靄が揺らめく。
暫くそれを見つめ、深く頷いた。
「畏まりました。ーーあなた様の仰る通りに」
それを最後に、靄がトリントを覆う。晴れる頃にその姿は露と消えていた。