十一話 伝言
一番近くに居た敵が振り下ろす剣を、身を捻って躱す。
そのままの勢いで回し蹴りを食らわせた。
脇腹へ見事にヒットして壁に吹き飛ばされる敵からすぐさま視線を離し、しゃがみこむ。
剣が頭上を切り裂くのを確認、勢いよく立ち上がって背後の敵の顎に頭突きを食らわせた。
「な、なんて野蛮な戦い方だ」
「襲撃者には言われたくない、な」
言い返しつつも、肩を狙った攻撃を剣でいなす。
命を奪わないよう脚を斬りつけ、その傷口を容赦なく蹴り上げた。
痛みに倒れる姿に、アクシルは内心拍子抜けしていた。
ーー豪語したわりにはあまりにも弱すぎる。
周りを見回すとまだ五、六人は残っているが、気後れしているのが見てとれた。
「まだやるのか?」
「く、くそ……予想外に強いな」
「いや、むしろお前達がどうやって侵入したのか疑問に感じるぞ」
アクシルが肩を竦めると、敵達はぐっと息を呑んだ。
そもそも、一人がアクシルと斬り合っている間は周りの敵は大人しく待っているのだ。
それでも一人一人の能力が高ければアクシルを倒すことは出来たと思うが、いかせん騎士家出身のローグにしごかれた身からしたら、子供に付き合っているようなものだった。
伊達に幼い頃から木刀で殴られたわけではない。
「で、お前達がどんな卑怯な手を使ってローグを倒したか知らないが、きっちりと全て話してもらうぞ」
一番近くに伸びていた者の襟を掴み、引き上げようと力を込める。
「予想外。ーーだが、次のプランがある」
何か企むようにニヤリと口元が歪んだかと思えば、忽然と新しい存在が現れた。
他とは違う赤いローブをかぶり、少し小柄な者は周りを見てため息を吐く。
「やっぱりこうなるかぁ。大丈夫? 今送るね」
アクシルが反応する前に、赤いローブは指を鳴らす。
瞬間、激しく風が吹き荒れて廊下全ての窓ガラスが砕け散った。
思わず目を瞑って身を屈めた。
「ッ!?」
しばらくして風が収まり視界を確保すると、地面の集団が消え失せていて。
唯一残ったのは新手のローブの者のみで、アクシルはしてやられたと歯嚙みした。
「……魔術師、それとも精霊術師か? 」
「もちろん、秘密だよ」
「ならいいさ、後でゆっくりと聞き出せばいい。捕虜が一人いれば十分だからな」
剣を構える。
「ちょ、ちょっと待って。今は戦いに来たわけじゃない、伝言を預かっているんだ」
慌てたように静止する者の声をよく聴けば、それは女性の声で。
眉をひそめて次の言葉を待つと、胸を押さえて安堵の息を吐いた。
「あるお方がね、大切な者を返してほしくば大広間に来い。直々に相手をしてやろう、っていってま……よ?」
「なにが目的なんだ。叔母様か、それとも俺か?」
「ん〜、それは直接聞いてよ。ーーじゃあ、私はちゃんと伝えたからね?」
そう言い終えると、アクシルに背を向けて割れた窓へと向かう。
「ま、待て!」
アクシルが追いかけようとすると、逆風が邪魔をした。
確認の為にちらりと一目見て、そのまま三階の高さから飛び降りる。
逆風が消えて追いつくと、すでに下には誰も居なくて。
そこで、ふとある事に気がついた。
「誰も、居ない?」
敵が居なくなったのはいいが、襲撃にあったというのに何処にも人の逃げ惑う姿が無いのだ。
それどころか話し声すら聞こえてこない。
夕暮れが屋敷に不気味な影を落とし、思わず身を震わせる。
「とにかく、行くしかないか……」
深く息を吐き、ローグを思い浮かべる。
他の使用人は内心どうでもいいが、ローグだけはずっと味方で居てくれたのだ。
そんな人を見捨てるわけにはいかない。
己に言い聞かせ、アクシルは廊下を駆け出した。