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第9章 おねえちゃんといっしょ

「いやぁ、買い物、滞りなく済んだなぁ。よかったなぁ」

 ベルタさんは棒読みで言いました。目は死んでいます。

「神が途中でお腹痛くなったり、肉買う言うてるのに魚持って来たりとか、それだけで済むなんて、人の子が呪いになんか負けへんって証明になったな。やったで」

 棒読みです。やっぱり目は死んでいます。

 買い物の帰り、アシャさんはうつむいたまま、とぼとぼとバス亭から家までの道を歩いていました。ボクとベルタさんはそれに続いています。

「すまない……。うっかりマグロの刺身を持って行ったのは、反射的に特売に反応してしまったからだ……。お腹が痛くなったのは……できるだけうっかりしないようにしようと考えていたら、だんだん痛くなってきて」

「神経性か……。神霊、外からの影響はそう簡単には受けへんはずなんやが」

 自分のメンタルには負けるみたいです。

「うわ」と何か見て呟くベルタさん。

 何事かと思って視線を追えば、『メゾンふたつぼし』の前に見知った顔がありました。

「帰ってきマシタ!」

「おかえり。晶くん」「おかえりなさいですぅ、お兄ちゃん!」

 パティさんに、スズ姉さん、ギンちゃんがいました。

 シャツにショートパンツ、赤いスカーフと、なんだか活動的な普段着のパティさん。

 横に立つスズ姉さんは夏場だけど、ロングスカートに長袖の対照的な服装でした。

「フ……どうした? 鈴金」

 買い物袋を手に前に出るアシャさん。

 もうお腹は痛くないみたいで、太陽のように自信に満ちた視線をスズ姉さんに向けます。

「残念だが、既に我の勝利は決まっている。天則によらずとも、我にはわかる。だが、神に敗れたとて、人の子が気に病む必要はない」

「なんで、ドヤ顔やねん。神」

「さすがはアシャちゃんだわ。もう買い物に行ってきたのね」

「……一人やったら、まだ買い物始まってもなかったやろうけどな」

「それよりも、スズ姉さん。何か用でしたか?」

 スズ姉さんたちはボクたちの部屋がある二階から降りてきていました。

「え!? 用? そんな、用事なんて……」

「どうしてそこで誤魔化そうとするんデス? ショーを買い物に誘おうと思っていたんデス」

「パティちゃん!? それは……確かにそうなんだけど」

 気まずそうな顔をして、アシャさんを見るスズ姉さん。

「よく考えたら、そうよね。一緒に買い物に行こうなんて、アシャちゃんに申し訳ないわ」

「なるほど。我らは神と人。しかし、好敵手」

「そっちの意味じゃないと思うんですけど……」

 スズ姉さん、引き続き、ボクとアシャさんが恋人みたいな感じだと思ってる……。

バットでもでも、ショーは審査員なんだから、どっちかに肩入れするのはよくないと思いマス! 自由フリーダム! そして、平等エクアリティ!」

「パトのわりに道理の通ってるけど……。わたしもアシャもおらん状態はあかんやろ」

「何か問題が……シット……」

 言われてみれば、パティさんもベルタさんもスズ姉さんが星守だということを知りません。

確かに……ベルタさんからすると、パティさんがいつでもボクを殺せるように見えます。

「ん? じゃあ、今、ベルもチャンスだったじゃないデスか!」

「いや、我がいたんだが……。確かに我はうっかりするが、これでも神で……」

「……ソーリーゴメンベリーソーリーほんとゴメン

「詫びるな、人の子! 憐れむな!」

「もしかして……晶くん。すごくこじれてるの? こじれてるの?」

「なんでスズ姉さん、目をキラキラさせてるんですか」

「ともかくだ。対決するという都合、我はついていくことができない。我も反対だが……」

「でも、パティさんはもう殺そうとしてこないと思いますよ。それに……」

 アシャさんに耳打ち。

「スズ姉さんもいるんです」

「確かに……。もし、パティが乱心したとしても、鈴金なら汝を護るだろう。何より……怖い」

 アシャさんはハッとした表情を浮かべました。

「ならば……我は? 我という存在は……」

「お、お土産にアイスとか買ってきましょうか?」

「子供を嗜めるような気遣いはやめてくれるか、主よ……」

 しょんぼりするアシャさんを見て、それなら、何をおみやげにすれば、アシャさんの心を慰めることができるのかなとか考えていると、服の裾を引っ張られました。

 振り向けばギンちゃんが見上げています。

 何か言いたそうにしながらも、モジモジしてるギンちゃん。

「どうしたの?」

「あの……。ギンも一緒に行っていいですぅ? この前、お兄ちゃんにあんなこと……」

 思わずギンちゃんの頭を撫でました。

「お兄ちゃん?」

 殺されかけたことはともかく、ギンちゃんがスズ姉さんのことを思ってやったことはわかっています。ギンちゃんは本当に優しい子。

「一緒に行こ」

「お兄ちゃん!」と、ギンちゃんの顔がパッと輝きます。

「お兄ちゃんの優しときたら、バファリンの八万倍に相当しますぅ! 半分が優しさできてるので、単純計算で四万錠ですぅ!」

「それはいくらなんでも言い過ぎじゃないかな」

 抱きついてきたギンちゃんの頭をポンポンと撫でました。


   ◆ ◆ ◆


 そして、ボクはさっき行ったスーパーにもう一度来ました。

「わたしは魚を使っちゃお。アシャちゃんには内緒ね」

 唇に指を立てるスズ姉さんを、カゴを手に眺めます。

 一緒に来たパティさんとギンちゃんはスズ姉さんの指示で別のコーナーに向かっていました。

 さすがはスズ姉さん。ギンちゃんと一緒に買い物に行くことに慣れています。

「あの服を着るためのダイエット料理なのよね。なら、これからも飽きずに食べることができて、満足感のあるものにしないと」

「なるほど……」

 いつも人のことを考えてるスズ姉さんらしいです。

「フフ」と、スズ姉さんが声を出して笑いました。

「どうしたんですか?」

「ううん。ゴメンなさい。昔みたいだなーって思ったの。ほら、小学生の頃、晶くんが泊まりに来た時、一緒に買い物に行ったわよね。」

「そうですね。懐かしいなぁ」

 親戚仲……というか、うちの両親とスズ姉さんの両親の仲がよかったので、実家からちょっと離れているんですけど、よくこっちに泊まりで遊びに来ていました。

 小学生ぐらいまでは、スズ姉さんと一緒の部屋で寝て、夜遅くまでたくさん話して……。

 今、考えるとすごく照れます。

 スズ姉さんも心なし恥ずかしそうなのは気のせいなのかどうなのか。

「アイルビーバック! 依頼完了です」「ギンもアイルビーバックですぅ」

 親指立ててパティさんとギンちゃんが戻ってきました。多分、アイルビー使用法は違います。

「ありがとう。二人とも」

 ボクの持っているカゴに、食材が放り込まれ……

「これ、なーんだ?」

 る直前、スズ姉さんはパティさんとギンちゃんの腕をつかんでいました。

 震える腕、カゴの中にこぼれ落ちるスニッカーズと、プリドルプリティアイドルの食玩。

「ギンちゃん、このプリドルのキーチェーンは、お小遣いで買うのかしら?」

「は、はい」と、怯えた声を出すギンちゃん。

 スズ姉さんはなんかその……すっごい笑顔です。

「あれあれ? でも、ギンちゃん、この前、プリドルの漫画を買って、今月のお小遣い、全部使っちゃったわよね」

 ギンちゃんが息を呑みました。隣のパティさんもです。

「もしかして……レジまで行けばなんとかなるって。そんなこと考えちゃったのかしら? ギンちゃんの知ってるお姉ちゃんはそんなに優しいの?」

「間違って入れたから、ギン、すぐに返してきます」

「さすがはギンちゃん。よしよし」

 頭を撫でるスズ姉さん。脱兎の如く走っていくギンちゃん。

 それから、パティさんがビクッと震えました。

「ノー!? パティはちゃんと払います! 払いますから!」

「そうね。さすがはパティちゃんね。でも……この料理勝負が始まった理由、憶えてる?」

 カゴの中に入っているスニッカーズは一本とかじゃなくて、二箱。

「ちゃんと聞いてるわよ。あの衣装を着るためにダイエットをするんだって。だから、パティちゃんが痩せられるように、糖質、脂質控えめの料理を作ろうと思ってたんだけど……」

「パティ、すぐに返してきマス。そして、アイルビーバック」

 パティさんは再度親指立てて、お菓子を戻しに行きました。今度はアイルビー合ってそう。

 ニコニコと見送ったスズ姉さんは気まずそうにこっちを見ます。

「……怖かった?」

「少し……」

 スーパーに来てすぐにトイレに行っておいてよかった……と思う程度に怖かったです。

 想い出の中のスズ姉さんはこんなに怖くないし、最近まで怒ったところなんて見たこともありませんでした。

《怒ると怖い》というしょうもない呪いドゥルジ・ナス

 ボクを殺そうともしない優しいスズ姉さんを解放してあげたい。少なくとも、呪いに苦しめられることなく生活できるようにしたい。

 さっき、恐怖のあまり震えながら、心底、そう思いました。

「……っ!?」

 その時、何かに気づいたみたいに、スズ姉さんが虚空を見上げました。

「お姉ちゃん!」

 ギンちゃんが走って戻ってきます。

 ボクには何もわからないですけど、明らかにただ事ではない雰囲気。つまり、

「もしかして、敵ですか?」

「ええ。近づいてるのがわかるわ。こっちに現れる前に神域に閉じ込めて、叩かないと」

「でも……! 先にアシャさんに連絡して、手伝いに……」

「大丈夫よ」

 スマホを出そうとしたボクの手を、スズ姉さんは優しく押さえました。

「今の敵とはもう十回以上戦ってるの。全部、お姉ちゃんの圧勝なんだから」

『今の』ということは、スズ姉さんはそれ以外の敵とも戦ってきている。

 頭でわかったつもりになっていたことですけど、その事実が辛い。

「安心してくださいですぅ。お姉ちゃんは百戦錬磨の英傑で、ギンもついているんですぅ!」

「だけど、スズ姉さん!」

「ありがとう。大好き。晶くん」

 スズ姉さんの姿が忽然と消えて、止めようと伸ばした手は空を切ってしまいました。

 確かに……スズ姉さんはこれまで勝ってるのかもしれない。

 この前見た、あの戦いは圧倒的で危なげなところはありませんでした。

 でも、スズ姉さんが戦っていることを、ボクは知ってしまった……。

「どうしたんデスか? スズは?」

 戻ってきたパティさんがきょとんとした顔で立っていました。

「何かあったんデスネ?」

「実は……」

 言っていいものか迷って、言葉に詰まりそうになります。

「話してくだサイ。この様子だと、スズに関係があることデスネ? スズに力があるなら、それに伴う代償もあるはずデス」

 犯罪組織に改造されて、望まない力を得て、戦いに巻き込まれたパティさんの言葉は重い。

「言わずに後悔しないでくだサイ」

「……はい」

 ボクは決めました。

「……勝手なことを言います。力を貸してほしいんです。ムダかもしれないし、ボクには何もできないんですけど、でも……」

「恩人を助けるのがパティデス。コンパウンドの力はそのためにあるんデスヨ」

 パティさんのウィンクはものすごく心強いものでした。


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