第7章 二十歳過ぎてからこじらせるともう戻れない
スズ姉さんゴリ……サルタヒコ事件とか、夜子さんと買い物とか、ボクの家デストラップ事件とか、色々立て続けに起きたけど、そのあと二週間ほど、驚くほど何もありませんでした。
二回ほどキメラの襲撃はあったんですけど、アシャさんが急に動いて脇腹を痛めている間に、スズ姉さんが蹴散らしてしまっていました。
ボクのほうはジェヌイン自体も、その呪いもどうすればいいか、思いついてもいないです。
「それにしても……だいぶ暑くなってきましたね」
もう七月。遠くの公園でセミが鳴いてるのも聞こえます。
「我は神。ゆえに暑さになど負けはしない」
ちょうどボクたちは学校から帰ってきたところでした。
今日は何の用事もなかったので、まだ日の高いうちに帰ってきました。
エアコンは電気代がもったいないので、とりあえず、外の空気を入れようと窓を開けます。
ボクの部屋、ベランダの向かいにはマンションが建っていて、ちょうど正面の部屋がパティさんの部屋です。
その部屋のカーテンと窓が全開でした。
パティさんがいます。家なんで眼鏡。
何故か大火さんもいました。
目に飛び込んでくる白い肌。
二人とまともに目が合ってしまいました。
「ゴ、ゴメンなさ……!」
謝ってカーテンを閉める!
頭ではそうわかっているのに、ボクは動けませんでした。
パティさんと大火さんは着替えたりしていたわけじゃなくて、露出の大きな服を着ているという感じでした。
言ってみれば巫女装束をアレンジして、袴をミニスカートにしたような姿。
パティさんのスカートは黒色、大火さんのものは赤色。
見覚えがあるどころじゃなくて、何度も何度も見直して、頭の奥にまで染みついたそのコスチュームは、
「ミコツヨ!? ミコツヨのコスプレ!? え!? 二人ともコスプレするんですか!?」
「そ、そうデス……」
照れた様子で頷くパティさん。
「そうだ! ミコツヨの話とかしたかったのに、色々あって忘れてました!」
「イエス! それは是が非にでもというやつデス! パティも色々あって忘れていマシタ!」
ボクとパティさんが親指を立て合うのを、耳まで赤くした大火さんが眺めていました。
◆ ◆ ◆
「そうなんです。ずっとこの話をできたらと思っていたんですよ。ミコツヨ、本当にいいですよね。基本的にはコメディタッチで、キャラもハイテンションなんですけど、それがキャラ崩壊には繋がっていないというか、一本スジが通っているので、シリアスになった時に違和感がないんです。あと、地獄ちゃんがかわいくてかわいくて!」
「デスヨネ! アクションもハッタリ効かせて、メリハリもありマスし! なんというか、リアルさは忘れないけど、エンターテイメントして成立させることをちゃんと考えているんデスヨ! だいたいインファイトデスけど、その中でみんなファイトスタイルも違うんデス! 突然、ムエタイ使いの巫女さんが出てきた時には驚きマシタけど、あれが設定的にも意味があった時にはクレイジーだと思いマシタ! パティが思うに、神道がモチーフなのに、地獄ちゃんが黄泉とかじゃなくて、地獄って名前なのも、きっと意味があるんデスヨ! あと、パティも地獄ちゃん萌えデス!」
「あれだけ近接戦闘ばかりだからこそ、劇場版の魔女ネルネの遠距離スタイルに驚きがあったんですよね! それに何よりも、和をテーマにしたコスチュームが設定にも、世界観にもハマっていると思うんですよ。巫女さんのように見せながらも、ちゃんと従来の魔法少女ものを踏襲してる……魔法の呪文とか必殺技にうまく祝詞のエッセンスをかぶせていたところとかもよかったです。あと、パティさんやっぱり地獄ちゃん萌えなんですね」
「今は二期が待ち遠しいデス……。一日千秋の想いとはまさにこのこと……。おかげで一期をマラソンしちゃっていマス! あと、もちろん地獄ちゃん萌えデスヨ! 地獄はリリンの生み出した文化の極みで、二重の極みの三倍のパワーがありマス!」
「劇場版が一期の後日談で、お祭りで、でも、一本の映画として完成しながらも、二期への橋渡しとしても成立している奇跡のデキでしたもんね! 秋番組かぁ……。あと、ボクは地獄ちゃんのためなら、地獄に落ちてもかまわないって思ってるんです!」
「カワバンガ! 心は同じデス、ブラザー! 我ら姓は違えども姉弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者を救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を!」
台詞が流暢過ぎるパティさんとボクはエア乾杯で、エア地獄桃園の誓いを交わしました。
「主……。その……我も話してる意味は、わかる。天則で。だが……」
若干引いてるアシャさんの言葉で我に返りました。
ここはパティさんの部屋です。
入ったのは初めてなんですけど、『メゾンふたつぼし』よりもずっと新しくて、綺麗な内装な上に2LDKです。このリビングもきちんと片付いています。
大型の液晶テレビにはHDDレコーダーだけじゃなくて、最新のゲーム機が片っ端から接続されています。テーブルの上にあるノートパソコンは見るからに高スペックなものでした。ディスプレイに映っているのは、最近流行ってるブラウザゲーム。軍艦も刀もいけるみたいです。
明らかにコアなゲーマーの部屋でした。
あと、テレビの横に立っている地獄ちゃんのフィギュアはボクも持っているものです。アマゾン瞬殺ですごく苦労したことを思い出す……。
それはそれとして、ヒートアップし過ぎたことを今さら意識してしまって、ボクとパティさんはなんとなく照れた顔をしました。
「その……ミコツヨは、とにかくイイデスヨネ」
少し目を伏せて落ち着かない感じで眼鏡を弄ってるパティさんは正直すごくかわいいし、さっき窓から見た、地獄ちゃんコスプレのままだというのが、さらにかわいいです。
地獄ちゃんの黒い袴スカートに、白いニーソックス、生まれいずる絶対領域……。
純粋な巫女装束萌えの人には怒る人もいるし、それはそうだろうと思いつつも、ボクはこのアレンジ、あると思っています。巫女さんはどんな自由な発想で作ってもいいんです!
それに、地獄ちゃんの衣装のいいところは、主人公の大宮神楽ちゃんときちんと対称的イメーじになっていることで……。
「あ……」
その大宮神楽ちゃんの衣装を着た大火さんがリビングの隅に正座していることに気づいたというか、思い出しました。
大火さんはうつむいています。赤色の袴スカートと、白いニーソックスが、いつもの真面目な背広姿とか、制服姿とは違い過ぎて、新鮮というのもおこがましいぐらい新鮮です。
「大火さんはどうして……その」
コスプレをしてるんだろ……。
パティさんがガチでオタクなのはもう言うまでもないのでわかるんですけど。
「ハットリは、デスネ……。」
「いえ。私からお話します」
顔を上げた大火さんは思いつめた表情でした。唇を引き締め、眼鏡の奥の鋭い瞳がボクをまっすぐに見つめます。でも、ほっぺたはちょっと赤い気がします。
「菊月様もご存じのとおり、私は内閣情報調査室の非公式独立部門、通称《武塔》に所属しています。その役割はつまるところ、時の総理が使うことができる私兵です」
「総理が交代したら、指揮権は次の総理に移るんデスヨネ」
「現代においても、最高権力者が自らの意思のみで動かすことができる武力は必要。ゆえに設置されているのが《武塔》です。これは政府の判断ではなく、《武塔》というシステムの判断。時代錯誤であることは百も承知ですが、大局においてはそれが効を奏することも事実」
その是非は、ボクのような普通の高校生からすると、なんとも言いがたいです。
「《武塔》のメンバーは時の総理にのみ絶対服従するという、その性質ゆえ、よけいな思想に毒されることを嫌います。だから、最初から《武塔》として育成されます。その方針は特に人格形成に重要な要素となる幼少時が顕著です。私は服部の分家のうち、代々《武塔》のメンバーを輩出する家系に生まれ、物心ついた頃より、《武塔》となるべく育てられました。だから、幼い頃に、普通の子供が体験するようなことを経験しませんでした。外界でいう高校や大学の頃には、実地での知識を得るために、多少、外の世界と触れることもありましたが、基本的には《武塔》の該当施設で訓練を受けてきました」
淡々と語る大火さん。パティさんやベルタさんもそうだけど、この人はボクとは全然違う世界で育った人なんだと、なんとも言えない気持ちがこみ上げてきます。
「私が外界と自由に接する権利を得たのは、《武塔》として完成してから……つまりは《武塔》として活動し始めた二十歳を過ぎてからです」
「大火さん……」
「その時になって、私は知りました。つまらないものだと思っていた忍者というものが、創作の世界ではすべからく魅力的な存在として描かれていることを。サスケェ……」
「大火さん?」
気づけば興奮気味のガッツポーズをしています。
「パティ様と知り合い、私はニンジャの……いえ! NARUTOの話ができる友を初めて持つことができました! パティ様!」
「OK、ハットリ!」
二人は突然一糸乱れぬ動きを見せて、リビングの真ん中でポーズを決めます。
「「ラセンガン!!」」
「驚くほどに息が合ってることに、驚きました!」
高い身体能力ゆえに、そのポーズは完璧過ぎました。エア螺旋丸が見えます。
コミックス持ってきて見比べたい。
大火さんはフッと、吐息すると、また正座をしました。
「それから……パティ様は私に色々なことを教えてくれました」
いつもは研ぎ澄まされた刀のように非情に光る大火さんの瞳。
だけど、今、パティさんを見る目は、人を、もはや世界を慈しむ優しさに満ちています。
「NARUTO以外にもよいアニメ、漫画があること。映画、ライトノベル……《武塔》の服部大火では知ることはなかったでしょう。世界がこんなに輝きに満ちていることを……」
「ハットリはパティやショーの監視もしないといけないじゃないデスか。だから、パティの家から監視することを勧めたんデス」
エヘンと胸を張るパティさん。
「そして、私はコスプレをすることになったのでござる」
今、まさに人生を謳歌している……。
まさしくそんな表情で頷く大火さん。
「なるほど」
「そして」の意味はともかく。ボクは確信してしまいました。
二十歳を過ぎるまで、こっち方向とは縁のない、ある意味無菌室で育った大火さん。そんな大火さんは成人してから、何の偏見もなく、強い憧れすら抱いた精神状態で、パティさんから愛情あふれるアニメ、漫画の洗礼を受けてしまった。
つまりは……今、大火さんは後戻りのできない沼にズブズブと沈んでいる……。
幸せそうなら、いいと思います。
「それにしても……それ、市販の衣装じゃないですよね。すごいです。自分で衣装を作ることができるなんて」
「あ、それは……パティたちで全部やったわけじゃないデス。確かにハットリはすごいんデスけど、他にも手伝ってもらっていて」
「応援します! ボク、ミコツヨが好きですし、パティさんも大火さんも似合っていて、かわいいと思うんです! へ、変な意味とかじゃなくて……」
「て、照れマスネ」「ありがとうございます」
「だが……。主よ。本当にそれでいいのだろうか……?」
アシャさんが訝しげな顔でパティさんを見ます。
ギクッとした様子で顔を背けるパティさん。
「天則によれば、コスプレの定義は何らかのキャラクターに扮することで、パティの行為は何も間違っていないだろう。例えば、体型などが違っても、愛があればよいと天則により、わかる。だが……大火はともかく、パティの体型はそもそも衣装のサイズに対して若干……」
「だ、大丈夫デス!? 採寸したあとに太ったとか、そんなことないデス!」
お腹を隠して後ずさりました。
地獄ちゃんのコスチュームはおへそが見えていてかわいいのですけど、言われてみれば確かにスカートとウェストの境界あたりが……。
「汝、我があれほど太らないご飯を作っているというのに、太ったな!?」
「なんということでしょうか……。私は……こんなに傍にいながら、パティ様が太ったことに気づくこともできなかったのでござるか……!」
「パティ、ちゃんと気をつけて……!」
言いながら、自分でウェストあたりに触れるパティさん。
「ホーリーシット! ダミット!! 思った以上に!? このままじゃ、パティ、恥ずかしくて地獄ちゃんのコスプレできマセン!」
「待て。その前に汝が太り過ぎれば地球が吹き飛ぶ」
「だって……豆腐、本当に飽きてきたんデス。おいしいし、バリエーションつけてくれてるのもわかるんデスけど、飽きるものは飽きるんデス! 飽きるんデスヨ!」
「作っておいてもらいながら、その台詞! しかも、またスニッカーズを食べている!?」
「ノーッ!」と驚くパティさん。でも、スニッカーズを食べるのはやめません。
「あ! パティ、思いつきマシタ! スズデス! この前、食べさせてもらったご飯おいしかったんデス。だから、スズにダイエット料理お願いするんデス!」
「な、汝……! 言うにことかいて……!」
「話は聞かせてもらったわ」
玄関から声が聞こえて、それからインターフォンが鳴りました。
開けてみればスズ姉さんとギンちゃんの姿。
「お、お兄ちゃん……ここで会えるなんて思わなかったですぅ。さながら、渭水の畔で太公望に出会った文王の心地ですぅ。もしや、これからがギンたちの殷周易姓革命!?」
ギンちゃんは花畑みたいな笑みを浮かべます。
「ボクもです」
喜ばれ過ぎて、こそばゆいし、革命は始まらないですけど、ギンちゃんは包丁持ってるよりも、こんな笑顔のほうが似合います。
「でも、スズ姉さんがどうして……」
言いかけて、ボクはスズ姉さんとギンちゃんが持っている裁縫セットに気づきました。
「もしかして、コスプレ衣装作るの手伝ってたのって、スズ姉さん?」
「そうデス。スズの裁縫技術はちょっと尋常じゃないんデス」
驚きました。
だって、スズ姉さん、別に、アニメにも漫画にも興味はなかったはずです。
「ショーくんが好きな女の子の服、作ってみたいじゃない」
「え?」「ワッツ?」「な……?」
パティさんと大火さんと目が合いました。
「ショー!? パティは、その……!」「待ってください! 私は……!」
「スズ姉さん!?」
「ゴ、ゴメンなさい! そういう意味じゃなくて、その、みこつよ? の子、大好きなのよね?」
「オー……イエス」「な、なるほど……」
「そ、そうです……。ビックリした……」
ホッと胸を撫で下ろ
「晶くんが好きなのは、アシャちゃんでしょ?」
すことができませんでした。
耳打ちしてウィンクするスズ姉さん!
「それも誤解です!」
「お姉ちゃん、晶くんがみこつよが好きで好きでお人形持ってるのも知ってるんだから」
「どうして知ってるんですか!?」
「本もたくさん持ってるわよね」
「どこまで知ってるんですか!?」
「フ……我ならば、天則により内容を諳んじることもできるぞ。『やめるんじゃ! やめて……こんなことをされたら、地獄は巫女でなくなってしま……ひゃぁ……』」
「もうやめてください! ほんと、お願いします! なんか対抗意識燃やすのやめて!」
せめて、ミコツヨの公式コミカライズまでの話にしてください。お願いします。年齢制限がどうとかそういうのには手は出してないんです。本当なんです! 本当ですから!
「対抗意識? 我が人の子に? バカな」
アシャさんは首を横に振ると、スズ姉さんに向き合いました。
「だが、鈴金よ。好敵手よ。しょうもない呪いに侵されていたとしても、我は人の子に敗れるわけにはいかない。パティの食事のことに関してもだ」
スズ姉さんを指差すアシャさん。
「双津星鈴金。改めて勝負だ。このパトリシア・S・レグルスの食事を作る者の座をかけて」
「わたしは……別にかまわないけど。でも、どうして」
首を傾げるスズ姉さん。
「ウェルウェル。なら、やるしかないデスネ。料理バトルを、二人の食戟を」
パティさんはジュルリと涎を拭いました。
この食戟。ちょっと外野の下心が丸見えです。
その時、ベランダのほうからドンドンと音がしました。
見れば、何故か夜子さんがいます。
「ショーちゃん、家にいないからどこ行ったのかなって思って。みんなで何してんの?」
「ヤコこそ、うちのベランダで……そうデス! パティ以外の審査員はショーとハットリとヤコデス!」
「私もですか!?」
「いいだろう。受けて立とう」
「パティちゃんとアシャちゃんがそう言うなら、お姉ちゃんも」
「瞬く間に大変なことに……」
気づけば神様と神様の料理勝負第二幕が幕を開けていました。