第5章 このお店、四人用なんだ
「ここや」と、ベルタさんは言いました。
ボクたちの前にあるのは、路地の奥にある小さなお店。
西洋の街角にでもありそうな、なんとなくアンティーク家具を彷彿とさせる雰囲気のお店です。古めかしいけど、小奇麗で、窓から見える造花や、陶器でできた動物の人形のような小物もそれっぽい感じ。
入口にはかわいらしい字体で書かれた『リバー牧場』の看板。
「あまりにも地元密着過ぎて、検索しても場所がわかりにく過ぎる店や」
「前にベルが話してたチーズケーキのお店デスヨネ。ここ」
頷くベルタさん。
「口車に乗って、ついて来てあげたけどさ……。おいしくなかったら、ぬし、死ぬよ」
「賭けてもええ。パトの命。その代わり、お前がうまいと思ったら、さっきの取引のとおり、今回は手打ちや」
「人間のくせに、自身満々じゃん……」
「さらっとパティを巻き込むのやめてくだサイ」
……そんなわけで。
ボクたちは戦うこともなく、ベルタさんの提案で、チーズケーキのお店に来ていました。
とりあえず、大変なことにはならなかったことに、胸を撫で下ろします。
「やこしゃまーわれ、やこしゃまのにくど……」
「あ、忘れてた」
夜子さんがパチンと指を鳴らすと、アシャさんが「はっ!?」と正気に戻りました。
アシャさんは「ここは……」と、キョロキョロと周りを見ます。
しばらくして、ボクと目が合いました。
「そ、そうか……。我は、また……くっ!」
「大丈夫です。大丈夫ですから。丸く収まりましたし、これも呪いのせいですし……」
「そんなことより、早く食べたいデス!」
「そんなこと……。我は、そんなこと……」
本気で落ち込むアシャさん。護ってくれようとしたのに、すごく申し訳ないです。
うなだれるアシャさんを顧みもせず、パティさんはスキップしながら店に入ろうとします。
「待てや。パト」
その長いサイドテールをベルタさんがつかみました。
「ブルシット!? ファッキンビッチ! なんデスか!?」
「お前はあかん」
「どうしてデス!?」
「食べ過ぎや」
ベルタさんが指差したパティさんの手にはプリングルズの箱。
日本産のものとはちょっと違う濃厚な味付けが魅力的なスナックです。
あまりに自然過ぎて気にしてなかったんですけど、確かにパティさんはさっきからずっとモグモグ食べてました。
「プ、プリングルズぐらいでKABOOM! とか、しマセンヨ!」
「お前、食ってるのそれだけちゃうやろ。確かな満足感得過ぎやろ」
「確かに……。汝は我が作った朝食はともかく、間食の回数が多過ぎる。我も今、ここに汝を入れるわけにはいかない。我の作る豆腐料理だけを食べていたならば……」
アシャさんが悲しげに首を横に振りました。
「そ、そんな……。パティは……」
「パト。言うやろ? 悪いな、この店、四人用なんや」
「ブルシット!! そんなルールありマセン!」
◆ ◆ ◆
グーと、お腹が鳴る音がした。
パティは一人、『リバー牧場』のある路地を後にする。
「OK……OKデス。いいデスヨ。パティ、別にケーキ、羨ましくないデスから」
心底羨ましそうな顔でプリングルズの缶に手を突っ込む。
空だった。
しょんぼりと肩を落としながら振り返るが、路地にはもう誰もいない。角を曲がったので、『リバー牧場』のお店も見えなかった。
「……いいデスヨ。パティにはスニッカーズがありマスから。友達ない時スニッカーズ♪」
鞄を漁る。
「ワッツ?」と、目を丸くして、さらに漁る。パーカーのポケットにも手を突っ込む。
手が止まった。
そして、崩れ落ちる。
「ダミット。ジーザス……。スニッカーズがないなんて、そんな」
パティのお腹がまたクーと鳴る。
「どうしたの?」
聞こえた声に、パティは力なく顔を上げた。
その拍子にまたお腹がグーと鳴る。
視線の先にいたのは茶色の髪をミディアムショートにした優しげな少女だった。
「領武高校の子? お腹すいてるの? これ、そこで買ったクッキーなんだけど……」
「メ、メシア……!」
少女が差し出したチョコチップクッキーに、パティの涙腺は崩壊した。
◆ ◆ ◆
『リバー牧場』の店内は、深いツヤのある木製のテーブルや椅子が並び、レースのカーテンで飾られた、古めかしいけどかわいらしい、そんな雰囲気でした。
ベルタさんはケーキの話をしていたけど、焼きたてのパンも並んでいるので、本来はお店の中でケーキやコーヒーも楽しめる街のパン屋さんという感じなのかもしれません。
落ち着いた色合いのエプロンとハンチング帽が似合う女性店員さんが、二人で働いています。
少し似ている気もするので、もしかしたら姉妹なのかも。
そして、パティさんにはすごく申し訳ないんですけど……ボクたちの前にはベルタさんお勧めのチーズケーキがコーヒーと一緒に運ばれてきていました。
「それじゃ、いただきます」
テーブルを囲んだボクとアシャさん、ベルタさんは手を合わせました。
そのへんを飛ばして問答無用でフォークを入れる夜子さん。
「行儀悪い、狐やな」
夜子さんは気にした様子もなく、大きく切ったチーズケーキをパクリとほうばりました。
「んっ!?」
目を丸くして、続けて、表情を蕩かせて、すごく幸せそうにほっぺたを緩ませます。
「これ、なに……! おいしいじゃん! おいしいっ! はぁ……わらわ、幸せ……」
吐息しながら、もう一口ほうばります。
「おいしいっ! やるじゃん、人間! すごいね。こんなの作れるんだ!」
勝ち誇った顔のベルタさん。
ボクも一口食べました。
チーズケーキというよりも、ショートケーキの生クリーム部分みたいな、柔らか過ぎる感触が口の中でとろけていきます。
「ほんとだ。おいしい!」
チーズの酸味がふわりと舌の上に広がり、思わず「はー」と声を漏らしてしまいました。
「なるほど……。これは……なるほどな。わかる。天則、うん」
アシャさんも一心不乱に食べています。
「うまいやろ。一押しや」
一人落ち着いた様子でケーキを食べ、コーヒーを傾けるベルタさん。
反論の余地はありません。
「コン助。交渉は成立やな」
「うん! いいよ。許してあげる。おいしいね! おかわり!」
さっきのことなんか忘れてしまったみたいに上機嫌な夜子さん。
「所詮、ケダモノやな。でも……」
ベルタさんは眉をひそめます。
「どうしたんですか?」
「知られたらあかん奴に、店を知られた気がするな。あいつ、この店来たら、爆発するで」
「パティさん……。一緒に入れなかったのはすごく申し訳ないんですけど……」
あまりにもおいし過ぎるチーズケーキをもう一口食べました。
「これは……危ないですね」
「ケーキだけにカロリーは高いしな」
ボクとベルタさんは顔を合わせて溜息をつきました。
「ケーキを食べるためにお前を殺す。そんな選択肢が生まれんことを祈るんやな」
「途端に魔性の食べ物に見えてきます」
でも、おいし過ぎます。
「そういえば……」
ふと気になっていたことを思い出して、夜子さんのほうを向きました。
一気に食べたひとつ目と違って、二つ目のケーキは大切そうに、チビチビと食べています。
「ん? なに?」
「夜子さんはどこに住んでるんですか? 制服も領武高校のものですけど、学校で見た覚えはないですし。戸籍とかは幻術で作ってるとか?」
夜子さんの本体というか、ママさん。白面金毛九尾狐さんは那須高原の殺生石になっているので、夜子さんに本物の戸籍があるとは思えません。
「戸籍は必要な時に幻見せるよ。どこに住んでるって言われても、わらわ、どこにでも住めちゃうんだよね。だって、住みたい家の人間とかの記憶を変えちゃえばいいだけじゃん。そのへんで寝てることもあるよ。制服はかわいいから着てただけ」
「危なくないですか? それ」
「何かしようとした奴の身のほうが危ないやろ」
「獣を憑代としているとはいえ、神霊。人の子が神を害することなどできない」
「確かにそうかもしれないですけど……」
「んー。でも、『エイッティーン』にも、お外で寝るのが熱いって、書いてなかったなぁ」
咥えたフォークをブラブラしながら、ちょっと考え込む夜子さん。
「あ! そうだ! ショーちゃんとこに住む」
アシャさんが飲んでいたコーヒーを思いきり噴きました。
「大丈夫ですか!?」と走ってきた店員さんに「大丈夫だ。我はまったくもって大丈夫だ。神だから」と口走りながら、こぼしたコーヒーを拭くアシャさん。
「汝……! 言うにことかいて何を。主とは既に我が一緒に住んでいる」
「『エイッティーン』に書いてたもん。同棲してラブラブエッチ最高って。あれ?」
首を傾げる仕草がかわいい夜子さん。
「じゃあ、同棲してるアシャちゃん、してるんだ。ラブラブエッチ! どう? どんな感じ!?」
「ど、どうって、あれだ……」
身を乗り出す夜子さんに、アシャさんはあからさまに狼狽します。
「い、いつも……とてもよく、優しくしてもらっている……」
「落ち着いてください! 語弊しかないですから!」
「ショーくん……。男の子やしな」
ベルタさんが目を逸らしていました。
「違うんです!」
「違うとか、違わへんとかはええねん」
「あんまりよくないんですけど」
「わたしは断固反対や。お前、いつ気まぐれ起こして、ショーくん殺すかわからんからな」
「我も拒否する」
「でも……夜子さんがママさんのところに帰らないなら、お家はどうにかしたいですよね」
「主よ。汝はまた……」「お前、なんでそんなにお人よしやねん……」
「でも、やっぱり路上はまずいですよ。アシャさんの時も……まずいと思いましたし」
「それは……我もわかるが。気遣ってもらってありがたかった」
「何か方法とかが……」
腕を組んで、「うーん」とうなって、それからポンと手を叩きました。
「そうだ! ありました! そういえば、うちのアパート、空き部屋がまだあるんですよ」
「一階か。確かにあるけどな」
「ショーちゃんと同じアパート……。でも、わらわ、同棲がいいなぁ」
「主の部屋は1K。天則によれば二人が限界だ。わかるな?」
「……アシャちゃん怖い。やる気満々じゃん。また、めり込むのはやだし……じゃあ、同じアパートで我慢するよぉ」
言いつつも全然納得してない顔の夜子さん。
「えっと……。なら、管理人さんに相談してみますね。できればこの後にでも……」
連絡をとるために、スマートフォンを操作します。
ボクのアパート『メゾンふたつぼし』の管理人さんは言うまでもなくスズ姉さんです。
◆ ◆ ◆
というわけで、ボクたちは『リバー牧場』を出たあと、その足でスズ姉さんの家に向かいました。
「でっかいお屋敷やなぁ」と、ベルタさんがしみじみ言っていたけど、実際、スズ姉さんの家は古くて大きい。お庭には鯉の泳ぐ池まであります。
「こんばんは。晶です」
挨拶すると、奥の部屋からパタパタと足音が聞こえて、スズ姉さんが姿を見せました。
「あら、いらっしゃい。待ってたわ」
学校から帰ってそのまま、ご飯を作っていたのか、制服の上にエプロン姿です。
「ウェルカム、ショー。今、パティの救世主がショーの親戚だって聞いて、驚いていたところなんデスヨ。カツ丼デリシャス!」
スズ姉さんの後ろからカツ丼食べながら、パティさんが現れました。
「なんで!?」「めっちゃ食っとるし」
「パティちゃん、すっごく食べっぷりがいいわよね。ご飯いっぱい作っちゃった」
「パティ、いっぱい食べマシタ!」
瞬く間に空になったどんぶりを見せて嬉しそうです。
「ケーキを食べられなくても、スズの手料理ですよ。アーハン?」
「ショーくん。明日にはこの星、吹っ飛ぶかもしれんで」
ベルタさんは真顔。
「アシャの豆腐料理も確かにおいしいんデスけど……味が薄くてちょっと飽きてきてたんデスヨネ。スズの料理、ベリーデリシャス!」
「な……!? 神である、我がまた……! 確かに、前回、我は鈴金に負けたが……!」
「アシャさん……?」
なんか歯を食い縛る音がした気がするし、プルプルしてる気もします。
「なんかわらわもお腹すいてきちゃった。スイーツか、子供食べたい」
「子供は食べちゃダメですよ!?」
「まだ食べたことないけど、スイーツみたいな感じかなって。人参果ってあるじゃん。赤子っぽい果物だとか、西遊記? に出てくる」
「え、えっと……。スズ姉さん。それでさっきの話なんですけど」
なんだかこのままじゃひどいことになっちゃうんじゃないかって気がしてきたので、とりあえず、本題に入ることにしました。




