第13章 真なる呪詛
楽しい時間は過ぎるのが早い……とはいうものの。
気づけば夜の九時を過ぎていたのはちょっとハメを外し過ぎた気がします。
イベントのあと、カラオケで打ち上げをして、ボクたちはようやく帰路についていました。
「マヨネーズカラアゲ食べたかったデス……」
「お前、ちそんなもん食ったら、明らかにリバウンドやろ」
「でも、ショーとハットリと、たくさんミコツヨの話ができてよかったデス!」
ボクと大火さんは頷きました。
「二人も地獄ちゃんの初登場回が好きで安心しマシタ!」
「神楽との共闘回もいいんですよね。そのへんの話がこんなにできるなんて……」
「私がミコツヨという作品に憶えていた親近感。あれは自らの使命に忠実だった大宮神楽に、私自身を重ねていたのですね……だってばよ。普段は弱々しいのに、いざ使命となれば誰よりも強い……それも己の意志で。理想の形でござる」
「神楽は巫女デスが、本質はニンジャデスネ。|オリエンタルコラボレーション《和洋折衷》!」
「我も天則により知っているのに……。あまり話に入ることができなかった」
しょんぼりした様子でアシャさんが言いました。
「アシャさんの場合は……その」
「アシャの知識はwikiとか、ネットのまとめサイトみたいなんデスヨ」
言い澱んでいたら、パティさんが直球を投げました。
「な……!? 我が、我の得た知識が!?」
「そうデス。そこには燃え上がる熱いハートがないんデス! 人から聞いたことをそのまま言っているだけ。肯定しても否定しても……そこにアシャという神はいないんデス」
「つまりは……我は本編も見ずに、風評を鵜呑みに語る、にわかですらないネット民!? 天則によればわかる!」
「天則、さすがデスネ。まさにそれデス!」
「くっ……」
深くうなだれるアシャさん。
「ゴ、ゴメンなさい」
「いや、汝はそれでよいのだ。話題を共有する友がいるのだから……。だが……」
拳を握りしめて、すがるようにこちらを見ました。
「我が主。我も……我も、ミコツヨが観たい」
「え? アシャさんが……」
確かに去年の夏休みに短期バイトをがんばったので、ソフトはちゃんと揃っています。
「主と一緒に……観て、話をしたいのだ」
すがるように袖を摘まれました。
アニメを観ているところも見たことがないアシャさんと一緒に魔法少女ものに類するアニメを観るとか、なんだか気が引けるというか、恥ずかしいというか……。
「……アシャさんがよかったら」
でも、一緒に観たい。
「主……。感謝する」
嬉しそうなアシャさんの顔は、うまく言えないですけど、いつもの照り輝く太陽のような表情とは違っていました。
ずっと眺めていたい。そんな気にさせられてしまう。
「アウェイやった……ほんまアウェイやった……。興味ないのに行くもんちゃう……」
ぐったりした様子のベルタさんは少し遅れて、スズ姉さんたちと一緒に歩いています。
「アネちゃんがいてくれて助かったわ……。話につき合ってくれへんかったら、孤独に震えるとこやった。ほんまなんやねん、魔女ネルネ……何舐めてるねん……」
「色々お話できて楽しかったわ。引っ越してきたの最近なのに、色々なお店知ってるのね」
「自炊せんからな。そやけど、この前のアネちゃんの料理とかうまかったし、ちょっと興味出たわ。さっき教えてもらった肉じゃが作ってみよかな」
「わたしでも作れるぐらい簡単だから、お勧めよ」
「アネちゃんやったら、そら、作れるやろうけどな。でも、料理するんやったら、キッチンの器具全部片づけんとなぁ」
ボクたちがミコツヨを語ってる間、日常トークで心を癒していたみたいです。
「ゴメンなさい。スズ姉さんも、ベルタさんも。ついつい盛り上がっちゃって」
「ほんまやで……。お前ら、言うてること、わかりにくいねん」
「お姉ちゃんは幸せだったわ」
スズ姉さんが見せる陽だまりのような笑顔。
「わたしは……晶くんが幸せそうにしているのを見ているのが幸せだから」
「天使か。アネちゃん」
「お姉ちゃんときたら、天使で言えば階級は熾天使。かの四大天使もかくやですぅ!」
「そんなことないわよ、もう。それに……」
照れた様子のスズ姉さん。
優しく微笑み、口を開き、
その時、唐突に、その身体が傾きました。
躓いたかのようにグラリと揺らぐスズ姉さんの身体。
「スズ姉さん!」
とっさに駆け寄って、支えようとしました。
反応できてよかった!
倒れてくるスズ姉さんを抱き留……意外に重い!?
筋力がないから、もろともにひっくり返りそうになります。
「危ないデス!」
ボクの身体を、パティさんが後ろから抱えました。
「な……!? え……!? だ、大丈夫なのか!? 鈴金!」
「なんで慌てふためいてるねん、神」
パティさんのおかげで倒れずに済んだボクは、ひとまずスズ姉さんに座ってもらいました。
街灯の光の下、路上にへたり込んだスズ姉さんの顔は少し青白く見えます。
「……ゴメンね。大丈夫よ」
そう言って立ち上がろうとするスズ姉さんですが、ふらついて立てません。
「大丈夫。大丈夫だから……」
眉根に皺を寄せて、苦しそうです。
「全然大丈夫じゃないですよ」
「熱は……ないみたいデスけど」
スズ姉さんの額に掌を当てるパティさん。
「ちょっとだけ疲れてるのかしら。すぐ動けるようになると思うから、先に行ってて」
「そんなわけにはいかないです」
「そうデス。それに疲れてるなら……パティのせいデス」
「パティちゃん?」
「スズは厳しかったデスけど……ずっとパティと一緒にダイエットがんばってくれてマシタ。走る時も一緒デシタ……。その上、パティが衣装を作るのまで手伝ってもらったから……」
「そのぐらい大丈夫。もしかしたら貧血かも。だから」
「スズお姉ちゃん。無理しないでくださいですぅ!」
声を上げたギンちゃんの目には涙が浮かんでいました。
「お姉ちゃんは無理していますぅ。ちゃんと伝えたほうがいいんですぅ! 晶お兄ちゃんもパティお姉ちゃんもきっと力になってくれますぅ!」
「いいのよ。ただ、疲れてるだけ。それは本当で……」
「合ってても違うんですぅ!」
「ギンちゃん!」
ツーサイドアップにくくった髪を揺らして、首を横に振るギンちゃん。
「お姉ちゃんの呪い、お兄ちゃんたちは勘違いしてるんですよぅ! それはもうおっとりがたなをゆっくり向かうことだって、勘違いしているぐらいの勘違いなんですぅ!」
「え? ちゃうんか? おっとりがたな」
「ベル、そこじゃないデス。ちなみに、急いで駆けつけることデス」
「お前、ほんま日本語知ってるな!? いや、だから、そこちゃうんやろ。本当の呪いの話や」
「スズ姉さんの呪いって、《怒ると怖い》なんじゃ……」
「違いますよぅ! スズお姉ちゃんの呪い、それは……《夜九時にはもう眠い》ですぅ!」
一瞬、みんな固まりました。
「しょうもなっ!?」
思わず叫ぶベルタさん。
「……でも、言われてみれば、確かに……」「なるほど。夜九時以降の鈴金は眠そうにしていた」
『煮物んほっ! 事件』の前にも、うつらうつらとしていたのを思い出します。
「……知られたくなかったのに」
顔を伏せるスズ姉さん。
「どうしてですか? 言ってくれれば、ボクも協力したりとか」
「だって、恥ずかしいもの!」
「え?」
「高校生にもなって、九時には眠くてどうしようもないなんて、そんなの晶くんに知られたくなかったの。恥ずかしい……」
スズ姉さんは両手で顔を覆ってしまいました。
確かに……友達に知られたりすると、ちょっと恥ずかしいことかもしれないですけど……。
恥ずかしがるスズ姉さんの仕草がかわいいとか少しだけ思ってしまいました。
「で、でもね!? そんなのだから、実際たいしたことはないのよ? 恥ずかしかっただけで。寝そうになったら、コーヒー飲んだり、エナジードリンク飲んだりするもの」
「それ、エナジードリンクとかで眠気を誤魔化してるだけなんじゃないですか?」
「まさしくそのとおりですぅ。この呪いはただ眠くなるだけじゃないんですよぅ! 九時から朝まで寝ないと寝不足になるんですぅ!」
「めっちゃ健康的な呪いやな……。わたしは受けたくないけど」
「それじゃ、やっぱり……パティのせいデス! パティのこと手伝って、よく夜遅くなっていマシタし……。エナジードリンクもいっぱい飲んでマシタ」
「わたしはパティちゃんを手伝いたかったからやっていただけよ。だから、大丈夫」
優しく言うと、スズ姉さんはふぁ……と眠そうにあくびしました。
でも……そうか。確かに疲れは出ていたのかも。この前の料理対決の買い出しに行った時の戦い。ゴリ……星守の力を使っていたスズ姉さんの動きは少し鈍かったと気がします。
「あれ……? でも、呪いが《夜九時にはもう眠い》なら、《怒ると怖い》のは……」
向けられたのはスズ姉さんの熾天使もかくやという慈愛に満ちた笑顔。
それ以上、何も言えませんでした。
みんなも黙り込みます。ギンちゃんまで……。
「と、とにかく……疲れてるんですよね」
「ほんの少しだけね」
スズ姉さんが立ち上がるのに手を貸します。
「それじゃ、今日はもう帰って、早く休みましょう」
「そうね。じゃあ、お言葉に甘えちゃお……っ!?」
スズ姉さんが言葉を止めて、アシャさんが夜空を振り仰ぎました。
「まさか……キメラ!?」
「……そうね。この星に近づいてるわ。星守として戦うことを求められている。ここのところ動きがなかったのに、よりにもよって……」
「……ソーリー」
そう口にしたパティさんの声がかすかに震えていました。
「パティさん? 何かあったんですか?」
「……警戒しておくべきだったんデス。パティは迂闊デシタ」
「お前、何をミスってん。わたしはまったく状況がわかっとらん。簡潔に説明してくれへんか?」
「……今、迫っている敵、ジェヌインはコンパウンド開発のもとになったキメラを作ったものデス。異星の要塞兵器でその規模は月に匹敵しマス」
「今、すごいこと言うたからな」
「そいつは内容はわからないデスけど、しょうもない呪いに犯されているんデス」
「……驚くのアホらしくなってきたな」
「パティがキメラの残骸を解析した時、火器制御生成ユニットにウイルスを仕込まれていたんデス。情報収集して、自己判断し、特定条件で起動して《デネボラ》から得た情報をジェヌインに送信するウイルス。起動したことで、気づくことができたんデスが……」
「何者か知らんけど、今、近づいてる敵はショーくん狙ってて、お前のもとになったやつで、月ぐらいのサイズあって、アネちゃんとも関係がある。で、アネちゃんが弱った今、都合よく敵が来た。それがお前のせい。お前のポカが利用された。そういうことやな」
スズ姉さんが今消耗していることと、この時間帯に弱いことまで伝わってしまった。
「パティ、自分のことで迷惑を! ホーリーシット……!」
「気にしないの、パティちゃん。わたしのほうが年上なんだから。それに……」
スズ姉さんが鞄から何かを取り出しました。
それは大容量の缶コーヒー。さらに四本のエナジードリンク。
「わたしには翼があるわ! 怪物すら平らげる! 大好き、エナジードリンク!」
「違いますよ、それ翼を生やす飲み物ですけど、ちょっと違います! 用法がまずいです!」
コーヒーとエナジードリンクを両手に握りしめて、すごく器用にプルタブを開けたスズ姉さんは、それらをおもむろに、同時に流し込みました。
「ホーリーシット!?」「えぇぇぇぇぇっ!?」「あかんて、それ!?」
ゴクリと呑み込んだスズ姉さんの眼差しは夜空の向こうを見つめていました。
「相手が何者であろうとも。この国を、星を、愛する者を護る。それこそが星守たる者の使命」
「合点がいったわ。アネちゃん、星守……この国の人造神やったんか」
「知ってたんですか?」
「「それについては知ってる」やな。わたしはそういうのの側の人間やで?」
さすがはベルタさん。
「みんな、先に帰ってて。お姉ちゃんとギンちゃんもすぐ帰るから」
スズ姉さんはギンちゃんと一緒に、一歩を踏み出します。
「敵……キメラをわたしの神域に捕えて、そこで叩くわ。いつもやってることよ」
スズ姉さんはその両手を空にかざしました。
「でも!」
「心配しない……」
そして、うずくまって「う……」と、口元を押さえました。
「スズ姉さん!?」「お姉ちゃん!?」
「……戻しそう。でも、そんな、恥ずかしい……」
「やっぱりその方法じゃ翼生えませんよ!?」
スズ姉さんの責任感と、エナジードリンクへの過信がここで裏目に!?
「天則によれば、食べ合わせが悪いものは実在する。ウナギと梅干は迷信だが、テンプラとかき氷は実際、内臓への負担となる。ならば、エナジードリンクとブラックコーヒー飲み過ぎもまた食べ合わせと言えるだろうか?」
「もはやただの飲み過ぎな気もするんですけど」
「こうなったら、いっそ、このまま出たとこ勝負で……う!」
「そんなことしたら、大惨事ですよ!? ああ、でも、このままじゃ地球も大惨事で!?」
「何を慌てる。我が主よ」
すっと歩み出るアシャさん。
その背中から光の翼が伸びて、夜闇に羽根が散ります。
「人の作りし神、星守。それが為すべきことを真なる神ができぬ道理はない」
アシャさんの身体を包む光の甲冑。その手には光剣《天則司りしワヒシュタ》。
空を睨む神の瞳は太陽のように燃え、周囲の光景がアシャさんが作り出す空間へと変わっていきます。
霧が揺蕩う荒野と、それを見下ろす荘厳な宮殿。
そこにあふれ出る鋼鉄の獣――キメラ。




