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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第12章:ある悪魔の狂詩曲
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第12章:第2話

「それはそうと、セイラ! 修業に付き合ってよ!」


数回のソファー襲撃が失敗に終わった後、キラは突然そんなことを言い出した。


「……それ、まだ続いてたんですか。キラさんも飽きませんね」


「だって、ゼオン、ルルカ、ティーナときたら、次はセイラでしょ!」


「お断りします。この雪の中、外で得体の知れない修業などしたくありません」


「ぶー、そこは気合いとガッツと情熱なんだよ! そしてあたしはいつか! 婆ちゃんに勝つ!」


キラは拳を振り回しながら頼み込むが、セイラは面倒臭そうに無視するだけだった。

だが、セイラはしばらく何か考えた後、こんなことを言い出した。


「修業はお断りですが、ヒントくらいはさしあげましょうか。修業をしたいなら、私よりもリラさんに付き合っていただくべきかと思いますよ」


「え、ええー、婆ちゃんはラスボスなんだよ。ラスボスと修業って……」


「結果とプライドのどちらを取るかはキラさんにお任せしますが、そう勧める理由だけは説明しておきましょう」


キラは「むぅ」と口を閉ざして床に正座した。


「知ってますか? キラさんが怪力で駿足なのには理由があるんですよ」


「えっ!!?」


その途端、今まで話に全く興味が無いような顔をしていたゼオンやティーナやルルカがこちらに注目した。


「理由なんてあったのか……?」


「ずっと指摘しちゃいけないところだと思ってたわ……」


「指摘してよかったんだ……そんなちっさくて腕も脚も細いのにそんな怪力出せるほどの筋肉があるわけないだろって、言ってもよかったんだ……」


なんだかものすごく失礼なことを言われている気がする。筋肉はロマンだが、キラが血が滲むようなトレーニングを行ってもなかなか付かないのだ。仕方ないじゃないか。

セイラは教師のようにきびきびと説明を始める。


「その理由ですが……まず、リラさんが元々はウィゼート国の王家の方だということは覚えていますよね」


キラ達は素直に頷く。


「では、アズュールでの戦いをちょっと思い出してみてください。国王様の魔法、やけに強くありませんでしたか?」


「確かに、えげつなかった。いくらサラ・ルピアが杖の力の影響を受けていたとはいえ、城のてっぺんから一階までぶち抜くほどの力を生身の女に当てる奴初めて見た……」


ゼオンがずばずば言い放つ横で、ルルカがなんだか恐い顔でゼオンを睨んでいた。


「国王様の家系……エスペレン家というのはとても膨大な魔力を持っている家系なんですよ。国王様の魔法が強いのはそれが理由です。魔術師の国の長には相応しい家系ですね。

 ところが、リラさんはそのエスペレン家の中では比較的魔力が低い特殊個体なんです。」


「ひく……い……?」


キラはこなきじじいのような顔をした。リラはキラと違って魔法も上手いはずだ。


「あくまでエスペレン家の他の方と比べての話ですので、低いとはいっても一般的な魔術師と同じ程度ですね。それでその理由ですが、リラさんの場合は自分の魔力の一部を元々体術エネルギーに変換してしまっているんですよ。だからその分魔力が低いんです」


キラは更にこなきじじいのような顔をした。どうしよう、何言ってるかさっぱりわかんない。体術エネルギーって何だ。


「まあ要するに、リラさんは常時身体強化の魔法がかかっているような状態なんです。同じ体質が子へ孫へと受け継がれて生まれたのがキラさんです。ですから、その特殊な体質の活かし方を知っているのはリラさんだけ。キラさんがもっと強くなりたいのでしたら、リラさんに教えを請うのがよろしいかと思います」


相変わらず何を言っているのか全くわからなかったが、要するに「婆ちゃんはすごいから婆ちゃんと熱く修業をすれば良い」ということは理解した。


「そっか、なるほど! じゃあ今度婆ちゃんに相談してみるよ。修業だーっ、おー!」


セイラははしゃぎ回るキラを見て呆れ返った。


「キラさん……よくこの12月に外に出て修業なんてしようと思えますね……」


「そりゃそうだよ、日々の鍛練が大事なんです!」


おもむろにパンチの練習を始めたキラを、皆は生暖かい目で見守っていた。


「それにしても、もう12月なのかあ。早いねえ」


ふと、ティーナが言った。12月、という言葉を聞いたキラはふとパンチを止めた。何かが頭に引っ掛かっている。だがその理由は思い当たらない。


「そうね、私達がここに来たのっていつだったかしら」


「4月。あと数ヶ月で一年だよ。早いよね」


なんだろう、何か大事なことを忘れている気がする。キラは腕を組んでぐるぐる歩き回ったが何も思い出せない。


「キラさん、何してんですか」


「んー………12月って、なんかあったような気がするんだけど、思い出せない……んー……」


ふと立ち止まった時、ゼオンの顔が目に入った。そこでようやく思い出した。


「あああああああああああああっ、思い出したぁぁぁぁぁぁぁ!」


「え、何だ、人の顔見て突然……」


「12月24日! ゼオンの誕生日だよ!」


ルルカが「えっ」と声をあげる。ティーナはきょとんとした顔をし、セイラは「そういえば」と呟いた。

そうだ、キラは間違いなくブラン聖堂で見た。ゼオンの記録書に「12月24日に誕生する」と書いてあった。

ゼオンは30秒くらい考えた後、ようやく思い出したようだった。キラは身を乗り出す。


「なんでもっと早く言ってくれなかったの!」


「そりゃあ今思い出したからな。そういやそんなものがあったな。すっかり忘れてた。それって言う必要があるのか?」


「あります! 必要です! お祝いしなきゃいけないんです!」


「別にいいよ。というか、誕生日って祝うのか?」


「なんですと! 祝うよ、必須のお祝いだよ! 毎年お祝いするでしょ?」


「誕生日を祝われたことが無い」


「なんだってー!」


ルルカが更に「えっ」と声をあげて、ティーナは更にきょとんとした。

ゼオン……なんて寂しい奴なんだ。そう言われると意地でもお祝いしなければならないような気分になってきた。

キラはまくし立てるようにゼオンに問う。


「なんで、なんでお祝いしたことないの!? ディオンさんとかクローディアさんとか祝ってくれなかったの?」


「言っただろ。俺は吸血鬼の混血だなんだってクロード家から虐げられてたんだよ。兄貴と姉貴は俺とは関わるなって言われてて、滅多に会う機会も無かったんだ」


「え、あっ……じゃあ、誕生日パーティとかもしたこと無いの?」


「兄貴や姉貴の時はなんだかすごいパーティ開いてたな。俺はその間は倉庫に閉じ込められてたから、どんな感じのパーティだったかわからないけど」


「なにそれ寂しい……」


寂しい、寂しすぎる。誕生日のめでたい話をしたはずなのになんだかお通夜みたいな空気になってしまった。

まさか誕生日を祝われたことがなかったとは。キラなんて毎年一ヶ月前くらいからそわそわし始め、さりげなくアピールを繰り返すものだから「うざい」と言われるくらいだというのに。

すると、ルルカが口を挟んだ。


「ちょっと待って。今まで祝われたことがないって、ティーナは一体何をやってたのよ。誕生日なんてイベント、ティーナが飛びつかないはずないじゃない」


ゼオンが無反応であるところを見ると、ティーナからも特別何かされたことは無いようだ。

だが、確かにこれは妙だ。いつもゼオンに出会う度に「きゃっわぁん、ゼーオーン、愛してるぅ!」を連発するあのティーナだ。特別気合いの入ったお祝いをしそうに見えるのに。

ティーナは相変わらずきょとんとしたまま、そっとこんなことを尋ねた。


「あの……タンジョウビ……とは……?」


「……はい?」


更に上を行く重症患者が出現してしまった。


「……えっと、ティーナ? 誕生日とは……とは?」


「……だから、タンジョウビって? いや、さすがに何度か聞き覚えはあるけど、自分に馴染みが無いからよくわかんないんだよね。お貴族さんちのイベントかなんか?」


まさか誕生日という言葉をご存じない? いや、まさかそんな。一体どういう人生を送れば誕生日の意味を知らずにここまで生きてこれるというのか。

キラとルルカが困惑していると、セイラがティーナに言った。


「ティーナさん、多少事情をお話してもよろしいですか」


「うん? まあいいよ」


「お二人とも、その訳は私が説明します。まず前提として、ティーナさんは自分の誕生日を知らないんですよ」


キラとルルカは更に困惑した。何をどうすれば自分の誕生日を知らないという事態が起きるのだ。


「ティーナさんは生後間もなく親に捨てられて孤児院で育ったんです。だから自分の誕生日を知らないし、知らなければ祝うこともできないし、周りも似たような状況の子供ばかりなので誕生日を祝うという習慣そのものが無い生活だったんです。ゼオンさんの誕生日を祝うということをしなかったのもそれが原因です。誕生日というものの重要度を認識していないわけですから」


キラは「へえ」と頷いて納得したが、心の内ではお通夜モードが更に加速していた。突然ものすごく重たい話を聞かされた気がする。当のティーナが悲しさなど微塵も感じていない顔をしているところが更に見ていて辛くなった。

お通夜モードを脱出したくなったキラは同じように愕然としているルルカに話を振った。


「見てると、ルルカは普通に誕生日をお祝いしてもらってたみたいだね?」


「王女だった頃はね」


「パーティした?」


「あなた、パーティ好きね。したわよ。国一番のシェフに料理を沢山作らせて、城に各国の貴族や大臣を呼び寄せてお祝いして。プレゼントは数えきれないほどだったし。当時はそれが普通だと思ってたけど、今思うと派手だったわ」


それはまた逆の方向で凄い。凄惨な誕生日の話を二連続で聞いてしまった後だったので、普通に幸せな話を聞けてキラは安心した。

だがルルカの誕生日の健全さを理解できたのはキラだけだったようで、他の三人はなぜそんな派手なパーティをするのかわからないようだった。

それを見たキラは「いかん」と思った。皆にちゃんとした誕生日というものを教えてやらなければならない。うーんと考えた末にキラはあることを思いついた。


「よし! じゃあみんなでゼオンの誕生日パーティしよう! ねっ、そうしようよ!」


ゼオンは一瞬「えっ」と目を見開いたが、その後すぐに冷たく言った。


「しなくていい……そんなこと。俺、誕生日ってろくなこと起きないからあまり良い印象無いんだよ。パーティするにも場所だの金だのかかるし、そこまでする必要無い」


そうしてネガティブなことばかり言うゼオンがなんだか気に入らない。

キラはぶぅと膨れて言った。


「ふうん、じゃあ意地でもパーティしなきゃ駄目だな! 祝ってもらう側はそんなこと気にしなくていいんです!」


「どうして誕生日くらいでそんなに騒ぐんだよ。そんなにパーティがしたいなら、もう少しで年が明けるんだからそっちの名目にすればいいだろ」


「あーもー駄目だな。誕生日『くらい』なんて軽く見ちゃだめだよ。なんかそういう……曖昧なものをそんなに簡単に切り捨てちゃ駄目だとおもうんだよ……」


キラはゼオン達と出会った日、「サラからの誕生日プレゼント」と称してリラからあの杖を貰ったことを思い出していた。結局、「サラからの誕生日プレゼント」という言葉は嘘だった――――つまりそれまで毎年プレゼントを送ってくれていたはずなのに、今年のサラは何も送ってこなかったのだ。

プレゼントが無かったことを怒ってはいないが、キラのことを忘れていたと思うと悲しかった。そんな些細なことを切り捨てて、そのうち切り捨てる範囲がどんどん拡大して、そのうち自分を支えてくれていたはずのリラまで切り捨て、復讐の為だけに突き進んだ結果ボロボロに壊れてしまったサラを知っている。

だから、キラはこういう些細な祝い事を大切にしたかった。しかしゼオンはどこか憂鬱そうに俯く。


「けど……」


「けどじゃない! 今までの誕生日が良くなかったなら、今年からは良い日にすればいいでしょ。ねっ、パーティしようよ、パーティー!」


両手をぶんぶん振り回しながら頼み込むキラを見て、一呼吸置いた後ゼオンはぎこちなく頷く。了承の合図を見て、キラは「やったあ」と飛び上がる。

早速他の三人にあれやこれやと言いはじめたキラを、ゼオンはなんだか眩しいもののように見つめていた。

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