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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第32話

ロアルの村にたどり着いた頃にはもう夕方になっていた。目的のオズの記録書も手に入り、三人共無事に帰ってこれたなんて奇跡のようだ。

ブラン聖堂で起こった様々なことを思い出して、キラは苦笑いした。本当に大変な一日だった。


村の中はいつもと同じように静かだった。村の入口からしばらくは人が殆ど居ない草原、ようやくちらほらと民家が見え始めると、近所のおじさんが「おーいキラちゃーん」と手を振ってくる。キラが手を振り返すと、おじさんは今日取れたというとうもろこしを分けてくれた。

キラは少し前まで、この村が自分の住む世界だと思ってきた。この村は「普通の村」だと思い込んできた。今、この村が他の場所、他の時代から見るとどれほど平和で恵まれているのか思い知らされた。

なんとなく落ち着かないキラの前をセイラが悠々と歩いていく。こんな年端も行かない少女の姿をしているのに、どうしてこんなに凜としていられるのだろう。

キラは不思議で仕方が無かった。


「セイラ……あたし、セイラに協力するからね」


キラがそう言うと、セイラは足を止めた。


「そう……そうですか」


「メディさんの復活を止めて、イオ君に戻ってきてもらえるよう頑張るから! 一緒に頑張ろう!」


キラがそう言うと、セイラはなんだか落ち着かない様子で夕日を見るふりをした。しばらく間が空いてから、ゆっくりと話しはじめる。


「神と何の関わりも無いただのヒトにそんなことを言われる日が来るとは……ほんと、よくそんな童話の主役のような台詞を恥ずかしげも無く言えるな」


「だって、だって、ほんとにそう思ったんだもん! それに、無関係じゃないもん! 婆ちゃんが関わっているなら、あたしも放っておけないし!」


「過去の映像ではあるが、ブラン聖堂でオズの力を見ただろう。メディはオズよりも強い。そんな奴を敵に回す度胸が、お前にはあるのか?」


キラの脳裏に国の三分の一が滅ぼされた時の光景が浮かぶ。骨も残らず死んでいった人々、あのような姿にキラもなる可能性があるということだ。

それでも。キラは覚悟を決めた。


「正直、怖いよ。けど、セイラは今まで神様を敵に回して戦ってきたんでしょう。なら、セイラを一人にはしておけない」


キラの瞳を見て、セイラは深く頷いた。


「……そう、なら構いません。ご協力、感謝します」


セイラはスカートを両手でつまみ、はじめましての挨拶のようにお辞儀をした。キラはなんだか嬉しくて、うんうんと一生懸命頷いた。


「……おい、待て」


二人の会話にゼオンが口を挟んだ。やはり未だにゼオンはセイラを疑っているのだろうか。すると、ゼオンはあからさまに視線をそらしながら、聞き逃しそうな程小さな声で言った。


「……その、……その協力する奴…………一人追加で……」


しばらくゼオンが何を言っているのかわからなかった。聞き取った内容と先程の会話を照らし合わせ、ようやく意味が読み取れた時、セイラがここぞとばかりにゼオンに詰め寄った。


「おやおやすみませんゼオンさぁん、私ちょっとよく聞こえませんでしたぁ。もう一度言っていただけますぅ?」


「だ、誰が二度も言うかよ」


「クスクスクス……キラさんと二人で盛り上がってぼっちハブりの寂しい思いをさせてしまってすみませんでしたぁ。心配しなくても、ゼオンさんを仲間はずれにはしませんようクスクスクス……」


「……っ……そういうわけじゃない。あんまりからかうなら協力しねえぞ」


「クスクスクス……じゃあ二人っきりですねえ、キラさぁん」


「え……っ……」


ゼオンも協力するつもりなんだ。そうわかった途端、なんだか希望が生まれたような気がした。キラはゼオンの傍に駆け寄って、ゼオンの手をぶんぶん振り回した。


「ありがとう! ゼオンがそう言ってくれるとすっごく嬉しい! なんか勝てそうな気がする!」


ゼオンは口を真一文字に結んだまま硬直していた。その様子を傍でセイラがとても楽しそうに見ていた。


「じゃあ、これから! みんなで! がんばりましょう! おー!」


キラは楽しくて楽しくて、夕日に向かってそう叫ぶ。


「……それ、なんですか?」


「掛け声だよ。なんか叫びたくなって。あたし達って今までさあ、みんなで何かしなきゃいけない時、ずっとお互いのこと疑って神経使って取引したりしてたじゃん。みんなが信頼しあってたら、『みんなで頑張ろう!』『おー!』の二言で協力できるのにって、あたしずーっと思ってたの。これからはそれでいいのかもって思ったら、なんか嬉しくって」


キラの顔が思わず綻ぶ。実は、セイラと会った時からずっとずっと夢見てた。ずっと諦めかけていた。キラとゼオンとティーナとルルカとオズとセイラ。みんなが仲良くなれたらいいのになと。

その大きな壁の一つが、もしかしたら崩れるかもしれない。そう思うと、脚が震えそうなくらいに嬉しかった。


「まあ……たしかに、そんな二言で話が進めば……無駄が減りますね。不必要な精神論だと思い込んでいましたが、そういう利点があるとは知りませんでした」


「でしょ? なんかその方がね、楽しいと思うの!」


「楽しいというのはさっぱりわかりませんが、無駄な時間を削れるというのなら覚えておきましょう」


「むぅ、セイラはカタいんだから。でもまあいいや。改めて、これからよろしくね!」


キラはセイラの手も握ってぶんぶんと振り回した。セイラはなんだか照れ臭そうに黙って手を振り回されていた。

それから、セイラはこんなことを言った。


「そういえば、戻ってきたばかりのところで申し訳無いのですが、もう少しだけ私の用事に付き合っていただけませんか?」


「いいけど、何するの?」


「ティーナさんとルルカさんにも、今日見せた過去の話を説明したいのです」


「あ、なるほど! 確かにティーナとルルカにも話しておきたいよね。よし行こう!」


キラは快く了解し、ゼオンも黙って頷いた。手を貸してくれる仲間が増えることは喜ばしいことだ。特にティーナはこのところずっとセイラを心配していたから、きっと話を聞きたがるだろう。

キラ達は三人共まっすぐ宿屋へと歩いていった。


◇◇◇


それから今日起こった出来事をティーナとルルカに説明し、あのセイラの記憶を見せ終わるまでに随分と時間がかかった。それだけ、セイラが今まで過ごしてきた時間が重く長かったということだ。

世界の仕組み、イオの願い、そしてメディの目的。その全てを話し終えた時、ティーナとルルカは呆気にとられたような顔をしていた。

キラにはそのような反応しかできなくなる訳がよくわかった。余りにも話の規模が大きすぎた。


「……以上が、私が知る全てです。何か不明な点はございますか」


そう言われても、ティーナとルルカは一言も返せなかった。それはそうだ。突然こんな話をされたら、内容を飲み込むだけで精一杯。何が不明なのかさえわからなくても仕方が無かった。

しばらく部屋の中は沈黙で満たされた。しばらくして、ティーナがぐっと身を乗り出す。そして突然何も言わずにセイラに抱き着いた。


「……はい? 何ですか突然」


ティーナは大きく息を吸って叫んだ。


「セイラの、バッカアアアアアアアアアアア!!!!!」


夜空が割れそうな程の叫び声だった。セイラを責めているようで、自分を責めているようにさえ見えた。


「ごめんね、そんなに重たいもの抱えてたなんて知らなかった。破壊の神様が復活しようとしてるって……ほんとだったんだね。もっと早くに相談に乗ればよかった……!」


「馬鹿はどちらですか。そもそも私はついこの間まであなた方の手を借りようとなんてしていませんでした。ですから話の共有が遅くなったのは必然のこと……と、このような話をつい先日したばかりのはずですが」


セイラはこれまでと全く変わらないきつい口調で淡々と話す。その様子にティーナはむしろ安心したようだった。


「うん、そういえば、そうだったね。でもよかった、話してくれて。これでやっと、セイラに協力できるから」


「……キラさんと同じことを言うんですね」


「そりゃそうだって。助けてって事情を話してくれなきゃ、あたしだって助けたくても助けられないからさ。ずっとあんたのこと見ててハラハラしてたんだよねぇ」


セイラは黙って目を伏せて頷く。なんだか何か安心したようだった。300年前のあの日、喧嘩別れ同然で離れ離れになってから、ようやく本当の意味で仲直りができたようだった。


「昔は……あの時はごめんね。あたし、すっごく嫌な奴だったでしょ。ほんと、ごめんね」


「今更いいですよ。嫌な奴には慣れていますので」


「もうっ、たまにはもうちょっと可愛いこと言えばいいのにぃ。まあ、いいけど。それはそうと、あたしもセイラに協力するよ! ルルカはどうする?」


ルルカの返答は思いの外早かった。


「私も、手は貸すわよ」


「よっ、ルルカちゃん、優しい! エンジェル!」


「うるさいわね、そういうわけじゃないわ。これは自分の為でもあるのよ。まさか10年前のキラの両親の死にイオが関わっていたとはね……今の話が事実なら、イオは間接的にサバトさんの目を失明させたことにもなるじゃない。その後サラ・ルピアを使って反乱まで起こさせたわけだし……放っておけないわ。これ以上サバトさんが危険な目に遭わない保障なんて無いもの」


「よっ、さすが恋する乙女!」


「ティーナ……あなた少し黙っててくれない?」


二人の言葉を聞いてキラは安心した。これでようやくこの不気味な争いに皆で立ち向かえる。「よかったね」と、キラは小さな子供にするようにセイラの頭を撫で回した。


「ああーやっと、やっとだあ……長かったなあ」


キラはセイラの髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら呟いた。セイラは迷惑そうに言う。


「何がです?」


「やっとセイラとちゃんとした友達になれそうだから、嬉しくって。ほんと、長かったなあ……」


「わかりませんね……そんなに嬉しいものですか?」


「嬉しいよ! 世界平和の第一歩って感じしない?」


全員が「世界平和ぁ?」と奇妙なことを聞いたような顔をした。


「あれぇ、みんな世界じゅうの人がみんな仲良く幸せに平和になったらいいのにとかって思ったことないの?」


「無いわ。相変わらず脳内お花畑なのね」


「無いなあ。だって嫌な奴もいっぱいいるじゃん」


「ありませんね。現実的ではありませんし」


「そもそも俺は世界と平和と幸福が同時に成り立つとは思えないな」


「ええー……そうなのか……」


全員冷ややかな反応だったので、キラはがっくりとうなだれた。やっぱり、自分って脳天気すぎるのだろうか。

しかし、キラはすぐに顔を上げてまたセイラを撫で回し始めた。それでもセイラにようやく協力できることには変わらない。今はそのことを喜ぼうと思った。


「それでひとまず、これから皆でメディさん達に立ち向かっていかないとね! で、具体的に何するの?」


それを聞いたティーナとルルカは呆れた顔をした。キラはぶうっと膨れる。わからないものはわからないのだ。メディ達の攻撃に応戦しているだけでは解決できないはずだ。


「そうですね……リディのことを捜さなければと思っています。前にオズさんが言ったとおり、メディをどうにかしたいのなら、まずメディを封印する力があるリディを捜さなければ始まらないことは確かですから……」


「リディさん……どこに居るんだろう」


「居場所は既にわかっているんですよ。この村です」


キラは思わず声をあげた。この村でリディらしき人を見かけたことなど無かったからだ。

すると、セイラはイオが初めてこの村に来た日のことを話した。「この村に住んでいる誰かがリディだ」──そう言い放った時のことを。


「おそらくリディは姿を変えて村人に紛れ込んでいるのだろう……と私とオズさんは見ています」


「だったら、お前の記録書で捜せるんじゃないのか? リディはたしか記録が付かないんだろ」


ゼオンがそう言うと、セイラは首を振った。


「いいえ、それができないのです。先日イオに連れ去られた時に何人分かの記録書をイオ達に消されまして……その方法での判別は不可能なのです。情けない話ですね」


ゼオン達は肩を落として黙り込んだ。


「……じゃあ、地道に捜していくしかないわけか」


「ええ……そうなってしまいますね」


キラもうんと頭を捻って考えた。やはり当面の課題はリディを捜し出すことになりそうだ。


「ううん、とりあえずあたしもそれらしい人が居ないか捜してみるよ」


「ええ、そうしていただけますか」


セイラは頷き、ひとまずの方針がまとまった。

メディの復活の阻止、そしてリディの捜索。たった一日でとんでもない情報量を頭に詰めこまされたような気がしたが、それでもキラはようやくセイラと打ち解けたことが嬉しくて仕方が無かった。


「うん、じゃあ、みんなでがんばりましょー、おー!」


キラは両腕を広げて叫ぶ。それに対して、一緒に叫んだり、小さく頷いたり、なんらかの反応を示してくれることが嬉しかった。

セイラに協力できる。そのことが嬉しかった。キラの密かな願いへの大きな壁を乗り越えられたような気がした。今なら、どんな不可能でも現実にできそうな気がした。

もし本当にそうならば、あと一人……あの人がこの輪に加わってくれればいいのに。キラはその小さな願いを誰にも話さずに飲み込んだ。



◇◇◇



その晩は月がとても綺麗だった。

机に向かいながら、セイラは窓の外へ目を向ける。

自分でも、今日一日で何が変わったのかまだ飲み込めていなかった。これまで人と話す時に、セイラは異星の生物と話すような壁を感じていた。それが、今日は人の輪の一人として自分が居たことが不思議だった。

かつてイオもブランの街で同じような気分になったのかな。そんなことを考えながらセイラは筆を走らせる。


オズの記録書を開きながら、セイラは早速必要な事柄を書き留めた。一つ目のノートにはオズの過去を。二つ目のノートにはこれから彼等が必要になるであろう魔法について。


「本当に、本当だったんだな……やっと、やっと……」


ブラン聖堂に向かう前のことを思い出して、セイラはぽつりと呟いた。

大きな壁が壊れたような気がした。ここまで率直に自分達の話をして、信じてくれたヒトは初めてだった。


「イオ……私は、必ずお前を迎えに行くよ。だから、この先どんな苦難が襲っても……待っていてくれ」


セイラは窓を開けて満月に手を伸ばす。

しかし満月を掴むにはこの手は小さすぎて、空を掴むには短すぎる。

当然、手は届かない。


それでも、期待してみたかった。

今なら、あの空にでもいつか届きそうな気がした。

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