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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第30話

最後に立ち寄った部屋には見覚えがあった。これまで足を踏み入れてきた世界はどれも美しいものばかりだったが、この部屋だけは違う。

辺りは血潮のような赤黒い闇に包まれていた。部屋の中央にはちょうど人が手を広げた程の大きさの十字架があり、ちぎれた蒼の鎖が絡み付いている。

ここは、以前キラが誘拐された時にも立ち寄った部屋だ。ここから螺旋階段の部屋に出た後、地上に出ることができる。

あの時、イオはこの部屋は罪人を閉じ込めていた牢だと言っていた。今ならその罪人の正体がわかる。

オズだ。ここはオズが封印されていた部屋だ。


イオとの再会はかつての牢獄の中となった。十字架を挟んで向かい側、この空間には不似合いな扉の前にイオは立ちはだかっていた。

不適な笑みを浮かべながら、セイラを舐めるように見つめている。セイラはキラ達から離れて、一歩イオに近づいた。


「イオ、聞いてほしいことがある」


「突然どうしたの。ボクと一緒に来てくれる気になったの?」


「いいや、違う。お前達と行く気は無い」


「なぁんだ。じゃあお喋りはセイラを捕まえた後だな。ボクはセイラと一緒がいいからね」


やはりイオはセイラの声に耳を傾けようとはしなかった。キラは横目でゼオンを見る。まだ合図は出ない。


「なら、イオ。むしろお前が私達と来ないか。一緒がいいんだろう?」


イオの目が刃物のように鋭くなった。


「いやだ」


強い拒絶だった。だがセイラは怯まない。むしろセイラはその言葉を待っていたようにさえ見えた。


「それはなぜだ?」


「言ったはずだよ。ボクには叶えたい願いがあるって。そいつらと一緒に行ってもボクの願いは叶わないもの」


「予言書の消去か?」


「そうだよ。ボクのお願いを叶えてくれるのは破壊の力を持つメディだけ」


「創造の力で生まれた私達にとってメディの破壊の力は毒だ。そんなことをすれば予言書だけでなくお前だってただじゃ済まない。それはわかっているか?」


「……わかってるよ。でもいいんだ、それで予言書が消えるなら」


イオの声色にまだ揺らぎは無かったが、目は鋭く、暗くなっていく。セイラは「お前は利用されている」とは言わなかった。直接説得するようなことは何も言わない。

セイラは穏やかに「質問」を投げかけ続けた。それがセイラにとっての説得だった。


「どうして予言書を消したいんだ」


「……それも言ったはずだよ。未来がわかる怪物でいるのは嫌なんだ。予言書なんて怪物は消えなきゃいけないんだ」


段々イオの顔色が悪くなってきた。拒絶が時折怯えに変わるようになった。そして同時に、セイラの狙いにも気づき始めたようだった。


「……セイラ、なんでそんなことを聞くの」


「なんでということはないだろう。お前が私を拒絶してまで叶えたい願いだ。理由が無いわけはない」


「……理由なんていらないよ。教える必要も無いよ。セイラさえ居ればいいんだ」


「だが、私は知りたいんだ。イオ、なぜ怪物ではいけないんだ。私はお前の未来がわかる力を気味悪いと思ったことなどない。お前が怪物なら私も怪物だ。お前が何者だろうと私達は一緒だよ。だが、それではいけないとお前は思ったんだろう。だから願ったんだろう。それはなぜだ。そう願ったのはいつからだ」


その答えは、イオが言わなくてもセイラは知っていた。いや、むしろ気づいていないのはイオの方だったのかもしれない。知らないままで願った気になっていたのかもしれない。

キラはふと、イオに親近感を覚えた。気づくべき物に気付かない。都合の悪いところが見えなくなる。そんなところが自分と近い気がする。

しかし、セイラの誘導は容赦無くイオが目を背けていたものを晒け出した。その結果、イオがセイラをどう思うかも知りながら。

だが、それでもこの説得は失敗する。その理由はキラにもわかった。イオの心を開くことができる鍵はセイラではないから。その鍵となれる人は、今この場に居ないからだ。


「セイラ、これ以上の誘導は無駄だよ。話し合いはこれで終わりだ」


イオの周りの地面が蒼く輝き出す。キラは焦ったがゼオンはまだ合図を出さない。その時、楔を打ち込むようにセイラは言った。


「なあ、イオ。もう一度……リラ・ルピアと話してみないか?」


セイラははっきりと突きつけた。イオの願いの根底にあるものはあの50年前の出来事だ。

予言書の消去。その願いは、本来の願いが長い時を経て歪んで生まれた願いだ。本当はきっと、あのブランの街でリラもセイラも一緒に遊びたかったんだ。

ガチガチと歯が鳴る音がした。怒りが燃え上がる瞬間が見えた。

その合図は突然だった。


「行け、キラ」


ゼオンは手を伸ばすように告げる。声と共にキラは駆け出してセイラの腕を掴む。その瞬間、部屋の床が蒼の炎を撒き散らして爆ぜた。

イオの狂った笑い声が花火のように弾けていく。


「リラ……ルピア……リラルピアリラルピアリラルピアリラルピア!! あれと今更話す!? 顔も見たくない、声も聞きたくない! あれが息を吸ってのうのうと生きつづけてることも赦せない! あはは、あははははは! 話すぅ、話すだってぇ! ブッ殺すの間違いでしょお!」


「勿論、お前は辛いだろうさ。確かにあの日、リラはお前を拒んだ。未来がわかることは気持ち悪いと言った」


「そうだよ。それが何? それまで優しくしてきた癖に、ああいう出来事が起こった途端手の平返しだ。ははは、結局そうだよね、ヒトなんてそんなもんだよねぇ。いいんだ。せいぜいあのちっぽけな村で一人で老いぼれてくことだね。全部ボロボロにして奪ってやる……娘夫婦は殺した、孫も一人潰した、次は本人だ……あははは、キャハハハハ!」


その時、「急げ」とゼオンの声が飛ぶ。だがセイラはまだ説得を続けようと身を乗り出す。キラは迷った。考えた末に杖を宙に浮かべ、空を飛ぼうとした時だ。

イオがキラを指して嗤う。


「その前に、もう一人の孫を潰さなきゃね」


蒼い力の塊が隕石のように頭上に降り注いだ。キラはセイラを担いで杖に跳び乗ったが、蒼の雨が逃げ場をどんどん塞いでいく。

キラは頭上を指して叫んだ。


「ゼオン! 頭上一帯! ぶっとばしちゃってえええええッ!!!」


キラの意思に答えるように紅蓮の炎が蒼の雨を掻き消した。キラはロケットが飛ぶように杖を天空に舞い上がらせると、そこから再び急降下、ゼオンに向けて手を伸ばした。

ゼオンもキラに手を伸ばす。だが、二人の間を裂くように水晶の柱が壁を作った。キラはイオを睨みつけた。イオは蝿を見るような目で嗤い続ける。

すると、キラの後ろでセイラが空に手を伸ばした。赤黒い空に時計を象った文様が浮かぶ。まるで天の祝福のように蒼い雪が降り注ぐ。

そして、セイラは最後に優しくイオに問い掛けた。


「イオ、どうして自分を最後まで信じてやれないんだ。聖堂の外に、ヒトの世界の価値を信じて飛び出していった時の自分を」


「ハア、何言ってるの。意味わかんない」


「もう50年も経ったんだ。そろそろ冷静にあの時のことを見つめ直してもいい頃だろう。リラは本当にお前を嫌いになったと思っているのか?」


「それがどうしたんだよ。どうでもいいんだよそんなことはさあ!」


ずっと言えなかったことをセイラは搾り出して叫んだ。答えることを拒むように蒼の水晶がセイラ達を追撃する。

だが、セイラは真実を最後まで突きつけた。


「リラが未来を知る力を本当に気持ち悪いと思ったなら、あの時どうして無傷だったんだ。人も街も成す統べなく押し潰された中で、どうしてリラだけが生き残れたんだ。あいつだけがお前の言う事を信じたからではないのか。『地下室に隠れろ』──お前の告げた未来があいつを救ったからではないのか」


「それは……それでも、あいつはボクを拒んだじゃないか、来るなって言ったじゃないか!」


「お前を巻き込まない為だよ。あの瞬間から、リラは西陣の兵士に追われる身になったからな」


「そんな証拠どこにあるんだよ。なんでセイラはあいつなんかの味方をするの! なんでボクの味方をしてくれないの!」


その時、セイラが振り撒いた雪がイオの造った水晶を溶かし、ゼオンの下への道が開けた。


「お前の味方をしてないのはお前自身だ。だいたいあいつが本気でお前を嫌っているなら、お前の付けたあだ名を名乗るわけない。『リラ・ルピア』だなんて名乗るわけないだろうが!」


パリンと水晶が砕ける音がした。イオは一瞬呆然となり、攻撃の手が止まった。

キラはゼオンに手を伸ばし、ゼオンが杖に飛び乗ると杖は三人を乗せてイオの隣を通り過ぎた。


「嘘だ」


砕けた水晶が宙に浮かび、一つに集まってギロチンのような形を成した。


「そんなの知らない。認めない」


その裁きの刃は出口の扉の前で待ち構えていた。セイラが魔法で扉を開く。あとはキラとあのギロチンとの勝負だ。

ギロチンが落ちる方が速ければ三人はバラバラ死体、キラが飛ぶ速さの方が速ければ……無傷で生還できる。


「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえないッッ!!! お前らなんて!いらないから聞こえないんだああああうああああああああああああああああああ!」


耳を塞ぎ、目を閉じてイオは地が割れそうな勢いで叫ぶ。巨大なギロチンがキラ達の首めがけて落ちてくる。

もっと速く、速く、どこまでも。扉の向こうだけを見つめて飛ぶ。


「いっけえええええええええええっ!!!」


そして、キラの目と鼻の先で刃が煌めいた。

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