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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第29話

次にたどり着いた場所は森の中の泉だった。まずは先程の戦いで負傷したゼオンの手当てをしなければならない。

あの砂漠のオアシスと同じように泉の水は蒼く、回復の効果があった。そして泉の周りには世界樹の幹の一部が地面から生えていた。この場所は一度体勢を整える為にはうってつけだ。

そんな泉のほとりで、キラとセイラはぶつぶつと文句を言いながらゼオンの手当てをしていた。


「全くゼオンは!」


「本当、これだからゼオンさんは」


当のゼオンは逃げ出せないように両手両足を魔法で縛られ、傷口に泉の水を塗りたくられていた。


「なんでこう、せっかく手の怪我を治したのにまたすぐ怪我するかなあ!」


「戦ったら怪我するのは仕方ないだろ……あの状況だとイオの足止めは必要だったし……」


「そして、可愛い女の子達が怪我を治してさしあげると言っているのにどうして逃げるんですかねえ」


「だって……俺の怪我に構ってる暇があるなら、早く脱出すべきだろ。これくらい平気だって言ってるのに……全く、なにが可愛い女の子だ……」


ゼオンはなんだか落ち着かない様子でキラと反対側を向く。その様が気に入らなかったので、キラは傷だらけのゼオンの両腕をじゃぼんと水に浸けた。

傷は瞬く間に治ったので、キラは満足だ。一方、手足を縛られたまま両腕を引っ張られたゼオンは殆ど俯せに近い姿勢になってしまった。


「やっぱり……かわいく、ない……」


俯せのまま、ゼオンは不満そうにキラを見上げていた。

ある程度の治療が済むと、セイラは泉の周りの水晶の木々に手をかざした。ガラス板のようなモニターが宙に現れる。セイラはよくわからない難しい操作をしながらモニターをじっと睨みつけていた。


「セイラ、なにしてんの?」


「聖堂に寄ったついでに、世界樹の様子を確認していこうと思いまして」


モニターに見たこともない文字がたくさん映っている。キラには全く読めない。

セイラは忙しそうに指を動かしながら、何やらぶつぶつと呟いていた。


「……なんだこれは。歴史の数箇所が酷く不安定だな。10年前からが特に酷い……異常気象の原因はこれか……どういうことだ……?」


「どうしたの?」


キラは思わず尋ねる。何か悪いことでもあったのだろうか。


「ええ、世界樹に少々おかしなところがありまして。どうも歴史に不安定な箇所があるんですよ」


キラは首を傾げた。何を言っているのかさっぱりわからない。


「不安定というのは、歴史が何らかの理由で書き換えられる可能性がありそうなんですよ。未来というものは常に変動します。人の意志、偶然の産物など様々な理由で何度でも書き換えられます。けれど、過去というものは不変でなければなりません。もし過去が改変されてしまったら、その時点から後に続く事象が成り立たなくなってしまいますから。それで……」


「え、えっと、そうなんだ……」


キラはセイラが言っていることの意味がわからずにぽかんとしていた。今の話がキラの脳のキャパシティを越えていることに気づき、セイラはモニターを閉じた。


「……と、小難しい事を話してしまいましたね。そんな顔しなくても、すぐに何かがどうこうなることはありませんから放置して大丈夫です」


「ええ、でも、大変なことなんでしょう……?」


「どの道、現状打つ手が無いんですよ。そもそも改変が起こるかどうかも確定していませんし。もしかしたら何も起こらずに終わる可能性もありますから」


「それより、」と呟くと、セイラはゼオンの手足の拘束を解いた。やっと自由の身になったゼオンは不満そうに黙り込んだ。


「オズさんの記録書も無事手に入ったことですし、そろそろ脱出の準備をしたいのですが……その前にもう一つ、お二人にお願いをしてもよろしいですか」


セイラは改まった様子でキラ達に向き合う。


「もう一度だけ、イオを説得したいんです」


キラは素直に頷けなかった。ゼオンも同じだ。今までのイオを思い出す。もはや誰の言葉も届かず、セイラにさえも容赦無く牙を向けていた。

キラの不安を代弁するように、ゼオンがはっきりと突きつけた。


「断言する。絶対に失敗する」


セイラは寂しそうに頷いた。


「ええ、勿論そのような事態も想定しています」


「ここまでお前らの争いに俺達も巻き込まれている以上、お前がしくじってあいつらに捕まったりでもしたら俺達も困る。手を貸すことも認めることもできない」


「私も、ここで説得できなかったからといって諦めるつもりなどありません。別に捨て身ではないですよ。だから、あなた方には私を止めてもらいたいのです」


キラは首を傾げた。セイラが何を言いたいのかキラにはわからなかった。


「あなた方には、引き際を見極めてほしいのです。説得の最中にイオが攻撃を仕掛けてきて、これ以上の説得は無理だと判断したら、お二人には私に説得を止めさせて脱出してほしいのです」


「え……それを、あたし達が?」


「ええ。ゼオンさんがそのタイミングを決めてください。キラさんはゼオンさんが退くと決めたら、私を連れて脱出してほしいのです。私を担ぐでも引っ張るでも何でも構いません。お願いします」


セイラは深く頭を下げて頼み込んだ。これまでセイラがこのように人に物を頼んだことなど無かった。今まで人を小馬鹿にしたような態度でキラ達を利用してきたセイラが、どうして突然キラ達に心を開こうと思ったのかはわからない。

セイラを突き動かすものがイオへの想いだということはわかっている。だが、セイラの強すぎる意志を見ていると時々不安になるのだ。この意志は、たとえ小さな身体が砕けるまで止まらないのではないかと。

ゼオンは更にキラの代わりに問い掛けてくれた。


「そこまで対策を考えてあるのなら……失敗する可能性が高いこともわかっているんだろ。失敗が約束されている説得をすることに意味があるのか」


セイラの答えは早かった。ずっと、この問いを待っていたかのようだった。


「あります。自分にとって都合の悪い真実は、誰かが突きつけないと視えないでしょう?」


その言葉はキラの心に深く刺さった。あの時のことを思い出した。キラの記憶に封印が施されていることと、村人全員が封印のことを隠していたこと、そしてキラの両親が殺された記憶のこと。

その真実を突きつけてくれたのはゼオンだった。あの時のゼオンと同じ役をセイラは演じるつもりなのだ。


「きっとイオは私を罵るでしょう。言い返せなくなれば、きっと私にも牙を剥くでしょう」


キラも頷く。あの時のキラもそうだったからだ。あの時はゼオンが憎くて仕方がなかった。誰もが見なくていいと隠してくれたものを、わざわざ突きつけてきたことを恨んだ。

しかし、あの時ゼオンが真実に気付かせてくれなければ、今頃サラもサバトも死に、リラは一人で惨劇の苦しみを抱え込んでいたかもしれない。


「セイラ……辛くないの。イオ君に憎まれること」


そう尋ねても、セイラはどこまでも突き進むのだ。


「辛いですよ。だから私が言わなくては。あの子の為ならどんな汚名も罪も着ましょう。私以外に、一体誰がその役を演じられるというのですか」


その言葉はあまりにも真っすぐで、キラはそれ以上何も言えなくなってしまった。ほんの少し笑いを漏らして、キラは言った。


「あはは……ほんと、セイラには一生勝てる気がしないよ。完敗だ」


それから、キラは更に尋ねる。


「あたしは手伝うよ。けど、その前にもう少し色々聞いてもいいかな」


「構いませんよ。なんでしょう?」


「セイラの記憶の中でさ、オズのことを『本当に殺すに値する人か見極める』って言ってたよね。あの村に来て、オズと色々話したりして、セイラはオズのことどう思った?」


キラは確かめておきたかった。大切なイオに恨まれてでも進むというのなら、セイラは現状をどう思い、どこに進もうとしているのか。

セイラに手を貸すというのなら、セイラに使われるだけの駒ではなく、セイラにとって本当の意味での仲間になりたいと思ったからだ。

セイラは少し考えてから、はっきりと言いきった。


「そうですね、やっぱりあいつはクソ野郎だと思います」


「オイオイオイオイ」


「身勝手で強引で卑怯ですし。仕事しませんし、好き嫌い激しいですし自意識過剰ですし、掃きだめの底より汚い屑だと思います」


キラは頭を抱えずにはいられなかった。しかし、セイラはその後ぶっきらぼうな口調で付け加えた。


「……けど、私が旅立った時とは印象が変わったことは事実です。思ったよりも……子供っぽいと感じました。そもそも奴が図書館なんてやっているとは思いませんでしたし、あんな人の良さそうな小悪魔ちゃん達に好かれているとも思いませんでした。嫌われる理由もあるけれど、好かれる理由もあるのかもしれない……くらいのことは思いましたかね」


それを聞くと、キラは少し安心した。あまりにもセイラがオズを悪く言うものだから、セイラが結局オズに対してどう考えているのかわからなかったからだ。


「とりあえずオズさんについてはリディに直接話を聞きたいと思っています。あれへの制裁の判断はその後です」


「じゃあやっぱり、リディさんのことも捜していかないとね」


キラがそう言うと、セイラは深く頷いた。そこまで話を聞ければ、キラからもう尋ねる事は無い。キラはセイラの手を握って笑う。


「よしっ、わかった。あたしから聞きたいことはそれだけ。イオ君の説得とここからの脱出、あたしは協力するよ!」


「ご協力、感謝します。ゼオンさんはどうですか?」


ゼオンは諦めたようにため息をつく。


「……わかったよ。仕方ないな、手は貸すよ。けど、セイラ」


心底不思議そうにゼオンは言った。


「お前、ここに来る前になんかあったのか?」


「はい?」


「いや、何も無いならいいんだけどな。お前、随分急に俺達への態度が変わった気がするから……」


それを聞いたセイラは何か失言でもしたかのように口を押さえた。その後、セイラはキラに目を向け、不適な笑みを浮かべた。


「それは、このまま何事も無ければいずれキラさんが気づくはずですよ。クスクス……」


「えっ、あたし?」


キラには何を言われているのかわからない。


「ええ。いずれね」


セイラはキラとゼオンが並んでいる様子を見て、なぜか楽しそうに笑っていた。

言っていることの意味がわからず、途方に暮れている二人を置いてセイラは歩き出す。

出会った頃と変わらない、けれど以前より少し柔らかい、そんな人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべてセイラは振り返る。


「では、意見が揃ったようならそろそろ行きましょうか。あの子のところへ」

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