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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第28話


記憶の世界は静かに崩れていった。過去のセイラとブラックの姿も水に溶けるように消えていく。

キラの隣には現在のセイラだけが残っていた。


「さて、また長い話に付き合わせてしまいましたね。私の思い出話はこれで終わりです。さっさとゼオンさんを助けに行きましょうか」


そっけなく言ったその言葉と、過去のセイラのぎこちない声真似を重ね合わせずにはいられなかった。


「その話し方……ラヴェルさんの話し方だったんだね」


「ええ。ささやかな罰ですよ。 こんな途方も無い戦いにあの人達を巻き込んでしまった……自分への罰です 」


その声は思い出してはいけない気持ちを必死で押し殺しているようだった。


「罰?」


「はい、あの二人のことを忘れたくなかったから。私、記録力はあるけれど、記憶力は人並みなので」


罰とは罪を裁いた結果、与えられるもの。けれど、キラはこんな罰も悪くはないような気がした。


「セイラ……本当に色んな冒険をしてきたんだね」


「そうかもしれませんね……」


セイラの小さな身体には、一体どれほどの強い覚悟が詰め込まれているのだろう。セイラがイオに贈りたい「バカみたいな幸せ」──それを、キラも共に見ることができたらいいのにと思った。


そして記憶は消え去り、舞台は再び現実に戻る。しかし、なんだか様子がおかしかった。手足の動きが鈍い。そして寒い……というより冷たい。

周囲を見回すと魚が数匹泳いでいる。上を見ると水面に薄く氷が張っていた。


「ここは……湖の底のようですね」


「だからなんでそういうとこに出ちゃうかなあ!」


キラは湖底で頭を抱えた。ここは最初の海中の世界と同じように、水中でも息ができた。しかし、この世界は冷たすぎる。ただでさえ移動しにくい水の中だというのに手足の体温はどんどん奪われて動かなくなっていく。


「とりあえず、早くここから出なくちゃ」


キラとセイラは水面に向かって泳ぐ。しかし、問題は水面の氷だった。あれを壊さなければ水上に出られない。

その時、突然劫火が水面を撫でて氷を溶かし尽くした。


「何あれ!」


状況はわからないが、氷が溶けたのなら好都合だ。キラ達が一気に脱出しようとした時だ。今度は吹雪が水面付近を通りすぎ、先ほどより更に分厚い氷が張ってしまった。


「えええー……」


脱出が更に遠のいてしまった。すると、セイラがキラに言った。


「……なるほど、わかりましたよ。キラさん、ゼオンさんが居る場所はすぐ近くです。このすぐ真上で二人が戦っているんですよ」


つまり、先ほどの炎と吹雪はゼオンとイオの魔法だというのだ。


「じゃあつまり、下手すると戦いに巻き込まれるということ……?」


「そうですね」


「そんなあ!」


しかも、水面の氷は更に分厚く成長していた。迂闊に水面に近づこうものなら、氷の成長に巻き込まれて閉じ込められてしまうだろう。

キラは分厚い氷を見つめて考える。どうしたらここから出られるだろう。この向こうに居るゼオンなら、こんな時どうするだろう。

考えた末に、キラは箒で空を飛ぶ時のように杖に跨がった。


「セイラ、後ろ乗って!」


「どうする気ですか?」


「待つ!」


セイラは頭の悪い猿を見るような顔をした。キラはぶぅっと膨れて抗議した。

キラにも考えがあるのだ。この先には絶対にゼオンが居る先ほどの炎がその証拠だ。セイラを飲み込んだ竜巻はもう消えた。ならば、記憶の再生が終わったこともゼオンはきっと気づいてる。


「この氷、きっともう一度溶けるよ。あいつが溶かす。そしたら、一気に水から飛び出すの。絶対そうなるって、あたし信じてるから」


セイラは呆れはてたようにため息をついた。


「わざわざ待たなくても、私が魔法で突破口を作りますよ」


「でも、上に出たらイオ君も居るんでしょう。セイラはそっちを警戒した方がいいかなって……」


セイラは口を閉ざしたが、こちらを疑うような眼差しは消えはしなかった。それを見て、キラはそれまでのセイラの苦労がどれほどのものだったかを感じとった。

天井を覆う氷を睨みながら、キラは言う。


「あたしね、ラヴェルさん達はセイラと出会ったこと、後悔していないんじゃないかなって思うんだ」


セイラがはっと息を呑む。キラの杖は今にも空に向けて走りだそうとしていた。


「あたしもね、後悔なんてしてないから。この聖堂に来て、セイラ達のことがわかって、本当によかったって思ってるんだ。だって、これでやっとセイラにちゃんと協力できるから。ずっと協力したかったから」


キラは振り返って、セイラに微笑んだ。初めて光を見た赤ん坊のように、セイラの目は大きく見開いていた。


「だから、信じて」


その時、天井を紅蓮の炎が覆った。分厚い氷は砂糖菓子のように消え、ゼオンの炎が水中を暴れ回る。

そして、キラとセイラは炎の中に飛び込んだ。冷たい水の感覚は一気に身体から引き離され、真っ白な冬の空が視界に広がる。

やっとたどり着いた地上では、蒼い蛇と紅蓮の不死鳥が激しくぶつかり合っていた。


「あはぁ、なぁんだ、出てきちゃったのかあ」


イオの声だ。雪の上で魔方陣を広げながら不敵な笑みを浮かべて空に話しかけていた。


「ねえメディ、残念だったねえ。もう少しだったのに」


キラの背に悪寒が走った。イオの反対側を見ると、大地から白い手が生えてゼオンの手足を捕らえていた。このままでは、雪の中に引きずりこまれてしまいそうなくらいに強く。

それでもゼオンは炎を纏った不死鳥を操り、イオの操る蒼の蛇に対抗し続けている。


「まずいですね。キラさん、そのままゼオンさんの所へ」


キラは深く頷き、箒を飛ばした。セイラの手から光の弾丸が放たれ、ゼオンを縛りつける手を撃ち砕いた。

そしてキラが夢中で手を伸ばした。


「ゼオン、捕まって!」


そういえば、いつだかこの逆の状況があったっけ。そんな昔が懐かしくなる瞬間だった。ゼオンの手を掴んだキラは、そのまま空へと舞い上がる。


「全く……戻ってくるのが遅いんだよ」


「そっちこそ、すぐ無茶するんだから」


キラはゼオンに笑ってみせた。ゼオンを杖に乗せると、セイラはすぐに光のペガサスを召喚し、イオの蛇への応戦に向かわせた。


「この隙に早く離れてください」


キラは再び頷いて速度を上げる。その間にセイラは光のモニターのようなものを宙に浮かべて、何かを打ち込んでいる。

その時、あの艶めいた声がキラとゼオンの間を掠めた。


『ウフフ……ウフフフ……もう行っちゃうのぉ、ざァんねんだわぁ』


ねっとりと張り付くようにその声はゼオンに囁く。


「うるさい、失せろ……!」


『フフフ……お久しぶり、ゼオン。また一緒に遊びましょう? ウフフフフ……』


ゼオンが苦しそうに頭を抑えた。毒液を注ぐようにメディはゼオンの耳元で笑う。それを見かねたセイラが言った。


「全く……こいつは本当に見境無いな。ゼオンさん、こんな言葉に耳を貸さないように。さて……振り切りますよ」


セイラがそう言うと、キラ達の目の前の空間に裂け目ができた。


「そのまま飛び込んでください」


キラは深く頷いて加速する。白い冬空も艶めいた声も空を切る音と共に消え去り、三人は空間の裂け目へ飛び込んでいった。







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