第11章:第23話
今まで空間を移動する度に驚かせられていたが、今度の空間はなんとなく見覚えがあった。だからこそ、手足に緊張が走る。
夜のような闇の中で沢山の本棚が迷路のように道を創っている。片方に白い本、もう片方には黒い本が並ぶ。
キラはこの空間を知っていた。サラの反乱の前、キラが連れ去られた時に閉じ込められた場所だ。
黒い記録書と白い予言書が並ぶ図書館。またこの場所に来ることになるとは思わなかった。
「この先にオズの記録書があるの?」
「この先に『世界樹』があります。オズさんの記録書はそこに埋まっているんです」
そういえば、そうだった。イオに導かれて脱出の方法を探していた時、歯車と水晶でできた巨大な樹木を見つけた。そしてその中に紅に染まった本が埋まっていた。
「罪人の記録書」──イオはそう言っていた。その罪人とは、きっとオズのことだ。この先に目的の本がある。そこには必ずイオが居る。キラは自分の杖を強く握りしめた。
「……あっ」
その時、ゼオンが急に黒い本を一つ手に取った。キラも気になって傍に寄る。
表紙には「ゼオン・S・クロード」と書いてある。ゼオンの記録書だ。本を開くと、中扉と目次があり、その先のページの一行目に「40241年12月24日午前0時9分31秒、父ガレオン、母ゼルナーシャのもとに誕生する」と書いてあった。
「なるほど、こうなってるのか……」
ぱらぱらと先に進むと、誕生してから現在までの一挙一動をこれでもかというほど事細かく書き記してあった。風呂やお手洗いに行ったことや、2歳の頃に服の中に虫が入って泣いたことまで書いてあるので、途中からゼオンが中を見られるのを嫌がったほどだ。
そんなこんなでゼオンが記録書を読んでいる間、キラは少し離れたところで待たされた。だが、あるところでゼオンは突然ページをめくる手を止めた。
「これ……は……?」
驚きの表情。キラは恐る恐る近寄ってゼオンに尋ねる。
「どうしたの。そのページ、見てもいい?」
「別に、いいよ」
キラが中を覗くと、そこには異様なページが広がっていた。コーヒーを零したようなシミがあり、文字が掠れている。文面もおかしい。
1行目には「40250年12月24日23時32分9秒、無差別大量殺人及びハイドランジアの街を焼いた罪により、軍警察により投獄される」と書いてある。年号は現在から数えて7年前。ゼオンがあの杖に身体を乗っ取られ、街と家族を焼いた年だ。
異様なのはその先だった。
「25日0時0分0秒、────が─────。─時─秒、────に『─────』と──。─時─秒、──────」
ページの殆どが「──」で構成され、記録の内容がわからなくなっている。殆ど助詞と助動詞だけのページが2p続き、最後に「25日6時33分1秒、火炎の魔術で牢獄を破壊、脱獄する」と書かれていた。
キラは何かの書き間違いではないかと思ったが、ゼオンは難しい顔で何かを考えていた。
「……そうか……だからあいつらは……そういうことか……」
一人で何か納得していたが、キラにはさっぱりわからない。ゼオンは本を閉じて元あった場所にしまい、次に予言書の本棚の方に目を向けた。
その時、とうとうセイラに見つかった。
「……ゼオンさん、何してんですか」
「記録書ってどんな感じになってるんだろうなと……」
「我慢してください。のんびり見せてあげたいところですけれど、そうもいかなさそうなんですよ。……この先に居ます」
キラは思わず震え上がる。イオだ。それから深呼吸をして心の準備をした。ここで怯えていては、セイラに協力すると宣言した意味が無い。
「いいですか、お二人とも。海中の世界の時と同じように私がイオの相手をします。その間にお二人は『世界樹』をぶっこわしてオズさんの記録書を奪ってください。記録書が手に入ったら離脱しますよ」
「ぶ、ぶっこわしていいの?」
「はい。どうせすぐ治りますから」
「なんだかイオ君と戦う苦しい役目をセイラに押し付けているようで申し訳ないんだけど」
「いえ、気にしないでください。適材適所というやつですよ。あなた方の杖……世界樹の破壊には私の魔法よりそちらの方が向いているんです。杖でも剣でもいいんで、物理で殴ってください。
一方のイオとの戦闘は自己再生機能がある私の方が適任です。オズさんの魔法と違ってイオの魔法はこちらの魔力を削いでくるようなことはないので、戦いのせいで今後に悪影響を及ぼすこともありませんし」
セイラとキラが話す様子を見て、ゼオンはぼそりとセイラに言った。
「……セイラ。今日お前、こいつにだけやけに優しくないか? 俺にだけ厳しいというか……」
「それはそうですよ。その方がからかい甲斐があって面白いですからね」
「やっぱりお前も最低だ……」
「ではキラさん、こんなゼオンさんは置いといて行きましょうか」
しかし、行くよりも来る方が先だった。地震が起こる。図書館が縦に割れる。足場は一瞬で崩れ落ち、キラとゼオンは慌てて空を飛ぶ体勢に入った。
「あらあら全く、あの子は待ちきれないみたいですね」
遠くに機械と水晶でできた樹木が煌めいていた。きっと、あれが『世界樹』だろう。ロアルの村がすっぽりと収まりそうなくらい巨大な幹だけが目の前に立ち塞がり。始まりの根も終わりの枝先も遠すぎて見えない。
そんな水晶の幹の一部分が紅に輝いていた。その輝きの真ん中に本のような形の物が見えた。
そしてその樹木の前にあの子がいる。ふわふわと妖精のように飛び回り、鬼のような目つきでキラ達を待っていた。
「よく来たねぇ」
イオはケタケタと嗤う。セイラは涼しい顔で返す。
「待たせて悪かったな。それにしても……今日は本当にお前一人みたいだな。二人……いや、三人くらい迎え撃つつもりで来ていたんだが」
「だって突然だったんだもん。だから今日はボク一人。タイミング悪かったなあ」
キラは空を飛びながら今にも攻撃を開始しようとしているイオを見つめた。すると憎しみの篭った視線が返ってくる。
「見たくもない」……ルルカ達の一件の時に、イオがキラに言い放った言葉を思い出す。キラの両親を殺し、サラを利用し反乱を起こさせ、キラに絶望を与えた──思えば、イオが今まで手にかけてきた人物は全てリラの家族だった。
イオはリラが自分を拒んだことをずっと引きずってきたのだ。
「別に、あいつの記録書が欲しいんなら勝手にしなよ。メディは止めろって言ってたけど、ボクはセイラの方が大事だからね」
「ほう、それは好都合だな」
「けれど、セイラのことは逃がさないよ」
蒼い光が煌めくと機械仕掛けの聖霊達が地から沸いてきた。セイラが指を鳴らすとセイラの背から魔力で出来た蒼い翼が生え、聖霊達を翼で凪払った。
「この間に、早く!」
キラとゼオンは紅に輝く幹へと向かう。そして杖で幹を殴りつけ──ようとした時に気づいた。空を飛ぶ為に杖に乗っているので、杖で幹を叩くことはできない。するとゼオンが言う。
「お前、こっちに乗り移れ。操縦は俺がやるから、お前が幹を叩け」
「いいけど、あたしが操縦の方が良くない?」
「どっちでも構わないけど、殴るならお前の馬鹿力の方がいいんじゃないか?」
「ばばば、ばかっていうなあ!」
その時、水晶の樹からうなり声のような音がし始めた。キラは急いでゼオンの杖に飛び移る。
幹から枝葉が生え、枝葉は幹を傷つける者を捕らえようとする。距離を取りたいところだが、物理で叩くなら近づかなければ話にならない。
ゼオンが小さな魔法陣を呼び出すと、キラの杖先の石が輝いた。
「杖を強化した。出来るだけ幹に近づくから、後は自分のタイミングで突っ込め」
迫りくる枝葉を避けながらキラ達は世界樹の幹に向かって飛ぶ。しかし葉が視界を覆い、思うように近づけない。
「ぜ、ゼオンの下手くそ! ほらもっと早く旋回しなきゃ、ほら今、直進!」
「う、煩いな。お前、自分と同じ感覚で言うな」
今のところ枝葉を避けきれてはいるものの、なかなか幹には近づけない。周りの枝葉の動きを見ながら、キラは立ち上がった。
「ゼオン、あたしちょっと行ってくる! その間、あの枝引き付けててくれる?」
「えっ……」
「じゃ、よろしくね!」
キラは目についた太めの枝に飛び乗った。手足に絡みつこうとする細かい枝をかわしながら幹へと駆けていく。
「ったく……無茶苦茶だ……」
ゼオンが派手に炎をあげて枝葉を引き付ける。どうやらこの樹は自分が壊されないよう身を守ろうとしているらしい。まるで一つの生き物のようだった。キラが樹の身体の中心へ近づけば近づく程、樹の抵抗は激しくなった。
だが、こういった攻撃をかわすのも、杖で殴るのも、キラは割と得意だ。視界を塞ぐ葉は薙ぎ払えばいい。行く手を塞ぐ枝は折るなり避けるなりすればよい。この身体が自由に動くなら、この程度の障害はキラの敵ではなかった。
「いくよっ! きらきらうるとらハンマーーっ!」
キラは杖を振りかぶり、紅に光る幹に突き刺す。体重をかけ、殴っては振りかぶり、殴っては振りかぶりを繰り返し、幹を砕いていく。透明な壁はみるみるうちに薄くなり、紅の本の姿がはっきりと見えてきた。
まるで炭坑のようにキラは世界樹に穴を掘り進めていく。しかし、あと一撃というところで、樹は思わぬ手段に出た。
厭な音がした。キラが振り返ると、樹に開けた穴の入り口が閉じはじめていた。
まるで傷口を塞いでいくよう。このままでは紅の本と共にキラ自身が樹に取り込まれてしまう。
早く逃げなきゃ。一瞬、そんな考えがよぎる。だが、なぜか不安は無かった。足が震えることも息が詰まることも無かった。
キラは深呼吸をして、もう一度幹を殴りつけた。最後の壁が取り払われ、紅の記録書がキラの手に収まった。
「早く戻らなきゃ」
キラは再び来た道を引き返した。しかし、キラが創った洞穴の入り口は既に塞がり始めていた。外の光がじわじわと消えていく。持てる力を振り絞って走ったが間に合わない。
入り口は完全に塞がれてしまった。振り向くと、背後からもドロリと透明な何かが押し寄せてくる。キラは何度も入り口に向けて杖で殴ったが、樹の修復が早い。
絶対絶命。このまま取り込まれるのだろうか。だが、なぜか恐怖は無かった。なんとかなるんじゃないかな。キラはそんなような気がしていた。
キラは息を吸い、外に向かって叫んだ。
「ゼオン! あたしはここだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
そして、予感は当たった。塞がれた壁は一文字に裂けた。外の淡い光を背に、ゼオンが水晶の牢を切り刻む。そしてキラに手を伸ばした。
キラはその手を掴んで、空飛ぶ杖の後ろに乗った。
「えへへ、やっぱり来てくれた。ありがと!」
「別に……。ほんと、お前は馬鹿だよ」
自然とキラの顔に笑みが浮かぶ。記録書を抱きしめながら、キラはもう一度「ありがとね!」とゼオンにお礼を言った。ゼオンはひたすら反応に困ったように黙り込んでいた。
「なんかゼオンってさあ、ヒーローみたい!」
とんでもない状況のはずなのに、キラは楽しくて仕方がなかった。
「ヒーロー……?」
「うん、なんか優しくて強いの、すごいと思う! 困ってる人を助けてくれる、正義の味方みたい!」
ゼオンの顔はキラからは見えなかった。それでもキラは夢中で喋った。
「ほんと、あたしもそんなふうになりたいなあー! 強くて、すごくて、みんなを助けられるようになりたいなあ!」
ゼオンは驚いてこちらを振り向きかけ、だがどこか寂しそうにまた顔を背けた。




