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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第18話

そこで場面が切り替わった。セイラの姿が歪んでいき、狭い部屋が闇に溶けていく。一人取り残されたセイラを想い、キラは手を伸ばした。この時のキラはまだ、この世界が「イオとセイラの物語」だと思いこんでいた。

だが周りの景色が溶けきった後、新たに構築された物語はキラもよく知っている話だった。

そこは暗闇の部屋だった。途方も無く広い部屋の真ん中に小さな少女が居た。瞼は確かに上がっているはずなのに、瞳は全ての光を拒絶したように暗かった。


「なんで、なんでこう繋がるの……」


もう耐え切れず気絶するようなことはない。しかしそれでもこの場面を目にすると頭痛と奮えが止まらない。

その小さな少女はキラ自身だった。傍にはまだ少年の姿のサバトが居て、二人の盾となるように正面に父のイクスが立っていた。そして、三人の視線の先にはあの黄金の宝石の杖を構える母──ミラの姿があった。


「どうしたの、おかあさんどうしたの」


「ミラさん……落ち着いてください」


「ミラ、ミラ……話を聞いてくれ。お願いだ……その杖を手放してくれ」


キラの心臓が早鐘のように鳴る。これは10年前のあの日だ。これから父と母が死ぬんだ。隣でゼオンが何か言っていたが、キラには全く聞こえない。

もう大丈夫だと思っていた。サラの復讐が終わり、キラは過去を乗り越えられたのだと思っていた。

けれど、「向き合う」ことと「繰り返す」ことは全く違う。もう今のキラはショックで気を失うことは無い。

だが、代わりに全身が過去の自分に向かって叫ぶ。「危ない」と。

杖が斧へと姿を変え、母が父を今にも殺そうとしていた。10年前のキラが目の前で泣いている。「助けて」と。

キラは夢中で駆け出した。母の前に立ちはだかり、皆と盾となる。しかし、大きな斧が頭に突き刺さる瞬間。「嫌だ」と心が泣いた。

その時、キラは強く突き飛ばされた。キラは地面を転がりながら斧の行く先をはっきりと見ていた。


「ゼオン!!」


斧はゼオンを縦に裂いた。しかし斧はゼオンをすり抜け、その後ろに居たイクスの頭をかち割る。その後はあっという間だった。

ミラは二発目でサバトの右目をえぐった。三発目。キラに手を上げようとしたところで、ミラの顔が青ざめ、手から斧が落ちる。そして、あの黒い闇が沸き上がり、ミラを地獄の底に引きずりこんで消してしまった。

キラはその様を直視できなかった。ゼオンが目の前を塞いでしまったから。しかし、ゼオンが居なかったらキラはきっとパニックになっていただろう。


「大丈夫、これはただの映像だ。全て終わったことだ」


叫び声がキラを追い詰める中、ゼオンがそう言ってキラを落ち着けた。そして、叫び声が消え、塵も残らず全てが過ぎ去ってしまった。そうした時、キラはふっと我に帰った。キラは斧が刺さったはずのゼオンに手を伸ばす。


「あ……ゼオン、斧が、斧が刺さって……」


「斧? ああ、大丈夫だよ。ただの映像なんだから」


もやもやとキラの心は晴れなかった。確かにゼオンに傷は無く、血が流れることはない。だが、たとえ映像でも母に殺されることは怖かった。何の躊躇いも無くキラを庇い、殺されに行けるゼオンの心が恐ろしかった。

キラは立ち上がって部屋を見渡した。泣き崩れるキラ。右目を負傷して動かないサバト。息の根が止まったイクス。そして、ミラを平らげたあの杖が転がっている。

全て、記憶の通りのはずだった。そのはずなのに、


「イクス……ミラ……そんな、嘘よ……」


有り得ない声がした。どうして今まで気付かなかったのだろう。無意識に目を背けていたのか、それとも背けさせられていたのか。

ちょうどあの杖を挟んで反対側……部屋の壁に寄りかかるような格好だ。

そこにリディが居た。有り得ない。そう思った瞬間にキラの頭に新たな記憶が沸き上がってきた。


「なにこれ……」


つい頭を抑えたが痛みは無い。苦しくもない。それはあの日、この城にたどり着くまでの記憶だった。

これまで、あの日キラは両親とサラの四人で城に来たのだと思い込んでいた。違った。五人だった。あの日、リディも共に城に来たのだ。

その時だ。心臓が止まるような感覚の後、世界が石と化した。この感じには覚えがある。時間停止の魔法だ。

そこから、キラの知らない物語が始まった。部屋の窓が開き、月の明かりと共にイオが部屋に降り立った。


「やあ、リディ」


「イオ……どういうこと!?」


「どういうことって、見てわかるでしょ。お片付けしたんだよ。ボクねー、聖堂から『破壊』の力の石を一欠片持ってきて、こっそりミラ・ルピアの服のポケットに入れておいたんだ」


「どうして、そんなこと!」


「リディが悪いんだよ。リディがロアルの村でオズ達と遊んでばっかりいるから。リディは創造の神っていうシステムでいなきゃいけないんだ。そのシステムにエラーを起こさせる奴は排除しなきゃ。さっきの二人はさ、オズと一緒にリディに余計なことを吹き込んだ悪い奴なんでしょ?」


「イオ、どうしたの? なぜ急にそんなことを考えるようになったの?」


「そんなこと? じゃあリディはいつからたかがヒト二人死んだだけでぎゃあぎゃあ言うようになったんだよ」


「え……」と、リディは顔面蒼白になり、自分の頬に触れる。今のリディにかつての機械のような冷たさは無かった。友人達の死を悲しみ、オズに恋するただの少女の顔をしていた。

困惑するリディの頭上にあの声が舞い降りた。ねっとりと張り付くような艶めいた声が。


『うふふふふ、あははははは! ねぇ、イオ。言ったとおりでしょう。そいつ、もう駄目よ。故障品だわ』


「ほんと、メディが正しかったよ。やっぱりこんな世界もシステムも一度ぶっこわさなきゃ駄目だね!」


リディはそこで何があったのか気づいた。毒を孕んだ声は楽しそうにイオの周りを飛び回っていた。


『うふふ、私、この子と仲良しになったのぉ。ちゃんと面倒見てあげないからこうして足元をすくわれるのよぅ? ウフフフフあははははは!』


そしてイオはリディに突きつけた。


「リディ、命令だ。これから言うことをやって。キラ、サバト、サラ……まずこの三人の記憶を書き換えて。そしてその後、村人達の記憶も消しに行くよ。リディに関する情報を全て消すんだ」


「……嫌と言ったら?」


イオはミラを喰らった杖の周りをくるくると回った。そして放心状態の幼いキラを指した。


「この杖、拾ってあのチビに持たせちゃおうかな。あの感じならもう一人くらい食べられそうだよねえ。あ、そうだ、あとちょっとでサラ・ルピアもこの部屋に来るんだあ。妹が死ぬところ、見せてあげよっかあ」


リディは何も言い返せなくなっていく。心配そうに残されたキラを見つめていた。イオはリディに詰め寄って足を踏み付ける。


「あんたは神っていうシステムなんだよ。人に成っちゃいけないんだ。でも、もう手遅れだよねえ」


イオはニタニタと感情の無い笑顔を浮かべた。リディは二人の友人が残した娘達の為に、ひたすら押し黙ることしかできなかった。







再び場面が移り替わり、キラ達はセイラが居る聖堂に飛ばされた。

セイラは狭い部屋でひたすらイオを待ち続けていた。皿を二つ並べ、貰ったブラウニーを乗せて。

その時、とうとう扉が開いた。


「イオ! どうしたんだ、どこに行っていたんだ!」


「セッイッラアアアあああ! ただいま! ごめんね、ちょっとお仕事が長引いちゃってさあ」


「仕事……?」


「うん、ちょっとリディのお友達を殺してきたの!」


セイラの手から絵本が滑り落ちた。イオの靴は血で赤黒く濡れている。すると、セイラの逃げ場を塞ぐようにメディが囁いた。


『ねぇ、セイラ。私達、お友達になったの。あなたも仲良くしなぁい? 歓迎するわよ』


「メディ!? どういうことだ……!」


イオがセイラの手を握る。興奮しているのか、真っ赤な顔でセイラに微笑む。


「ボクね、メディのお願いを叶えてあげることにしたんだ。そしたらメディもボクのお願い、叶えてくれるって約束したんだ」


セイラは何を言われているのかわからない。目の前に居る片割れの心が一体どこに行ってしまったのか、必死で探しているようだった。


「ねえ、セイラも一緒に行こう。ボク達はずっと一緒でしょ。今までも、これからも」


イオはセイラに手を差し出した。セイラは手を伸ばす。が、どうしてもその手を掴むことはできなかった。

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