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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第16話

そこから場面が移り変わった。それまでの景色は霧のようにぼやけ、目まぐるしく時が移り変わっていった。

キラとゼオンが次に降り立ったのは、その悲劇から40年後、現実の世界から数えると10年前の世界だった。

ブランの街はもう殆ど現実世界と同じ状況になっていた。街は荒れ果てたまま、人の気配は無く、白い聖堂だけが凛とそこに立っている。そして、深い森が聖堂を隠していた。

話は再びブラン聖堂から始まった。しかし、あの悲劇の前とは内部の様子が随分変わっている。


「ねえセイラぁ、今日は何して遊ぼうかあ」


イオはケタケタと笑いながらぬいぐるみに鋏を入れた。

部屋の中は荒れ果てていた。首から綿が飛び出たぬいぐるみが床を埋め尽くしていた。壁は黒いペンキが滴っていて、窓は全て塞がれていた。天井からは拘束器具のようなものがぶら下がっている。

セイラの為に作ったのだろうか。リボンとフリルで埋め尽くされた少女趣味の服が部屋じゅうに飾ってあった。

目玉から綿が飛び出たぬいぐるみをセイラは寂しそうに見つめていた。


「イオ、止めないか。その……可哀相だ」


セイラは死んだぬいぐるみを拾い上げた。


「やだー。元から死んでる物だからいいじゃん、別にぃ。ホントは生きてるヒトでやりたいんだけどボクはちゃんと我慢してるんだよ。むしろ褒められてもいいと思うんだけど」


「けど……」


セイラの悲しそうな目を見て、イオは突然怖い物を見るような目をした。


「なに、セイラ……なんでそんな顔するの……」


セイラに縋り付くイオの手は震えていた。


「セイラどうしたの。なんでそんな悲しそうなの? ボクのこと嫌いになっちゃったの?」


「そんなこと、一言も言ってないだろう。少し、その……昔が懐かしくなったんだ」


ふぅん、とイオは答えて、再びぬいぐるみを切り刻み始めた。

セイラは上手くごまかした方だと思う。イオの心の荒みがこの部屋によく現れていた。イオはもう窓の外を見ない。ぬいぐるみを切り刻むか、セイラにしがみつくかのどちらかだ。

その時、またあの女の声がした。


『あらぁ、お二人共。今日もリディは帰っていないのね』


「メディ……何の用だ」


セイラは警戒心を剥きだしにしていた。


『別にぃ、用なんて無いわよ。様子を見に来ただけ。あらぁイオ、またお洋服の数が増えたのね』


「うん! 今度は水色のにしたんだ!」


『リディには見せた?』


「ううん、リディは最近ずっとロアルの村に居るもの。時々しか帰ってこないよ」


「ロアルの村に居着いたオズの監視の為……と言っていたが……」


不穏な空気が流れた。イオもセイラもリディの行動に納得がいっていないようだった。

二人の話によると、あの後リディはオズを見つけたそうだ。オズが居たのはキラ達が住むあのロアルの村。偶々リラもそこに居着いていたらしい。身寄りの無い者の為のあの村は二人にとって好都合だったということなのだろう。

ちょうどウィゼートの国側も爆発の原因がオズだということを突き止めたらしく、ロアル村はオズとリラを交渉材料として密約を結び、村の自治権を認めさせた。

リディが村に乗り込んだのはそのようなごたごたが一段落した後だったそうだ。

元々はリディは「オズを殺す」という役目の為に村に向かったらしい。だが、あの村でオズと真正面から話し合った結果、考えが変わったそうだ。

リディがあの村で生活をし、行きついた結論が停戦と経過観察だ。オズがこれからどうなっていくか、本当に殺すべき者なのか。リディはそれを見極める為、ロアルの村に留まることを決めたのだった。


「と、言われてもな……」


セイラは何も見えない天井を睨んでいた。イオも腹立たしげに鋏の刃で床を叩いている。その様子を見てメディは楽しそうに嗤う。


『酷いわよねえ、ありえないわよねえ。相手はかつてリディを騙して力を手に入れ、ウィゼートの三分の一をぶっこわしちゃった最低最悪の罪人なのよぅ? あいつはそもそも力を手に入れようとした時点で殺すべきだったのに』


「黙れメディ。リディが自分の目で相手を見極めた結果の判断だ」


『嘘はよしなさいなぁ、セイラ。あなただって納得いってないんでしょう? なんでリディはオズなんかに惚れたのかって。リディを手込めにしたおかげで、オズは圧倒的な力を手にし、国の三分の一を吹っ飛ばし、今ものうのうと生きつづけてる。ねえ、あなた達ずっとここに居るから知らないでしょうけど、リディとオズがあの村でどうイチャイチャしてると思うゥ? 角砂糖吐きそうになるわよゥ?』


「さっさと失せろ。余計なことを吹き込むな」


『考えてみなさいよ。リディがもっと早くあいつを殺していたら。あの時のようなことは起こらずに済んだのよ? ブランの街は滅びなかった。イオがあんなふうに傷つくこともなかった。そうじゃなァい? そもそもリディがオズを封印なんかせずにさっさと殺していれば。あれはリディの罪でもあるわ。そうでしょう? 悪いのはあの二人でしょう?』


窓が塞がれているのは良くなかった。密室の中、ふわふわと毒を孕んだ声が充満していく。イオの手が止まった。セイラはベールのように広がる笑い声に向けて言う。


「失せろ。さもなければリディを呼ぶぞ。例えロアルの村に居たとしてもいつでも連絡できる。お前の精神も、いつでも封印できる」


『こわぁい、ウフフ……アハハハハ……じゃあお言葉の通り、私はこれで失礼するわぁ』


メディの声は溶けて消えた。しかし、何か重苦しい空気は消えなかった。カチン、コチンと時計の針の音がやけに大きく聞こえた。

メディが消え去って安堵したのか、セイラの目からようやく緊張感が消えた。そして何を思ったか、セイラは部屋を出ていこうとした。


「セイラ、どこに行くの?」


「……イオ、何か欲しい物はあるか? 食べ物とか」


「んー、あ、そうだ。チョコレートのブラウニーが食べたいなあ」


「……わかった」


セイラはそう言ってそそくさと出て行った。セイラとイオの様子は、以前とはまるで正反対だった。




セイラは聖堂から外に出た。更にブランから出てスカーレスタの街に向かっていた。ブランとスカーレスタはそう遠くはない。しかし、あれほど外の世界を毛嫌いしていたはずのセイラがスカーレスタまで向かうというのも不思議な話だった。


『あらあらァ、どこ行くのォ?』


またメディがついてきた。


「……買い出しだ」


『お菓子なら聖堂の地下空間で探せばいくらでもあるでしょぉ? なぁんでわざわざ外に買いに行くのかしらァ』


「……お前には関係ない」


『ウフフ……そうね、確かに関係無いわねェ』


そう言って再びメディは消えていった。セイラは不愉快そうに声が行く方向を見つめていた。

スカーレスタに着いたのは昼頃だ。この街はもう復興が完了しているようで、軍事基地の役割を担う城と、その城下町が広がっていた。

セイラは城下町の店を片っ端から見て回った。セイラが目当ての物を店員に見せると必ず、


「ありゃ、君、一人かい? お父さんかお母さんは?」


と言われた。セイラは金貨を差し出して、


「一人だ。金ならあるが、何か問題か?」


と答える。すると店員は気味の悪いものを見たような顔をして、大人しく商品をセイラに渡すのだった。イオがブランの街に顔を出していた時と状況は似ているが、人々の反応は対照的だ。

店員達の陰口を聞いていると、セイラは「可愛いげが無い」のだそうだ。確かにセイラよりイオの方が外見相応の性格と喋り方をしている。

セイラのことだ。陰口には勿論気づいていただろう。


「イオもリディも、……こうも醜い世界の何に惹かれたのだろうな」


そう呟きながら、まだセイラは街をさまよっていた。

15時を回った頃のことだ。大きな出版社の前でセイラは足を止めた。中年の男性と若い青年が何か言い争っている。


「駄目と言ったら駄目だ! 帰りな!」


中年の男性は若い青年を店からつまみ出す。青年が悔しそうに店から出てきたところで、セイラと目が合った。

セイラは青年の抱えている物に釘付けになっていた。熱い視線を送られていることに気づいた青年はぱちくりと瞬きをし、セイラにそれを差し出してみた。


「……興味があるのか?」


表紙には空を飛ぶ青い鳥が描かれていた。中は始まりから終わりまで美しい絵で彩られている。

セイラはそれを手に取り、夢中で見つめていた。思い返してみると、そうだった。セイラは絵本が大好きだった。

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