表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
75/195

第11章:第14話

先に口を開いたのはオズだった。


「なん、だ……これ……」


リディはわざと感情を押し殺しているようだった。


「なんだ、って……あなたがやったのよ。全てあなたの力」


「なんで……俺は、聖堂だけを壊すつもりで……こんな…つもりは……」


「神の血の力のせいで魔力のキャパシティも一度に放出する魔力量も跳ね上がったのね。今のあなたなら、指先だけで人を殺せそう」


オズは言葉を失い、呆然とその場に立ち尽くしていた。まるでキラの知らない人のようだった。今のオズには自信も欲望も我が儘さも無かった。その目に映るものは絶望だけだった。

まるで迷子の子猫のようだ。ここがどこか、自分が誰かもわからないような顔。

その様子を見て、リディは言う。


「……どうしたの。あなたが望んで手に入れた力じゃない。誰にも負けない、神にも世界にも負けない最強の力が欲しかったんでしょう」


リディも苦しそうだった。感情を殺して台本を読んでいるようだった。本当はもっと別の言葉をかけたいのではないのだろうか。「久しぶり、会いたかった」とか、そんな暖かい言葉を。

オズはようやくリディに目を向けた。


「そうか……そうか、とうとうそうなったか……」


まるで天国を見たような、死んだ目をしていた。それから口元だけ笑った時のオズはキラの知るオズとよく似ていた。

オズは月明かりに照らされたリディを見つめて微笑みかけた。


「久しぶり。相変わらず透き通るようなべっぴんさんやなあ。こんな洒落たモーニングコールがついて来るとは思わんかったわ」


途端にリディの顔が真っ赤に染まった。


「何がべっぴんさんよ、モーニングコールよ、今は夜よ。も、もう、口先だけは達者なんだから」


「そりゃ堪忍。ま、俺よりお前の方が百万倍達者やと思うけどな」


あ、そうか、リディはオズが好きなんだ。キラですらこのほんの数秒のやり取りでそのことに気づいた。

その時だ。荒野の静かな夜は魔性の女の一言で掻き乱された。今日のメディには余裕が無いのか、毒の篭った声が二人の上に散らされる。


『リディ。何をしてるの。どうして早く殺さないの。今こいつが何をしたのかわかっているの』


「わかってるわよ……あまり口出さないで」


『だったら早く為すべきことをなさいな。神の血の力を手にした怪物がどれほどの脅威かわかったでしょう? 放置しておけばいずれ手に負えなくなるわよ。ほら早く』


リディは崖の淵に立たされたような目でオズを見つめていた。殺したくない。戦いたくない。そんな本心が透けて見える。


『早くしなさいよ! そいつをさっさと消しなさいよ! あなたが動かないなら……』


リディが急に頭を押さえて苦しみ始めた。あの症状には覚えがある。例の杖に身体を乗っ取られる時も頭痛がしたから。

だが、さすがに見た目は可憐な少女でも中身は創造の神。この時のリディは自力でメディを跳ね退けた。


「手出しは無用よ、メディ。罪は私が裁くから。だって私は神様だもの……」


水晶の駒達がオズを取り囲んだ。しかしやはりリディはまだ攻撃することを渋っている。


「相変わらず乱暴やな、メディ。やり方が綺麗やない。奴を殺されたこと、未だに根に持っとるのか?」


『はぁ? まさか。あれに未練なんて無いわよ。むしろ消してくれて感謝してるくらい。私は今恨みを晴らすのではなくて秩序の味方をしているの。世界を狂わせる害虫を排除しなきゃ……ってね』


「はぁ、あの不埒な奴が、いつのまに真面目になったんやな。ああ、実体無くしたら不埒なこともできひんのか」


『お褒めにあずかり光栄だわぁ、この罪人、害悪、怪物。さっさと消えてくれない?』


オズは自分を取り囲む駒達を見つめ、一つ何かを決めたようだった。


「なるほど、罪人、害悪、怪物……確かに否定できひん。俺は悪人やからな」


その時、オズの背から血のように真っ赤に染まった翼が現れた。紅の力を燃やし、オズは空に手を伸ばした。先攻はオズだった。そして「夜空が割れた」。


「そんなら、ほな、あの日の鬼ごっこの続きをしよか、リディ。もしお前が俺を捕まえられたら、その時は……」


空の裂け目から滝のように溶岩が流れ出した。さすがのリディもこうも派手に攻撃を仕掛けられたら応戦しないわけにはいかない。リディが手を振ると大地が一文字に割れて洪水が起こる。


「逃がさないわ……!」


「そうこなくちゃな」


そして戦いの火蓋は切って落とされた。満月の夜は紅と蒼のイルミネーションに彩られたカーニバルとなった。そこから先はもう何が起こっているのかわからなかった。

「月が捩け」、「紅い海が湧き」、「蒼く空間が陥没し」、「夜が壊れて膿が零れた」。

ただ頭上を強大な何かが通りすぎてぶつかり合うばかり。ゼオンやセイラの魔法とは格が違う。これは「魔」法などという低い程度のものではない。「神」の名に相応しい圧倒的な力だった。

戦場が国の三分の一という狭い範囲で収まっていることが奇跡としか思えない。あれは指先で災害を起こす怪物達だ。災害と災害をぶつけ、一対一の戦争をしている。


「まずいな」


ゼオンが急いでキラの手を引き、隠れ場所へ引き戻した。そこから再び悪夢の時間が始まった。地上は人の世界ではなくなってしまった。キラとゼオンはひたすら怪物達の争いが終わるのを待った。


「あれが、オズとリディ……」


キラは縮こまりながら先程の様子を思い出していた。爆発後の惨状を見たオズの表情を。たった一人おいてきぼりになったような顔だった。あの時のオズは化物でも道化でもない人の顔をしていた。「俺は聖堂だけを壊そうと」──オズはそう言っていた。オズやリディの様子を見ると、オズがあの強大な力を奮うのはこれが初めてのようだった。そして、オズはその力を制御しきれなかった。

つまり、この惨劇は事故だったのだ。それはきっと絶対的な悪人が存在することよりもずっと残酷な真実なのだろう。「怒りと恨みをぶつけて構わない絶対的な悪」が存在してくれた方がよほど救いになるだろう。

隠れ場所の奥で震えているイオとセイラを見て、キラはそう思った。

イオは丸くなって腕に顔を埋め、セイラはイオの頭を撫でて落ち着けさせている。もう十分だろう。キラは叫びたくなった。その想いが裏切られることもわかっていた。二人が本当に辛い想いをするのはここからだった。

その時、突然争いの音が止んだ。ゼオンが顔を外に出したのにつられて、キラも外を覗いた。


「残念やったな」


強気な声とは裏腹に、オズの体は傷だらけだった。反対に、リディには傷一つついていない。水晶の要塞は今も顕在だ。だから、戦いという意味ではリディの圧勝だった。しかし、鬼ごっこという意味では別だ。

地上にはオズによく似た格好の肉片がいくつも転がっていた。中身は肉で出来たケシの花だ。臓器や骨が一切無いあたり、あれは全て囮だ。チェスの駒達に囮を全て片付けさせ、最後に残った本体にリディは淡く輝く女王の駒を放った。女王は手際良くオズを切り刻んだ。

そしてその瞬間、オズは鬼ごっこに勝った。最後の囮は今までのどの囮よりも美しかった。刻まれた身体は桜の花びらになった。本物のオズは既に夜闇の向こうに逃げ延びている。

消えていく囮は、勝者には相応しくない悲しげな顔をしていた。


「ああ、残念やなあ。また駄目やった」


そして、子供のように笑う。


「また今度な。また、遊ぼうな」


そうして偽物は風に吹かれて消えていった。リディは呆然と降り注ぐ花びらを見つめていた。エラーを起こした機械人形はうわごとを呟き始める。


「どうして……どうしてこんな……」


地平線が明るくなりはじめた頃、争いの幕が下りた。水晶の要塞が消え、足が地に着いても、リディは舞い散る桜の花びらから目を逸らせずにいた。

だが、そんなふざけた結末を受け入れられない者が居た。


『どういうことよリディ……なぜ逃がしたのよ! 相手が神の血の力を得ているとはいえ、まだろくに力を使いこなせていないのよ。あなた、十分仕留められたはずでしょう!?』


メディの怒鳴り声が響く。本物の恨みと憎しみが篭った声だった。


『あなた……このままあいつを放置する気? あれだけの悪人を野放しにする気? あいつは過去にあなたを騙したのに? それでもあなたのお気に入りだからという理由で? そんな理不尽な理由で?』


「違う、違うわ……」


『何が違うのよ。昔からそう、あなたは嘘つきね。あなたが一番狡猾な時はそうして弱々しくしている時だわ。私は知っている……あなた、あいつが好きなんでしょう。あいつのことが欲しいんでしょ?』


メディの声は業火のように夜明けの空に燃え広がる。その様はまるで長い祭りの幕開けのようだった。


『赦さない……私からは身体も力も自由も奪っておいて、あいつには全て与えるというの!? あなたのお気に入りかどうかだなんて、そんなくだらない理由で!? 赦さない……赦さないわ』


これから長く皆に絡み付くことになる病巣が殻を破った瞬間だった。メディはリディに張り付くように囁いた。


『決めた。あなたがシステムであることを捨てて、情に流されるというなら、私はシステムに成るわ……全て壊す、悪に相応しい破壊の神に』


「メディ、ちょっと待って……私はそんなつもりは」


『よくそんな戯言を言えるわね。もう遅いわよ。あなたがやらないなら私が仕留める。私が力も身体も持ってはいけないのなら、あいつは私以上にこの世に存在なんかしちゃいけないのよ。オズは絶対に殺すわ』


メディは呪いの言葉を撒き散らしながらふわりと空に溶けていった。


『こんな世界狂ってるわ! 全部全部欠陥品! 今ならゴミのように転がってるヒト共の気持ちがよくわかる! 神はなんて理不尽なのかしら!』


あはは、あははと嘲け笑いながらメディは消えた。その時、東の空から太陽が昇った。朝の光を妨げる物は何も無い。街も森も山も。

そしてこの日、長くこの国で続いていた内戦も終結した。東陣の拠点……スカーレスタの街も消え去っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ