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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第12話

イオは自分が見た未来を語り、爆発と関わりそうな位置に居る人の未来を片っ端から書き出した。しかし、そこからわかるものは「ウィゼートの三分の一が消し飛ぶこと」と「途方もない数の人が死ぬ」ということだけで、その爆発の原因に関わっていそうな人物は見つからなかった。


「確かに、これだけの人が死ぬのにその原因がわからないというのは奇妙ね」


イオの話を聞いたリディは機械人形のように抑揚の無い声で答える。セイラが更にイオに問う。


「こちらも『記録書』を確認しているが、原因となりそうな人物は見当たらない……。イオ、せめて爆発の中心地は特定できないか?」


「それが……その中心地が、このブランの街なんだよ」


セイラが僅かに驚きの声を上げたのに対して、リディは心が凍りついているかのように無反応だった。イオだけが誰よりも「真っ当に」震え上がっていた。


「この街が中心? ますますわからないな。この街のヒト共にそんな力は無い……だとしたら……」


セイラはリディに一つの可能性を提示した。


「私達のような、『記録書』にも『予言書』にも引っ掛からないような人物の仕業ということは無いか?」


リディは投げ掛けられた質問に「正しく」答えた。


「確かに、可能性はあるわ。けれど、この範囲を巻き込む程の魔法を使うことはあなた達にはできないでしょう。できるとしたら、私かメディ」


自分を容疑者として上げたにしては随分と淡泊な物言いだった。

その時、どこかで聞いたような艶めいた笑い声が舞い降りた。まるでリディが名前を呟いたことで呼び寄せられたかのようだ。隣でゼオンが青ざめ、キラも鳥肌が立ち、動けなくなる。あの杖に身体を乗っ取られる時と同じ声。


『うふふ、ねぇリディ。それ、私を疑っているのかしらァ?』


「いいえ、私は可能性の話をしただけ」


『クスクス……随分失礼な可能性の話をしてくれるわね。言っておくけど私にも可能性なんて無いわよ。ほらこのとおり、私は身体も力も奪われているじゃない。可能性があるとしたらリディ、あなただけよ』


声だけの魔性の女には確かに声以外の力は無かった。リディはカクンと首を傾げた。


「私、が?」


授業中に突然「この質問に答えなさい」と言われた時のような、きょとんとした顔だった。なぜそんな答えが導き出されるのか全く理解できないようだった。

リディはセイラに問い掛ける。


「ねえ、どうして私がウィゼートの三分の一を壊すの?」


「いや、私に聞くな。知るわけないだろう……」


セイラは途方に暮れてしまった。そんなことをしているうちに、太陽は完全に沈み、夜になっていた。

二人の神と『記録書』と『予言書』が集まっても疑問に対する答えは導き出されず、時間ばかりが過ぎていく。

しびれを切らしたようにイオが三人に問い掛けた。


「爆発の原因がわからなくて、避けられないとしたら……これからどうすればいいんだろう」


その問いに対しても、単純な計算問題のようにリディは答えを出す。


「それは簡単。爆発が起こる時間が近づいたら、イオとセイラは聖堂の地下に逃げなさい。私はその爆発の中でも平気だから、地上に残って念のため爆発の原因を探してみるわ。聖堂の地上部分は壊れるでしょうけど、事が済んだら私がすぐ直すから大丈夫よ」


「あ、その、そういうことじゃないんだよ……」


イオは首を振る。キラにはイオが何を心配しているのか手に取るようにわかった。そして、そんな単純な感情になぜリディが気づかなかったのかわからなかった。


「街の人達はどうしよう……みんなそんな怖いことが起きるって知らないんだ……みんなこのままじゃ死んじゃう……でも、ボクの言うこと、誰も信じてくれなくて……このままじゃ、みんな死んじゃう……」


その時、リディとセイラの声が重なった。


「それが、どうかした?」


キラは愕然としたが、イオは悲しみながらも何か察したようにため息をついた。

街の人々を心配するイオと、ここに来るまでにキラ達の邪魔をしたイオが同一人物だと信じられなかった。今までの認識が逆転して見えた。

キラの視点で見ると、イオがこの場で一番「まとも」のように見えた。そしてセイラやリディの冷たさに苛立ちさえ覚えた。

けれど、違う。二人の目に嫌味の色など無く、赤ん坊のように真っすぐ疑問を投げ掛けていた。リディもセイラも、決して街の人々を嫌っていたわけじゃないんだ。

すると、キラの横でゼオンが呟いた。


「多分……この頃のセイラはまだ『システム』だったんだろうな」


「システム?」


「ほら、この世界に来て最初にセイラは言ってただろ。『私達は世界を管理するシステムであり、それ以上でもそれ以下でもない』って」


そういえば、セイラはずっと窓の外を見ていた。聖堂に篭ったまま。セイラはこの聖堂の外の人をろくに知らないんだ。

その時、あの艶めいた声がイオの耳元を霞めていった。


『……あなた、それ以上深入りするのは止しなさいな。そこから先は茨の道よ』


やけに実感が篭った声だった。イオを挑発することも嘲笑うことも無かった。


「イオ、なぜそんなことを考える? ヒトは皆いつか死ぬ。それが偶然今夜だっただけだ。生まれては死に、生まれては死にを繰り返してヒトの歴史は続いていくものだ。お前、多くのヒトが死ぬ未来を見たのは今回が初めてじゃないだろう。なぜ今回に限ってそんなことにこだわる? 私にはわからない……」


セイラは別世界の生き物を見るような目をしていた。聖堂の中の世界をよく知らないセイラと、外の世界を見てきたイオの間にはいつのまにか大きな差が生まれていた。その差を知った上でイオは言う。


「リディやセイラが言いたいこともわかるけど……でも、街のみんなはボクに優しくしてくれたんだ……ただのヒトと、街のみんなは同じじゃないんだ。これからみんな死んじゃうってわかっているのに皆を放っておけないんだよ」


「同じじゃない……? わからない、私にはわからないよ」


イオは頭を捻った末に、困惑するセイラに言った。


「じゃあ例えばセイラ。ボク達が『記録書』でも『予言書』でもないただのヒトの子だとしたら。ボクが今晩、ボクが死んでしまうとしたら……セイラはボクを放っておく? 死んでも仕方ないって思う?」


「そんなわけないだろう。悪魔に魂を売ってでも必ず助ける」


「じゃあ、それがボクじゃなくてリディだったら?」


「同じことだ。それでも助ける。大事な主だからな」


即答だった。その答えを聞いたイオは新婚のお嫁さんのように満足げに微笑んでいた。


「そういうことなんだよ。ボクにとって街の人達はもう他人じゃないんだ。だから放っておけないの……あ、でもでも、一番愛してるのは今も変わらずセイラだからね!」


セイラは満月のようにまあるい瞳でイオを見つめる。賛同も反対もせず、ゼンマイを巻かれる最中の人形のように硬直していた。

リディも同じだった。目の前の小さな従者がいつのまにか知らない所に行ってしまったかのようだった。沈黙の夜の中で、声しか持たない女が重いため息をついた。


「あの、だから、ボク、もう一回街に行ってくる……時間が近づいたら戻ってくるから……」


イオはセイラ達に背を向けて、聖堂を飛び出した。


「イオ!!」


セイラは無我夢中で叫び、イオの後を追っていった。まるで鉄で出来た錠が壊れていくようだった。

二人が走り去り、部屋に残ったのは白い女神一人だけだった。二人の足音が遠ざかり、扉が乾いた音を立てて閉まった後、心のみの黒い女神が呟いた。


『止めないの?』


「どうして止めるの?」


『あの子達、放っておくとシステムの本質を見失うわよ。いずれ壊れて私のようになるわ』


「そうかしら。現状、あの子達は特に私の与えた役目を放棄する様子は無いわ。今はまだ見守っていても良いと思うのだけど」


何か勘に触ることを言ったのだろうか。メディは苛立った様子で舌打ちした。


『これだからあなたは甘いのよ。自分にね』


更にメディは仕返しのように囁いた。


『それとあなた、わざと言っているの? ウィゼートの三分の一の破壊……できるかもしれない奴がまだ居るじゃない。あなたが自分の役目を無視した、罪を裁かなかったせいでできた負の遺産が……あいつを地下に封印したのはあなたでしょう。封印が弱まってないか、確認すべきじゃない?』


その一言でリディの鉄仮面が揺らぎ、年頃の少女のような柔らかさが霞めた。


「オズ、が……?」


気のせいだろうか。その時のリディはとても目の前の危機を恐れているようには見えなかった。リディの瞳にはまるで「もうすぐ白馬の王子様があなたを迎えに来ます」とでも告げられたような輝きがあった。

だがメディは低い声で釘を刺す。甘ったるさも毒気も無い。自分の秩序に基づいて刃を放つように。


『いい、リディ。もし封印が緩んでいたなら……封印が解ける前に殺しなさい。今ならまだ帳消しにできるわ。あいつを生かした過ちを正せるわ。

 あいつは世界の毒よ。悪よ。生かしておけば狂わされるわ。だから殺すのよ。それが創造の力を授かり、世界を任されたあなたの役目。わかってるわよね?』


リディは夢見るような足取りで歩き回り、瞬間移動の魔法で消えていった。メディの言葉をどう受けとったかはわからない。


『あいつが蘇る……そんなの赦さない』


魔性の女神の声には誰よりも鮮明にヒトらしさが表れていた。

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