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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第11話

ゼオンが冗談を言うなんて珍しいな。一瞬本気でそう思った。ウィゼートの三分の一。キラはその範囲の広さを即座に実感することができなかった。

だが一歩遅れてその数字を飲み込んだ途端、キラは震える声で問い返した。


「三分の一……!? じょ、冗談でしょ……!?」


「当時の人々は皆、冗談だと思いたかっただろうな」


キラは唖然としながら目の前のイオとリラのやりとりを見つめていた。悲劇がもう目と鼻の先に迫っているとは思えない和気あいあいとしたやりとりに、キラの胸だけが苦しくなる。

この頃からリラは既に大人びた雰囲気と気品を備えていたが、まだお転婆さが残っていた。丸太の山に腰かけながらリラは高らかに笑った。


「あはは、じゃあパン屋に寄り道してたから遅くなったのか!」


「うん、あのおじさんの作ったパン、すっごく美味しいんだよ!」


「じゃああたしも後でもらおうかねぇ……っと、そういえば、財布はあいつらが持ってたんだっけ。参ったなあ。ツケにできないかな」


「……あ、じゃあ、パン屋さんのとこで会ったお城の人はやっぱりリラのお付きの人だったのかな」


「おや、奴らに会ったのかい? 参ったな、こりゃもう少しで見つかっちゃうかもねぇ」


見れば見るほど、リラにこのような時期があったということが不思議で仕方がなかった。キラにとってリラは大切な家族であり、口うるさい婆ちゃんであり、同時に超えられない壁だからだ。

リラに付き人の目を盗んで遊び回るような子供じみたことをするイメージは全く無い。逆に言えば、途方もなく長い年月をかけて、アルフェリラ姫は今のリラ・ルピアになっていったということなのだろう。

目の前に居るリラは少々お転婆な少女以上の何者でもなかった。隣に居たイオも同じだ。この二人に一生引きずる程の重たい傷がこれから付くのだろう。

まるで時限爆弾を見ているようだった。誰か止めようとしないのか、誰か気づかないのか。確定した過去だと理解しているのに、キラは悲劇の回避を祈らずにはいられなかった。

その時、イオはこんなことを言い出した。


「ねえ、リラの明日がどんな日になるか、予言してあげようか」


ちょうど、リラが「未来がわかるようになればいいのに」と何の気なしに呟いたところからそんな話になった。

当時起こっていたウィゼート内戦。あれは大元を辿るとリラの二人の兄の些細な兄弟喧嘩から始まったらしい。小さな喧嘩は王位継承権に発展し、その争いが武力行使に発展し、やがて国は二つに分裂し内戦にまで発展してしまったのだ。

リラはその些細な喧嘩を止められなかったことを相当悔いていたようだった。あの喧嘩が起こることがわかっていたら、自分が仲裁に入れたかもしれないのに。こんな内戦になることがわかっていたら、二人の仲互いを放置せずに済んだかもしれないのに。

もしかしたら、子供っぽく世俗離れしたイオは兄達の争いで傷ついたリラの心を癒してくれる存在だったのかもしれない。

そこでイオは言ったのだ。「ボクは未来がわかるんだよ!」と。当然リラは笑いながら信じない。どうやらイオがそう言うのは初めてのことではないらしく、リラは慣れた調子でイオをからかっていた。

すると当然「本当なんだから!」とイオは怒る。そこでイオは言ったのだ。リラの明日を当てると。

そしてイオは目と鼻の先に迫った悲劇に気づいた。


「あ……え……なん、で……?」


消え入るような声と共にイオの顔がみるみる青くなっていく。その様子だけでキラ達もわかった。イオだけがこれから世界を襲う出来事を知ったのだと。

イオは震えながらリラの手を握り、涙ぐみながら尋ねた。


「ね、ねえ、リラが住んでるお城って、地下室とかってある?」


「あるけど、どうしたんだい、そんな青ざめた顔して……」


「リラ、お願い。今日の真夜中、日付が変わる頃、地下室に隠れて。そのまま絶対出ないでね。夜、すごく怖いことが起きるの。地上は駄目だ、誰も助からない……」


天に祈るように訴えるイオを見て、さすがのリラも笑い飛ばすことができなかった。それからイオはうろたえながら立ち上がる。


「ま、街の皆にも伝えなきゃ……」


その時、あの付き人達がやってきた。


「姫! アルフェリラ姫! やっと見つけましたよ!」


王女の付き人。城の役人。国中に警告を出す為にはもってこいの人物だ。イオは付き人の足に縋り付いて訴える。


「お願い、お城の役人さん。今日の夜、すごく怖いことが起きるの。国中が焼けて無くなるの。お願い、みんなを避難させて。危ないって呼びかけて……!」


「え、国が焼ける? ああ、内戦のことか? 今の戦場はこの付近じゃない。避難させるようなことは……」


「そうじゃない。違う。戦争なんかでこんなことにはならないよ。お願い、みんなを避難させて……!」


イオは泣きながら訴えたが、役人達は首を傾げて信用しようとしない。それから先は「お父さんとお母さんは?」「何か不安なことでもあったのかな?」と、人としては正解だが危機を救う為には不正解の言葉しか投げかけなかった。

途方に暮れたイオは役人達を突き飛ばし、たった一人で街に戻っていく。迷子のようにイオを見つめるリラを置いていったまま。


「みんな、大変だ。大変なんだ! 早く逃げて! 今夜すごく怖い事が起きるの! 街が爆発するの。お願い……早く……早く逃げて!」


イオは声が枯れるくらいに強く叫ぶ。街中を駆け抜けて警告する。商店街を練り歩き、イオに優しくしてくれた人々に何度も訴えかけた。

しかし、イオの声に耳を傾ける者は居なかった。「子供の戯事だろう」「そんなこと起こるわけない」「きっと暇だから遊んでもらいたいだけだろう」──誰に叫んでも笑い飛ばされて終わってしまう。

イオの絶望と願いを聞き入れてくれる人は誰も居なかった。


「どうしよう……」


地面にうずくまるイオが顔を上げた時、目に入ったのはブラン聖堂の窓からこちらを見下ろすセイラの姿だ。藁に縋るように、イオは聖堂へと戻っていった。




聖堂内の元の部屋にたどり着くと、イオは迷わずセイラに抱き着いた。顔をセイラの胸に擦り寄せて涙を流す。


「どうした……何事だ?」


さすがにセイラもただ事ではないと気づいたようだった。セイラはイオと目を合わせて問い掛ける。


「きちんと話してみろ。どうしたんだ?」


イオは目を合わせてくれただけで安堵したのか、更に大粒の雫を落とした。


「あのね、最悪の未来が見えたの。今夜、とてつもなく大きな爆発が起きる。ブランもスカーレスタも、全部吹き飛ぶ……! どうしようセイラ……セイラお願い、信じて。どうしよう……!」


セイラは深く頷き、イオを抱きしめて頭を撫でた。セイラにはその一言だけで十分だった。


「お前の言うことなら、信じるさ」


イオは啜り泣いたまま深く頷く。


「だからイオ、もっと詳しく聞かせてくれ。『予言』を見たんだな。その爆発の原因は?」


「それが……わからないの」


「わからない?」


「爆発に巻き込まれそうな範囲に居る人の予言はだいたい確認したんだけど、その原因になりそうな人は一人も居なくて……内戦のせいでも無いみたい。戦争してる人はみんな死んじゃうし……」


「そうか……不可解だな。因みに、爆発の範囲はどれくらいになりそうだ?」


そう尋ねた瞬間、イオの顔色が一層悪くなった。


「それが……ウィゼート国の三分の一くらい……」


「さ、三分の一……!?」


セイラまでもが言葉を失った。そう、誰が聞いても現実離れしている広さなのだ。きっと、現在この世に存在するどんな兵器を使っても成しえないだろう。キラとゼオンもその原因など全く思いつかない。

イオから詳しく話を聞いた後、セイラは重い腰を上げた。


「とりあえずリディに相談してみよう。たしかにウィゼートの三分の一というのは尋常じゃない」


その言葉を聞くと、イオは深く頷いてセイラに抱き着いた。まるで迷子の子犬が居場所を見つけた時のようだった。街の誰にも信じてもらえなかったせいで生じた不安が解きほぐされた瞬間だった。

それからセイラは小さな魔方陣を呼びだし、それに向かって話しかけた。


「少しいいか、リディ。イオの『予言書』で最悪の未来が見えた。今晩、ウィゼートの三分の一が消し飛ぶそうだが、その原因が『予言書』ではわからないそうだ。そのことについて、お前の意見も聞きたい」


するとまばゆい光の柱が部屋に現れ、一人の少女が空間を裂いて部屋に降り立った。

桜の花びらのような薄桃の髪が揺れ、真白のドレスはまるで天空にかかるオーロラのよう。ぱっちりとした大きな瞳に肌は雪のように滑らかで、腕も脚も天女のように細く長い。

まるでこの世の綺麗なものを全て詰め込んでできたかのような美少女だった。


「リディ」


イオがその少女に呼びかけた時だ。キラの頭が突然強く痛んだ。リディと呼ばれた少女を見れば見る程、その痛みは強くなる。


「どうした……大丈夫か?」


ゼオンがキラに駆け寄った。リディの姿を頭から脚の先までキラは目で追った。

リディを見るのは今日この時が初めてだったはずだ。しかし、キラの記憶が叫ぶ。初対面ではないと。ずっと昔から知っていたような懐かしさを感じた。

リディは白鳥のように優雅な脚取りでキラの横を通りすぎ、涙ぐむイオに告げた。


「セイラから話は聞いたわ。イオ。あなたが見た未来を話して」


その声は、まるで心を知らない機械のように硬かった。

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