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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第10話

50年前、セイラとイオは今では考えつかないほど仲の良い双子の姉弟だった。いや、姉弟……というより、いっそバカップルとでも言うべきだろうか。砂糖を吐きそうになるくらいゲロ甘いやりとりを目の前で繰り広げられ、キラはどんな顔をしていいかわからなくなった。


「ゼオン……これ、映像なんだよね。見る意味あるのかな……」


「さあ……」


だっておやつのプリンに乗ったさくらんぼを「はい、セイラ。あーん」なんて、今時やらない。セイラもセイラでいつもどおりの寡黙さを保ちながらそのさくらんぼを口で受けとるし、イオの積極的すぎるアピールを慣れた調子で受け入れている。

「あたし、こういうこと一生できないだろなあ……」と思いはじめた時、セイラがイオにこんなことを尋ねた。


「そういえば、イオ。また『外』に行っていたみたいだな」


イオは一瞬しっぽを掴まれたような反応をしたが、すぐに力強く答えた。


「うん。今日はね、パン屋さんでパンを分けてもらったんだよ。お花屋さんでお手伝いもしたし。明日は……セイラも一緒に行ってみようよ! ぜったい、楽しいと思うんだ!」


「断る」


セイラは機械的に切り捨てた。何度か同じやりとりをしたことがあるのだろうか。イオは残念そうに俯く。


「イオ。私達の役割は記録書と予言書の管理。私達はこの世界を支えるシステムであり、それ以上でもそれ以下でもない。お前も、必要以上に外と関わるな」


口うるさい教師のようにセイラは言う。


「……そう、そうなのかな。時々外に遊びに行っても予言書の管理はできるし……パン屋のおじさん優しいし……別に悪いことじゃないと思うんだけど」


「そうして『外』と関わりすぎたメディがどうなったかは知っているだろう。それ以来、『私達は歴史の表舞台には出ない、外とは必要以上に関わらない、忠実なシステムであれ』……そう方針を決めたはずだ」


「でも……」


イオは犬のように縮こまってしまった。おろおろと周囲を見回し、時計を見たところでピンッと弾かれたように立ち上がった。


「あ、ボク、ちょっとプリンのお皿片付けてくるね」


いそいそと二人分の皿を持ってイオは部屋を出ていく。「嘘だな」と、キラの隣でゼオンが呟く。さすが、こういうことには特に目ざとい。

セイラも薄々感づいているのか、ため息をついて再び窓の外を見つめはじめた。


「……ちょっと、イオ君を追いかけてみない?」


「いいけど、気になるのか?」


「うん……」


キラ達は部屋を出てイオを追った。早々に片付けを済ませたイオはいそいそと聖堂からブランの街に飛び出した。まだ滅びる前の、廃墟となる前の街に。

50年前のブランは人の活気に溢れた賑やかな街だった。たくさんの商店が並び、果物や肉等が並んでいる。街の反対側には民家が並んでいるのだろうか。とにかく人が多い街だった。

イオは人をかきわけて街の出口を目指しているようだった。その途中、イオを見つけたパン屋の親父が声をかけた。


「よう、イオ坊じゃねえか! 新作食ってかねえか!」


「あっ、おじさぁん!」


イオは親父が差し出した試食用のパンにまんまと釣られていた。隣の店の女将もイオを見つけるとあれこれと食べ物を差し出している。意外にも、イオはこのあたりでは人気者のようだった。


「おいしい! おじさん、これすごくおいしいね!」


「だろぉ、自信作だ!」


差し出された食べ物を美味しそうに頬張りながら、イオは言った。


「ありがとう、おじさん! お礼にいいこと教えてあげる。この後ね、スカーレスタの王様のお使いの人がこの通りを2回通るよ。2回目の時におじさんのパンをおすすめしてみるといいと思う!」


きっと、イオは「予言書」で未来を知ったのだろう。パン屋の親父は最初は驚いたようだったが、カッカッカッと笑い出した。


「イオ坊はおかしなことを言うなあ! 王様の使いなんて来るわけないだろ! でもまあ、愉快な話だ、覚えておくよ」


「むぅ、ほんとだよ! ほんとなんだからぁ!」


「今日王様の使いが来るなら、明日は鎗が降るかもなあ! ははははは!」


「おじさんのばか! いじわる! 叩いちゃうよ!」


「ははは、イオ坊のパンチじゃマッサージにもならねえよ!」


パン屋の親父は予言を信じていないようだったが、かといってイオを冷たくあしらうことも無かった。隣の女将が「このバカ親父が! ごめんねイオ君」と親父にツッコミを入れる。イオはすっかりこの商店街に馴染んでいるようだった。

キラは振り返り、聖堂の窓から街を見つめるセイラのことを考えた。

不思議だなあ、と思う。キラ達の知るイオはセイラに「聖堂に戻れ」と言い、セイラはそれを拒む。しかし、50年前は逆だった。最初に外に興味を持ったのはイオの方だったのだ。

しばらく談笑が続いた後のことだった。


「姫様! おいお前達、探せ! 姫様ーー!」


突如そんな叫び声が響き、商店街じゅうが水をかけられたように静まり返った。改まった服装の男が数人商店街に駆け込むと、パン屋の親父に尋ねる。


「すみません、このあたりに姫様が来ませんでしたか?」


「姫様……だって? いや、それらしい女の子は見てない、いや、ませんが、一体あんた……いや、あなたは何者ですか?」


パン屋の親父は硬直していた。男は礼儀正しくお辞儀をした。


「申し遅れました。私、スカーレスタ城に勤めている者です。姫様の付き人としてこの街に来たのですが、姫様が突然居なくなってしまわれて……」


親父も女将も唖然とする。イオの予言が当たった瞬間だった。男は二、三何か話して去っていった。蝋人形のように大人達が立ち尽くす中、イオは何かを思い出したように言った。


「ボク、行かなきゃ。おじさん、じゃあね」


イオはいそいそとその場を去っていった。大人達はイオを見送った後、風船が割れたように大騒ぎをした。


「今の! イオ坊の言ったことが当たったぞ!」


「そういえばこの前も、あの子が『明日は雨が降る』って言ったら、ほんとに降ったことがあったよ。ありゃすごい子だねえ」


「ははは、まるで幸運の使いだな! パンの用意しておくか。儲けるチャンスを逃しちゃいけねえからな!」


だが、一方で冷ややかに陰口を言う人も居た。


「……気味が悪い子供だ。大体あの子どこの子だ。親の顔を見たことないぞ。あの謎の聖堂にも出入りしてるらしいし……幸運じゃなくて不運の使いの間違いかもしれないだろ」


きっと、この頃のイオはこんな冷たい声は聞こえてなかったんじゃないかな。キラはふっとそう思った。キラも昔そうだったから。記憶が戻る前のキラは、自分を見守る人全てを信じきっていたから。ゼオン達と出会うまでは。

何も考えてなかった自分。哀れな自分。幼い自分。きっと、もうあの頃のキラには戻れないだろう。

ほんの少し寂しくて、キラの足は動かなくなる。


「行くぞ、イオのこと、追うんだろ」


ぶっきらぼうな声に急かされて、キラは重い足を無理矢理動かした。


イオは商店街から離れた人気の無い草原へと向かっていた。資材置場なのだろうか、大きな丸太がごろごろと山のように積まれていた。

この場所にたどり着くと、イオはくるくる周りを見回して誰かを探しはじめた。待ち合わせでもしているのだろうか。

その時だった。丸太の山の後ろからどこか懐かしい声がした。


「遅いじゃないか」


雷のような衝撃がキラの中を走った。その少女の顔を見た瞬間、キラは全ての言葉を失った。隣に居たゼオンもきっとそうだろう。

イオに微笑むその少女の顔はキラと瓜二つだったのだから。


「なんで、あたしが……!?」


愕然とするキラの横を、イオが駆け抜けていく。少女に抱き着きながらイオは名前を呼んだ。


「リラ!」


キラはハッと我に帰る。よく見ると少女の瞳はキラと違って赤く、佇まいもキラより随分と大人びていた。

しかし、だとしても衝撃的な人物だった。イオが叫んだ名前は、キラの祖母の名前だったのだから。

少女はイオの頭を撫でながら笑った。


「だから、あたしの名前はアルフェリラだって言っただろう?」


「ぶー、だってアルフェリラって長いんだもん! 略してリラ! 良い呼び名だと思うんだけどな」


がんがんと頭を揺らされるような気分だった。リラはイオのことを知っていたというのか。こんな友人のように喋る仲だったのか。なぜ、どうしてそんなことが。

その時、隣のゼオンが突然ぶつぶつと呟いた。


「50年前……アルフェリラ・エスペレン……スカーレスタ城……」


ゼオンの頭の中で次々とパズルのピースが埋まっていっているのだろう。そして、ゼオンは確信を持って言う。


「お前の記憶が戻った時、お前の婆さんが元々王族だった話をしただろ。50年前は、お前の婆さんがまだ王女だった時代だ」


ゼオンの声は低く沈んでいく。この先の危機に震えるように。


「そして、この時期はウィゼート国が東西に分裂して『ウィゼート内戦』をしてる。その内戦が終わるのがこの年だ」


「内戦が終わるのがそんなに大変?」


「大変だよ」


そしてゼオンは最悪の未来を告げた。


「その内戦の集結のきっかけは謎の爆発だったんだ。その原因は今もわかってない」


「爆発?」


「そうだ。もうすぐウィゼート国の3分の1が消し飛ぶ。勿論、この街も」

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