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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第9話

快晴の青空の「中」でキラは唖然とした。自分の足を支えるガラス板の向こうを雲が泳いでいる。


「うわあああああなにこれえええ!」


「今更何言ってるんですか。ここは外の常識が……」


「し、知ってる! 通用しないことは知ってた! でもこんなに通用しないと思わなかった! ぜ、ゼオンはなんでそんな淡々としてられるの!?」


突然話題を振られたゼオンは反応に困って青空を見回す。


「淡々って……一応、俺も驚いているんだけどな……」


「全然見えない!」


キラはガラスのような足場をぺたぺたと歩きながら叫んだ。


「まあ、とにかくこの空間に危険はありません、大丈夫です。だから、先を急ぎましょう」


セイラは自分の庭を歩くように悠々と足場を渡っていく。キラ達もセイラの後に続くが、とてもセイラのような余裕を持ってはいられなかった。

ブラン聖堂は「実家のようなもの」だとセイラは言っていた。こんな不可思議な空間で暮らすなんて正気の沙汰じゃない。少なくとも自分には無理だ。キラは慌てながら心で呟く。

だがこうも思った。もしや、セイラにとってはこっちの方が普通なのだろうか。キラやゼオンが暮らす世界の方が特別なのだろうか。

セイラは今までどんな生活を送ってきたのだろう。キラはそのことが急に気になってしまった。

その時、セイラがふと顔を上げた。ふわりと、鮮血のエーデルワイスが空から舞い降りてくる。

次は黄金のチューリップ、次は水銀のカサブランカ、その次は象牙のプリムローズ。色とりどりの花が雪のように降り注ぐ。鮮やかな色彩は青空の背景によく似合っていた。この世界も、先程の世界とは違う美しさを持っていた。

その時、花に紛れて、あの蒼の水晶の欠片が落ちてきた。


「あら、いいものが落ちてきましたね」


セイラはそう言って、石に指を向ける。すると石は蒼の光となってセイラに吸い込まれた。


「セイラ、今のは……さっき言ってた『力を取り込んだ』ってやつ?」


キラが尋ねると、セイラはクスリと笑って頷いた。


「キラさんにしては察しがいいですね。そうですよ。あの石のことはもう知っているでしょう。あれには創造を司る蒼のブラン式魔術の力が篭っているんです。そして私を構成する力もあれと同じ蒼の魔力。要するに、あの石の力を取り込むと回復とパワーアップができるんですよ」


「へえー、じゃあ、あれがいっぱいあると、セイラが元気になるんだ!」


「そういうことです」


「あ、セイラ、あそこにも落ちてるよ」


足場の隅に同じような蒼い石が転がっていた。「本当ですね」とセイラも素直にその石の力を取り込んだ。

後ろで様子を見守っていたゼオンがセイラに言った。


「なんか、上機嫌みたいだな」


「ええ。石の力のおかげで私の身体も大分楽になってきましたし。それに、ここでならばいくらでも好きなように魔法を撃てますし。ゼオンさん、あなたも魔法をあれだけ使ってますからわかるでしょう。イオがどうとかそういうこと関係無しに、単純に魔法をいくらでも使えるって楽しくありません?」


問い掛けられたゼオンは耳にほうり込まれた言葉を飲み込むと、じっくりと咀嚼し、確かな実感を持って、しかしどこかぎこちなく呟いた。


「……そう、だな。わかるよ。魔法をいくらでも使っていいって、楽しいよな」


「楽しい」という言葉が急に不思議なもののように思えた。今までゼオンが「楽しい」だなんて言ったことがあっただろうか。雨上がりの虹を見つけた時のように、キラはその言葉が気になって仕方がなかった。


「楽しいの?」


「そうだ」


ゼオンが自分の楽しいことや嬉しいことを話す機会など滅多に無い。キラはそういう話が聞いてみたくなってきた。

だが、その世界をさまよえる時間にも、終わりが近づいていた。突如、眼前を厚い雲が覆う。青空は覆い隠され、降り注ぐ花は引きちぎられた。強い風が渦を巻き、足場が割られている。

ゼオンに話を聞くより先に、キラ達は目の前の壁に対処しなければならなくなった。そこに現れたものは七色の竜巻だった。雲も花もガラスの破片もあらゆるものを巻き込んで竜巻は膨れ上がっていく。

キラ達は身構えたが、セイラは逆だった。


「あ、ちょうどいいですね。ここでもうやってしまいましょうか……」


セイラは竜巻に向かって小さな魔方陣を浮かべる。そしてタイプライターを打つように魔方陣に文字を刻むと、そのまま陣を竜巻にほうり込んだ。その途端、縦に蒼い雷が走った。


「あれは『追憶の渦』っていいまして、たまに現れるんですよ」


その言い方は「この辺、たまに猫が出るんですよ」と言う時とよく似ている。


「……で、セイラ、どうすればいいの?」


キラが尋ねると、セイラは竜巻を指して言う。


「簡単です。あれに飛び込んでください」


そう言ってセイラは足場から飛び降り、七色の竜巻の中へと消えてしまった。キラとゼオンは唖然と竜巻を見つめることしかできなかった。


「まじ、で……」


これに飛び込めば普通は死ぬ。ここで常識は通用しない。セイラは助かる見込みがあるから飛び込んだということは勿論わかっていた。しかし、誰がこの荒れ狂う渦に平然と飛び込むことができるだろう。

キラは棒のように足場の淵で立ち尽くすことしかできない。だが、その時、ゼオンが身を乗り出した。


「行こう」


「ま、待って、本気!?」


「そりゃ本気だ。あまり遅れてセイラとはぐれると困るだろ。セイラがあれだけ警戒する気も無く入ったんだ。危険は無いのかもしれないだろ」


「でも……」


「万一危険があっても……なんとかするから」


ゼオンがそう言うなら、なんとかなるんじゃないだろうか。ついキラはそう思ってしまった。何度も絶体絶命の瞬間を助けてもらっているからこそ、その言葉には説得力があった。

それでこそ、いつか越えるべき目標だよね。キラはそう思って気合いを入れ直した。いつかこんな人になりたいと思った。頼れるヒーローみたいな人に。キラは拳を握りしめて気合いを入れた。


「よしっ、じゃあ行くよ!」


キラとゼオンは同時にガラスの地を蹴って竜巻へと飛び込んだ。一瞬で身体は風の波にさらわれて、キラは渦に乗って上へ上へと舞い上がっていく。七色が眼前を覆い、平衡の感覚もどこかに消え、一人ぼっちになろうとした時、いつものように少し大きな手がキラの衿を掴んでつなぎ止めた。






そしてキラは歴史の中のあの日で目を覚ました。気がつくと七色の竜巻は消え、地に足が着いていた。

そこは子供部屋のようだった。壁はパステルカラーで床はカラフルな絨毯。あちこちに古い玩具と絵本が散らばっている。絵本のタイトルは「オズの魔法使い」「青い鳥」「人魚姫」「雪の女王」……見たことのあるタイトルが多い。

その時、誰かがキラの衿を掴んだ。


「ゼオン! 無事だったの」


「うん、まあ」


「よかった、でもセイラは……」


ゼオンは苦い表情で窓際を指差す。するとそこにはセイラが居た。物憂げな様子で窓の外を見つめている。

キラは「セイラ!」と声をかけた。だがセイラは無反応。肩を叩いてみても、頭を叩いても全く返事をしない。

ゼオンに「どういうこと?」と尋ねようとすると、部屋の扉がびっくり箱のように勢いよく開いた。


「セッイッラァああああああ!」


キラもゼオンも思わず身構えた。それもそのはず、セイラに対してこんな甲高い声を上げる人などイオしか居なかった。

二人共武器を構える。


「イオ君、もう追いついたの!?」


だがイオは二人など見えてすらいないかのように一直線にセイラの下に向かい、抱き着いた。戦闘のせの字も知らないような無邪気さでセイラに今日あったことを楽しそうに話している。

妙なのはセイラの方で、敵対しているはずのイオの話をよく聞き、ごく自然に会話していた。まるで仲良しの姉弟のようだ。


「おい、これ見ろ」


ゼオンに呼ばれ、キラが見たものはカレンダーだった。


「カレンダーがどうしたの?」


「年号を見てみろ。これ……50年前のものだ」


ゼオンの言うとおりだった。カレンダーの指す年は今より50年前。言われてみれば玩具や絵本も今より相当デザインが古い。


「まさか……」


「そのまさかだ。多分、俺達は今から50年前に起こったことの映像を見ているんだ」


キラは困惑を捨てきれないまま、再びセイラとイオを見つめる。イオは甘えん坊の無邪気な子供で、セイラは相変わらず外見に似合わないくらい大人びたお姉さん。しかし、口調は厳しくともイオの話はしっかりと聞いている。

まさに理想の姉弟の姿だった。この瞬間がいつまでも続けばいいのにと、願わずにはいられないほどに。

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