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第8章:第7話

炎のように揺らめく光がイオの居た場所を廻っていた。カナリアの羽根のような閃光が茜の空に散っていった。

オズがなぜイオの要求を拒んだのかセイラにはわからない。夕焼けに照らされるオズの背中をセイラは呆然と見ているしかなかった。


「どういう風の吹き回しです?」


「そらぁ、俺は幼女誘拐に荷担するような趣味はないからやでー。

 野郎よりレディに優しくがモットーなんや。今日から俺のこと紳士や思てくれてもええで。」


「どこまでもふざけた人ですね。悪く思うなって言ったのは何だったんですか、このペテン師が。」


「ならお前の弟、無言でボコボコしてよかったん?」


「……そういう意味ですか。勿論恨みます。」


「ま、ボコボコにはしてへんけど。」


赤い光と土煙が晴れていく。地面が焼け焦げている箇所の数歩後ろの所にイオは無傷で立っていた。

不満そうに口をへの字に曲げてイオはこちらを睨んでいた。どうやら今の攻撃で完全にイオを怒らせたようだった。


「ふぅん、それでいいんだね。」


「そやな。お前はまだしも、メディには例え利害が一致したとしても協力するなんてごめんやわ。

 そんならお前から腕ずくで吐かせる方がええ。」


イオが舌打ちし、憎しみをぶつけるようにオズに言う。


「これだから死神は。いつだって邪魔になる。あんたなんかさっさと死ねばよかったのに、この死にぞこない。」


そう言った途端ホロの口から更に10体のホロが生まれ、イオを食おうと周りを取り囲んだ。

リーダー格の一体の上でルイーネが愛らしい顔を歪めてイオを睨んでいた。

ルイーネが怒りを露わにしてイオに言う。


「死にぞこないだの死神だの、言いたい放題言ってくれますね……!」


「えーっ、だって事実じゃん。

 神様の血を飲んで世界に死をもたらしかねない存在になった紅の翼の吸血鬼、だから紅の死神。

 そんな化け物は世界中の毒なんですぅ。だから消えちゃった方がいいの。わかってるよねっ、オズ?」


声だけ無邪気にイオは言う。

オズは残酷な言葉の数々に怯むことなどなかった。むしろ嘲笑ってみせたくらいだ。

不満そうなルイーネをなだめてからオズはイオに言った。


「それでハイそうやなって消えるわけないやろ、阿呆やなぁ。今更その程度でびーびー泣くような豆腐メンタルやないんやけど。

 さあどうする? 俺は消えへんしお前に協力もせんし幼女誘拐もさせへん。言うこと全部吐いてもらおうか。」


「なぁんだ、本当うっざい、不愉快。

 しかもお前みたいな毒物がセイラと居るなんてもっと不愉快。常にこいつの毒に晒されてなきゃいけないなんてセイラが可哀想だよ。

 で、あんたは何が聞きたいんだったっけ。リディの居場所だっけ?」


「そや、あいつの居場所、教えてもらおうか。」


再びイオは冷たく笑い出す。これがイオの本来の姿だ。ここまで来ればきっと誰もが イオがセイラの片割れであることに納得するだろう。

イオは周りを見まわしてホロ達に言う。


「そんなにおっかないものうようよさせなくたって、リディの居場所くらい教えるのに。

 正直別に隠す必要もないんだよね。っていうかオズ、あんたバカなんだよ。」


「へぇ、俺をバカ言うんなら、なんでバカなんか教えてくれへん?」


「クローディア・クロードとかに頼んでリディを捜してもらってたみたいだけど、そもそも捜す場所を間違っているんだよ。

 あんたは村の外ばっかり捜してる。そこがバカなんだ。リディはずっとこの村に居るのに。」


その些細な一言、たった一言がオズの言葉を奪った。途端にオズの両腕が力を失い、下に垂れた。言葉が出なかったのはセイラも同じだった。

オズが驚きを表に出すのは珍しかった。長い間捜し続けてきた少女がまさか自分と同じ村に居るだなんて想像もつかなかったのだろう。

セイラもリディがこの村に居るなんて全く考えていなかった。二人の反応を楽しむようにイオはキャハハハと笑い出す。


「キャハハ、面白い! 言っとくけどハッタリでも嘘でもないよ。何度だって言うさ。この村に住んでいる誰かがリディだ!」


「……それは誰や?」


「やぁだな、そこまで教えるなんて言ってないよ。そこは自分で考えて。」


すると急にイオの手のひらからポタリと何かが落ちた。血だ。どうやら爪で腕を引っかいたらしい。

自分の血を使う魔法のうち、この状況で有効だと思われる魔法が一つあった。詠唱無しで一時的に魔法を使えるようにする魔法だ。

イオやセイラに流れている特別な血。その血の力を遣えばある程度の魔法なら詠唱を省くことができるのだ。


「じゃあ、今日はお話はこれくらいにするね。バイバイ、また明日。」


イオが血のついた手を正面に出した瞬間、息が詰まったような感覚がした後、イオはどこかに消えてしまった。

おそらく魔法で時間を止めてその隙にこの場から去ったのだろう。要するに逃げられた。

イオが去り、緊張の糸が切れたようにセイラはため息をついた。だが目の前のオズはイオの居た所を見つめたまま動かなかった。

ルイーネがホロを撤収させてオズの所へ戻る。セイラもオズの傍へ行った。


「礼くらいは言っておきます。正直助かりました。」


セイラがそう言ってもオズは答えなかった。石のように固まって、誰の声も聞いていないようだった。

人が言いたくもない相手に礼を言ったのだから反応一つくらいしたらどうなのだろう。

チッと小さく舌打ちした。それでもまだオズは動かなかった。セイラはもっと不愉快になった。

オズが何を考えているのかは大体想像がついた。オズは小さな声で呟く。


「リディが、この村に……?」


やはりリディのことかとセイラは呆れた。リディリディと釣られてくれなければあれだけの情報をリスクを犯してオズに教えた意味が無いのでそれで構わないのだが、少々躍起になりすぎではないかと思うことがあった。

セイラが思うに基本的にオズは自己中心的だ。自分のことしか考えないオズがなぜこうもリディにこだわるのかセイラには理解できなかった。

そしてこんな自己中心的で我が儘で癇癪持ちな男をなぜリディが気に入ったのかも全く理解できない。オズは心優しいリディに釣り合う相手ではない。リディももう少しまともな男に惚れられなかったのだろうか。セイラは少々イライラしていた。

するとようやくオズが顔を上げてセイラに言った。


「お前、イオが言うたこと、どう思う?」


「信じがたい言葉ですが否定できる材料もありません。私には判断できませんね。」


「やっぱそうやろな……。で、イオのことどないしよか。

 あいつキラ達と仲良しごっこする気みたいやけど、絶対近づけるのあかんやん。」


「そうですね、確かに良いとは思えません。

 ですが無理に引き離すとキラさん辺りのいらぬ反感を買いそうなので、あちらが何かしら行動を起こすのを待った方がよいのでは?」


「そうかもしれへんけど、そうやって待ってるうちにキラとかにいらんこと吹き込まれたら嫌やなぁ。」


「確かに。キラさんほんと面倒くさいですね。」


「そういうとこがキラのええとこなんやけどな。

 でもまあ、とりあえず様子見ってことでええんやないか? お前の言うとおりこの状況で『イオに構うなー』とか言うたらこっちが悪者や。

 キラ達側と喧嘩起こすのは多分イオやメディ側にとっての得やろ。イオの行動やキラ達の様子に注意しつつってとこやな。

 あっちが動くまではこっちも芝居に付き合ったろか。俺らの出番はあいつらが『悪いこと』をしだしてからや」


「なら、そういうことにしましょうか……」


いつの間にかオズとの協力関係が出来上がったかのような会話になっていた。利害の一致という理由があったとはいえ、なぜオズなんかと──そう考えてセイラはまた不愉快な気分になった。


「それにしても、お前の話は本当やったみたいやな。メディとイオが組んどるって。」


「信用……するんですか?」


「その話については、する。」


その言葉をまさかオズが言うとは思っていなかった。

オズとセイラは昔から敵同士、そのオズから発せられた言葉とは思えなかった。

だがオズがセイラの話を信じてイオとメディに立ち向かってくれるというのなら、これほど頼もしいことはない。

近くでルイーネが「その冷静な判断をどうして村長の前でできないんですかねー」と言っていた。その通りだと思った。

セイラは首が痛くなるくらい顔を上げてオズの顔を見た。


「お前はこれでよかったんだな? あの二人を敵に回してよかったんだな?」


「昔からずっと俺の周りは敵だらけやし、あの二人は元から敵や。どうってことない。」


「そうか……。」


セイラは自分のスカートをギュッと握って俯いて顔を隠した。

オズがイオとメディに立ち向かってくれる。そのことが未だに信じられずにいた。同時にこれでもう完全にイオとは敵対したのだという事実が胸に突き刺さった。

オズはルイーネに言った。


「さてとルイーネ、今から村の連中の名簿ぶん取りに行くけどええな?」


「え、今からですか!? まさかイオさんが言ってたこと本気にしてるんじゃ……!」


「否定しきれへんし調べてみる意味はあるやろ。

 リディが姿や名前を変えて村人に紛れてる可能性は十分ある。あいつ化けるの上手いんや。」


「もーっ、まだ明日締切の書類片づいてないんですよー! オズさんのバカーっ!

 大体なんですかさっきの話! 一体何がどうなってるんですか、ちゃんと説明してください!」


「はははー聞こえへんわー。」


オズはセイラの横を通り過ぎるとへらへら笑いながら村の中央へと歩いていき、後をルイーネがふわふわ追っていった。

セイラはその場から動かずにオズの背中を見送った。頼るには危険すぎる人物であることは理解していた。だが一人諦めずに戦うはできても、この小さな手だけで勝つことはできない。

セイラは自分の小さな手を見つめて、キュッと唇を噛んで俯いた。ああ、無力だな。と心の底に吐いてため息をついた。

イオは次に何をしてくるだろうか。メディに勝つことはできるのだろうか。

オズはなぜあんなにリディにこだわるようになったのだろうか。自分のことしか考えなかったオズが一体何を見たというのだろうか。

様々な想いが頭を渦巻き溶けていった。


そしてセイラは空を見上げた。腹が立つ位に澄み渡った夕焼け空だった。

セイラは手を伸ばしてみた。当然、その手は空には届かなかった。

きっと永遠に届かないのだろうと思った。それでも期待してみたかった。


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