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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第8話

ほんの数秒の間に聖堂は「海に沈んでしまった」。今まで目にしてきた魔法とは規模が全く違う。頭を現状に追いつかせることもできないのに波に身体を追いつかせることなどできるはずもなく、キラは混乱したまま波に流されていた。

その時、ゼオンがキラの腕を掴み、キラはその場に踏み止まる。


「ったく、しっかりしろ。流されるな」


ゼオンはもう現状に慣れたようだった。そして唐突に水面を指差した。


「潜るぞ、セイラ達はもうこの下だ」


「潜……潜る!?」


慌てている暇すらなく、キラは海中に引きずり込まれる。そこはまるで異世界のようだった。聖堂など既に消え去っていた。目の前を色とりどりの魚が群れを成して泳いでいき、岩礁を瑠璃色のウミウシが這っていく。サンゴではなく紅や蒼の水晶が岩から生え、海はどこまでも深く続いていた。

「なんなのこれ!」と叫んで、キラは気づいた。水の中なのに息ができるし、声も響く。水のような抵抗感が身体を覆っていること以外は、地上と同じように過ごすことができた。


「本当に、とんでもないところだね……」


まるで夢の中のように美しい世界だった。ゼオンはキラの感動を聴きもせずに淡々と言った。


「お前、カナヅチか?」


「そ、そんなことないよ。落ち着いてれば泳げるって」


「じゃあ、さっさとイオが居るってことを思い出せ」


あ、とキラは間の抜けた声をあげた。ゼオンの言うことは尤もだ。現に海の底を見ると、幕のように魔方陣を広げたイオが微笑んでいる。

蛇のような眼でこちらを捕らえると、合図と共に蒼の陣達が火を噴いた。


「消し飛べ」


まるで舞台を照らすスポットライトか、それとも鼠を追い詰めるサーチライトだろうか。美しい放射状の光が火力を伴ってキラ達に迫る。キラは避けようとしたが、水の中では地上ほど素早く動くことができず、回避が間に合わない。

その時キラ達の盾となるように周りに魔方陣が現れた。太陽のような輝きと共に、蒼の弾丸がイオの魔法を撃ち砕いていく。

敵の全ての弾が砕け散ると、セイラが騎士のようにキラ達の前に舞い降りた。


「かわいい冗談を言うようになったな。せっかくの本拠地だ。もっと派手にやらないと私は捕らえられないぞ?」


そうイオに言い放った後、セイラは小声でキラ達に告げる。


「ぐずぐずするな、イオの相手は私がやる。あの階段を下りていくと扉があるはずだ。その扉の中に入れ」


セイラが指差した先には黄色い煉瓦が浮いていて、竜巻のような螺旋を描いていた。これを下っていけばいいのだろうか。


「でも、セイラは……」


「勿論私も行く。私が入るまで扉を閉めるなよ」


「そうじゃなくて、前の戦いとかのせいで弱ってるんじゃないの? イオ君と戦うって、セイラの身体は大丈夫なの?」


キラの心配をセイラは鼻で笑い飛ばす。セイラが天に手を掲げると、あちこちの岩から生える蒼の水晶が輝き始め、光がセイラの天の先に吸い込まれていった。


「確かに私自身は万全ではない。けどここなら取り込む力が無限にある。燃料庫と救急箱を抱えているようなものだ」


そう答えると同時に、蒼の矢が四方八方に飛びイオを狙う。力を存分に奮えるからなのか、セイラはむしろ戦いを楽しんでいるようにさえ見えた。


「いくぞ」


ゼオンがキラの腕を引いて、黄色い煉瓦の階段へと向かう。ゼオンはもう片方の手で杖に捕まり、箒で空を飛ぶ時と同じように杖に乗って階段を下りはじめた。

確かに生身で泳ぐよりも、この方が波に流されず、素早く思い通りの方向へ向かうことができる。

しかし……


「……っ……!」


ゼオンが悲痛な声を漏らす。よく見ると、杖を握る手は赤く爛れたあの右手だった。キラはゼオンの手を退け、自分が杖を握った。


「馬鹿、無理しないの!あたしが操縦するから、どいて!」


操縦を交代した途端、杖は風のように軽く滑らかに動き出しす。ゼオンめ、やっぱり相当な無理をしてやがった。螺旋の階段に沿って急降下しながら、キラはうなだれる。後ろのゼオンはばつの悪そうな様子で黙り込んでいた。

海底へと潜りながらキラがふと上を見ると、スターマインのような蒼い炎が深海を彩っていた。

「きれい……」とキラは思わず呟く。一瞬でも気を抜けば身体が吹き飛んでしまうような激しい戦いであるはずなのに、宝石を散りばめたように美しかった。

が、見とれていたのも束の間、争いの火花が徐々にキラ達に近づいてきた。セイラがキラ達について行くように下降したので、イオもセイラを追ってきたのだ。

下降を続けつつこちらに迫る流れ弾を避けて行くが、後ろから迫る弾を見ずに避け切るのは容易ではない。

すると、イオが突如狙いをキラ達へと変えた。「卑怯者!」と心で叫ぶが、蒼の弾丸はこちらに迫るばかり。


「おい、お前の杖貸せ」


ゼオンは操縦に使っていないキラの杖を奪い取り、迫る弾丸を魔法で全て凪払った。


「馬鹿馬鹿! 無茶ばっかり!」


「うるさい、迎撃せずに避け切る方が無茶だ。剣じゃなければ手のことは大丈夫だ」


イオが続けてもう一発こちらに放とうとしたところで、セイラがキラ達を守るように弾幕を張った。


「私を捕まえると宣言しておきながら目を逸らすとは。ならば、今度は私の方がお前を捕まえてもいいのか?」


「わぁぁ、セイラになら捕まりたいなあ。でもさー前も言ったよね。ボクはお仕置きはされるよりする方が趣味なの!」


まるで流れ星がぶつかり合って弾けていくよう。小さな炎一つ魔法で作れないキラからすると想像もつかないような膨大な力と力がぶつかり合っていた。

セイラは単純な魔法戦ではゼオンを完全に圧倒していたイオと互角に渡り合っていた。


「セイラ、強い……!」


「そりゃあな……そもそも扱える魔力量が人外レベルだ。魔法の撃ち合いだったら俺もあいつには敵わねえよ」


その時、煉瓦の階段の終わりが見えた。そこには煉瓦と同じ黄色い扉があった。そこまでたどり着けば……!

階段の終わりに到着すると、まずゼオンが扉を開き、キラを中に入れた。その後ゼオンも中に入り、扉を開けた状態に保つ。

あとはセイラだ。イオとの距離を離しつつ、順調にこちらに向かっている。「早く!」とキラが叫ぶ。

その時、イオがセイラを取り囲むように弾幕を張る。まるで獣を捕らえる網のよう。毛細血管のように微細に張り巡らされたエネルギーの網に隙は無いかと思われた。

だが、無限の力を取り込むことができるこの海では無駄だった。蒼の水晶の力を取り込んだセイラは自分に迫る網そのものに魔法で生み出した蟲を這わせた。その数は視界を多い尽くすほど。

網の力を食い尽くした蟲は爆発して海を彩る火薬になる。セイラを捕らえる網はセイラを隠す光の幕となった。

イオの目が眩んだ瞬間、セイラはイオに背を向けてキラ達が待つ扉に飛び込んだ。


「閉めろッ!」


キラとゼオンは扉を蹴りとばして閉めた。二人は力いっぱい扉を押しつづける。しかし、もう扉が押し返されることもイオの声が聞こえることもなかった。


「大丈夫ですよ、一度閉めてしまえば。イオが扉を開けても、その時には扉は別の空間に繋がっています。私達と同じ空間にたどり着くまでにはしばらく時間がかかるかと」


セイラの落ち着いた声を聞いて、キラ達はようやく扉から手を離した。キラはまだまだ心臓のパニックが収まらない。セイラとイオの戦いの激しさにもだが、それ以上にこのブラン聖堂そのものに驚かされた。

「外での常識が通用しない」──初めからセイラはそう言っていたが、まさかこれほど現実と掛け離れた場所だとは。


「あの、セイラ、さっき、聖堂流されちゃったけど……」


「あれは幻覚です。大丈夫、後で戻ったらおわかりいただけるかと思いますが、聖堂は壊されてなどいませんよ」


「あ、そうなの? よかった」


「ええ、ここまでは上出来です。三人とも無事ですし、イオはうまく撒けましたし。ではお二人とも、先を急ぎましょうか」


キラが振り返り、「そうだね」と返そうとした時、キラはようやく自分が今居る空間を正しく認識した。

「びゅおう」と風が通り抜けた。天気は快晴、お天道様もご機嫌だ。キラ達の周りには「果てしない青空が広がっていた」。

陸地は無い。海も無い。上下左右360度何処を見渡しても永遠の空色。

そんな世界にぽつりぽつりとガラス板のような透明な足場が浮いている。キラ達が立っているのはその足場の上だった。


「ふぁああああああああああ!?」


キラはひたすらに叫ぶ。またしても三人はとんでもない世界にたどり着いてしまったようだった。

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