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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第5話

キラは長い杖を背負いながらひたすら駆け抜けた。まだ陽も昇らない時間、人の気配は無い。

だがちょうど村の入口の看板が見えた時だ。見慣れた少年が居る。


「ゼオン! どうしたの、こんな時間に」


キラが近くまでたどり着くと、ゼオンは怪訝な顔で問い返す。


「それはこっちの台詞だ。お前もセイラに呼ばれたのか?」


よく見ると、ゼオンもあの杖を持ってきていた。キラはつい先程の出来事を思い出して憤慨した。


「そうだよ! セイラったら、あんな朝早くに人の部屋ぶち壊して酷い! 手紙渡すにしても、もうちょっとやり方があると思うんだよね!」


「壊……って、そんなに酷かったのか? こっちは昨日の晩だったぞ。手紙も寮の生徒に渡すよう頼んだみたいだったし」


「え。じゃあ、あんな目に遭ったのってあたしだけ? ええー酷い、なんで!」


キラが愕然としていると、もう一人の足音が聞こえた。小さな人影が現れる。噂をすれば――正にその表現が相応しい登場の仕方だった。


「お二人とも、おはようございます」


セイラは礼儀正しくお辞儀をした。先日よりも顔色は良いが、何か覚悟を決めたかのような緊迫感が漂っていた。

キラは早速セイラを指して怒った。


「ちょっとセイラってば! あの起こし方は酷いよ! なんであたしだけ、他にやり方あるでしょ!」


「すみません。キラさんの場合ですと、直前に起こして手紙を突きつけないと寝坊して無視されるかもしれないと思いましたので、こういった手段を取らせていただきました」


するとゼオンが感心して声をあげた。


「お前……賢いな」


「賢くない! ゼオンまで酷いよ!」


キラはぶうっと頬を膨らせたが、二人共全く相手にしていなかった。

それから、セイラはキラとゼオンが揃ったことを確認してから、話を始めた。


「では早速、お二人への『お願い』について、話をしましょうか」


やけに改まった調子で話しはじめたので、キラは困ってしまった。やはり普段セイラが頼み事をする時とは様子が違う。外見の幼さに甘えたような頼み方はせず、キラと対等な一人のヒトとして、毅然とした態度で話していた。


「要約すると、お二人には探し物の手伝いをしてもらいたいのです。これから私はオズさんの『記録書』を取りにブラン聖堂に向かいます」


「ブラン聖堂!?」


キラは思わず身を乗り出した。ブラン聖堂というと、セイラがイオ達に連れていかれそうになったところだ。反乱軍に連れ去られた時にキラは聖堂の内部を見たが、キラはあれほど構造も仕組みも意味不明の建造物など見たことがない。

地下に夜空が広がり、天に伸びつづける水晶の樹が在った。とても美しい世界ではあるのだが、そこに足を踏み入れ、探し物を見つけて無事に帰ってこられるとは思えない。キラがあの地下に連れていかれた時も、イオの誘導が無ければ脱出できなかっただろう。

そう考えた時、キラはもう一つ気づいた。あの場所にはイオが居るかもしれないのでは? 思えば反乱軍に聖堂を貸したのもイオだったし、セイラを連れていこうとした場所ならば、そこでイオが待ち構えている可能性はあるはずだ。

キラはますます黙ってセイラを行かせるわけにはいかなくなった。


「セイラ、本気!? ブラン聖堂だよ! そこ絶対やばいよ!」


「本気ですよ。危険も承知の上です。だからこうしてあなた方に協力を求めているんです。一人で突っ込むだなんて真似をすれば、それこそ先日あなた方が私を助けてくださったことも無駄になってしまうでしょうから」


セイラはそう言って手をさしのべた。サファイアのような蒼い瞳がぎらぎらとこちらを睨みつけていた。

すると、次にゼオンがセイラに問い掛けた。


「もう少し詳しく教えてもらいたい。オズの『記録書』を取りに行くってどういうことだ。お前自身が全ての人物の過去を記した『記録書』じゃなかったのか。それなのにわざわざブラン聖堂に行かなきゃいけないのか」


今までのセイラならば、ゼオンを挑発して頑なに事情を話そうとしなかっただろう。だが今日のセイラはすんなりと問い掛けに応じた。


「私の『記録書』にも例外が居ることはお話しましたよね。リディとメディ、そしてその二人の配下。オズさんも例外のうちの一人なんですよ。ただ、オズさんは勿論リディやメディの配下ではありませんし、記録書も私の頭に入っていないだけで聖堂の方には本として保管してあるんですが」


「……お前の頭に入っていないのに記録書自体は存在するのか? よくわからないな」


「ええ、記録書はね。予言書の方は存在しませんが」


「……ますますよくわからない」


「この間は戦いの最中でしたから大まかにしか理解できなかったでしょうね。後程記録書と預言書の仕組みもオズさんだけがなぜ特別扱いなのかも詳しくお話しますよ」


後程、という言葉を聞いたゼオンが少し警戒感を強めた。こうして今までセイラは大事なことを訊かれても何度もはぐらかしてきた。


「本当ですよ。移動中にお話します。それより先に、まずあなた方がこの頼みに応じてくれるかどうかをお聞きしたいのです。話がその後になると困りますか?」


セイラは険しい表情で問い掛ける。今日のセイラは言葉一つ一つに妙な重みを込めていた。ゼオンは渋々言う。


「仕方ないな……。で、こっちは要するにお前と一緒についていけばいいってことか。やっぱりイオは居そうなのか? 戦闘が起こる可能性もあるってことか?」


「ええ、そういうことです。私も回復してまだ間もないですし、いざという時は援護をお願いしたいのです」


キラは杖を握りしめて震え上がった。やっぱりまた戦うんだ。そう思って二人の顔を見回した。


「うーん……」


キラはこの場の面子を見てうなだれた。


「キラさん、どうしました?」


「セイラぁ、手伝うのはいいんだけど、このメンバーでいいの? ティーナとルルカも居た方がいいんじゃない?」


すると「どうしてだ?」とゼオンも不思議そうな顔をした。その反応にキラは呆れた。二人共本気でわかっていないのだろうか。頭のネジが外れてるのではないだろうか。キラはため息をついて言った。


「この三人ってこの前イオ君達にボコボコにされたばっかりじゃん! また怪我しに行くの!?」


「……あ。そういえばそうだな」


ゼオンは本気で気づいていなかったようだ。その様子を見ているとキラはどことなく不安になる。

一方のセイラは「全て承知の上」というような目で佇んでいた。


「ねえ、ティーナやルルカはあの時ほぼ怪我してないし、5人で行った方が心強いんじゃない?」


「いいえ、この三人で行きたいんです。あまり大所帯になると、こちらも面倒見きれないんですよ」


「面倒?」


「ええ。キラさんは一度ブラン聖堂の中を見たことがありますよね。あなたは迷子にならずにあの聖堂の中の記録書を取って帰ってこれる自信がありますか?」


キラはあの聖堂の内部を思いだし、「無理です!」と即答した。セイラはその答えを待っていたかのように頷いた。


「そう、あの聖堂の中は時間と空間の法則が外界とは異なっているんです。あの中であなた方の常識は通用しません。私にとっては実家のようなものなので特に迷いはしませんが、あなた方はそうはいかないでしょう。私が案内しながら記録書を奪還するとなると、大所帯じゃ面倒見きれないんですよ」


「う……確かに……」


「聖堂内では私が案内をしますから迷いはしないはずです。イオが待ち構えていたとしても、私なら互角に戦えます。私の予言書は存在しませんし、魔力もイオと同等ですので」


セイラは淡々と迷わず説明した。その様子を見ていると、キラは感嘆と不安の両方の意味で声が漏れる。

キラは先日の悲惨な光景を思い出した。腕も脚もひしゃげても、オズに手酷く裏切られても、セイラの意志は折れていなかった。この先でどんな危険が待ち受けようと、どんな理不尽と苦難が訪れようと、セイラは絶対歩みを止めないのだろう。

まるで機械を見ているようだった。「目的達成の為の最善手を導きだし、ひたすら進め」と命じられた機械のよう。


「ねえセイラ、怖くないの?」


キラは思わずそう尋ねてきた。本当は、恐れていたのはキラの方だったのかもしれない。セイラの氷のように冷たく強い意志が怖かった。

そんな揺るがない意志を持てることが羨ましかった。そんな姿に憧れたからこそ、思わず問いたくなった。

その横顔は大理石の像のように静かなのに、口から紡ぎ出された言葉には熱が篭っていた。


「怖いですよ。このままあの子が一人で壊れていってしまうかと思うと」


こう言われると、もはや嫉む気も失せてしまう。機械には到底紡げない意志の篭った言葉だ。セイラは恐怖すらも味方につけていた。

これからブラン聖堂に向かうことを恐れていたはずなのに、キラの顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「なんか本当にすごいや。セイラは、イオ君のこと大好きなんだね」


「……きっと、そうなんでしょうね」


「うん、そうだよ。手足ひしゃげても、頭ぶっ壊れても全くブレる気配無いなんて正気じゃないよ。セイラってば、ティーナに負けず劣らずの愛だねえ。普段は全然そんな素振り見せないのにね」


キラは目の前に差し出された手を強く握った。その時、東の空が白く輝き出した。朝日が昇る。


「わかった、あたし手伝うよ! 一緒に行こう、ブラン聖堂!」


セイラの瞳がまあるく見開き、驚きに満ちた顔でその言葉を受け取っていた。

キラは太陽のように笑いかけた。この幼い子供が抱えた鋼鉄のような意志を支えてあげたいと思った。


「……全く、これだからお前はすぐ騙されるんだ」


そんな時にゼオンが言ったことはキラの意気込みを台無しにした。


「むう、これは絶対騙そうとなんてしてないって! ゼオンはセイラのことまだ疑ってるの? 行く気ないの?」


「誰も行く気が無いとは言ってないだろ。俺はもう少し色々確認しなくちゃ納得できないだけだよ」


機械と言えば、ゼオンもいつも機械的に淡々と話す。常に冷静沈着な点も、時折自分の身を省みないところも、ゼオンとセイラは似ているのかもしれない。


「セイラ、もう一つ答えろ。そもそもなんでオズの記録書が必要なんだ」


それを聞いたキラは青ざめた。確かにセイラはまだそれを話していない。何の為に記録書が必要なのかもわからないままほいほい手を貸していては、オズとセイラに利用されたあの時と全く変わらないじゃないか。

「こうだからいつまで経ってもゼオンに心配されてばかりなのかなあ……」と、キラは落胆した。

するとセイラは二人にこう問い掛けた。


「お二人共、リディやメディのこと、それにイオとの戦いを経験してどう思いました? 一体どうしてこんな対立が起こってしまったのか、そろそろ気になるのではないですか? 理由もわからないままあんな戦いに巻き込まれていくのはあなた方だって困るでしょう」


確かにその通りだ。セイラが一体どんなものを抱えているかもわからないまま状況は悪くなっていく。

そろそろ一体何がきっかけでセイラがイオ達と対立することになったのか説明が欲しいところだ。


「それをあなた方にお伝えする為の資料作り……その為にオズさんの記録書が必要なのです。どうしても、あの人の話を抜くわけにはいかないんですよ」


するとゼオンが顔をしかめた。


「資料? 口頭で伝えるんじゃダメなのか?」


「別に私は構わないんですが、長い話になりますので、事情を理解する前に睡魔との仁義無き戦いに突入するかと思いますよ。ですので、実際に『見て』いただく方が早いかと」


『見る』という言葉にキラは首を傾げる。


「まあ、どういうことかは実際の公開までのお楽しみです。要は、私はあなた方にこちらの事情を説明したいんです。オズさんの記録書はその為に必要なんですよ」


「ずっと事情を話そうとしなかったくせに、どうして今更? オズに裏切られたから、今度はこっちに取り入ろうってわけか?」


セイラが初めて口を閉ざした。キラはゼオンをたしなめるが、ゼオンは発言を撤回しない。

ゼオンは今の言葉が刃のような切れ味を伴う言葉だとわかっていたようだった。これに答えられないようなら手は貸せないとゼオンの目が言っている。キラがどんなにセイラを庇おうとしてもゼオンは阻止した。

二人は返答を待った。石を飲み込むように息を吸った後、セイラは答える。


「はい。その通りですよ」

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