第11章:第4話
その日の晩から、セイラは早速作業に入った。
夜の戸張の下りた部屋の中で、ランプの灯を頼りにノートに必要な情報を書き留めていく。
頭の中に保管してある「記録書」を引っ張りだし、これまでリディ達が起こしてきた事をまとめていった。その作業の中で、一つ気づいたことがあった。
「やはり、『記録書』が消されてる……」
多分、イオに連れ去られた時だろう。数名分の記録が頭の中から消されていた。この村の住人のうちの数名の記録、ここ10年分程だ。
今になってようやく、先日イオ達がセイラを連れ去った別の目的が見えてきた。恐らくこの記録書の消去だ。
キラ、ゼオン、ティーナ、ルルカ、あと念のためリラとルイーネの記録書を確認したところ、この六人には全く手が付けられていない。オズの記録書はセイラは所持していないので消去される心配も無かった。
消去された記録書は全てこの七人以外の、セイラと関わりの薄い村人のものばかりだった。名前と顔もうろ覚え、セイラ自身もあまり重要人物だと思っていないので、それまでさほど記録の確認をしてこなかった人達だ。
また失敗した。セイラは腹立たしくて舌打ちする。
「あと一歩早ければ……!」
あの日、キラの友人を紹介してもらう前に邪魔が入ったことが悔しくてならない。
リディとその配下達には「記録書が無い」という共通点がある。
もしあの日、イオに連れ去られることなく友人達を紹介してもらえたなら、「キラの友人としてその場に存在するのに記録書が存在しない人物」を見つけ出せたかもしれない。そういった人物は非常に疑わしい。
だが村人の記録書を消去されてしまっては、記録書の有無でリディやその配下を探し出すことができなくなってしまう。
今回の一件で、リディを探し出すことがますます困難になってしまったというわけだ。
ただ一人、その前から記録書が存在しないことがわかっていた人が居る。
ショコラ・ホワイトだ。たしか、ディオンの来訪の前あたり。初めて会った時にセイラはそれに気づいた。
「ショコラ」という名前から、セイラはショコラティエではないかと疑ったが、結局先日の出来事のとおり、ショコラティエとはショコラ・ブラックの方だった。
ならあの女は何者なのか。その答えはまだ出ていない。ただ、怪しいということだけが確かだった。
「まあ、それについてはひとまず保留としておくか……」
記録を消去されたことは大きな痛手だし、ホワイトのことも気になるが、ひとまずセイラは作業を進めることにした。
今進めていることは記録が一部消去されても問題無く進めることができた。何せ今纏めているのは10年前より更に昔の記録。消去された記録はここ10年分なのであまり支障は無い。
だが、作業を進めるうちにセイラは別の壁にぶつかった。
「やはりオズの記録書が手元に無いと、これ以上進めようがないな……」
リディやメディ達がこれまでしてきたことの経緯を纏めるにはやはりオズのことを挙げないわけにはいかない。
だが、オズの記録はセイラの頭には入っていなかった。記録書に関してもオズは別格の扱いをされていた。
「参ったな。オズの記録書……無いとどうにもならないが、あれがあるのは……」
オズの記録書のある場所。それはブラン聖堂の地下。もしイオに連れ去られたままだったら、いずれ連れていかれた場所だ。もしセイラがのこのこ行こうものなら、正に牢屋に自分から入りに行くようなものだった。
「でも、無いとこれまでのことを伝えることもできないし……」
セイラは窓の外に浮かぶ月を見つめて考える。暗闇の中に月は独りで浮かんでいた。セイラはノートに書いた自分の字を見つめた。
「また、これは賭けだな」
あまり無茶しないでよ。ティーナの声を思い出す。早速、その言葉を無視しなければならないようだった。
◇◇◇
事件が起こったのは明け方頃だった。冬は布団が愛おしくなる季節だ。キラは温かな布団の中で気持ち良く眠っていた。
まだ太陽も昇らない時間。ふつうの15歳の少女なら寝ているのが当然の時間帯だ。だから、この起こし方は酷かったと思う。
突然窓の外がやけに明るくなったのでキラは目を覚ました。何やら地が唸るような音がする。窓から外を見ると、巨大な蒼い不死鳥がこちらに突っ込んでくるではないか。
「え、え、えええええ!?」
明らかに攻撃魔法の一種だ。キラの叫び声と共に部屋の窓は砕け散り、キラの部屋は風と光に掻き混ぜられた。
「う、ううう……なんなんだよう」
嵐が収まった後の部屋は酷い有様だった。布団という名の女神はひっくり返ったベッドの下敷きになり、机や棚が床に寝転がっている。
その時、ひらりとキラの頭に何かが舞い落ちた。
「手紙?」
封を開いてみると、中には丁寧な字でこう書かれていた。
『おはようございます、キラさん。せっかく間抜けな豚のような面を晒して眠っていたのに、突然起こしてしまって申し訳ありません。
今日、あなたにお願いしたいことがあります。もし引き受けてくださるようでしたら、5時半までに村の入口まで来て下さい。
セイラ』
のっけからあまりにも酷い内容だったので丸めて捨ててやろうかと思ったが、ぎりぎりのところでキラは思い留まった。
セイラがキラにこうしてお願いをするなんて珍しい。近頃思い詰めていたようだし、話を聞いてみよう。そう思ってキラは時計に目を向けた。5時半まであと10分しか無かった。
「え、ん、はああああああああ!?」
おかしいだろ。脳内でそう連呼しながらキラは光の速さで着替えて部屋を飛びだし、パンと生卵を口に流しこんで家を飛び出した。
「どうしたんだい! まだ学校に行く時間じゃないだろう!」
「ごめん婆ちゃん、ちょっと出かけてくる!」
呆気にとられているリラを置いて、キラは家を飛び出した。セイラが頼み事をするなんて、ただ事ではないと思ったからだ。
冬の朝は身体が骨から凍りそうな位に寒かった。明るみはじめた空を見上げながら、キラは村の入口へ急いだ。




