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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:第3話

「うーん、どうしてそうなっちゃうかなあ……。別に楽しむこと知らないわけじゃないよね? 絵本とお菓子好きだしね。なんでそこまでしちゃうかなあ……」


ティーナはセイラの親になったかのように真剣に悩んでいた。セイラにはそれが不思議だった。


「ティーナさんは、目的の為に命を懸けたりしないんですか?」


「しないよ……。多分しないのが普通だと思うよ」


「どうしてですか?」


「どうしてって……そもそも、全人生賭けてまで達成しなきゃいけない目的なんて無いもん」


「どうしてですか?」


オウムのようにセイラは反射的に返す。


「どうしてって言われてもなあ……。だって、そんな目的無くたって、あたし今の生活にわりと満足してるし。あたしの愛するゼオンが居てーキラとルルカが居てーわいわいやってーなんとなくしあわせっ! ってさ」


セイラは首を傾げた。ティーナが現状に満足しているとは思っていなかったからだ。


「私は、ティーナさんはゼオンさんと所謂『両想い』になりたいのかと思っていました」


ティーナはギョッと跳ね上がり、それから少し寂しそうに俯いた後、腕を組んで考え込んだ。


「んー、そりゃあなりたいっていう願望はあるけどね。でもそれは『目的』じゃあないんだよ。ゼオンにあたしを好きになってもらいたいからあたしはゼオンを好きになったわけじゃないの。わかる?」


「そうなんですか?」


「そうなの。愛は見返りを求めないものなんです! 愛してることが幸せなのっ!」


「愛にも、色々あるんですね……」


イオの言う愛とは随分違う。あの子は寂しがりやで事あるごとにセイラに愛されているのか確認したがった。共に暮らしてた頃、イオは一日三度はセイラに抱き着かなければ落ち着かなかったし、セイラが面倒くさがって冷たくあしらおうとするとすぐ泣き出しそうになった。

そんなイオと比べると、ティーナは自立していた。


「今、あたし結構充実してるよ。たとえ両想いになれなくても」


最後の一言にはほんの少し重さがあった。恋した相手が今誰を見ているのか、ティーナはきっと誰よりも早く気づいたのだろう。

セイラが触れるより先にティーナは頬を膨らせて文句を言った。


「っていうかセイラ、あたしがゼオンのこと大好きだってわかってて、今までキラのことでゼオンからかってたわけ?」


「はい。ゼオンさんがそのネタに釣られやすいのがいけないんですよ」


「もーセイラったらいじわる!」


風船のようにぷくぷくと怒っていたが、どうせこれも七割方芝居なのだろう。この手の芝居はティーナの十八番だ。

セイラは風船を割るように言った。


「ティーナさんがキラさんを目の敵にしなかったことに私は驚きましたしたけどね。さてまあいつの間にそんな謙虚になったのやら。ゼオンさんに媚びを売り、キラさんをボッコボコにするドロドロ愛憎劇を楽しみにしてたんですが、残念ですね」


「あんた最低だね……。あ、キラがもしゼオンに相応しくないゲス女だったらボコボコにしてたかな」


ティーナはけらけらと笑っていたが急におとなしくなり、天井を見上げた。


「まあ、ゼオンがあたしに振り向かないってことはキラと会う前からわかってたからね。キラのせいじゃないし、憎む気にもなれないよ」


「そういうものですか」


「そうだよ。だってさあ、この村に来るまでゼオンとどれくらい旅してたと思う? 3年だよ、3年あってなんにもないんだよ。なんとなく察するじゃん」


「そうなんですかね……」


難しい世界観だ。セイラにはきっと一生わからないだろう。だがどことなく、今のティーナの言葉も『嘘くさく』見えた。一番の核心は別の場所にあるように感じた。

それからティーナは手を叩いてセイラに言った。


「そうだ。セイラもさぁ、恋とかしないの? 恋しちゃってルンルンとか! せっかく可愛いんだからさあ」


「愛は目的の為にするものではないのに、恋はしようと思ってするものなのですか?」


「うっ、なんか難しい問題になってきたぞ。ま、まあ、恋じゃなくてもいいんだけどさあ、身近な人と過ごす時間を大事にする生活もあるんだよって言いたいの。神様に打ち勝つだなんて、そんな挑戦放り出して、のんびり過ごしたって誰もセイラを責めたりしないよ」


イオと離れる前は『記録書』としての役割の為に、離れた後はメディの企みを潰す為に。セイラはそれだけを考えてきた。

そんなセイラには「目的を放り出す」ということを軽々しく口に出せるティーナの神経は理解できなかった。


「あなたは、私に、諦めさせたいのですか?」


その一言には、ほんの少し侮蔑が篭っていた。


「そうじゃないの。視野を広げてみたらーってこと。見ててハラハラするんだよね。なんか、こうしなさいって命令された機械みたいなんだもん。故障して爆発するまで止まらないんじゃないかってくらい」


ティーナは一つ勘違いしている。セイラは自分の手足をじっと見つめた。傍から見れば幼い少女にしか見えないだろうが、この身体を構成するものは血と肉ではなくリディの魔力なのだ。


「仕方がないでしょう。そういうモノなんですから。根本的に悪魔や天使や魔術師とは身体と精神の仕組みも存在理由も違うのですよ。私は『記録書』を管理するシステムなんです。きっと、生き物よりは機械に近い存在ですよ」


「んーそうなの? システムにしちゃあ随分融通が利くし生き物っぽいと思うけど。イオなんてもっとシステムっぽくないじゃん。子供っぽいし……あっ」


その時、ティーナは何か大事なことに気づいたようだった。セイラを両目で見つめ、安心した様子で言った。


「……そっか、一番大事な人を取られちゃったから、そんなに必死なのかあ」


何を察したのかはすぐに気づいた。セイラは黙って頷いた。ティーナは途端に静かになり、セイラの頭をぽんぽんと撫でた。


「それじゃあ、しょうがないか。いてもたってもいられないよね」


そう言って、それ以降ティーナがセイラを止めることはなかった。


「無理しないでね。何度も言うようだけど、あたしにできることがあったらいつでも相談に乗るからね」


自分の髪をくしゃくしゃにしていく手をセイラはじっと見つめた。昔のティーナと今のティーナを比べ、時の流れの力を思い知った。

昔のティーナにはこんな言葉のかけ方はできなかっただろう。優しく微笑むティーナと、過去の世界で出会ったとある二人の姿が重なって見えた。


「じゃあ、あたし部屋戻るね」


ティーナの手は離れ、扉の向こうに消えていこうとした。


「ティーナさん」


思い出したように、セイラはティーナに言った。


「300年前の世界では、巻き込んでしまってすみませんでした。私が関わらなければ、きっとラヴェルもプリメイにも、迷惑はかからなかったでしょう。本当に、すみませんでした」


ティーナの足が止まる。突然背後で爆竹でも鳴らされたかのように、セイラを見つめて硬直した。だが、すぐにその緊張感は和らいだ。


「なぁんだ、そのことか。どうしたの、今になって」


「言える時に言っておかないと、後悔する気がしましたので」


ティーナは歯を見せて笑い、胸を張って言った。


「いいのいいの、もう気にしてないよ。ほら、セイラと会えなかったらこの時代にも来れなかったし、そしたらあたしのエクセレントでジャスティスのゼオンと会えなかったわけだしぃ? 結果オーライだよ」


あの当時は作る努力もしなかった笑顔は、今ではすっかりティーナのものになっていた。

サーカスのピエロのように派手に手を振ると、ティーナはそのまま扉の向こうに消えていった。


「……さあ、欲しい物は手に入りましたし。始めますか」


セイラは今日手に入れたノートを見つめ、部屋に戻った。

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