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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第11章:記録と予言の聖譚曲(後)
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第11章:記録と予言のオラトリオ(後):第1話

挿絵(By みてみん)



これからどうしよう。


その先何日もセイラは同じことを考えていた。怪我が完治し、宿に戻ってもまだその答えは出なかった。

夜の戸張が下りた部屋の中、ガラスの向こうの月を見つめながら、セイラはキラの言葉を思い出す。

頭の中に残る「記録」を確認しながら、セイラは自分の手を見つめた。小さな手は赤子のように震えていた。


不安と絶望で動けなくなる。別に初めての経験ではない。今まで何十年も時を渡り、世界を駆けてきた中でセイラは何回も現実に打ちのめされ、こうして落ち込んできた。そして、その度立ち直ってきた。


だが、今回セイラに突きつけられた事実は思いのほかセイラの胸に深く刺さった。

狭い部屋の隅でうずくまりながら、セイラは思考を巡らせる。

悩むな、考えろ。これからどうするか。

これまでどおりオズに手を貸すか。これは避けるべきだ。このままではセイラの願いが叶うより先にこの身が保たなくなる。

ではオズが提示したとおり、リディを先に捜し、リディを頼るか。これも否だ。リディの説得はセイラもオズも既に失敗した。

なら、誰の手も借りず、一人でメディに立ち向かおうか。セイラはぎりぎりのところで冷静さを保ち、これも否定した。

元から「神を敵に回す」という無謀な戦いをしているのだ。本気で相手を詰ませる気があるのなら、無謀な手を打ってはならない。

自分の両手は憎らしいくらいに小さい。背丈は低く、手足も短く、腕力も魔力も神とは比べものにならない程弱い。

「もっと私が強ければ」、こんな悩みを抱くことなど無いのに。セイラ一人でもイオを救い出せるのに。


「ああ、無力だな」


絶望に押し潰されそうになればなるほど、イオの姿が頭に浮かぶ。悔しさがセイラを呼び戻す。

今にも溺れてしまいそうな苦しさの中からはい上がるようにセイラは深呼吸をする。

この手がうまくいくとは思えなかった。誰かに話そうとしたことは何度もあった。だがこれまで出会った誰もセイラの話を信じてはくれなかったのだ。もし彼女達が信じたとしても、それでメディに敵うとは思えない。


「それでも、それで少しでも……」


セイラは紙とペンを取った。自分の「記録」を参考にメモを取り始める。

そもそものきっかけである10年前の事件のこと、遡って30年前のイクスとミラの記録、更に遡って50年前の内戦集結時のこと。

事情を説明する為に必要な情報は全て書き出した。リディとメディ、この二人の女神の間に何があったのか。そしてオズがどういう存在なのか伝える為に。



◇◇◇



「ノート?」


セイラの質問を聞いたティーナは首を傾げた。


「はい。ノートが欲しいのですが」


ティーナはうーんと首をあらゆる方向に捻って考える。ある日の昼下がりの宿屋でなことだった。セイラはティーナの部屋に相談に向かっていた。


「この村にそんなもの売ってるのかなあ。あ、でも学校があるんだから売ってなきゃ話にならない……じゃあ学校の購買? うーんどうだろう、わかんないな……」


「いえ、どこに売っているかわからないわけではなく……」


売っている場所は「記録書」から様々な人の記録を覗けば確認できる。問題は売っている場所ではない。


「お金が足りないんです」


「……えっ? そんなに無いの?」


「一銭もありません」


「えっ!!?」


ティーナは慌てふためいた。セイラにはその理由がわからない。ティーナは迷子に問い掛けるように言った。


「セイラ、あんた今までどうやって生活してたのさ。日々の食費とか! 朝と晩は宿の女将さん出してくれるけど、昼は自分で出さなきゃ駄目じゃん!」


「『記録書』ですので存在維持の為に食事は必要ありません。図書館で出されるお菓子は興味があるので食べてましたが」


「いやいやいや、そうだとしても洗濯とか、お風呂とか……あ、もしかして汗とかかかない? いやいやそれでも欲しい物買う時とか、お金かかるでしょ。どうしてたの?」


「そういう時は、『記録書』からこの年代、地域で使われている通貨を特定し、記録を参考に貨幣を魔法で創って払っていました」


「あ、ああ、そういえば『創造』を司る魔法がどうとか言ってたっけ……駄目だよ、セイラそれ駄目だよ、偽造だよ……」


ティーナは床に突っ伏して頭を抱えた。打ち捨てられたマグロのような面白い格好だった。セイラはその様子を見て考え込み、どうやら自分の金銭の取り扱い方に問題があるらしいということは理解した。


「ヒトの生活の方法は大方理解して合わせてきたつもりでしたが、まだ改善すべき点がありそうですね」


「改善ていうか、問題大ありだよ……。まあこっちもそろそろ残金が怪しいから人のことは言えないけど……じゃなくて! 話はなんだっけ。ノート?」


「はい、一時的にお金を貸してほしいのです。必ず返します」


「しょうがないなあ」とティーナは快く了解しようとした。が、またティーナは首を傾げた。


「ん、待てよ。今までお金を『創って』払ってきたのなら、なんでノートのお金を今作れないの?」


「オズさんの魔法の影響で現在保持している魔力の残量が大幅に減っておりまして。身体の維持と自衛の分だけで精一杯。他に回す魔力が足りないんです」


一瞬、ティーナの顔に憎しみの皺が寄った。だが、すぐに怒りを抑えて続けた。


「えーと、じゃあ、返す時はいつどうやって返すつもりなの?」


「後日、魔力が回復してきましたらお返しします」


「……つまり、また『創って』返すわけだね? 魔力削って」


「はい」


ティーナはまた頭を抱えた。何か問題があったようだ。ヒトの生活はややこしい。セイラは哀愁漂うティーナの後ろ姿を見つめながらそう思った。

しばらくして、ティーナは何か思いついたようだった。


「そうだ、キラかゼオンにノートが余ってないか聞いてみよう! 二人とも今は学生なんだもん、持ってるんじゃないかな。それならタダで手に入るかもしれないし、魔力削ってお金を返す必要も無いよ。ね、そうしよう?」


「その方が良いのであれば、私は構いませんが」


「うん、じゃあそうしよう! じゃあどっちに相談しようか。マイスウィートエンジェルのゼオンには会いたいけどぉー、ノート貰うならゼオンよりキラかなあ。ゼオンは勤勉で賢くてかっこよくて非の打ち所が無いあたしのジャスティスだからノート余ってないかもしれないしなあ」


セイラには全く理解できない理屈だったが、ノートを貰うならゼオンよりキラという選択は間違っていないだろう。キラは勉強が嫌いなのでノートの消費量も少なかった。


「よしっ、じゃあ早速キラの家に行ってみようか!」


「家、ですか?」


セイラは思わず聞き返した。咄嗟に足が動かなかった。


「うん。だってキラのところに行かないと貰えないし。今、家に居るかはわからないけどね。あ、キラの家行くの嫌だった?」


セイラは唇を噛んで黙り込む。だが、


「いいえ、別に。行きましょうか」


結局ティーナの提言に従うことにした。思えば、こうしてティーナと真面目に話をするのはこの村に来て初めてだったかもしれない。

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