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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第25話

随分と長いこと眠っていたような気がする。瞼を開いた時、真っ先に目に入ったものは見知らぬ部屋の天井だった。

結局あの後、村の診療所とやらに運ばれたんだっけ。セイラはベッドから身体を起こして辺りを見回す。

まだ四肢を動かすと全身に痛みが走る。腕を見ると、肉の形を保てず蒼く溶けかかった箇所が残っている。だが足は大方再生が完了している。腕の方もあと少しだろう。

再生が随分遅れてしまったが、もう少し経てば自由に動けるだろう。

その時部屋の扉が開き、ティーナが現れた。


「せ、セイラぁぁ! 目が覚めたんだね、よかったあ! もう何日も寝たきりだったから心配したよ!」


まるで今まで飲み込んで隠してきたものを吐き出すようだった。頭を抱きしめ、ティーナはひたすら早口でよくわからないことを言っていた。今まで赤の他人のような顔をしてセイラと接してきたくせに、またどうして突然――セイラは少し鬱陶しく思いながら、黙って頭を撫でまわされていた。


「大分怪我も良くなったみたいだね。でもまだ安静にしてなきゃ駄目だよ」


「ええ、あと一日もすれば動けるでしょう。助けてくださったこと、感謝します。明日は宿の方に戻って……」


するとティーナは頭を掻きむしってうなだれた。セイラにはその反応の意味がわからなかった。


「どうかなさいました?」


「全くっ、これだからセイラは……」


ティーナは教師のように口煩く説教を始めた。


「あんたはもっと、自分を大事にしなさいっ! 明日には宿に戻るゥ? 馬鹿じゃないの。どうせ戻ったら怪我なんて無かったみたいな顔して普通に生活するんでしょ。あと数日は寝てなきゃだーめ! 絵本とお菓子とたっぷり持ってってやるからぐうたらしてなさい! 強制だからね!」


「はあ。強制的にぐうたらするとは、これまた意味のわからないことを言いますね」


「セイラが一人で無茶ばかりするからいけないんだよ! リディがどうだの、双子の弟がすっごいやばいだの、なんでもっと早く言ってくれなかったのさぁ……あたし、ずっと前から知り合いだったんだし、ちょっとくらい相談してくれてもよかったじゃない……」


セイラは「あなたには言いましたよ。一番最初に」という言葉を寸前のところで飲み込んだ。

その時再び扉が開き、キラとルルカが顔を出した。


「セイラ! 起きたんだね、よかったぁ」


キラの傷も大きかったはずだが、もう自由に動き回ることができていた。まだ脚等に包帯が巻かれているが、特にキラ自身がそれを気に留めることはない。


「キラさん。もう怪我は治ったのですか?」


「完治はしてないけどね。でも治癒術と薬で治療して、包帯ぐるぐる巻きで5日くらい寝てたらだいたい治ってきたよ。最近の治癒術ってすごいねー」


「5日?」


セイラは思わず聞き返した。一体自分はどれくらい眠っていたのだろう。


「あの、あれから、何日経ったのでしょうか」


「えーと、7日だな」


「そんなに……」


セイラは自分の身体の状態をもう一度見つめ直した。アズュールの戦いの時とは比べものにならないくらいに身体の再生力が落ちていた。


「ほら、やっぱり無茶しすぎなんだよ。しばらく休みなって」


返す言葉は無かった。再生が進まない理由。それはセイラの身体を構成、維持している蒼のブラン式魔術の力が足りないからだ。原因の一つはイオに連れて行かれた直後に撃ちこまれた紅の石だが、一番大きな原因はオズの魔法だった。


「……そうしなければ、ならないようですね。全く、オズさんの魔法は厄介です……」


オズの名前が出た途端、三人の表情が曇る。キラが恐る恐るセイラに問い掛けた。


「ねえセイラはさ……これから、どうするの」


多分キラはこう言いたかったのだろう。あんな目に遭ってもまだオズと協力するのかと。キラは「止めろ」とも「協力しろ」とも言わず、ただこちらの身を案じていた。


「あんなクズ野郎、構う必要ないよ。あんな奴相手にしてたらこっちが死んじゃう」


やはりティーナはオズに冷たかった。


「でも……そういうわけにはいかないから、セイラはオズと協力してでもイオ君達に立ち向かおうとしてたんじゃないの?」


今日のキラはやけに物事の本質を鋭く突いてくる。セイラはあの時のオズを思い出した。まだ使えるか、もう捨て時か、物を判別する目だった。人を人とも思わない冷徹な化け物の目だった。

今のオズはリディを見つける為に必死だ。リディの為ならば、オズはきっとメディの企みを潰すことも躊躇いはしない。セイラはそう賭けた。

その賭けに負けたとは思わない。オズのおかげでイオ達を退けられたのは確かだし、今でもオズはリディを捜し続けている。

でも、これではあまりにも──セイラは小さな両手を見つめる。このままでは、きっと目的が果たされる前にセイラ自身が死んでしまう。


「少し、考えようと思います……。どうせまだ数日は『ぐうたら』していなければいけないそうなので、その間に……」


「そっか、わかった。あのさ、あたしに何かできることがあったら言ってね。協力するからね」


キラは包帯だらけの身体で微笑んだ。一方でティーナは悩ましげにぶつぶつ呟く。


「そーゆーことをする為のぐうたらじゃないんだけどなあ……もっとこう、暇な時間を楽しんでさあ……まあ、いっか……」


セイラはぐるっと三人の顔を順に見た。一番肝心な人の姿が見えない。


「ところでゼオンさんの姿が見えませんが」


「ゼオンはね、もう少し安静にだってさ。でももう大分良くなってたよ。明日くらいにはもう出歩けるんじゃないかな」


「そうですか……あの人も無理をしましたしね」


皆、深く頷いた。キラはとりわけ重い表情で頷いていた。

セイラがこうして帰ってこれたのは二人が「無理をした」おかげだろう。なぜ二人が自分の為にそんな無理をしでかしたのかは今でもわからない。


「キラさん、一ついいですか」


セイラはキラに問い掛けた。


「私が『記録書』で、イオは『予言書』。この話はもう知っていますよね」


「うん」


「それを聞いた時、どう思いました?」


キラは一瞬黙り込み、それから慎重に言葉を選んだ。


「なんかセイラって、すごいなあって。そんなすごいものを自分の中に抱えながら、これまで一人で頑張ってきたんだって思うと、なんか、尊敬するよ」


幼稚な頭から捻り出された言葉はこんなモノには不釣り合いな程に輝いていた。セイラは「そうですか」とそっけなく吐き捨てる。キラはそこから更に身を乗り出した。


「だから、だからさ、あたし、セイラを手伝いたいんだよ。セイラの話、もっとよく聞かせてよ。セイラが一人でここまで頑張ってきたこと、本当にすごいと思ってる。けど一人にならないで。セイラが居なくなっちゃってから、あたしずっとそう考えてたんだ……」


キラが強く、優しく、伝えれば伝えるほど、セイラはその頬を叩き飛ばしたくなった。だが今のセイラに叩き飛ばす程の元気は無かった。頭の中を様々な事が回っていた。


「それも、考えておきます」


「元気になってからでいいから、教えてね。絶対だよ。あたし、何度でも言うからね」


「あら、では元気になったら、根比べの始まりですね。……話はわかりましたから、今は少し一人にしていただけますか?」


セイラはあくまで気丈に振る舞った。だがそれも無意味だったかもしれない。キラ達は顔を見合わせ、思いのほかあっさりと了承した。

「また明日来るからね」「お菓子と絵本押し付けるからね」と言い残して、三人は部屋を去っていく。

再び、セイラは一人になった。大きなベッドに小さな身体を横たえ、布団を被って丸くなる。

そうしてみると、それまで見ないようにしてきた現実がどろどろと沸き上がってきた。


オズの嘲笑と、突きつけられた言葉を思い出す。「ただ邪魔をしてるだけやとあいつらに勝てへんことはわかるやろ?」と。

その時になってセイラは初めて「どうすればメディ達に勝てるか」を考えた。これまでは考えることすら忘れていたのだ。

ただ必死だった。メディ達から逃げ回るだけで精一杯だった。行くあても頼れる人も無かった。それでもイオのこと、この先の未来のことを想うと諦めるわけにはいかなかった。

諦めない。絶対に諦めない。いつしかそのことの方が目的になってしまい、「どうすれば本来の願いを叶えられるのか」がわからなくなってしまった。

ならどうすればよいか。「リディを見つけだし、メディを封印すること」──オズの提示した勝利条件だ。その言葉は間違いではないかもしれない。

だが、そんなことができるならば、そもそもオズと協力しようなどと考えたりしない。

「リディの力を借りること」──そんなことは既に試みた。この村に来る前からリディと連絡を取ろうとしてきたし、実際にリディと連絡が取れたこともある。だがリディはセイラと共にメディを封印することを「拒んだ」。

だからオズのところに来たのだ。もう他にメディとイオに勝てそうな人など思いつかなかった。

オズが世界の毒になりうるほどの悪人だとわかっていても、リディの為ならばと期待していた。オズが居れば、リディも勇気を出してくれるのではないかと期待していた。

だがその結果がこれだ。


オズは自分の目的の為ならば他の何だって犠牲にするだろう。リディもリディで、オズの呼びかけに応じなかった。

そしてセイラは身体の再生力を失い、身も心も擦り切れている。


「どうしよう」


もしかすると、こんな弱音を吐くのは初めてかもしれない。記憶の中でイオの声がする。あの子に戻ってきてもらいたくて、一人で壊れてほしくなくて、ここまで来たのに。


「これから、どうしよう……」


幼い少女のように布団の中で丸まって、セイラは呟いた。震えが止まらなかった。目の前が真っ暗で、どう足掻けばよいのかもわからなかった。

その時、再び扉を叩く音がした。

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