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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第24話

誰も居なくなった部屋は存外暗かった。戦いの影響で散らかった部屋を見回し、ブラックはため息をつく。

ひっくり返ったごみ箱を直し、箒とちりとりを持ち出して片付けを始めた。


「とうとう、終わっちゃったのか」


学生ごっこの時間を思いだし、ブラックは静かに呟いた。キラ達の顔、狂ったように笑うイオ。ショコラ・ブラックはこれから何の為に戦うのだろう。全ては主の少女次第だ。

散らばった本を元の位置に戻す。以前隣町で買った犬のぬいぐるみが床に転がっていたので、拾って撫でてみた。

そのままブラックはベッドに倒れ込んだ。そしてふと呟いた。


「ショコラの奴、さっきのばっちり見てたよなあ……」


ティーナの怒鳴り声、止めるキラ、去っていくオズ。いくら勘が鈍いホワイトでも彼らの間で何かあったことくらい察しただろう。

先程ブラックがホワイトにした事情の説明に嘘が混ざっていることに気づいただろうか。「そうだと困るな」とブラックはぼそりと呟いた。

その時だ。耳のイヤリングが再び淡く輝いた。


『お疲れ様』


鈴の音のような声だった。声一つとっても水のように澄み渡り、蝶のように不思議な魅惑を持った人だった。


「やあリディ、とりあえずなんとかなったよ」


『そう、ありがとう』


「それにしても、気絶して起きたばっかりの人に秒単位の指示出すってのはどうなの。全く、リディもリディで人使い荒いんだから……」


『ごめんなさいね。状況を聞いたら居ても立ってもいられなくて……』


「もう。ほんと、リディはオズさんのことになると必死だよね」


照れ臭そうにリディは笑う。まるで女子同士の日常会話のようだった。おそらくイオやメディの前ではこのように笑うことは無いのだろう。

恋する少女。そんな俗っぽく甘酸っぱい言葉が一番似合う笑い方だった。


『オズは……最近どんな様子かしら? 何してたとか、何を食べてたとか、何でもいいの。教えてほしいわ』


そわそわと落ち着かない様子でリディは尋ねる。女の子だなあ、とブラックは感心しながら答えた。


「そう言われても、今日久々に会ったからね。まあいつものオズさんって感じがしたけれど。あ、でも、ちょっと焦ってそうに見えたかな。イオ達が現れたり、リディが村に居ることがばれたり、そのほかにも色々あったしね」


『そう……』


リディの声は心配そうに沈んでいく。リディがオズを強く想っていることはその声で伝わった。

だからこそ、ブラックにはわからないことがあった。


「ねえリディ、どうしてオズさんと話してあげなかったの」


イヤリングをオズに渡すふりをしながら、ホワイトとペルシアを呼び寄せたこと。あれは全てリディの指示だ。リディが他の仲間に事情を伝え、その仲間から二人にブラック達の居場所を伝えてこの部屋に誘導してもらったのだ。

だが、ブラックにはリディがそうした理由がわからなかった。


『私も、オズと話したかったわ。でも、駄目。今オズと話したら、ついそのままふらっと会いに行ってしまいそうで怖かったの』


「そこがわかんないんだよな。どうして会いに行っちゃ駄目なの?」


『……駄目。今行けば、イオやメディは私がオズと組んでメディに刃向かおうとしてると思い込むもの。それでなくても、二人は私とオズを良く思っていないしね』


「……そこがますますわかんないんだよなあ。組んじゃえばって、あたしは思うけど」


ブラックは率直にリディに言った。本音を言うと、ブラックはリディがイオやメディの傍に居ることを良く思っていなかった。


「リディ、今のままで本当にいいの? あんたはオズさんが好きなんだろう。メディは最終的にオズさんを殺す気満々だよ。そんなメディにあんたはあたしらを協力させてる。あんたのやってることは矛盾してるよ」


『……そうね。でも、メディを怒らせるとキラ達が危ないわ』


キラ達の持つ杖。あれが人を消滅させる程の力があることもブラックは知っている。


「そのリスクも知ってるけどさ、あんたとオズさんが組んじゃえばなんとかなるんじゃないの? 堂々と姿現してさ。リディ程強ければ杖の力だってかなり抑えられるでしょ」


『……強さなんて、あてにならないわよ。どれほど力があっても、その力が何の意味も持たない時もあるもの』


実感の篭った重い言葉だった。その実感がどこから湧くのかもブラックは以前聞いていた。だからこそ、ブラックはリディに伝えたかった。


「それを言ったら、オズさんだっていつまで持ちこたえられるかわからないよ。そりゃあオズさんは強いよ。ちょっとやそっとじゃ崩れないさ。でも相手はメディなんだよ」


ブラックはリディを信頼していたし、リディに恩を返すため、忠義を尽くそうと決めていた。だがそれでもリディを理解することはできなかった。


「このままだといつか追い詰められるかもしれないよ、あんたの王子様」


リディは堅く黙り込む。その沈黙の意味もブラックは知らない。無力な少女のように流されようとしているリディの意図は読めなかった。


『オズ……』


リディは寂しそうに呟いた。愛しい人を想って名前を呟く。「こんな女の子らしいこと、あたしには一生できないな」と、ブラックは窓に映った自分を見て悲しくなる。

まあ仕方が無いか。囚われのお姫様のような役は自分には似合わない。ブラックはそう割り切った。

自分に与えられた役柄はもう知っている。生前も、今も、これからも、きっと変わることはない。誰かの為に自分の剣を振るうことだ。


「もし反旗を翻す気になったらいつでも言って。あたしはメディにもあの魔女っ子にも味方しない。けど、あんたにならついてくよ。一度命を落としたあたし達に二度目の生をくれたあんたになら」


リディにそう堅く誓い、窓の外の星を見つめる。冷たく澄んだ空気の中でなら、どんなに弱い星でも見つけられるような気がした。


『ありがとう』


リディはもう何度目かわからない礼をする。ブラックはその礼をそっと受けとる。それに続けて、リディはこんなことを尋ねた。


『ところで……ちょっと確認したいのだけど』


「ん、何?」


リディは声を細め、そっと尋ねた。


『ゼオンは、言わなかったわよね?』


突然ゼオンの名前が出たのでブラックは驚いた。ゼオンが言おうとしたことというと、過去に牢獄でリディがゼオンに伝えたことについてだろうか。


「言わなかったはずだよ。あたしがうっかり頭ぶつけたせいで……」


『……そう。ならいいの。大丈夫』


「そう?」


『じゃあ、色々今日はありがとう。また何かあったら連絡するわ』


そのまま通信は切れ、イヤリングの光は消えていった。結局リディは最後の言葉の意味を教えることはなかった。

「変なの」と天井に呟きながら、ブラックは腹の上に乗せたぬいぐるみを撫でた。

すると、誰かが扉を優しくノックした。


「どうぞー」


扉が開き、ショコラ・ホワイトが入ってきた。ブラックは身体を起こす。


「やあ、戻ってきたね。セイラ達はどうだった?」


「とりあえず、命に別状は無さそうよ。あの、ショコラ、そのね……」


ホワイトはもじもじと口ごもった。ブラックは昨日のことを思い出した。そういえば、昨日はついカッとなって怒鳴ってしまったんだっけ。

「仲直りしてよぅ?」とイオの憎い声が頭をよぎる。イオの言葉どおりにするのは釈だが、


「あの、そのね、昨日は……勝手なことしてごめんね。ショコラがあんなに傷つくと思わなくて。本当に、ごめんなさい……」


こうも素直に謝られると、どうにも冷たく切り捨てられなくなってしまう。深々と頭を下げて謝るホワイトを見て、ブラックはとうとう諦めた。


「全く……あたしこそ、突然怒鳴ったりして悪かったよ」


「ううん、気にしないで。本当にごめんね、こそこそ嗅ぎ回って」


ホワイトの表情はみるみるうちに軽くなり、朗らかな笑顔が浮かんだ。それを見て、ブラックの胸はチクリと痛んだ。


「そうだ! ショコラも怪我してたじゃない。早く診てもらわなきゃ!」


ホワイトは慌てふためきながらキラに殴られた跡を指した。ブラックは返事に困った。

診療所に行けば、ブラックが「魔力で動く腐らない死体」だと医師に気付かれるだろう。ホワイトと行けばホワイトにもそれが知られる。

ブラックは抱き上げていた犬のぬいぐるみを見つめ、ホワイトにこう返した。


「わかった。でもその前にちょっと探し物をしてもいいかな。このぬいぐるみと一緒に買った猫ちゃんがいるはずなんだけど、その辺に居ない? もしかしたら落っこちたかも」


「ええー、居ないわよ? うーん、どこかしら」


ホワイトはぬいぐるみを探そうとブラックに背を向けた。ふわりと蒼の光が浮いた。


「ごめんね」


そしてブラックはホワイトの記憶を塗り変えた。呪文は一瞬で唱え終わった。先程のキラ達の騒動も今の会話の記憶も塗り変えられ、ホワイトは「先程のことは見ていない」ことになった。

ホワイトは蒼の光の中で虚ろな目で立ち尽くしている。光が消えれば、また「何も知らない」ショコラ・ホワイトが帰ってくるだろう。

だが、ふと右手の刺青が目に入った時、ブラックは全身の骨を蝕まれるような感覚に襲われた。


「いや、何も知らない日々も、もう終わりなのか……」


いつかこの子は気づくのだろう。ブラック達のことも、自分が何者で、何の為に創られ、誰の願いで生かされているのかも。

その時、蒼の光が消え、ホワイトは気絶したまま部屋に倒れ込んだ。頭を打たないよう受け止めて、ブラックは途方に暮れる。


「さて、どうしよっか。とりあえず、この子の部屋に運べばいいかね」


ブラックは傷ついた身体でホワイトを背負った。細い身体なのに、いざ背負ってみると存外重たい。

廊下は壁も窓も徹底的に壊され、酷い姿になっていた。瞼を下ろしたホワイトには現実など見えていない。

ホワイトの部屋にたどり着き、ベッドにホワイトを寝かせ、ようやくブラックの仕事は済んだ。


「終わっちゃったんだ」


開け放した部屋のドアから廊下を見つめ、ブラックは再び呟いた。部屋から一歩外に出ると容赦無い現実が口を開けて待っていた。

優しい嘘の時間は終わった。ブラックはホワイトの身の安全を確認して、扉を閉める。

「あたしが守らなきゃ」──ブラックは堅く心に誓い、部屋を去った。

ショコラの為にも。そして、女神に魂を売ってでもあの子に生きてほしいと願った愚か者の為に。

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