第8章:第6話
セイラとイオが双子の姉弟。そもそもセイラに弟が居たことすら知らなかったのでキラは驚いた。
「双子、双子かあ! なんかすごいね!」
「えへへ、ありがとー。」
イオはセイラを抱きしめたまま嬉しそうに笑った。するとゼオンが少々棘のある口調で言う。
「おい馬鹿女。さっきお前、こいつとはブラン聖堂で会ったって言ってなかったか?
だとしたらこいつは反乱軍の関係者じゃねえのか。なんでそんな奴がここに来れるんだ。」
キラはその問いに答えられなかった。確かにゼオンの言うとおりだ。反乱軍の人々は今は捕まって首都に居るはずだ。
イオはなぜここに来れたのだろう。子供だから見逃されたりでもしたのだろうか。
するとイオは言った。
「ボク、ずっと探してるものがあるんだ。それがこの村にあるらしいって聞いて急いでここに来たんだ。
とっても大切だから、ガマンできなくて来ちゃったんだよ。」
「答えになっ……」
「ボクは国の人が来る前にブランを出たから捕まらなかったんだと思うよ。すれ違いになったのかも。」
イオは嬉しそうにセイラにくっついていた。幸せそうなイオを見てキラも暖かい気持ちになった。
ゼオンが再び何か言おうとした時、珍しくオズが諭すように「止めとけ」と告げた。
「探し物があるっていうなら、イオ君はしばらくこの村に居るの?」
「うんっ、よろしくね!」
「わぁ、やったあ! よろしくね!」
キラは嬉しくて早速周りの五人に言った。
「というわけだから、みんなイオ君に優しくしてあげてね!
イオ君はあたしが反乱軍に捕まった時にあたしを逃がしてくれたんだ。だからきっと良い子だよ。」
ティーナは元気良く返事をし、ルルカも黙って頷いた。オズは微笑みながら了解し、セイラは……イオに引っ付かれて返事をする余裕はなかったようだ。
ゼオンだけは険しい顔をしてイオを睨みつけていた。キラはゼオンだけ頷いてくれないのが少し悲しかった。
その後夕方までいつもの六人にイオも混じって図書館で過ごした。
イオはずっとセイラの傍に居て抱きついたり話しかけたりしていた。
物珍しい光景なので最初はチラチラ何度もそちらを見ていたが、そのうち見慣れてきたのか気にならなくなった。
セイラもイオに抱きつかれるのには慣れているようだった。
陽が沈んで空が暗くなり始めた頃、セイラがイオに何か言った後、二人は席から立った。きっとそろそろ帰るのだろう。
案の定、セイラはイオを引きずりながらキラ達に背を向けた。
「では、ちょっとお先に失礼します。」
「じゃあね、キラ。また明日ね!」
「うん、バイバイ!」
二人はそのまま図書館から出て行った。冷たい風がふわりと流れ込み、二人の髪を揺らして過ぎ去っていった。二人が去ってから、ティーナとルルカが話し出した。
「まさかセイラに双子の弟が居るなんて思わなかったわ。」
「ほんと、弟が居るなんて聞いてないよ!」
「ティーナ、あなた一応ここに来る前から知り合いだったんでしょ。聞いてなかったの?」
ルルカがティーナに尋ねると、ティーナは不満げに言った。
「そんなの全然話してくれなかったもん!」
キラもセイラに弟が居るなんて考えたこともなかった。
セイラには謎が多い。家族関係や出身について話してくれたことなど一度も無かった。
イオについて三人が盛り上がっている中、ゼオンは一人砂を噛んだような不快そうな顔をしていた。
「怪しくないか?」
「勿論怪しいわよね、セイラの弟なんて。」
「なーに、ゼオン。何か思うとこでもあった?」
「いや、なんとなく……。」
やはりゼオンはイオを警戒しているようだった。
キラは少し寂しくなってため息をつく。叶う望みの無い願いだとわかっていても、キラはつい何度も何度も、繰り返しこう願ってしまうのだった。いつかみんなが仲良しになって、笑いあって過ごせるようになればいいのにと。
するとカウンターの方からルイーネの声がした。
「どうしたんですかぁ、オズさんどこ行くんですかぁ?」
「ちょっと二階に行くだけや。お前もちょっと来てくれるか?」
「いいですけど、まだ二階に行くにはちょっと早くないですかー? オズさんもう寝るんですかー?」
「寝るんやったらお前呼ばへんわ、アホ。」
書きかけの書類と開きっぱなしのインクの缶を放ったまま、オズはそそくさと席を立った。そのままオズとルイーネはそのままカウンターの先にある、奥へと続く扉の向こうへ行ってしまった。
オズの行動に疑問など全く持たずにキラはオズの行く先を見つめていた。バタンと音を立てて閉まったドアを見つめながら、キラは呟いた。
「二階、あったんだ……。」
キラは所詮この程度のことしか考えていなかった。
◇ ◇ ◇
鬼灯のような夕日はゆっくりと沈み、光を失っていった。急かすように北風が吹き、セイラの身体を冷やしていった。
セイラはイオを連れて急いで図書館から離れた。一度キラ達の居ない場所でイオと話し合う必要があると思ったからだ。
走る時間が長くなればなるほど当たりは薄暗くなっていく。陽が沈みきる前に話は済ませるべきだとセイラは考えた。
二人だけで話ができる場所、だがある程度民家などが近くにある場所。万一の時の逃げ場は欲しかった。
その条件に当てはまりそうな場所にたどり着くとセイラは足を止めた。
「イオ、離れろ。」
「やぁだよ。ボクはセイラに会えて嬉しいんだもん。」
イオは未だにセイラの腕にしがみついている。セイラはため息をついた。
「光よ我が手に集え……リュミエール!」
セイラが魔法を発動させるとイオは仕方なくセイラから離れた。イオは涙目になって叫ぶ。
「ひどい、セイラがボクを苛めた!」
「苛めたつもりはない。お互いの立場を明確にした上で一度話し合いたいと思っただけだ。
イオ、お前はなぜここに来た。メディの指示か?」
するとイオは泣くのを止めた。ゼンマイの切れた人形のように、棒立ちのまま動かなかった。そしてカクンと首を傾け、光の無い目で微笑んだ。
「ふふ、正解。確かにここに来た一番の理由はメディのお願いだよ。でもね、もう一つ理由があるんだ。」
イオは一歩セイラに近づいた。セイラは一歩後ろに退く。イオはそのままセイラのすぐ目の前まで近づいてきた。
「セイラを迎えに来たんだ。セイラがボク達の仲間になるなら、メディは歓迎するって言ってたんだよ。
ボクはセイラと一緒がいいから迎えに来たんだよ。ねぇ、ボクと一緒にブラン聖堂に帰ろう?」
イオは手を差し出した。セイラを見るイオの瞳は輝いていて、このまま手をとればきっとイオは笑顔でセイラを受け入れてくれるだろうと思った。
だがセイラは迷わずその手を払いのけた。イオの表情が凍りつく。セイラはイオに言った。
「前に言ったはずだ。私はお前の敵になると。私はメディの考えに賛同できない。お前と一緒に行くこともできない。
私はお前とメディの企みを止める為に行動しているのだから。」
それを聞いたイオは手をだらんとぶら下げて俯いた。
表情は見えない。声一つ発さないでふらふら不安定に揺れ動いていた。
また泣いてしまうだろうかとセイラは思った。だがイオがとった行動は思いがけないものだった。
イオがぶつぶつと何かをつぶやき始めた。セイラは何が起こるのかすぐに悟った。
だがイオから離れようとした時にはもう遅かった。身体が全く動かず、足元に蒼く光る魔法陣が広がり始めた。
口さえ動けば反撃の余地はある。セイラは短い呪文を唱え、魔法で魔法陣を破壊してすぐにイオから離れた。
どうやらイオは力づくでセイラを連れて行く気らしかった。ここはむやみに相手にせずに適等にあしらって逃げるべきだろう。
イオは手をこちらに向けて次の魔法の為の詠唱を始めようとした。が、突如それが止まった。
「残念、時間切れみたい。」
イオは手を下ろした。何のことだかセイラにはわからなかった。
だがその一瞬後に強烈なうなり声が二人の耳を襲った。イオの居る所に大きな影が落ちる。
セイラが空を見上げると魔物ホロが無数の目玉をイオに向けて紫の光をイオに放つのが見えた。
イオはそれを防御魔法で防ぐとホロから離れる。結果、セイラとイオの距離は更に広がった。
「大丈夫ですかー、性悪女!」
ホロの上からルイーネがセイラに向かって叫んでいた。ルイーネが居るとなると当然その主も来ているのだろう。
セイラの後ろに誰かが降り立つ音がした。誰かは振り向かなくてもわかる。
「ロリとショタをストーキングだなんていい趣味してますねぇ、オズさん?」
「親切なお兄さんが喧嘩仲裁に来てやったのにストーカー扱いなんて最低や。」
紅の翼を広げて佇む青年が一人。ふざけた台詞に似合わない氷のような目つきでオズはセイラとイオを見つめていた。
オズが来ることはある程度だが予想していた。オズがイオの来訪に興味を持たないわけがない。オズはセイラの前に立った。
「久しぶりやなあ、たしかイオやったっけ。」
イオの顔から先ほどまでの笑みが消えた。冷たい瞳がオズを射抜く。
「邪魔しないでよ。」
「村内の安全管理は俺達の仕事の一つなんや。喧嘩はあかんで。」
「馬鹿だね。そんな話をしたくて来たわけじゃないんじゃないの?」
「……確かにそうやな、そのとおり。なら、本題に入ろうか。」
オズはあるルイーネに指示を出す。するとどこからともなく四体のホロが姿を現してイオを取り囲んだ。
「単刀直入に言う。リディはどこに居る?」
やはりオズは真っ先にそれを言ってきた。セイラはオズの背中を見つめ、事態を見守る。
するとイオは外見に似合わない皮肉っぽい笑いを浮かべた。
「キャハハ、必死だねぇ。あんた、そんなにリディに会いたいの?」
「ええから答えろ。全部の黒幕……メディと組んでるお前ならあいつの居場所もわかるやろ?」
イオから再び笑いが消える。代わりに怒りの熱は更に上がったようだった。
「なぁんだ、もうそこまであんた知ってるのか。……セイラから聞いたの?」
「そういうことやな。」
「ふぅん……。」
イオは恨めしい目つきでオズを睨んだ。イオも昔からオズを嫌っていた。
元々セイラもイオも、オズとは敵対関係にある。メディも個人的にオズのことは嫌っているようだ。
そんな状況下でセイラがオズに黒幕の話をしたことがイオは気にくわないようだった。
だがイオは急に笑顔を浮かべてオズに言った。
「いいよ、教えてあげる。一つお願い聞いてくれたらね。」
「お願い?」
「うんっ。セイラをボクのとこに連れてきて。そしたら教えてあげる。」
心臓を締め付けられたような気分だった。イオ一人なら時間停止の魔法などを使えば逃げられただろう。だがオズが敵に回ったらセイラに勝ち目は無い。
セイラがどんな手を使ったとしてもオズには絶対に勝てない。それくらいオズは特別なのだ。
リディを見つけるという目的の為ならどんな手段も辞さないオズなら、セイラを売る可能性は十分ある。
オズの紅の瞳がセイラを捉えた。セイラはすぐに魔法を使えるよう体勢を整えたが、勝てる気は全くしなかった。
オズがルイーネに指示を出す。四匹のホロがイオの周りから離れ、上空で結合して一体になる。煙のように天井を覆うと、スルリと音も無く頭上を泳いだ。
体中の目玉が赤く輝いた。オズがセイラに言った。
「悪く思うなよ。」
オズが標的を指差す。ホロの目玉から生まれた赤い光が力の塊となって地面を覆い尽くした。
この時の景色をセイラはすぐに理解することはできなかった。赤い光はセイラには向かってこなかったのだ。
光は地平線をなぞったかと思うと弾けて眼前を覆った。オズの向こう側はるか遠くで土煙が渦巻いているのが見える。紅の翼の道化はセイラに背を向けて佇んでいた。オズはイオに従うことを拒んだのだ。