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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第23話

先程の「弟」は既に消え去ったのか、ブラックの瞳は黄金色に戻っている。

全員の目線に気づいたブラックは恥ずかしそうに震え上がり、数秒の間の後突然立ち上がり、早口で述べた。


「なな、何で皆してこっち見てるかな。べ、べ、別にぶつけたりなんか、ぶつけて痛かったりなんか、してな……」


そんなことは誰も聞いていない。妙な沈黙はゼオンの口を閉ざし、ブラックの存在はオズの注意も引きつけた。『ショコラ・ブラックのベッドの脚に頭をぶつけた事件』は絶体絶命の状況を軽々と吹き飛ばしてしまった。


「……お前、今ので威厳吹っ飛んだな……」


オズの一言でブラックの言い訳はぴたりと止んだ。ブラックは台本を確認するようにしばらくの間硬直すると、何事も無かったかのようにブラックは自らの剣に手をかけ、オズにこう言い放った。


「えーと、なんだっけ。あ、そうだ。とりあえずオズさん、人の部屋でこうドタバタやられると迷惑なんだよね。セイラも含めて、全員さっさと撤収してもらえないかな」


「お前、この状況でそれを言うか?」


オズは鼻で笑った。確かに、イオは既に撤収した。今はオズの魔法で動きを封じられているとはいえこちらは六人。オズも居ることを考えるとブラックは圧倒的に不利だ。

だがブラックはこう続けた。


「この状況だからさ。さっきの話、聞いてたよ。何でリディがそこの根暗の……えっと、名前なんだっけ……ゼオンだ。ゼオンを送り込んだのか気になって仕方がないみたいだけどさ、ゼオンに訊くよりリディを問いただした方が早いじゃないか」


その一言がオズの目に再び修羅の闇を宿した。


「問いただすことができるんか?」


「できるさ。あたしはリディとちょくちょく連絡取ってるから、このイヤリングでね」


ブラックの瞳にも昨日夕暮れの教室で見たような穏やかな闇が下りる。ブラックは左耳のイヤリングを揺らした。


「リディと話したい?」


オズは答えなかった。ただ怪物のような目でブラックを見つめていた。ブラックがイヤリングを指で叩くと、赤い石が淡く輝いた。

それからブラックはイヤリングに話しはじめる。


「もしもし、リディ? 言われた通り、オズさんに話したよ。ん? ああ、今そこに居る。オズさん今日も元気だよ、絶好調」


今までオズが血眼になって捜しても手がかり一つ掴めなかったはずの女神リオディシア。ブラックはその女神とごく自然に話している。


「え、イオ? あいつはトンズラだよトンズラ。人の部屋めちゃくちゃにしといてさあ、また掃除しなきゃ。 ……あ、セイラ? 今は負傷してるね、ありゃ再生までしばらくかかりそうだ。ま、しばらく安静にするべきだろうね」


キラ達を放置してブラックは雑談を始めた。キラは首を傾げる。味方の愚痴を言い、敵の心配をするこの人は一体誰の味方なのだろう。

オズは落ち着かなない様子でその会話を聞いていた。まるでご馳走を目の前に「待て」をされた犬のようだった。


「あ、じゃあオズさんに代わるね」


ブラックはそう言ってイヤリングを揺らし、オズを手招きした。オズは恐る恐るイヤリングへと手を伸ばす。一歩、二歩、ブラックへと近づき、淡く輝くイヤリングを受けとろうとした時だ。

オズは突然立ち止まり背後を振り返った。同時になぜかキラ達の拘束も解かれた。


「え、あれっ?」


キラが驚いてオズの視線の先に目を向けると、開け放されたドアの向こうから足音が聞こえた。

そしてショコラ・ホワイトが姿を現した。


「ショコラ、大丈……え、なに、キャアアアアアアア!」


部屋の惨状を見たホワイトは青ざめながらセイラに駆け寄った。


「どうしたの、こんな……何があったの。みんな酷い怪我……あなたが一番重症だわ。早く手当てしなきゃ……」


慌てふためくホワイトを前に、オズを含む全員が呆然としていた。いくらなんでも現れるタイミングが良すぎる。まるで目覚まし時計のようにホワイトは正確なタイミングで現れ、誰かの思惑通りその場でうろたえていた。ブラックは待ちわびていたようにイヤリングを耳に戻すとホワイトに駆け寄った。


「ちょうどよかった。誘拐犯がついさっきまでここに立て篭もってたんだよ。全く人の部屋使って迷惑だよ……それでオズさん達がその子を助けてくれたんだ」


「そうなの……ひどいわ。それでみんなこんな酷い怪我を……」


「うん、犯人には逃げられちゃった。ねえ、外は今どうなってる?」


嘘八百を並べるブラックにキラはますます唖然とした。ホワイトは言われるがまま答える。


「もう大騒ぎよ。突然女子寮が爆発しただなんていうんだもの。もうすぐペルシアちゃん達が来ると思うわ」


ペルシアが現れたのはその直後だった。


「ここですわ! なんてこと、大惨事じゃありませんの! あなたが誘拐されてた子ですの?」


ペルシアもセイラに駆け寄り、状況の整理を始めた。ペルシアとホワイトの前なのでオズは笑顔の仮面を張り付けていたが、内心怒り狂っているはずだ。ブラックはさも自分は巻き込まれた側の者のような顔をして二人に状況を話していた。

第三者の介入──ゼオンが結界を壊す為に使った方法と同じ手だ。ペルシアとホワイトはセイラ達の手当ての話を始め、事態は収拾に向かおうとしていた。


「オズ、怪我は無くって? 何がありましたの、誘拐犯はどこへ?」


「逃げられてもーたわ。結界の突破やセイラの奪還に手こずってな、皆この有様や」


キラはますます唖然とした。オズはブラックの芝居に合わせ、無理に流れを元に戻そうとはしなかった。先ほどまで睨み合っていたはずの二人が、今は合図も打ち合わせも無しに嘘を並べて口裏を合わせている。ペルシアはぴしぱしとその場を仕切り、キラ達に言った。


「セイラさんでしたっけ。まずはこの子の手当てが先ですわ。一体どんな魔法を喰らえばこんなことになるのかわかりませんけども……」


ペルシアは熱した鉄のように蒼く溶け出した腕を見つめた。


「とにかく、わたくしはこの子を診療所に連れていきますわ」


ペルシアが差しのべた手をセイラは振り払った。


「……構わないでください。一人で行けます」


セイラは無理をしてふらりと立ち上がる。ティーナが耐え兼ねてセイラに駆け寄り、肩を支えた。


「ああもう、馬鹿なの? いいからこういう時は頼んな。お嬢、頼んだよ」


ティーナはセイラの背中を押し、ペルシアは力強く頷いた。


「キラ、ゼオン! あなたたちも、早く!」


ペルシアはそう叫び、セイラ達を連れて先に出ていった。


「そういうわけだから、早く帰ってくれるかな」


追い立てるように背後でブラックが言った。イヤリングは既に左耳に戻っており、再び外す気配はない。オズは目の前でご褒美をおあずけされた割に落ち着いてブラックを見据えていた。


「今の、お前の考えじゃないやろ。さては、全てあいつの指示か?」


ブラックはあっさりと頷いた。


「……そうだね。オズさんに伝えてって言ってた。『ごめんね。もう少しだけ待っていて。必ず戻るから』って」


「……あのほら吹きが」


消え入る煙草の火のような声でオズは呟く。リディからの伝言を聞くと、オズは深いため息をついた。何十年も走りつづけた老人が腰を下ろすようだった。

遊びに飽きたのか、諦めたのか、オズはキラ達に背を向けて部屋を出ていこうとした。


「待ちなよ、このクソ外道が!」


だがその時、にび色の鎌がオズの背後で煌めいた。駄目だ。キラは思わず駆け出していた。キラは両手を広げて鎌の前に立ちはだかる。鎌は急ブレーキをかけて止まり、怒りで歪んだティーナの顔が見えた。


「なんで止めた?」


そう尋ねたのはオズの方だった。


「……わかんない」


けれど、止めなければいけないような気がした。考えるより先に身体が動いた。

オズは一言も返すことなく、ティーナに背を向けて去っていく。ティーナはキラの制止を振り切ろうとした。


「ふざけんなこのクズが!」


「だめ、駄目だよティーナ、落ち着いて!」


「これが落ち着いていられるか! 手を貸すなんて言うから一瞬でもあいつの力を借りたあたしが馬鹿だった! あの野郎!」


「それでも駄目!」


「なんで!? なんで止めるの!?」


ティーナの激情は次にキラに向いた。


「ねえ、なんであんたこの期に及んであいつを庇うの! セイラ、絶対あいつに期待してたよ! それなのにあいつは……! あいつがさっき何したか、これまで何してきたか忘れてないよね!?」


つい数分前までの惨状が頭に沸き上がる。うなだれるセイラ、動けないキラ達、手も足も出ないゼオン。酷い光景だった。そんな状況を生み出したのは紛れもなくオズだった。


「この化け物が!極悪非道のクズ野郎が!あたしは赦さない、たとえキラがセイラが赦そうと、あたしは絶対赦さない!」


ティーナは鎌を落とし、遠ざかるオズの背中にナイフを刺すように叫ぶ。


「あたしは、それでも……」


その先の言葉をキラは続けられなかった。それでも自分がオズを庇ったことを否定する気にはなれなかった。否定したくなかったのだ。「ゼオン達もセイラもオズも、みんな仲良くなれればいいのにな」――キラが皆と出会った時から、そう願い続けていた。きっと、その願いを自分で壊してしまいたくなかったのだろう。

けれど、この状況でティーナに「それでもオズを憎むな」とは言えなかった。現行犯を前にして、それでも無罪だと叫ぶことなどできなかった。

花火の後のように世界は再び静まり返り、キラもティーナもうなだれる。そこに助け舟を出したのはまたしてもショコラ・ブラックだった。


「さてと、落ち込むのは今じゃないと駄目かな。あの根暗の魔法使いも結構重症だよ。早く手当てした方がいいんじゃない?」


ブラックがゼオンを指したのを見て、ティーナは慌ててゼオンに駆け寄った。続けてブラックは唖然として様子を見守っていたホワイトに声をかけた。


「さてと、ショコラもこの子らについていってあげてくれない?」


「え、でもショコラは……」


「あたしよりこっちの方が重症だって。あたしはちょっと部屋片付けてから行くよ」


ホワイトは戸惑いながらも渋々頷いた。その顔を見て、ブラックは心苦しそうに息を吐く。


「さあ早く、帰った帰った」


キラ達を追い立てるブラックの顔をじっとゼオンは見つめ、それから悔しそうに顔を背ける。


「……行こう」


ゼオンもティーナとホワイトと共に部屋を出た。キラもすぐに後を追おうとしたが、一人だけ部屋に残ったまま動かないことに気づいた。ルルカだ。


「まだなんか用かい、王女様」


ルルカはじっと懐かしい騎士の顔を睨むと、呆れ果てたように告げた。


「残念だわ、ボコボコにしてやるつもりで来たのに、これじゃ二重に礼を言わなきゃならないじゃない」


そしてルルカは一言こう言い放ち、けりをつけた。


「ありがとう。次会う時は正々堂々相手してあげる」


そうしてルルカも部屋を出て行った。残るはブラックとキラの二人だけだった。ブラックは面倒臭そうにこちらが去るのを待っていた。だがキラは一言何か言わずにはいられなかった。

ブラックは前にキラをブラン聖堂に連れ去った。キラ達にいい顔をしておきながら裏切った。それは事実だ。だがそれでも今の出来事を見ていると、この人にこう言わずにはいられなかった。


「あの、ありがとうございました」


「よしてよ。あたしは敵だよ」


「それでも、言わなきゃいけない気がしたんです。……あの、あたし、やっぱり先輩が悪い人には見えないんです。どうしてイオ君の言いなりになってるんですか。さっきの二重人格のせいだとしたら、あたし、相談に……」


するとブラックははっきりとキラの期待を切り捨てた。


「そいつは必要ない。確かにあたしとイオの考えは違うよ。けど、あんた達の手を借りる気は無い。たとえあたしがイオに付くのを止めたとしても、あたしはあんた達の敵だ」


「どうして! あたし、やっぱり先輩が悪い人には見え……」


「それだ。敵味方と善悪が必ずしも一致するとは限らないんじゃない? 人として良い敵も悪い味方も居るだろうさ。あたしはあんた達の味方にはなれない。敵だよ」


「……それは、どうしてですか」


キラが尋ねると、ブラックは黄金の瞳で答える。


「味方になりたい人が、あんた達と違うから。忠義を尽くしたい人と見守りたい人達が居るからさ」


揺らぐことのない強い瞳だった。その目はキラの助けなど必要としていなかった。キラはそれ以上ブラックに声をかけることはできなかった。キラは深くブラックにお辞儀をし、部屋を飛び出していった。


「きっと、良い敵も、悪い味方も居るはずだよ。だから、悪人にしかなれない誰かを置いていかないであげてね」


背中に刺さる言葉をぐっと噛み締め、キラはその部屋を後にした。廊下には窓ガラスが散りばめられ、壁は砕け散っていた。まるでささくれた皆の心のようだった。

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