第10章:第22話
キラはこれでようやく一件落着だと思っていた。それなのにこれはどういうことだろう。
オズがセイラを痛めつけている。セイラは苦しそうにもがき、平静を装うこともできなかった。ティーナやルルカも武器を引きはがされ、動きを封じられている。
「オズ、どういうこと!? なんでこんなことするの!? オズはセイラと協力してたんじゃ……」
最近セイラがオズと相談しているところをよく見かけたので、キラは二人は協力してイオ達に対抗しようとしているのかと思っていた。オズは薄汚く笑う。
「協力? なんでそんなことせなあかんねん」
それを聞いたティーナが炎のように感情を燃やして叫ぶ。
「この……外道が……下種野郎が! 赦さない、この化け物……絶対に赦さない!」
もし眼光に殺傷能力があったなら、今のティーナはその目と気迫だけでオズを何度殺すことができただろう。
だが、当然武器を引きはがされたティーナにセイラを助けることはできず、歯を食いしばってその場に座りつくすだけだった。
「あーはいはい、勝手にしろ。外野に用は無いねん。ちょっと待っててな」
オズが遠い人のように思えた。どうしてこんな酷い言葉を吐けるのかキラには理解できない。どうしてこんな酷い仕打ちができるのか理解できない。
最初はセイラの身体からは赤い血が吹き出ていたが、肌が蒼の液体と化し、熱された鉄のように徐々に溶け始めていた。蒼の液はセイラの腕から床に垂れると固まり、キラ達が何度も見かけたあの蒼の石になった。
この状態は危険だ。助けようとしてもキラの身体は指先一つ動かなかった。オズは満身創痍の状態のセイラに問いかける。
「お前の力は『過去』に関する力やと予想はしてたけど……ようやっと思い出した。昔リディがちらっと言うとったわ。『記録書』と『予言書』のこと。まずは確認や。お前は全ての過去を記した『記録書』……ここまではええな?」
「……それがどうした」
セイラは蚊の鳴くような声で答えた。
「なら次や。お前はリディの創造物であり、使える魔法は『創造』を司る蒼のブラン式魔術やな」
「今更それを確認してどうする」
雷の光と音の間のような一瞬の沈黙が訪れた。オズは野心を剥きだしにしたような目で尋ねる。
「お前の『記録』を元に『記憶』を創り、村人全員に植え付けることはできるか?」
セイラはもはや立ち上がることができなくなっていた。足の肉は削げ、骨から溶けている。
「……それがお前の最終的な願いか?」
「それと、リディを奪い返すことやな」
セイラは突然子供の悪戯でも見つけたかのように笑い出した。
「はは、お前ともあろう者がその程度のことしか考えてなかったのか。だとしたらお前は本当に交渉が下手糞だ。この程度のことにこんなやり方を? 強引が過ぎると恐怖どころか笑いが込み上げてくるな」
口では強がっているが、セイラの首は前に倒れたまま、起き上がることはない。
「……で、可能か不可能か、どっちや」
「……この拘束の魔法を解けば可能、解かなければ不可能だ。これ以上続けると『記録』が傷つく」
その言葉は疲労の末の諦めだったのか、それとも「ここで私が消えればお前の願いは叶わない」という脅迫だったのだろうか。
オズはセイラへの魔法を解いた。紅の縛りが消え去るとセイラは疲れ果てた様子で身体を起こした。
だが、キラ達にかけられた魔法はまだ解かれていない。そのことに気づいたセイラは再び身体に力を込める。
オズは銃を撃つような姿勢でセイラに手を向けた。
「さてセイラ、次は相談や」
オズの脅迫はまだ終わっていなかった。
「リディを捜し出すこと。これはお前にとっても必須の勝利条件やと思うんやけど、どう思う?」
「……何が言いたい」
オズの声に先ほどの殺意は無かった。赤ん坊をあやすような声で問いかける。
「お前の目的……いや、願いと言おうか。多分それはイオをメディから離れさせることと、メディの野望の阻止の二つ……まあ、最終的にメディが動き出す前の状態に丸く収めたいんやろな」
「そうだな、今更隠す気は無い」
「それに対して、メディの目的はキラ達の杖に封じられた自分の身体を取り戻すこと。せやったらお前は最終的にメディの精神を封印せなあかん。ただ邪魔してるだけやと勝てへんことはわかるやろ」
今までどんなに消耗しきっていても必ず返ってきた答えがその時途切れた。
「メディを封印できるのはリディだけやで。俺は壊すことはできるけど封印はできへん。お前の願いを叶える為にはあいつが必要や」
セイラは言葉を返さず、頷いた。それとも、否定する術を失ったのか。オズはその答えを待っていたかのように、上機嫌でぱらぱら早口で続けた。
「さてそこで提案や。あの女を見つける為には少しでも多くの手がかりが必要やろ?」
オズはセイラに手を向けたまま、次の標的へと視線を移した。一人だけ紅の魔法に捕まることなく見過ごされている者がいた。
まるで法廷に立たされた証人のようだ。ゼオンだけが自由の身でそこに居る。
剣を構えていたが動くことはない。ゼオンは無謀な賭けには出ない。その様子は、この場を打開する手立てが何一つことを意味していた。
「さてゼオン、約束や。七年前、あの女がお前に言うたこと、話してもらおうか」
セイラ救出にオズを協力させるの為の約束が果たされる時が来た。オズとゼオン、賭けに勝ったのがどちらかは明白だった。
オズはセイラに手を向けたまま、にこにこと薄い笑みを浮かべる。「断ればセイラはもう一度痛い目を見る」──聞こえない脅迫が見えた。
ゼオンは動けないキラ達と、満身創痍のセイラから目を背けられなかった。
するとセイラはオズに言う。
「お前、昼間散々言っただろう。それは喋らせない方がいい。 リディに考えがあってのことかもしれない。 言わせれば『予言書』や聖堂に保管された『記録書』でイオ側にもばれるだろう」
「俺は言わせるべきやと思う。たとえ最終的にイオ達にその隠し事がばれたとしても。お前はなんだかんだでリディを信用しすぎなんや。あれは厄災の卵かもしれへんで?」
オズとセイラの意見は真っ向から対立した。だが、当のゼオンは事態を飲み込めないようだった。
「おい……お前ら、一体俺が何を言うのを期待してるんだ。確かに七年前、俺はそのリディって奴と会ったよ。けど、お前らが知りたがりそうなことなんて何一つ言ってなかった。オズ、お前のやっていることは無意味だよ。俺はそいつについて何も知らないんだ」
ゼオンだけが手元の鍵に気づかないような顔をして困惑している。オズは小さな子供を誘導するように尋ねた。
「じゃあゼオン、少なくともあいつがお前に杖を渡して、それで脱獄したのは間違いないか?」
「まあ、そうだな」
「何であいつはそんなことしたんや」
「だから、そんなことは俺の方が知りたいんだよ。俺も理由はきいたけど、リディって奴、結局何も話してくれなかった」
ゼオンは素直にそう答えていた。もし嘘をついているならばゼオンは緊張して目線が泳いでいるはずだ。オズはゼオンに疑いの目を向け、セイラはオズに「早く馬鹿なことは止めろ」と促す。
「じゃあお前は、脱獄する意味も行くあてもない状況で、見知らぬ奴から『自分を殺人鬼に仕立て上げた杖』をほいほいと受け取って、そいつの意図もわからんまま、えいやーと脱獄したんか? んなわけあるか」
「そう言われてもな……仕方ないだろ。本当に、そんなようなもんだった……」
ゼオンは貝のように黙り込んだ。ゼオンはじっと考え込み、あの時何があったのか思い出そうとしているようだ。
キラは獲物を追い詰める獅子のようなオズをじっと見つめた。この人、何か焦ってはいないだろうか?
「お前はリディに言ったんやろ。『なんでこんなことするのか』って。そしたらあいつ、なんて言ったんや」
ゼオンはその時何か思い出したようだった。唇をぐっと噛み締め、再び警戒に満ちた目でオズを睨む。
「嘘やごまかしはドヘタクソ」──オズはすぐにゼオンの表情の変化を読み取った。紅の目が「言え」と告げる。
ゼオンが口を開き、答えが過去に刻まれようとした時、
ボクッと間抜けな音がした。
「痛っ、いたい……頭が、ううっ」
全く別の誰かの緊張感の無い嘆きが聞こえる。全員が声の方に目を向けると、ショコラ・ブラックがベッドの脚の側で頭を抱えていた。どうやら起き上がろうとした時にぶつけたようだった。




