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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第21話

ゼオンの声に応えるかのように天井が横一文字に切り裂かれた。完全に崩壊した空間に佇んでいたのは、鎌を手にした赤毛の少女だった。


「じゃじゃーん! ティーナちゃん只今参上! 残念だったねぇ、このクソガキ」


ティーナはくつくつと笑いながらイオを見下した。

闇は晴れた。味方も一人増えた。ショコラ・ブラックの狭い部屋の中、こちらは四人、相手は二人。キラにも思わず笑みが浮かぶ。完全に形勢が逆転した。

イオは冷めきった目でティーナを睨んだ。


「あーあ、余計なことしてくれたね。蒼のブラン式魔術の結界を壊せる奴なんてそっちにオズ以外居たっけなんて思ったら、あんただったのか」


「ブラン式魔術ねぇ……嫌な名だ。まさかあたしがこの力に感謝する日が来るなんてね。あーよかった、あたし紅のブラン式魔術使えて」


キラは耳を疑った。神の血が流れる者しか使えないというブラン式魔術をティーナが使えるというのか。

イオはうじ虫を見るような目をして言う。


「使える? 冗談やめてよ。お前のは所詮劣化コピーでしょ。姿も名前もハリボテの癖に劣化コピーの力が使えるからって得意げになっちゃって、おめでたいね」


「……ほんっと、嫌なとこまで知ってるみたいだね。じゃあ聞くけどさ、その劣化コピーが完璧なブラン式魔術の結界を破れたのは、なんでだろうねぇ?」


イオはじっとティーナを見つめ、そして敗北を認めた。


「なるほど。……ショコラ、退くよ、よろしく」


ブラックはまだ事態を飲み込めていないようだったが、とりあえずはイオの指示に従うことにしたようだ。

ブラックが背後の空間を斬りつけた。すると、宙に蒼い線が入り、空間が裂けた。


「逃がすわけないでしょお?」


ティーナの鎌が紅く燃える。その時の輝きは今までのティーナの魔法とは何もかもが違った。

禍々しい影が部屋を飲み込もうと広がる。鳥肌が立った。目の前に居るティーナが知らない誰かに見えた。

ゼオンやセイラ、イオですらも凌ぐ程の力かもしれない。

こんなのティーナじゃない、ティーナの力じゃない。魔法に疎いキラでも一目でそう察する程の強大な力だった。

イオはキラとゼオンを横目で睨んだ。


「悔しいけど、今日はボクの負けだよ。まさかあいつが来るとはね」


ゼオンは青い顔をしていた。手も脚も傷だらけ、血はぽたぽたと点線を描く。キラもボロボロだった。ティーナが来たおかげで気が抜けたのか、バランスを崩して膝を着いた。

対して敗北を認めたイオは再生能力のおかげで傷一つ無い。キラもゼオンも黙って歯を食いしばった。

イオはティーナの向こう、部屋の入口に佇む「あいつ」に声をかける。


「やあ、死神。あんたが自分で魔法を使う姿をまた見ることになるとはねぇ。村長さんに怒られるんじゃないのぉ、キャハハ」


あいつは紅の光を操り、ティーナの魔法を強化していた。キラはその姿を見て、今のティーナが異様な力を持っている理由がわかった。

オズがティーナの背後に居た。


「使っちゃあかんのは攻撃魔法だけや。強化魔法は使い放題やで」


ティーナの紅のブラン式魔術にオズが更に力を与えている。バックにあのオズが居るとなれば、たとえイオでも防ぐことは困難だ。

オズの姿を見た途端、顔面蒼白になった人が居た。ショコラ・ブラックだ。


「オズが……なんで……」


今は別の人物がブラックを「操っている」らしいが、その人物はオズが現れた事に相当ショックを受けたようだった。

戸惑う暇も与えずに、ティーナは強大な力を秘めた鎌を振るった。紅い牙のように膨れ上がった鎌がブラック達に迫る。


「馬鹿なオズ。これでまた大騒ぎだよね?」


イオはそう言い残すと、身を翻して空間の裂け目に消えていく。ブラックはイオが消えた空間の裂け目を広げ、ブラックホールのように鎌を飲み込もうとした。

だが今のティーナの力はブラックの力を凌駕していた。裂け目は鎌を呑みきれず、裂け目そのものを破壊し始めた。

自身の魔法が破られていく中で、ブラックは小さく呟いた。


「……交代だ、姉様。俺には、無理だよ」


その声を最後に赤い目の「弟」は姿を消した。空間の裂け目は消え、ティーナの鎌はブラックの身体に線を描く。

禍々しい力は消え、ブラックは気を失って倒れた。イオの姿は既に消え、しんと静かな時間が流れた。

終わったんだ。キラはやっと安堵し、ティーナに飛びついた。


「うわああああんティーナぁ、ありがとう! 怖かったよぉぉぉ!」


「よしよし、あーあボロボロになっちゃって。間に合ってよかったよ。ね、ルルカー、やったよ大成功だよ!」


ティーナが扉に向かって声をかけると、ルルカが顔を出した。


「ルルカ! 無事だったんだね。よかったー!」


「貴女達は全然無事じゃないみたいだけどね」


「え、そうだね……あはは」


ティーナ達の元気な姿を見て、キラは安心感に包まれた。よかった、帰ってこれたんだ。


「そういえば、よくここがわかったね? それに、オズまで来てくれると思わなかったし……」


「いや、何いってんの。あんな派手に結界が揺れる気配がしたら誰だって気づくって」


「えっ、そうなの?」


「そういうもん。そしたらあいつが急にあたしんとこ来てね、『俺が魔法強化してやるから結界破れー』って言ってきてさ」


ティーナはそう言ってオズを指した。


「そらぁお前、そのつもりで結界揺らしたんやないのか? おかげで場所もすぐにわかったし。なあ、ゼオン」


オズはゼオンにそう言った。

キラはショコラ・ブラックを殴り、結界が揺らいだ時のことを思い出した。もしかして、あれは内側から結界を破って脱出する為ではなく、結界の外に居るティーナ達を呼び寄せる為の作戦だったのだろうか。

ゼオンは傷だらけの身体を引きずりながら頷いた。


「……一応。ティーナが破るとは思わなかったけど。イオが最後まで『2対2』だと思い込んでいてくれなきゃ、多分うまくいかなかったな」


ゼオンはキラの傷を見て、再び視線をそらす。そしてそのまま貝のように黙り込んでしまった。

傷一つ無い笑みを浮かべて去っていったイオを思い出す。結果的にセイラを取り戻せたが、素直に『勝った』とは言えなかった。

きっと悔しいのだろう。悔しさの辛さはキラにもよくわかる。「大丈夫だよ」と、キラは一言ゼオンに伝えた。

ようやく場が落ち着いたところで、ルルカが気絶したブラックのところへ向かい、瞼を閉ざしたブラックを見下ろした。


「結局、この人はどうすればいいかしらね」


「そーだよ、こいつ! とっちめてボコボコにしてやらなきゃ! キラとルルカの痛み思い知れ!」


キラはにび色の鎌を輝かせるティーナを慌てて止めた。


「待ってティーナ! なんか先輩ね、誰かに身体を乗っ取られて戦ってたみたいなんだよ。戦いの最中、ずっと別の人が乗り移ってたみたい。とりあえず懲らしめる前に話を聞いてみようよ」


ティーナは渋々武器を納めた。足元に転がっているブラックはまだ瞼を下ろしたまま動かない。

ゼオンがセイラに尋ねた。


「おいセイラ。こいつの二重人格みたいなやつのこと、お前は何か知らないのか?」


「メディ達がショコラティエを無理矢理従わせる為に作った擬似人格だそうですよ。たしか、亡くなった彼女の弟の人格をモデルにしたのだとか。本当かどうかわかりませんが」


「全ての過去を記した『記録書』にしては随分自信の無さそうな答えだな」


「イオが私の『予言』を見れなかったように、『記録』が記されない人物もいるのですよ。リディとメディ、私とイオ、あとリディの配下は予言も記録も記されないんです。だから私、ショコラティエの過去のことはわからないんですよ。ショコラティエの別人格のことも、彼女自身の自己申告です」


セイラは胸の傷から血を流しながら答えた。キラはセイラの話を聞きながらその傷をじっと見つめた。

イオの傷はすぐに修復したのにセイラの傷はまだ治っていない。セイラがイオと同じ力を持っているのならすぐに治るはずだ。実際、アズュールの戦いではサラに頭を半壊させられてもセイラは瞬時に回復していた。

その再生能力が働いていないということは、やはり今セイラは弱っているのではないのだろうか。キラは思いきって皆に言った。


「皆、セイラは無事に取り返せたんだし、今日はとりあえず帰ろう? セイラもその傷の手当てとかしなきゃ」


するとルルカがブラックを指さして言った。


「それには賛成だけど、この人は結局どうするの。貴重な情報源を置いていくわけにはいかないし、かといって気絶したまま連れていったら怪しまれるでしょうし」


「あー、そうだった……うーん、どうしよっか。オズはどう思う?」


キラは何の気なしにオズに話を振った。すると、何故か返事が返ってこなかった。張り付けたような微笑みを浮かべたまま、こちらを見つめている。キラにはその微笑みの意味がわからなかった。

すると、セイラもオズの反応に違和感を感じたようだった。


「どうかなさいました? ショコラティエから何か聞き出したいことがあるのなら……」


セイラの言葉はそこで途切れた。キラには何が起こったのかわからなかった。今にも窒息しそうだった。

パチン、と乾いた音と共に、部屋は紅に染まる。セイラの腕が飴細工のように溶けてひしゃげた。


「っ……きゃ、っあああああああああああああああああああああああ!!」


断末魔の叫びが静まりかけた空気を引き裂いた。キラは目を疑った。紅の魔方陣がセイラを捕らえている。その魔方陣の主はオズだった。張り付けたような笑みの皮を破って牙を剥き、完璧な悪意を持ってセイラを追い詰めていた。


「セイラ!? オズ、なにしてんの!?」


「この、クソ外道が!」


そこから先は一瞬だった。鎌を向けようとしたティーナは壁にたたき付けられ、矢を射ろうとしたルルカは見えない力に引きずられ、セイラを助けようとしたキラは吹き飛ばされ、全員金縛りに遭ったように動きを封じられた。


「おかえり、セイラ」


この穏やかな微笑みを邪悪の極み以外に何と表現できるだろう。セイラは真っ暗なガラス玉のような目を向け、オズは奴隷を見下すように言った。


「さて『記録書』、俺の問いに答えてもらおうか」

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