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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第20話

「……お前、今度はイオを叩くようにしてくれ」


考えた末に、ゼオンはキラにそう言った。ゼオンにとっては苦渋の決断だったのか、最後に「悪い、頼む」と付け加えた。

イオを狙うか、ショコラを狙うか。先ほどからその程度しか指示の変化がない。

ゼオンの指示にどんな意図があるのかキラには全くわからない。尋ねても教えてくれなかった。


「イオ君をって、ゼオンでもこんなに傷だらけにされちゃうのに、あたしがあのすごい魔法をどうにかできるの?」


「とにかく避けろ。がんばれ」


「てきとうなこと言わないでよぉー……」


「どうしても避けきれない時は、攻撃魔法だろうとなんだろうとその杖で殴ってみろ。その杖がイオの魔法と反対の力を持っているなら、効果があるはずだ。俺はショコラ・ブラックの相手をするから」


その時、遠くで不敵に笑うイオが見えた。確信した。この会話も全て相手は読んでいる。ゼオンがキラに指示の意図を伝えない訳はわかった。だが、ますます勝つ方法がわからなくなった。

キラがイオを狙ったとして、イオはどちらを狙うだろうか。ゼオンか、キラか。

答えはそのどちらでもなかった。

イオは無邪気に微笑むと、蒼の陣を二手に広げた。魔法の複数同時発動。ゼオンと全く同じことをイオは容易くやってのける。


「じゃあ二人とも! いくよお、キャハハハハハハハハハハハハ!」


二つの陣から蒼の閃光が放たれてキラとゼオン両方を狙った。そんな反則技もイオはできるというのか。

キラは左に跳ねて避け、ゼオンは魔法で防ぎ、再び辺りは光と炎に包まれた。キラはゼオンの言う通り、イオに杖で殴りかかった。イオは片方の魔法陣でキラの魔法を防ぐと、もう片方の魔法陣から攻撃魔法を放ってゼオンを狙う。二人の相手をイオは完璧にこなす。そしてキラの考えることなど全て見通しているかのように次の手を打った。

しかしそれでもキラは止まらなかった。読まれていたから何だ。全てが読まれていたとしてもどうしようもない、それくらいの速さで駆ければいい。そう心に刻んで挑む。


「あ、やっぱ速いな。タイミングが難しいね」


イオがぽつりとそう漏らした。先を読んでも速さで振り切る。速さを読みすぎれば相手の目論みが読める。

キラはイオの放った魔法全てを避けきっていた。このまま全て避けてやる。

だが、そう思った矢先に鼻先を剣が掠めた。ブラックがキラを野放しにするはずがなかった。イオとブラック、キラは二人の相手を同時にする羽目になった。


「二人がかりで一人をボコボコにするってずるくない?」


「あんた達だってやってたじゃん。それとも、先にゼオンをぶっつぶしてもいいのぅ?」


イオの笑みが狂気に染まった。魔法陣が狙いをキラからゼオンに変える。キラの背に鳥肌が立つ。これ以上ゼオンを狙い撃ちされたら──


「キャハハハハ、じゃあねぇ雑魚野郎! ブッ倒れてくたばってな!」


地獄の扉が開くように、二つの魔方陣は牙を剥いた。創造を司る蒼のブラン式魔術。無限の力がゼオンの目の前に線を引いて爆ぜて、姿が見えなくなった。


「あ……」


強すぎる。もう何度目かの絶望の烙印が再び頭に焼き付いた。

イオはキラの正面で愛らしく微笑み、背後でショコラの剣がチリンと音を立てた。


「さて、もうあいつは走れないでしょ。次はお前だよ」


地獄の蒼が足場を奪い、二つの剣が宙を針山に変えた。持てる全てを出してキラはひたすら避けたが、絶望が黒く深く広がり脚を鈍らせた。

突如足が縺れた。待ち構えていたかのように脇腹を蒼のナイフが切り裂いた。そして更に剣が煌めき、脚から血が吹いた。

ブラックがキラの背中を蹴る。キラは成す統べなく地面にたたき付けられた。


「あれあれェ、かけっこはもう終わり? 残念だなぁァァア?」


立ち上がろうとしてもできなかった。脚に力が入らない。まだ走らなきゃ、助けなきゃいけないのに。

イオが落ちた蝿を見るような目でキラを見下ろしていた。


「じゃあショコラ、徹底的にやっちゃってね」


そう言って、終止符が打たれようとしていた。時計盤のような魔方陣が浮かぶ。幼い声が呪文を唱える。時間停止の魔法が来る。


「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……」


絶望がゆっくりと心を締めた。全身から力が抜けていくようだった。


「ごめんゼオン……あたし、ちゃんとできなかったよ……」


手で顔を覆うと、もう何も見えなくなった。幼い声は最後の一手を宣言した。


「時よ我が意に従え! フェルマータ・ウール!」


もうここまでだと思っていた。全て潰えたと思っていた。星が囁いたのはその時だった。


「いいや、お前は完璧だったよ」


キラの髪飾りから声がした。紛れも無いゼオンの声だった。

しんと辺りが静まり返った。イオが青ざめて自分の手を見つめる。キラの身体には痛みも傷も無かった。

奇跡は再び訪れた。時間停止の魔法が発動していない。


「なんで、どうして発動しないんだよ……!」


イオが苛立った様子で言ったその時だ。

紅蓮の炎が銃弾のようにイオの手を貫いた。ああ、まただ。その炎を見た時、キラの心は安堵と悔しさの両方に染まった。

ほんの一瞬の隙だった。イオの横を何かが駆け抜けた。


「ショコラ、行かせるな!」


ブラックが駆け出そうとする。キラは即座にブラックの足元に杖を伸ばし、躓かせた。行かせてたまるか。

そして遂に状況が逆転した。

黒犬のような声が舞い降りる。微かに嘲笑の混じった、しかし凜と強さを持った声が。


「さてイオ、悪戯はそこまでですよ」


イオとショコラに動揺が走る。イオが背後を振り向く。キラはその瞬間がチャンスだと思った。迷わずキラはイオを蹴り飛ばした。

地面にたたき付けられた先でイオは顔を上げた。目の前には黒いドレスの少女の姿があった。胸から血を流し、人を見下すような笑みを浮かべてそこに立っている。


「セイラ……!」


セイラはクスクスと笑った。隣にはセイラに刺さっていた紅の石を握りしめるゼオンが居る。もう片方の手にある杖は、イオの手を焼いた炎と同じ色で輝いていた。

セイラの周りには蒼い陣が浮かび、この場を支配している。イオは震えながらセイラに言う。


「セイラが時間停止が発動しない原因だってことか」


「ええ、ずっと邪魔してましたので」


「なんで、気絶させたはずなのに」


「あら、私がいつ気絶したというのでしょう? 私はずっと後ろで皆さんの様子を見ていただけなんですけどねえ」


セイラは口調だけは普段どおりだが、顔色は悪く、足はおぼつかなかった。するとゼオンが紅の石を投げ捨てて答えた。


「最初に時間停止が発動しなかった時、こいつは何をしてたと思う?」


イオは答えずにゼオンを睨みつける。セイラはその顔を見るとにんまりと笑った。


「その時、こいつは俺に向かって手を振っていたんだよ。こいつ、狸寝入りしてやがった」


キラは「えっ」と声をあげた。イオの目はどんどん冷え込んでいった。セイラの傍らに立つゼオンを害虫でも見るかのように睨んでいた。

ゼオンはイオに言った。


「おかしいだろ。『未来を知っている』はずのお前が、どうしてセイラが俺に手を振っていたことに気付かなかったんだろうな」


「……あーあ、また余計なことに気づいちゃったみたいだね」


「そうだな、やっとわかったよ。お前の能力の三つの弱点。一つ目はお前が知ることができるのは未来の事象であって人の思考は含まれないこと、二つ目は人の未来を知る為には一度脳内で検索をかける必要があること、そして三つ目はセイラの未来をお前は知ることができないってことだ」


ゼオンはイオの理不尽な力「予言書」の裏の側面を暴いてみせた。イオの沈黙がゼオンの推理を肯定していた。

もしゼオンの言うことが間違いであったなら、このようにセイラを奪取されることは無かったはずなのだから。


「本当によかった、あいつがお前ら二人を引き付けてくれて。『幻影で囮を作って俺がやられたように見せかける』為には、一度俺から目を逸らしてもらわなきゃできないからな」


「……じゃあ、ボクがぶっ潰した奴は」


「偽物の幻だったってことだ。ばれてもおかしくないからひやひやしたけど、お前がもう俺は走れないって思い込んだおかげで助かったよ。予言はもっとよく確認するんだな」


イオの眉間に皺が寄る。イオは新たに魔法を発動させようとしたが、なぜか光はすぐに消えてしまった。セイラが蒼の魔方陣を浮かべながら微笑んでいた。


「無駄ですよ。まだ時間は『止まっている』のですから」


キラは耳を疑った。今この場に居る全員が動くことができている。時間は止まっていないはずなのに。


「おや、不思議そうな顔してますねえ。ちゃんと時間は止まってますよ。イオの魔法は完璧です。

ただ、時間停止の魔法が発動している間でも動ける人物を『イオとショコラのみ』と指定されていたのを、私が『この場にいる全員』と書き換えた。それだけの話ですよ。

時間操作の魔法と他の魔法は矛盾しますからね。時間の流れを止めながら時間を流すことで生まれる魔法を使うなんて不可能です。同時発動がしたいなら精々頑張ってください。」


セイラがそう言うと同時にゼオンの魔方陣が浮かび上がった。イオの表情が初めて苦く歪む。すると、ブラックがセイラに剣を向けた。


「なるほど、その理屈だとお前も今他の魔法は使えねーみたいだな。ゼオンもキラももうボロボロだ。この状況でお前は俺を止められるか?」


「あら、私はただ『イオの魔法を書き換えている』だけですよ。右手で魔法を書き換え、左手で目玉を撃ち抜かれるのがお望みでしたら、そうしてさしあげましょうか?」


「嘘じゃねーだろうな。ゼオンはともかくお前が魔法をいくつも同時に使うとこは見たことねえぞ」


「あら……あなた不思議なことを言いますね。ええ、本当に奇妙なことを」


セイラはクスクスと嘲笑いながら「奇妙なこと」の正体は口にしない。のらりくらりとショコラを弄んでいた。

その時だ。突然地震のような揺れが起こった。闇に覆われているはずの空間に亀裂が入り、足元がぐにゃぐにゃと揺れて立っていることができない。


「なんだこれ……結界が壊される……!」


「こいつらが何か仕掛けたってこと?」


イオはゼオンを指す。だがブラックは全く違う答えを告げた。


「違う、ゼオン達じゃない。外部からだ」


その時セイラの魔法陣が消え、闇の部屋は崩壊した。空間のヒビから光が漏れ、ビスケットのような欠片がパラパラとこぼれ落ちて消えていく。

キラにも今の状況がわからなかった。これは喜んでよい状況なのだろうか。

キラの困惑をよそに黒い世界は消えていく。代わりに見えてきた世界はごく普通の女子生徒の部屋だった。


「やっと来た」


ゼオンが呟いた。「帰ろう、三人で」──今この時、その一言が現実になった。

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