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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第19話

帰ろう。まるで勝って帰る確信があるかのような言葉だった。だがどうするつもりなのだろう。相手は「未来を知る」だなんて反則じみた力を持った人物だというのに。


「なんか良い考えがあるの……?」


「いや、全く。すげえ汚い策しか浮かばなかったし、俺の予想が合ってるかもわかんねえ」


「えー、それで大丈夫なのかなあ……」


「いいからやるだけやってみてくれ。セイラを助けて帰りたいだろ?」


「むう、それはそうだけど」


キラは再びショコラ・ブラックに杖を向けた。ゼオンとイオはお互いかなりの傷を負っていたし、キラも切られた肩がひりひり痛む。だが目の前のブラックはまだ無傷に近かった。

ブラックは剣を構えたままこちらが動くのを待っていた。キラも相手が隙を見せる瞬間を待つ。じりじりと時間が過ぎた。

一方のゼオンは再び魔方陣から炎の華を呼びだす。イオも迎え打つように蒼の魔方陣から硝子の鎖を呼び出した。ゼオンとイオの魔法がぶつかり合い、戦いが再開する……そう思った時だ。

イオが叫んだ。


「ショコラ避けな! その魔法そっちに行くよ!」


ゼオンの魔法はイオを無視してブラックを狙った。炎の華はブラックを確実に捕らえようと咲き誇った。

イオは狙いをゼオンから炎の華へと変え、ブラックは翼を広げて飛び立つことでそれを避けた。「やっぱり」とゼオンが小さく呟いた。

そしてブラックに隙が出来た。キラはすかさずブラックを追い、杖を振るった。その時再びイオの声がした。


「次は臑に来る。顎、溝尾の順で受けて、それから……」


ちょっと風が吹けば消えてしまいそうな微かな声だった。ブラックの耳についたイヤリングから聞こえてくる。相手も通信手段を使って指示を出しているようだった。


「三秒語直上、避けて爆風に身を隠せ」


ブラックはその指示どおりその位置から離れた。その時、上空で燈の火花が舞った。


「そのまま突っ切ってセイラの方へ走れ」


ゼオンの指示だ。その途端、上から朱色に溶けた岩石が降ってきた。キラは慌てて指示どおり走る。岩石はブラックを標的に降り注いだ。今の攻撃はゼオンのものだ。ゼオンは二人でブラックを狙うことにしたようだった。

セイラを奪われないよう、ブラックがキラを追ってやってきた。キラは再び迎え撃つ。一発ぶん殴る。剣を杖で受け流しながら隙を探した。

その時再びブラックのイヤリングからイオの声がした。


「十五秒後、束縛の魔法と火の矢が同時に来る。こっちで止めるから、そのままキラの相手して」


駄目だ。ゼオンと二人でブラックを狙ってもイオは全てを知っている。未来を見通し、ブラックに指示を出す。

このままでは先ほどと何も変わらない。そう思った時だ。


「いや、待って、予言が書き変わった……なんだこれ」


イオの困惑した声がした。その数秒後だ。闇を彩るように、突如空間全体に無数の鈴が現れた。何か攻撃するわけでも、不思議な効果があるわけでもない。ただ鈴が浮いているだけだ。


「……なんだこれ」


ブラックはキラの蹴りを避けながら呟いた。すると、再びイオの声がした。


「ああ、そういうことか……チッ、めんどくさい……」


その時、鈴が一斉にリンリンリンと音を鳴らした。最初は鳥の囁きのようだったが、段々数が増えていき、嵐のようになり、もはや騒音としか思えない音量でその場に居る全ての者の耳を攻撃した。

キラとブラックはそれでも斬って殴っての戦いを続けていたが、キラだけでなくブラックも鈴の音が気になって仕方がなかったようだ。

というのも、二人が通信機としてつけている星の髪飾りと赤い石のイヤリングのせいだ。この通信機がゼオンやイオの声だけでなく周囲の鈴の音まで拾ってしまう。おかげで耳元で罵声を浴びせられているような騒音の中で二人は戦う嵌めになった。

が、これは思いの外意味があった。


「ショ……ラ、」 リンリンリンリン 「……秒後……」 リンリンリンリンリン 「ああもう、うるさ」 リンリンリンリンリンリンリンリン


イオの指示が鈴の音に掻き消されていた。「おい聞こえねえぞ」とブラックが不満を漏らす。その時、キラの髪飾りからゼオンの声がした。


「後はよろしく」


その一言を最後に通信が切れてしまった。耳元の騒音は止んだ。キラは「はぁ!?」と叫ばずにはいられない。

可愛らしい鈴の群れとショコラ・ブラックの前にキラはほうり出されることになる。イオの指示はほぼ届かなくなったと言っていい。

キラがやるべきことは目の前のブラックと正々堂々殴り合うことだ。キラは深呼吸した。

強くなりたい。キラは今までの努力と言葉を思い出す。その全てを目の前のブラックにぶつけよう。

ブラックの剣が目に入る。あれより速く動けとキラは自分に言い聞かせた。目で追っては駄目だ。勝てる時とは、何も考えずとも全てわかっている時だ。

水流のようにしなやかに、キラはブラックの脇に滑り込んで杖を奮う。ブラックは右の剣で杖を受け止める。

キラは退かずに全ての力と体重を杖にかけた。片手で杖を受け止めてしまったのが運の尽き。ブラックは俊敏だが、力はそこまで強くない。ましてや二本の剣を扱うと尚更剣一本あたりにかけられる力は弱くなる。

キラは杖を両手で持ち上げると剣ごとブラックを凪払った。黄金色の宝石が腹に食い込み、ブラックは体勢を崩した。

すると突如地震のような揺れを感じた。足元がぐらついたが、キラは更に杖で殴りかかる。

今度は両方の剣が杖を迎え撃つ。力と力がせめぎ合い予言も奇策も介入しない争いが幕を上げた。

あれ、とその時キラはふと思った。イオはあれだけ魔法を使ってきたのに、どうしてこの人魔法を使わないのだろう。

キラは頭を働かせた。ゼオンやティーナに教わった魔法の知識を引っ張り出す。

魔法は魔力とその場の環境、術者の技術によって成り立つ物。ブラックに魔力や技術が無いわけが無いし、この結界はイオ達が魔法で用意したものなのだから、イオ側に有利な環境を整えているはずだ。

いや違う、これは魔法を使わない理由ではなく、「使えない理由」だ。ブラックが魔法を使えないわけない。間違えた。

だが、そこまで考えたところで、キラはふっと冷静になった。

もしかして、本当に「使えない」から使わないのだろうか。いや、まさか。

その時、再び炎の矢がブラックに降り注いだ。ゼオンの支援だ。一方でイオが居る方からはゼオンに向かって青白い雷が飛んでいた。それでもゼオンの攻撃の手はイオではなくブラックに向いていた。

徐々に周囲に浮かぶ鈴にノイズがかかり、音が弱まりはじめた。

ゼオンの魔法も長くは持たない。キラは再びブラックへと殴りかかる。相手は剣二本ならキラの攻撃を防ぎきれると覚えたようで、今度はなかなか攻めきる機会を与えてくれなかった。それどころか、気を抜くと戦いの主導権を奪われてこちらが追い詰められてしまう。

周囲の鈴の音も消え入りつつあった。イオの指示が復活すると厄介だ。それまでにもう一撃決めたいところだ。

どうせ消えてしまうなら。一か八か、キラはバットを振るように杖で宙に浮いた鈴を打ち飛ばした。

飛ばされた鈴は別の鈴にぶつかり、その鈴がまた別の鈴にぶつかり、鈴達は四方八方に弾け飛んだ。

運がよかった。偶然飛んできた鈴をかわそうとブラックは身を屈めた。その隙をキラは捩込んだ。

身長程の長さの杖をブラックの腹に捩込んだ。銀の躯が、黄金の石がブラックの身体を大きく吹き飛ばした。

そしてその途端、再び大きな地震が生じた。


「な、なにこれ」


キラがそう呟いた時、ゼオンとの通信が復活した。


「よし、当たりだ。いいか、この謎の空間を作っているのはイオじゃなくてショコラ・ブラックなんだ。そいつが魔法を使ってこないのはこの結界の維持と剣での近接戦をしながら更に魔法を使うってのは困難だからだよ」


そういえば、キラは昼間ゼオン達から教わったことを思い出した。あの特訓は無駄ではなかったんだ。


「そっか、基本的に魔法は一度に一つしか使えないから……!」


「……もしあいつが詠唱省略の魔法を使っていないならそういうことだ。あの魔法、なぜか省略だけじゃなくて同時発動もできるようになるからな」


キラは地面が揺れる中、バランスを保ちながら尋ねた。


「じゃ、じゃあこの地震は?」


「お前が結界の術者であるあいつを攻撃したから結界が揺らいだんだ」


「じゃ、じゃあこのまま頑張ればこの結界を壊せるってこと?」


「そういうことだな」


うん、とキラは深く頷いた。あたしだって、役に立つんだ、立てるんだ。何度も自分に言い聞かせた。


「あまりイオの言うことを気にするなよ。あいつ、自分に都合のいい情報だけを言い触らして、自分の弱点をこっちに教えてねえ。その弱点さえ見抜ければ、勝ち目はあるはずだ」


キラはもう一度頷いた。イオの弱点。それは何だろう、と考えたがキラにはさっぱりわからない。

骨が剥きだしになっても瞬時に回復する回復能力、こちらを行動不能にする時間停止、そして未来を予知する予言書としての力。

どこに弱点などあるのだろう。どうやって見抜くというのだろう。キラには到底思いつかないけれど、ゼオンなら。

キラ自身も気付かないうちにゼオンへの期待が重くなっていた。ゼオンだから大丈夫。そう思うようになっていた。

その時、地震が止んだ。空間の揺らぎが止まり、結界が修復された。同時に、周囲の鈴が消えてイオの声が届くようになった。


「結界を壊すつもり? 結界壊してもセイラは取り返せないと思うんだけどなあ」


うっ、とキラは言葉を返せなかった。確かにそのとおりだ。するとゼオンが言い返す。


「帰り道はちゃんと作っておかないと迷子が出るだろ。こっちはチビを二人も連れて帰らなきゃならねえんだ」


「キャハハ、よく言うねえ、もうボロボロのくせに。断言するよ、君ら二人がセイラを連れて帰れる未来なんて全く見えないね」


「へえ……そいつはいいことを聞いたな。予言書なんて大層な力持ってる癖に、予言の使い方が下手なんだな」


「そっちこそ、そんなに無茶を重ねると、ここでセイラを取り返して帰れたとしても、後からじわじわ痛い目見るよぅ? 脚も腕ももうボロボロでしょ。それ以上走れる、ねえねえ?」


ゼオンの目に勝つ為の糸口は見えているのだろうか。腕や脚に纏わり付く赤は広がってゆくばかりだ。

ゼオンは一言も弱音は吐かないが、手も脚も確実に動きが重くなっていた。


「さてどうしよっかなあ……」


イオはそう言ってイオは小声でブラックへの指示を出した。キラはその間にゼオンに問う。


「ゼオン、どうするの? 結界壊せてもセイラを取り返せなかったら意味無いよ?」


「……今考えてる。とりあえず用がある時に指示は出す」


再生能力を持ち、時間を操り、未来を見通す予言書。そんな反則のような力を持った少年をどう打ち負かそうというのだろう。そんなことがただの魔女と魔法使いにできるのだろうか。

それでもゼオンの目は不可能を壊す答えを探しつづけていた。

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