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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第13話

そして再びルイーネに言った。


「校内や、校内調べてこい」


「だから、校内は立入禁止なんですよ!」


「しゃあないなあ……せやったらさっさと許可取るで。村長んとこ、電話かけへんとな」


とうとうオズが折れた。これはキラにとっては大きな衝撃だった。今まで誰が止めようと自分の要求は全て強引に押し通してきたあのオズがホロの言うことを聞いたのだ。

一体オズに何があったというのだろう。理由となりそうな事柄といえば、ホロの言っていた「濡れ衣」の話だが、キラはそのことについて何も知らされていない。なので当然、どうしてオズが折れたのかもわからなかった。

すると今度はティーナが身を乗り出した。ティーナはキラの肩を叩きながらオズに言った。


「それなんだけどさ、村長に許可もらうんだったら、キラを出させたらどう? たしか村長の孫娘がキラの友達だったよね。あのお嬢から村長に取り次いでもらうの。村長に嫌われてるオズが頼むより、その方が角が立たないし、村長も孫の言うことなら聞いてくれるんじゃない?」


キラは思わず「ティーナ、すごい!」と声をあげそうになった。キラにはそのような方法は思いつかない。

オズは乗り気ではなかったが、ホロはティーナの提案に食いついた。


「それ、そうしましょう! でしたらキラさん、こちらに来てもらってもいいですか。電話をかけますので」


キラは深く頷いて電話の傍に向かった。キラは受話器を取り、ホロに言われた番号に電話をかけた。

少しの静寂の後、受話器の向こうから声が聞こえてきた。相手は屋敷の使用人だった。キラがペルシアを出すよう頼むと、使用人がしばらく待つように告げた。

ペルシアが出るまでの間、キラは微動だにしなかった。ゼオンやオズ達もキラから目を離さない。

その間、時折受話器の向こうから誰かの話し声が聞こえてきた。滑舌の悪さや話し方から、年配の方の声かと思われるが、誰の声かはっきりとはわからない。


「お客さんでも来てるのかな……」


キラが呟いた時、ようやくペルシアが電話に出た。


「もしもし、キラ。どうなさいましたの? キラが電話をかけてくるなんて初めてだから驚きましたわ」


「あ、ペルシア。あのね、ちょっとお願いがあるの。村長さんにさ、ルイーネが学校の中を調査する許可を出すようお願いしてくれないかな。ちょっと大変なことがあってね……」


事情を話し始めようとした時、別の声が受話器の向こうから聞こえてきた。


「キラ? ペルシアちゃんや、今キラと言ったかい。あの子どうしたというんだね?」


先程の年配の女性の声だ。その声の主はすぐにわかった。キラもよく知る人の声だ。


「ばーちゃん! ばーちゃん、今村長さんちにいるの!?」


キラが叫んだ途端、ゼオン達の顔色が変わった。特にオズはガタンと椅子から転げそうになっていた。

すると、電話の相手がペルシアからリラに変わった。


「おやおや、キラ。ちょっとカルディスに色々文句を言いに来たとこでねえ。キラこそどうしたんだい、カルディスんちに電話なんかかけて」


「うん、ちょっとペルシアにお願いしたいことがあって……」


キラはセイラがさらわれたことと、救出の為にホロに校内を調査してもらわなければならないことを話した。

キラが全て話し終えた途端、ペルシアがリラから受話器を奪い取って叫んだ。


「キラ、それは本当ですの!? 村の子供が一人誘拐されたんですのね!?」


「村の子供……って言っていいのかわからないけど、とにかく友達が誘拐されたの。大変なの! ペルシアお願い、協力して!」


ペルシアの返事は早かった。迷いも無く、力強く答えた。


「わかりましたわ。ルイーネに今すぐ校内を捜すよう伝えてくださる? その間に、わたくしはお爺様に許可を出すよう頼んできますわ」


キラは驚いた。順番が逆だ。ペルシアが許可を取るまで待ってからルイーネが動かなければ、無許可で動いているのと変わりないはずだ。


「えっ、待って、今すぐって……ペルシアが許可を取るまで待ってるよ。そうじゃなきゃ、ペルシアに頼んだ意味が……」


「そのセイラって子を早く助けなければならないのでしょう? 一刻を争う事態のはずですわ。責任はわたくしが取ります。わたくしが無理矢理頼んだと言えば、オズとルイーネに迷惑はかかりませんわ」


「そ、そんな……」


「村人の一大事ですもの。そのくらいの協力はしますわよ」


キラは戸惑った。それはオズとルイーネが被る罪をペルシアが代わりに背負うと言っているようなものだ。いくらセイラを助ける為とはいえ、ペルシアにそんな重荷を背負わせるのは気が引けた。

すると再び電話の相手が変わった。受話器の向こうからリラの声がした。


「キラや、そうしなさい。すぐにルイーネに調査をさせな。カルディスにはあたしからも頼んでやる。『オズとルイーネに無理矢理調査を指示した』なんて、こんなに優しいペルシアちゃんが言ったんじゃあ、説得力無いだろう?」


「婆ちゃんまで……そんな、いいの? 許可が出る前に捜し始めたなんて、後で知れたら怒られるよ?」


「おやまあ、このあたしがカルディス如きを怖がると思うのかい? 端っから許可を出す気が無かったわけじゃないんだ。ちょっとフライングするくらいさ、そこまで厳しく怒られやしないさ」


その直後、急にリラは曇天の雲のような低い声で言った。


「それに、責任がオズに向くよりマシだ」


「えっ?」


「あいつ、今厳しい立場だからねえ……」


一体オズに何があったというのだろう。ホロの言っていた「濡れ衣」と何か関係があるのだろうか。キラはオズの横顔を見つめたが、オズは何も話さない。

その後、リラは柔らかな声で言った。


「ところでそのセイラって友達は、うちに一度来たことがあったかい?」


「うん! 春の終わりごろ、うちに泊まりに来た子だよ。黒髪で、ちっちゃくて、フリルとリボンいっぱいの服着た大人っぽい子!」


キラは初めてセイラと出会った時のことを思い出した。たしかあの日はセイラが泊まる場所が無くて、仕方なくキラの家に泊まりに来たんだっけ。

思えば、セイラがキラの家に来たのはあの一回きりだった。すると再び受話器の向こうから声が返ってきた。古いアルバムをめくった時のような暖かい声だった。


「ああ、ああ……そうか、あの子か。あの子なんだね。わかったよ、早く助けておやり」


「ばーちゃん、どうしたの。そんな声で」


「孫の友人」程度の存在にかける言葉とは思えない重みだった。


「いや……あの子と少し似ている子を知っていてね。なんだか懐かしくなったのさ。さあ、早くあの子を捜しな。早くしなきゃいかんだろう。じゃあね」


その言葉を最後に、電話はぷつりと切れた。キラが受話器を置くと、即座にホロが言った。


「ど、どうでしたか」


「ルイーネ、今すぐ校内の調査を始めて。その間にペルシア達が村長さんから許可を取ってくるってさ」


「えっ、それじゃ……」


キラはペルシア達の話をホロに伝えた。ホロも戸惑っていた。無理もない。これではペルシア達に罪をなすりつけるようなものだからだ。

キラも迷いは消えなかった。だが、二人の想いを無駄にするわけにもいかなかった。


「お願いルイーネ、オズのことは大丈夫だから! すぐに校内を捜してきて! あたし、手遅れになるのは耐えられないの、セイラを助けたいの! お願い!」


キラは頭を下げてホロに頼み込んだ。ホロははじめは戸惑っていたが、やがて顔を上げてキラに言った。


「……わかりました。キラさんがそこまで言うのなら仕方が無いですね。校内の調査、今すぐ開始しますね」


キラはホロに抱き着いて何度も感謝した。ホロの目が淡く輝き、村中を調査しているホロ達に指示を送ったようだった。

キラはティーナのところに向かい、ティーナの手を握りしめた。


「ありがと、ティーナ! これで後は見つかるのを待つだけだよ。ティーナがペルシアに頼むってアイディアを考えてくれたおかげだよ。ありがとう!」


ティーナはぽかんと呆気にとられた様子でキラを見つめていた。それから、ティーナはどこか寂しそうに笑った。


「はは、ほんと、キラは馬鹿だなあ。あんたも十分すごいよ。キラが居なきゃ三人の協力は得られなかったんだから。それに、喜ぶのはまだ早いよ。まだセイラが本当に校内に居るって決まったわけじゃないんだからね?」


言われてみればそうだった。キラは再び気合いを入れ直した。二人の様子を見ていたルルカが口を挟んだ。


「ティーナも十分馬鹿だわ。喜ぶのはセイラの救出が終わってからでしょう?」


「そ、そうだったね」


それからルルカはオズに問い掛けた。


「ところで、貴方村の中での立場が悪くなっているみたいだけど……何かあったの?」


キラも同じことが気になっていた。ルイーネもリラもペルシアもオズを心配しているようだったからだ。

オズは窓の外を見つめたまま、こちらに目を向けようとしない。机の上で一枚の書類がひらひらと揺れていた。


「村の連中とは元々仲悪いんや」


「それは知ってるわよ。じゃあ濡れ衣って何の話?」


「ちょっと村長ともめたんや。別に濡れ衣なんて何度も着とるし、別に特別なことやないで」


オズは頑なにそのことについて話そうとしなかった。「大事なことを何も話してくれない」──これはセイラに言ったことだが、オズにも言えることだ。

まるでピースの欠けたパズルを見ているようだ。キラにはわからないことがたくさんある。イオの企み、リディとメディという神のこと、そしてセイラやオズが抱えていることも、キラにはわからない。

セイラやオズが足りないパズルのピースを持っているのではないだろうか。皆が信頼しあい、手持ちのピースを差し出せば、全ての情報が揃えば、全ての謎が解けるのではないだろうか。

膨らんでいくキラの想像とは裏腹に、オズは固く口を閉ざす。

みんなが信頼しあって……そんな考えは所詮理想にすぎないのかな。こちらを見ないオズの横顔を見てキラは寂しくなった。

オズは一言だけぽつりと呟いた。


「ペルシアもババアも……余計なことを……」


キラはその一言にカチンときた。二人ともオズの為を想って協力してくれたというのになんて言い草だろう。キラが文句を言おうとした時だ。

ホロが叫んだ。


「ありました! 女子寮の一室から妙な魔力の気配を感じます! 結界が張ってあるようです!」


その言葉と共に灯が燃え上がるような空気が部屋を包んだ。ゼオン達はそれぞれの武器を手に取り、オズは口角の笑みを隠しきれていない。

オズは窓のカーテンを閉めて立ち上がる。これからパーティでも始まるかのような興奮が顔に表れていた。

オズはキラ達全員に言った。


「ええか、救出は今日中に決行や。お前らよく聞け。計画は一回しか言わへんからな」

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