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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第12話

右瞼の周りはえぐられたような傷になっていて、本来眼球があるはずの部分が空洞になっていた。

ルイーネが上を向くと、右目の部分から紫の泡が沸き上がり、シャボン玉となって宙に上りはじめた。シャボン玉はぶつかっては膨らみ、大きな目玉を生みはじめ、やがて巨大なホロへと成長していく。

ホロ達はうねりながら群れを成して頭上を漂う。そのままホロ達は窓から空へと飛び出してあちこへ消えていった。

全てのホロ達が飛び去った後、突然ルイーネがその場に倒れた。キラは思わず叫ぶ。


「ルイーネ、どうしたの!?」


「あーはい、大丈夫やから」


オズはルイーネをつまみ上げると、用意した木箱にルイーネを入れて蓋をしてしまった。すると、箱の表面に描かれた文字のような模様が淡く光った。何かの魔法がかかった箱のようだった。


「入れちゃうの? ルイーネは大丈夫なの!? その箱何!?」


キラに質問責めにされたオズは面倒くさそうに答えた。


「この箱はジジイからの支給品。ホロをあーしていっぱい飛ばす時はこうしてルイーネの方をこの箱に入れて腐敗抑えなあかんねん」


「腐敗!? なんで!?」


「あー……そこんとこ勝手に言ってええかわからへんな。とにかくルイーネは大丈夫やから落ち着け。とりあえずあいつから連絡来るまで待ってろ」


ただでさえ一刻を争うという時にこんな奇妙な事が起こったら気になって仕方が無い。セイラのこともルイーネのことも心配で仕方が無かった。レティタがそわそわ歩き回るキラの肩を叩いた。


「キラっ、歩き回ってもどうしようもないわよ。ちょうどガトーショコラの余りがあるんだけど、それでも食べて落ち着きましょ?」


キラは渋い顔のまま頷いた。レティタは笑顔で頷き、ガトーショコラを取ってきた。

今はとりあえず待つしかない。目の前に出されたガトーショコラを頬張りながら、キラはじっと窓の外を見つめていた。

セイラが消えていく時の諦めたような横顔が忘れられなかった。最後の時まで空を睨みつづけていたあの時、セイラは何を考えていたのだろう。

もしかして、誰かの助けを待っていたのかな。そう考えて、キラはまた寂しくなった。

キラがようやく静かになり始めた時、ゼオンがキラに尋ねた。


「そういや、結局イオはどうしてセイラを連れていったんだ?」


キラはフォークを口にくわえたまま、じっとゼオンを見つめて黙り込んだ。


「つまり、わからないのか」


キラは正直に頷いた。


「イオ達は杖を狙ってるはずなんだろ。だったら杖を持ってるお前を無視してセイラを連れ去ったのには何か理由があるはずだろ」


「そうなんだけど……わかんないんだもん」


するとオズが口を挟んだ。


「んなもん口封じに決まっとるやろ」


キラの背筋に悪寒が走った。口封じなんて日常でほぼ使うことなどない言葉だ。ゼオンが言った。


「口封じって……口を封じなきゃいけないほどのこと、あいつ全然教えてくれないじゃねえか」


「今まではな。けど最近はちょいちょい教えとるやないか。杖が人を消す条件とか、ショコラ・ブラックの正体の話もしてたやろ。イオが来てからはな」


思い返してみれば、確かにイオが来てからだ。最近のセイラは確かに杖のことなど、今まで隠していたことを教えてくれるようになった。

「それでも、もっともっと話してほしいんだけどな」と、キラは心の奥で呟いた。

オズは続けてこう話した。


「そもそもあいつがどうしてお前らに自分の知ってること何も話さへんのかわかるか? 自分の情報は弱みになるからや」


「弱み?」


「そうや。友人、家族、自分が使える魔法の種類、持ってる知識、過去の思い出。こういうもんは知られたら弱みになるんや。友人や家族は人質にできるし、知識や使える魔法は知られると対策立てられるし、過去の思い出は揺さぶりに利用される。だから言わへんねん」


キラはもどかしくて仕方が無かった。そんなにキラ達は信用できないのだろうか。「脅したりなんてしないのになあ……」とキラは悲しくなる。

けれど、声をあげて怒ることもできなかった。セイラと初めて出会った時、キラ達は確かにセイラを怪しい人物だと警戒していたからだ。


「じゃあなんでイオが来て、あいつが急に杖のこととかお前らに教えはじめたか。教えへんとお前らが自分の身を守れへんからや。

 ゼオンが言ったとおり、敵の情報知らな、あいつらには敵わへん。敵わへんかったら、ボコボコ杖取られてくだけや。

 あいつもお前らのお守りなんてごめんなんやろ。せやから杖のことやイオ達の力のこと少しずつ教えて、お前らにあいつらに対応する準備させたんや」


そこまで話を聞いていたゼオンが、次にこう言った。


「……で、イオ側から見ると、自分達の弱みになりえる情報を俺達に教えるセイラは邪魔だってことか」


「そういうことや」


「じゃあ、セイラはあいつらに殺されるのか?」


「いや、多分そらないな。ブラン聖堂のどっかに封印されるか閉じ込められるかそんな感じやないかなと思っとるんやけど」


ブラン聖堂と聞いてキラはすぐに立ち上がった。それが本当だとしたら落ち着いてなどいられない。

ブラン聖堂は、あの反乱の時にキラが捕まっていた場所だ。キラはあの聖堂の地下を思い出した。不思議な図書館や水晶の大樹、紅の鉱石の生えている部屋のことを思い出す。

ただでさえ村から遠く離れているというのに、あんなわけのわからない空間に救出に行けるのだろうか。


「それ大変だよ! ブラン聖堂ってやばいじゃん! あんなわけのわからないとこ救出に行ったらむしろこっちが捕まっちゃうよ!」


叫び出すキラを見て、ゼオンもティーナ達もブラン聖堂のことが気になったようだ。


「ブラン聖堂って、そんなに厄介なのか……?」


「もーやばいよ! 特に地下がやばい! 別世界来たみたいでとにかくわけがわからないよ!」


ゼオン達は実感が持てないようだったが、オズはうんうんと頷きながら言った。


「せやろせやろ、やばいやろ。あそこを舞台にされたらこっちに勝ち目はない。俺らにとってはわけわからへんけど、イオ達の拠点って本来あの聖堂なんや。あいつらはあの聖堂のことは熟知してるんや。セイラを救出するなら、ブラン聖堂に連れていかれる前に奪い返さなあかんわ」


キラは不安になった。セイラが連れていかれる時、たしか空間転移の魔法を使っていたはずだ。


「ねえ、それ、間に合うのかな……。セイラ、魔法で連れてかれてたよ。直接ブラン聖堂に連れていかれてたら……」


キラがそう言うと、オズの返答まで少しの間が空いた。険しい表情で、オズはゆっくりと話した。


「そこは運やな。たしかに可能性はあるし、そうやとしたら手遅れや。けど……俺は一度聖堂以外のどこかでセイラを気絶させるなりなんなりするんやないかと思うんやけど。連れてかれる時、あいつまだ意識あったんやろ?」


「うん、イオ君に追い詰められてたけど、意識はあるし自由に動ける状態だったよ」


「セイラはあの聖堂のこと、イオと同じくらいよう知っとるはずなんや。せやから自由に動ける状態でセイラをあそこ連れてったら、内部をうまく利用されて逃げ切られるか返り討ちや。

イオが相手にとって有利になるよう仕向けるとは思えへんから、一度村のどこかにあいつを閉じ込められる場所作って大人しくさせると思うんやけどー……そこはルイーネの調査次第としか言えへんな」


結局「待つしかない」の一言に戻ってきてしまった。キラは疲れて椅子に座り込む。ふと天井を見上げると先程までのセイラとの会話が浮かんできた。

セイラの愚痴、もっと聞いてみたかったな。キラの心はぽっかり穴が空いたようだった。


「もっとセイラの話、聞きたかったな。記録書のこととか、あの時聞いておけばよかった」


キラがそう呟くと、ゼオンが言った。


「記録書? なんだそれ」


「わかんない。だから教えてってセイラに言ったら、明日教えるって言われちゃった」


明日。そう復唱した途端、涙が込み上げてきた。早く助けに行かなきゃ。キラは心に誓った。

その時、オズがこちらをじっと獲物を狙う猫のように見つめていたことに気づいた。


「記録書……そういや、そんなものがあったような……もしかして、あいつをさらった理由って……」


オズがそう呟いた時だ。窓からスルリと何かが忍び込んできた。それは目玉が一つしかない小さなホロだった。

ホロはオズのところに戻るとルイーネの声で報告した。


「駄目です。あの性悪女の魔力反応はありません。この村や村の周辺には居ないようです」


オズは舌打ちして考え込んだ。


「くそ、ハズレか……? おい、それちゃんと村中全域捜したんやろな?」


「私が立ち入る権限のある場所は全て捜したのですが、全く……あの性悪女の魔力ってすごく特徴的だから居たらすぐわかると思うのですが……」


「おいおい、権限ってアホか。立入禁止とかどうでもええから捜せるとこ全部捜せ」


「でしたら一度村長に事情を伝えてきます。誘拐があったと話せば立入禁止地域の調査許可も下りるでしょうから……」


「時間無いんや。お前が村長に連絡取ってあのジジイとまた揉めてそれから再開じゃ時間かかりすぎやで」


「でも、この前濡れ衣着せられて怒られたばかりじゃないですか。これ以上村長を怒らせたら……」


何やら揉めているようだった。とにかく捜せと命じるオズに対して、ホロの目玉はきょろきょろと落ち着かない様子で動いていた。

ホロは書類の山の一番上にある書類を見つめていた。


「オズさん、これ以上村の方々との関係を悪化させたら、本当に村に居られなくなるかもしれませんよ……?」


気のせいだろうか。一瞬だけオズがホロから目を逸らしたような気がした。村に居られなくなるとはどういうことだろう。濡れ衣を着せられたということもわからない。キラは首を傾げながら事態を見守るしかなかった。


「一瞬の遅れが命取りになるかもしれないんやで。俺の立場のことはええから、早く捜してこい」


「でも……」


話はなかなか進まなかった。自分の立場も省みずに捜索を頼むところを見ると、オズはセイラを助ける気が無いわけではなさそうだった。

だからこそキラはオズという人が時々わからなくなる。強引で非情な部分があることは確かなのに、「やっぱり悪い人じゃないんじゃないかな」とも思ってしまうのだった。

するとティーナが苛々しながらキラとゼオンの傍にやってきた。


「もう、何もたもたしてるのさ。濡れ衣って何。あたしその話知らないんだけど」


「あたしもわかんない……」


「とにかく早く捜さなきゃまずいじゃん。捜す気あるの?」


「オズはやる気あるみたいなんだけどなあ」


「あーもう、時間ないんだよ。ねえゼオン、早くしないと……」


ティーナがゼオンに話題を振ろうとしたが、ゼオンは答えなかった。ゼオンはオズとルイーネには見向きもせず、俯いて何か考えていた。

そして突如二人の会話に割って入った。


「ルイーネ。ちょっと聞きたいんだが、学校の敷地内ってお前の言う立入禁止区域に入っているのか?」


この張り詰めた空気の中に違う話題が飛び込んできたせいか、ルイーネとオズの話がぴたりと止んだ。キラは頭を抱えた。「ゼオン……空気の読み方知らないのかな……」と思った。


「はい、立入禁区域ですよ。私が勝手に校内を見て回ることは許されていません。けどゼオンさん、よく知ってますね?」


「前にセイラがちらっと言ってたんだよ。そうか、だとしたらセイラは校内に居る可能性はあるんじゃないか?」


オズはゼオンの話に興味を持ったようだ。


「それ、なんでや」


「ショコラ・ブラックは寮を使っている生徒だ。寮の部屋……セイラを連れていくのにちょうどよくないか?」


オズは手を叩いて「それや」とゼオンを指した。

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