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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第11話

自分の情けなさに反吐が出る。

皆に事情を説明している間、キラは皆の顔を見ることができなかった。相手は二人。こちらも二人だった。キラがしっかりしていればセイラが連れていかれることなどなかったかもしれない。

キラほホロと共に再び図書館に戻って、皆に事の顛末を話した。図書館にはまだゼオン達も残っていた。ゼオン達はキラから目を逸らさずに話を聞いていた。

全て話し終わった後、ゼオン達は一言も声をあげなかった。ただこちらを黙って見つめるばかりだ。

皆驚いているのだとわかった。キラも未だに信じられない。あのセイラがこうも簡単に連れ去られるだなんて誰が想像しただろう。

言葉を失うゼオン達の傍でオズが呟いた。


「まあ、あいつの油断やな」


その言葉を聞いたティーナがオズを睨んだ。キラも今の言葉には腹が立った。


「ちょっと、そんな言い方無いでしょ!」


「事実や。セイラがもっと早くイオの存在に気づいて、詠唱省略の準備を整えてたら切り抜けられたやろな」


「でも……違う……あたしが先輩を迷わず倒せていれば、もっと早くセイラのところに行けていたら……」


これ以上喋ると涙が零れてしまいそうだった。キラは口を堅く結んだ。泣くものか。

空を睨みつづけるセイラの横顔を思い出した。まるで助けを待っているかのようだった。キラは拳を握り、ゼオン達三人の目を見た。

強くなると決めたんだ。その決意を胸に秘めてキラは強く叫んだ。


「あたしはセイラを助けに行く! お願い、協力して!」


電流が走ったかのように図書館じゅうの本が震えた。涙の滝をせき止めながら、顔を上げてゼオン達に訴える。

ゼオンは視線を一瞬逸らしたが、すぐにこちらに向き直り、口を開こうとした。だが誰よりも早く動いたのはゼオンではなくティーナだった。


「わかった、キラ。あたしも手伝う」


悲しさではなく、嬉しさで涙腺が緩んでしまった。キラは頬を伝う涙を慌てて拭いて頷いた。


「ありがとう! 情けない話だけど、今のあたし一人じゃきっと敵わないと思う……だからみんなの力を借りたいって思ったの! だからティーナがそう言ってくれて本当に嬉しいよ!」


「お礼なんていいんだよ。セイラのことはちょっと……あたしも放っておけないんだよね」


ゼオンがそう言ったティーナの方を見て呆気にとられていた。それから、一歩遅れてゼオンもキラに言った。


「俺も、手を貸すのは構わない。セイラには何かと借りがあるしな……。お前はどうする?」


ゼオンはそう言ってルルカを見た。


「今更私一人だけ抜ける理由が無いわ。手は貸すわよ。あのイオとやらが杖を狙っているのなら、貴方達と組んで居た方が安全そうだしね」


涼しい顔でそう話すルルカをティーナが指でつついた。


「もうルルカってばあ、寂しがりやの意地っ張りぃ。一人ぼっちはやだよね。わかるよぅー」


「うるさいわね、違うわよ。違うったら……それよりキラ、助けに行くのはいいんだけど、セイラは一体どこに連れていかれたのよ」


その一言でキラは頭の中が真っ白になった。全くわからない。何しろよくわからない魔方陣が光ったかと思ったらセイラもイオ達も消えてしまったのだ。

行き先のことなど考えてもみなかった。ぽかんと口を開けたままのキラを見て、ルルカは頭を抱えた。


「つまり、わからないのね……」


キラは気分が落ち着かず、辺りをうろうろ歩きはじめた。セイラが連れていかれた場所がわからなければ助けに行きようがない。

そう思った時、ゼオンが低い声で言った。


「セイラの居場所がわからなければ、調べさせればいい」


ゼオンはカウンターの方へ視線を向けた。キラ達の目線もそちらへ移る。カウンターの上にはルイーネとレティタが怪訝な顔つきで座り込んでいた。そしてその後ろにはあのオズが居る。

ゼオンはオズの方へと向かった。キラは気づいた。ゼオンはオズにも協力を求める気だと。確かにオズが味方になってくれるのならこれほど頼もしいことは無い。キラはゼオンの後を追った。

オズはこちらが話を切り出すのを待っているかのようだった。薄い笑みを浮かべながらティーカップ片手にこちらの様子をうかがっている。

ゼオンは言った。


「お前に二つ頼みたいことがある。一つはセイラの居場所をルイーネに調べさせること、二つ目はイオ達についての詳しい情報を教えろ」


するとティーナが刺のある口調で言う。


「ゼオン、そいつなんか居なくたって、あたし達四人いれば大丈夫だよ。そんな奴……」


「そうはいかないだろ」


ゼオンはティーナの言葉をはっきり否定した。そしてオズを指しながら言う。


「俺達はイオ達について何も知らない。オズやらセイラやらが自分達の力のことも抱えてるいざこざのことも何にも教えてくれないおかげでな。

 そんな状態で敵陣に乗り込んでも一網打尽にされるだけだ。こいつからできるだけのことは聞いておくべきだ」


ティーナは悔しそうに黙り込んでオズを睨みつけた。オズはゼオンの話を聞くと、鼻で笑いながらゼオンに言った。


「堅実やなあ。ま、要するに俺とルイーネもセイラ救出に協力しろってことやろ」


「そうだな」


ゼオンの真剣な目つきに対し、オズは相変わらず人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。


「別にセイラの救出に手を貸すのは構わへん。ただ、条件が二つある」


「何だ」


「一つは、お前らがセイラの救出に行く時の作戦を俺に立てさせろ。二つ目は……ゼオン、お前が脱獄した時にリディに会ったやろ。あいつがなぜお前に杖を渡したか、あいつがお前に何て言うてたか、全て話せ。それが条件や。」


「あっ」とキラは声を上げそうになった。セイラがゼオンの愚痴を吐いていた時のことを思い出した。

キラはゼオンとオズの間に入って言った。


「だ、だめ! その、二つ目、それだめ! ねえオズ、そのリディって人のことじゃなくて、別の条件無いの?」


ぽかんと驚いた様子で問い返したのはオズではなくゼオンの方だった。


「……なんで?」


「えーっと、それはそのー……どうしても!」


セイラが「ゼオンが話すとまずい」と話していたと言ってもいいのだろうか。その話をオズに聞かれると、またオズがセイラに対して愚痴愚痴と不満を言うかもしれない。

キラはどうすればよいかわからず口ごもった。するとゼオンはキラの様子を見て、オズに言った。


「こいつがそう言ってるんだが、その二つ目の条件は別のものにできないか?」


まるでキラの意図を全て汲み取ったかのようだった。キラはゼオンに力強くうんうんと頷いた。

だがオズは耳を貸さなかった。


「あかんわ、それはできへんな」


オズはにっこり微笑んだ。顔は笑っているはずなのに、キラの背筋はビリビリ震えた。


「お願い! うーん……代わりになんか奢ってあげるから!」


「いらへんわー」


「ううう……こんなことで揉めてる場合じゃないんだよ。早くセイラを見つけなきゃいけないのに……ねえお願い!」


「ならそっちが早く条件飲めばええだけや」


「ううう……」


こんなことしてる場合じゃないのにとキラは焦った。セイラは今どうしているだろう。セイラが危ないというのにオズはどうして話を聞いてくれないのだろう。

その時、ゼオンが何かに気づいたようだった。


「お前……まさかそれを聞き出すためだけにセイラを見捨てたんじゃないだろうな?」


「まさか、さすがにそらないわ」


オズはやけに落ち着いた様子で否定した。

最初、キラは「それはさすがに考えすぎじゃ……」と思った。そもそもオズはあの場に居なかったのだから見捨てることもできやしないはずだ。

だがキラはようやく気づいた。セイラが居ないからオズはこの条件にこれだけ固執するのだと。セイラが居ると邪魔されるからだ。

狡いと思った。本当にオズがセイラを見捨てたかまではわからないが、少なくともオズは今の状況を都合よく利用しているということだ。

どうしてそんなことをするのだろう。オズはセイラのことが心配ではないのだろうか。思ったことを思ったままぶつけても、オズに軽くあしらわれるだけだろう。むずがゆくて、不愉快で、苦しかった。

今にも怒鳴り出しそうなキラの横でゼオンは何かを考えこんでいた。そしてゼオンはこう返した。


「わかった。じゃあこれならどうだ。リディって奴について、俺が知ってることは教えてやる」


「ゼオン!」


キラは必死でゼオンに訴えた。だめだと止めたかった。ゼオンはこう続けた。


「ただ、話すのはセイラを助けた後だ」


オズは突然腹を抱えて笑い出した。キラにはオズが考えていることが全くわからなかった。オズはこの緊迫した状況を誰よりも楽しんでいた。


「ハハハハ、そらぁおもろいな! ええわ、それで行こか。セイラを助けた後、あいつのことを話す。それで交渉成立でええな?」


ゼオンは深く頷いた。こうして取引は成立してしまった。キラは「駄目だ」とゼオンに目で訴えたが、ゼオンもオズももうこれ以上条件を変えなかった。不安そうなキラを見て、ゼオンはキラを引っ張り、キラに小声で囁いた。


「そう慌てなくても、話す気はない。このことについて、セイラはこっちの味方なんだろ?」


ゼオンがひそひそとキラに話をしている様子をオズははっきり見ていたはずだが、オズは特にこちらに口を出すことはなかった。


「賭けてみた。要はセイラを助けた後、リディって奴のことについてはどうにかしてうやむやにできりゃいいんだ。セイラがこっちにつくんだったら、どうにか切り抜けられるんじゃないかって……。とにかくなんとかしてオズを納得させないと、この話に時間をとられてたらまずいだろ」


つまりゼオンはセイラを味方につければこの条件を踏み倒せると、オズはそれでも要求を貫き通せると考えたようだった。


「そうだけど……ううん、そうだよね」


不安は消えなかったが、ゼオンの言うことも納得できる。たしかにこの話に時間を取られている場合ではなかった。

キラ達とオズ達が協力する。たったこれだけのことでどうしてこんなに時間と神経を使わなければならないのだろう。

「みんなでセイラを助けよう!」「おー!」の二言で話が纏まればいいのになあとキラはため息をついた。

そうして力を合わせて協力した方がいいと思うのはキラだけなのだろうか。

キラが疲れてうなだれている間、オズは早速ルイーネに指示を出していた。


「ほな、早速奴を捜してみよか。ルイーネ、頼むわ」


ルイーネは渋い顔をしていた。そういえばルイーネはセイラを嫌っていたっけ。キラは一瞬不安になった。


「まあ……仕方ないですね。あの性悪女は気に食わないですけど、そうも言ってられませんし」


その言葉を聞いてキラは安堵した。それからルイーネはオズに尋ねた。


「それで、とりあえず村内を探してみれば良いでしょうか」


「いや、村外も含めろ。できるだけ広範囲や」


「そこまでとなりますと……私もこの身体ですと……」


「そこはほら、ちょっとな、頼むわ。腐敗せんようちゃんと面倒見たるから。な?」


ルイーネはもじもじと落ち着かない様子で眼帯を押さえていたが、しばらく黙り込んだ末にこう言った。


「わかりました。仕方ないですね」


「よっしゃあ、なら決まりやな。おいお前ら、窓開けろ」


オズは突然キラ達にそう指示した。まあ、窓を開けるくらいなら……とキラは言われたとおりにした。その間、オズは奇妙な模様の付いた木箱を取りだし、ルイーネは準備運動のように背筋を伸ばしていた。

ルイーネに村内を捜索してもらうことはこれまでにもあったが、こんな準備は今までしていなかったはずだ。何が始まるのだろう。

すると、ルイーネは気恥ずかしそうにキラ達に言った。


「あの……あまり驚かないでくださいね」


そう言うと、ルイーネはオズが用意した木箱の淵に腰かけた。そしてルイーネはいつも欠かさず付けている眼帯を外した。キラはルイーネが眼帯を外すところを初めて見た。

キラは出そうになった声をぐっと抑えた。眼帯の下にあるはずの目が無かった。

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