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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第10話

キラがセイラに尋ねると、セイラは緊迫感を帯びた声で言った。


「……キラさん、お友達紹介はまた後日お願いします。応戦しつつ逃げますよ」


「後日って、えっ、ええっ!?」


「イオ達が来ます。とりあえず撤退しましょう」


キラは慌てて辺りを見回したが、イオらしき人影はどこにも無い。だがセイラが次々と魔方陣を広げていくのを見ると、決して冗談のつもりは無いのだろう。

その時だ。上空にセイラのものと同じ魔方陣が現れた。あの時計の盤のような魔方陣は紛れもなくイオのものだ。セイラは照準をその魔方陣に合わせる。

時計の針が十二時を指した時、魔方陣は割れて牙を剥いた。硝子の破片のような光がセイラを突き刺そうと迫る。

セイラは水のような膜でキラ達の前方に盾を作った。光の破片は盾によって防がれた。セイラは次の攻撃の準備を始めた。

あたしも手伝わなきゃとキラは思った。けれどまだ敵が姿を現していないのに何ができるだろう。

キラは先日のルルカの言葉を思い出した。常に周囲への警戒を怠らないこと。特に背後には気をつけること。

キラが後ろを振り向いた時だ。キラは思わず叫んだ。


「セイラ、こっちから来る!」


何者かがこちらに斬り込んでくる。キラとセイラは間一髪それを避けたが、二人が逆方向に避けたため、セイラと離れ離れになってしまった。

攻撃はセイラへと向いた。赤い髪のその人物は剣を手にセイラの方へと向かう。セイラは攻撃を避けようとしたが相手が速すぎた。剣でセイラの脚を斬りつけると、セイラの腹を蹴飛ばして近くのベンチへと叩きつけた。

セイラは身体を起こしながら目の前の人物を睨みつけた。


「随分酷い挨拶だな、ショコラティエ。まさかお前がこの村で学生ごっこなどやっているとは思わなかった」


ケシの花のような赤い髪は紛れもなくショコラ・ブラックのものだ。キラはブラックの背後で身構えたまま動けずにいた。

だが、なぜだろう。今日のブラックには違和感を感じた。剣を二つ持っていたのだ。普段ブラックが手にしている剣は黄金色の薔薇がついた剣だけだ。だが今日はもう一つ別の剣を持っていた。影のように深い黒の柄の剣だ。

ブラックは荒々しい口調で言った。


「うるせーな。その名前、嫌いなんだよ……俺の前で口にするな」


その一言でキラは「違う」と思った。間違いなくショコラ・ブラックの容姿をしていて、ブラックと同じ声だが、この人はブラックではない。全くの別人だ。

この人は誰だろう。味方ではないことは確かだが、ブラックとどういう関係なのだろう。

セイラは言った。


「ああ、今日は『弟』の方だったか」


「うん、姉様が駄々こねたせいでな」


「今日は何の用だ」


「あんたの誘拐だってさぁ」


その人はけだるそうにそう言うとセイラの隣に目を向けた。


「ね、イオ」


その言葉が再び火花を散らす引き金となった。セイラがぶつかったベンチのすぐ隣にイオが座っていた。

セイラはすぐにその場から離れようとしたがイオが指を振るとセイラの背後で炎が燃え上がった。


「セイラ、早く逃げて!」


もう迷っている暇は無かった。キラはイオに殴りかかろうとした。だがショコラ・ブラックの姿をした誰かがキラの前に立ちはだかる。

ブラックは二本の剣を操り、キラの行く手を阻んだ。どうにか剣を避けることはできるがこれではイオとセイラのところに辿り着けない。

真正面から見てみると、やはりその人はショコラ・ブラックとは何もかもが違った。ブラックの瞳は黄金色だがこの人の瞳は鮮やかな赤だ。剣の扱い方もブラックとは全く違う。

だがなぜだろう。キラはこの人をよく知っているような気がした。そして相手も、哀しい目でキラを見ているように感じた。

その目つきのまま、容赦なくキラを斬りつけにくるのだった。キラはブラックの向こうのセイラの所へ早く向かいたかった。

セイラは背後の退路を断たれた状態だった。真正面にはイオが居て、左はベンチの背もたれが邪魔をし、右にはブラックが居る。今から呪文を唱えてこの場を切り抜けるには邪魔が多過ぎた。

セイラは空中へと飛び上がったが、イオが逃がすまいとセイラに抱き着いた。


「逃げないでセイラぁ、ボクと一緒に居ようよぅ」


イオが傷のついた指を振ると七色の光がセイラを弾き飛ばして地面にたたき付けた。

イオは既に呪文詠唱を省く準備を整えて待ち構えていたようだ。セイラはすぐに立ち上がり、短い呪文を立て続けに唱えて反撃したが、威力はたかが知れている。イオの魔法の方が明らかに強く、セイラはじりじりと追い詰められた。

このままじゃいけない。一か八か、キラは目の前のブラックを体当たりで突き飛ばし、よろめいた隙にイオの方へと駆け出した。その時だ。


「キャハハ、引っ掛かってくれてありがとね」


突然身体が動かなくなった。まるで落とし穴にかかったかのように、足元に突然魔方陣が浮かび上がった。

キラがそこを通ることを予知していたかのように罠が仕掛けられていた。

イオはキラの方に指を向け、ツンとドミノを倒すように指を振る。その途端巨人に殴られたような衝撃が身体を襲い、キラを広場の外まで追いやった。

キラは痛む身体を必死で起こした。セイラの姿は米粒のように小さく見えた。イオは嗤った。


「やっと邪魔が消えた。空間転移、始めて!」


イオはブラックに叫んだ。ブラックは返事をせずに呪文を唱えはじめた。


「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……我が声に耳を傾け給え……」


その言葉と共に広場全体に見たことも無い紋様が浮かび上がった。魔方陣の一種のようだ。

キラはセイラを助けに向かおうとした。だが既に結界らしき熱の膜が張られていて、とても近づけそうにない。


「セイラ! 逃げなきゃ、セイラ!」


キラは叫んだが、セイラはイオから逃げ切れそうにない。既に詠唱無しで魔法が使えるイオと、その準備ができていなかったセイラとでは魔法発動までの時間も魔法の威力も差がありすぎた。

その上ブラックがセイラ目を光らせているとなると尚更逃げようがなかった。

セイラは攻撃の手をひたすらイオに向けていたが、突如空に向かって魔法を放った。

蒼の光が天に向かって飛んで行き、花火のように弾けた。セイラは弾けて消えていく光を睨みつづけた。


「キレイな花火だねぇ、セイラ。そろそろ行こうか」


イオが微笑むのと同時にブラックの魔法が発動した。魔方陣の中に居るイオ、セイラ、ブラックの三人の身体が光に包まれて消えていく。


「女神よここに新たな道を示せ! レ・リュ・ドゥデス!」


その瞬間、ブラックは光と共にどこかへ消えてしまった。残るイオとセイラの身体も足から順に消えていく。

キラは広場に飛び込もうとしたが、魔方陣の周囲を覆うように目に見えない壁が出来上がっていた。叩いても壁は壊れず、叫んでもセイラには届かない。

セイラは空を睨みつづけていた。だが、首元まで身体が消えた時、諦めたように俯いた。


「……来るわけないか……」


その途端、キラの視界が白く覆い尽くされた。セイラとイオの姿が見えなくなり、光の波にさらわれていく。

必死に伸ばす手も、叫びも、届かなかった。光が消え去った後、広場には何も残っていなかった。

魔方陣の痕跡もイオとブラックも、セイラの姿も。ただ一人残されたキラは呆然と無人の広場を見つめていた。

虚無感が心を覆い尽くしていた。立ち上がれなかった。

その時、キラの居る場所に大きな影が落ちた。キラが頭上を見上げると、そこには全身が目玉で覆われた魔物が居た。ホロだった。

ホロはするりとキラの隣に舞い降りると、ルイーネの声でキラに尋ねた。


「キラさん、何事ですか。先程の光は魔法によるものですよね。ここで何があったんですか!?」


その声に安心したせいか、ふっと涙腺が緩んだ。だが涙は流すものかと堪えた。

それでも、声はぐらぐらと今にも途切れそうだった。


「どうしようルイーネ……セイラが、セイラが……連れてかれちゃった……!」


キラはホロに身を寄せた。苛立ちで手が震えた。無力な自分が憎くて仕方がなかった。

俯いたセイラの顔が忘れられなかった。

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