第10章:第5話
今まで黙って話を聞いていたティーナがその話を聞いて身を乗り出した。
「あんた……そんなことしておいて、今まで平気な顔してキラと話したりしてたっていうの?」
「……言い訳をしてもいいのなら、やりたくてやったわけじゃないよ。でも、反論する資格はないだろうね。これで質問には大体答えられたかな。他に何か聞きたいことある?」
ティーナは歯を食いしばって杖を取りだし、ブラックに向けようとしたがゼオンがそれを止めた。
キラは頭がいっぱいで何が聞きたいのかもわからなかった。一方でゼオンはまるで他愛のない世間話のようにブラックに尋ねた。
「具体的に、お前はあの反乱の為に何をした?」
「まずは今言った誘拐だね。あとはブラン聖堂を反乱軍に貸す時の代表役かな。ほら、イオって見た目がガキだからあれがブラン聖堂持ってるなんて言っても誰も信じないだろ? 仮の所有者役として反乱軍と取引とか手続きとかしてた。たしか夏休みのあたりだったかな。あんた達が旅行行ってた時だよ」
ブラックはあっさりそう答えた。ホワイトの言葉が頭に浮かぶ。ブラックの奇妙な行動の正体がはっきりと浮かび上がった。イオ達の味方として反乱軍に協力し、キラ達を騙していたんだ。背筋の震えが怒りに変わりはじめていた。
ゼオンが言った。
「やけに素直に色々教えてくれるんだな」
「あたし、騙し討ちって好きじゃないんだよね。否応なしに剣を向けることになる前に敵になっておきたかった」
「……既に人を騙しておきながら都合のいいことを言うんだな」
「確かに、その通りだね。そこの魔女を誘拐して、反乱軍に加担しておいて平然とあんた達と話してたのは事実だ。謝るよ」
「ちなみに……もし俺がお前にまだ何か尋ねたら、お前は答えてくれるのか?」
ゼオンは淡々と尋ねた。混乱から抜け出せないキラとは対照的だった。ブラックの化けの皮が剥がれても驚きもしなかった。
ブラックは深く頷いた。
「いいよ、まだ聞きたいなら。どうせセイラもオズさんも何にも教えてくれないんだろ? わかることなら答えてあげる」
「……自分を敵だと言う割には親切だな」
「別に……親切じゃない。あたしとイオじゃ考えが違うってだけ。どうでもいいでしょ、そんなこと」
ブラックは少し不機嫌そうに左耳のイヤリングを揺らした。それからゼオンは言った。
「確かに、どうでもいいな。じゃあお前に言いたい。リディとメディってのは一体何なんだ。メディとイオの目的は何だ。どうして俺達がそいつらの企みに巻き込まれなきゃならないんだ?」
陽が陰りはじめていた。ブラックはふと一度窓の外を見て、再びキラ達に視線を戻して話しはじめた。
「リディのことははさっき言っただろ。あいつは所謂神様なんだよ。んで、メディはリディの対の力を持っている神様。リディが持つ力は『創造』、メディは『破壊』だ。
リディはお前達とほぼ同じように人の形をとっているけれど、メディは今現在身体と精神が切り離されている状態だ。精神の方だけが幽霊みたいに自由に動き回れる状態で、ああして色々企んでいるんだよ」
「身体と精神が……って、自由に動けない身体の方は今どうなってるんだ」
「いい質問だね。その身体を封印してあるのが、あんた達が持っているその杖なんだよ。その杖にくっついてる宝石みたいなやつ。その杖を使ったらバカみたいな強い魔法が使えたりとかしただろ? それはその杖に封じられた破壊の神様の力を借りてたからなのさ。
ちなみにそこの怪力魔女とかが杖に身体を乗っ取られて暴れ回ったりしたこともあっただろ? あれはその杖を通じてメディの精神がそいつに乗り移って操ってるっていうわけさ。メディって結構いつもあんた達の近く飛び回ってたりするんだよ。まあ精神のみの状態のメディって基本見えないから、気付かなかっただろうけど。ここまで言ったら、メディ達の目的はだいたい想像つくかい?」
ゼオンは自分の杖を呼びだし、杖の先の深紅の石を見つめた。
「この杖を奪って、自分の身体を取り戻すってことか」
「そういうこと。それが一つ。あんた達が巻き込まれたのは、たまたまその杖を手に入れる人だったから」
「一つ目ってことは……二つ目があるのか?」
「そういうことだね。でももう一つは今言ったらイオにもメディにも怒られそうだから自分で考えてもらいたいかな。悪いね」
ゼオンは何やら砂を噛んだような落ち着かない様子で黙り込んだ。キラ達から声が上がらなくなったのを見て、ブラックはキラ達の前から立ち去ろうとした。
「さて、これだけ話しておいたらあんた達も大雑把な現状は掴めたかな。あんまり話しすぎると流石にイオからお叱りが来そうだからね。もっと詳しいことは頑張ってセイラかオズさんから聞き出して。結局あんた達が組むべきなのはあの二人だろうから」
キラは震えが止まらなかった。キラを誘拐し、あの反乱に協力までしておきながら、淡々とゼオンの質問に答えていけるその神経がキラには理解できない。絶望だけではない、怒りや悲しみ、醜いぬかるみのような感情が沸き上がった。
「……なんだったんですか。あたし、先輩のことちょっと無愛想だけど優しくてすごくいい人だと思ってたのに……あの反乱に協力してたなんて……。今までの先輩は一体なんだったんですか。あたしを騙す為に優しいふりをしてたんですか」
ブラックはキラに背を向けたまま呟いた。
「ふりができるものなら、もっとうまくやれただろうね……こうなるってわかってたから、あんた達とは関わりたくなかったんだ……」
ブラックは教室の扉を開き、外に出た。しかし、出たところでブラックは突如立ち止まった。右隣を向いたまま立ち尽くしている。キラ達はすぐに後を追った。
「ショコラ……あんた、今の話聞いてたの……?」
キラ達も教室を出てみると、入口の隣にショコラ・ホワイトの姿があった。ホワイトは紅の目を伏せ、唇をきゅっと噛み締めて俯いていた。
「うん、大体聞いてた……。ごめん、盗み聞きして。最近様子がおかしいのは、そういうことだったんだね」
ホワイトはブラックの顔を見ず、震える声でそう言った。先ほどまで感情の色さえ出ていなかったはずなのに、ブラックは冷水をかけられたように青ざめていた。それほど、ホワイトがそこに居てほしくなかったようだ。ブラックは声を荒げてホワイトに言った。
「なんでっ……来ないでって言ったじゃん……全くっ、失敗した……。首突っ込んでいいことと悪いことってもんがあるでしょ、興味本意で首突っ込めば知りたいことがわかるなんて思ったら大間違いだよ!」
先程までの冷静さが嘘のようだった。ブラックの怒鳴り声が廊下に響き渡る。ホワイトは叱られた犬のように涙ぐみながら黙り込んだ。
「……っ、聞いてしまった以上、怒鳴ってもしょうがないか。ショコラ、今後あたしがどんな行動をとっても口出ししないで、追ってこないで。邪魔だから」
そうしてブラックはホワイトを避けて寮の方へと立ち去ろうとした。ホワイトは慌てて後を追おうとした。
「あの、私……待ってっ……」
「ついてこないで!」
まるで雷が落ちたようだった。その一言でホワイトは震え上がって動きを止めた。ブラックは続けてホワイトを押さえ付けるように言い放った。
「あんた、いい加減軽率に人のこと追い回すのやめてよ。どうせ、理由は自分の記憶でしょ。自分の記憶についてあたしが何か知ってるかもとか思ってるんでしょ。はっきり言っとくよ。それについて知ってるのはあたしじゃない。あたしはあんたの過去とは一切関係ない。さっきの話を聞いてたならわかるでしょ。あたしはあくまで……」
「……っ、私の記憶が無いって、知ってたの……?」
「知らされてるよ、そのくらい」
「知らされ……? なんで、誰から……?」
ブラックははっと我に帰ったように口を抑えた。失言をした。その仕草でキラ達にもそれがわかった。
ブラックは失敗をごまかすように早歩きでその場を離れていく。
「とにかく、あたしに関わらないで。いいね!?」
離れていくブラックの背中は震えているように見えた。キラは呆然とブラックの背中を見送り、それから隣で言葉を失っているショコラ・ホワイトに目を向けた。キラは怒鳴ればよいのか、悲しめばよいのか、それとも慰めればいいのか、どうすればよいのかわからなかった。
ただ胸にぽっかりと穴が空いたようなやりきれない気持ちだけが胸を支配していた。




