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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第10章:記録と予言の聖譚曲(前)
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第10章:第4話

翌日、ルルカは本当に学校までやってきた。授業が終わった後、キラがゼオンを連れて校門のところに行くと、ルルカはティーナを連れてそこで待っていた。

腕を組み、緊張しているのか微動だにしない。ルルカの緊張を察したのか、ティーナも今日はおとなしかった。


「じゃあショコラ・ブラックのところへの案内、お願いするわ」


「わかった。じゃあ校舎内に来て」


ルルカとティーナはキラとゼオンの後に続いて校舎へと向かった。授業が終わり、生徒は家へと帰っていく。人の波に逆らうように四人は校舎の扉をくぐり、上級生の教室へと向かう。ショコラ・ブラックは寮を利用している生徒なのでおそらく学校内に居るだろう。

キラは歩きながら後ろのティーナとルルカを見た。ルルカ達も何度か校舎内には来たことがあるはずだが、二人が校舎内を歩いていることは非日常的なことのように思えた。生徒達もルルカの方を物珍しそうに見ながら通りすぎていった。

「ルルカ達がこの学校の人々と関わる機会って少なかったんだな」とキラは改めて思った。

ショコラ・ブラックの教室にたどり着くと、キラは教室の中を見回した。だがブラックの姿は無かった。


「あれ、居ない。寮に行ったのかな……」


キラ達は寮のある棟の方へと向かった。すると、一際目立つ白髪の少年が向かい側から歩いてきた。同級生のロイドだ。


「あ、ロイド。ブラック先輩見なかった?」


「ああ、あの人? たしかこの先に居たよ」


「わかった、ありがと!」


キラ達はそのまま廊下を進んでいった。しばらく歩くと、小鳥のような高い声が聞こえてきた。寮へ続く渡り廊下の前に二つの人影が見える。片方はショコラ・ブラック。もう片方がショコラ・ホワイトだ。

キラはすぐに飛び出さずにゼオンを見た。ゼオンも黙って「まだ行くな」と合図した。険悪な空気だった。


「ねえ、最近様子がおかしいけれど何かあったの。この前も急に二日間くらいどこかに行っちゃってたよね。平日だったのに授業にも出ないでどうしたんだろうって、みんな言ってたわ」


「だから言ったでしょ。隣町に剣の手入れしてもらいに行ってたの。それだけだよ」


「でも……普段のショコラなら授業の無い日に行くはずだわ。真面目だもの、授業をサボって行く人じゃないと思うの。そんなに急に手入れをしなきゃいけなかったの?」


「……刃が、錆びかけてたんだよ。急いでたの」


ブラックはたどたどしくそう返した。ホワイトは鋭く言った。


「何か、隠してない?」


「……そういうわけじゃ……」


その時ブラックがこちらに気づいた。キラへと目をやり、それからルルカに視線を移した。何かに吸い付けられたように、ブラックの瞳はルルカから動かなかった。

キラは慌てて言った。


「あ、すいません! お話し中なら後でいいんですが……」


「いや、今でいいよ。多分、あたしに用なんでしょ」


ブラックはホワイトを置いてキラ達の前まで来た。キラは尋ねた。


「わ、わかるんですか?」


「……なんとなくね」


ブラックが苦い顔でそう言うと、ルルカが前に出てブラックに言った。


「……いくつか、貴女に確認したいことがあります」


ブラックは横目でホワイトの方を一度気にした。


「話は聞くよ。……けど、場所を変えてもいいかな。あいつにあまり聞かれたくない」


「わかりました」


ルルカが承諾すると、ブラックはホワイトに言った。


「ちょっと先行ってて。この子達、あたしに話があるみたいだから」


「……それ、私が一緒に居たらいけないの」


「えっと、その……このルルカって子の個人的な話になるかもしれないんだよ。あまり軽く言いふらしていい話じゃないんだ。頼むよ」


ホワイトは悲しそうに目を潤ませ、苦しい沈黙の末に「わかった」と頷いた。とぼとぼと去っていくホワイトの姿を見送ってから、ブラックは自分の教室へと向かった。キラ達は後へと続いた。

キラは歩きながらホワイトが去った方向へ振り向いた。いつも明るく朗らかなホワイトの悲しそうな顔は見たくなかった。

教室にたどり着くと、ブラックは人が居ないことを確認してから扉と窓を閉めた。

ショコラ・ブラックとキラ達四人。邪魔が何一つ入らないこの静寂が重たい。ふと、ブラックは独り言を言った。


「本当に……あいつの予言はよく当たる」


それから、ブラックは改めてルルカに問い掛けた。


「それで、あたしに何の用?」


ルルカは低く硬い声で答える。


「右手の甲を見せてもらえますか」


ブラックは言われたとおり、右手の甲を見せた。手の甲には薔薇と剣の刺青があった。黒く、呪いの印のようにはっきりとその手に浮かび上がっていた。

ルルカはその印を見つめ、確信を以って言い放った。


「……その印、見たことがあります。ずっと昔。ずっと忘れてた、やっと思い出した……。私がクーデターで牢獄に閉じ込められた時、私を助けた謎の騎士が居たんです。その騎士が差し出した右手にその印があったの。貴女の刺青と同じ印が」


キラの背筋が震えた。ルルカはブラックを捕らえるように青の瞳で睨みつづけた。きっと、誰より震えているのはルルカ自身だ。ルルカはブラックを指さして、はっきりと宣言した。


「あの時、私を助けた騎士は貴女だわ」


ブラックは驚かなかった。むしろその言葉を待っていたかのような、安らいだ目でこちらを見つめていた。ブラックは右手を下ろし、静かに言った。


「そのとおりだよ、ルルカ王女」


キラも、きっとルルカもそうだ。驚いたのはむしろこちらの方だった。5年前のクーデターでルルカを助けた騎士が今目の前に居る。それもキラの先輩としてあたかもごく普通の少女であるかのように過ごしていた。その事実をキラは即座に受け入れることなどできなかった。

頭を乱暴に揺らされたような混乱に耐えるのがやっとだ。ルルカは怯まずに尋ねた。


「あの時、どうして私を助けたの。そしてどうして、今貴女がこんなところに居るの」


ブラックの挙動一つ一つが重たく感じられた。壁に寄り掛かった身体を起こし、一歩ずつこちらに近づく。そしてルルカの正面にたどり着くと、優しさなど欠片も無い言葉を紡いだ。


「いいよ、きっとあんた達が知りたいと思ってること全て教えてあげる。ただし、それを聞き終えたら、その瞬間からあたし達は敵同士だ。二度と気楽に話すことはできない。覚悟してよ」


その時、ブラックはルルカよりもむしろキラの方を見つめていた。キラは尋ねた。


「どういう意味……ですか……?」


「あたしはそもそもあんた達の敵なんだ。じゃあなぜあたしが敵なのか教えてあげるってこと」


キラはまだ意味がわからなかった。ルルカを助けてくれたのだから、むしろ味方ではないのだろうか。ブラックはキラ達に警告した。


「馴れ合いごっこをまだ続けたいなら今のうちだよ。まあ、既に5年前にルルカを助けたっていうのを言ってしまった以上、今更逃がしてやる気はないけどね」


キラ達は誰一人動かなかった。キラも不安で仕方が無かったが、不思議とブラックから逃げようという気にはならなかった。この先の真実を知りたい。そう思っているのはルルカだけではないのだ。

ルルカはキラ達の先頭で一本の木立のように凛と立っていた。ブラックは決して逃げようとはしないルルカを見つめ、諦めたように話しはじめた。


「わかった、じゃあ教えてあげる。ルルカ、なぜあの時あたしがあんたを助けたのか。ある人にそうするように頼まれたからさ。リオディシア──って名前の女神様にね」


ゼオンが突然聞き返した。


「リオディシア……!?」


「ああ、そういえばあんたはもう会ってるんだっけ。御察しのとおり、7年前に牢獄であんたに杖を渡した女だよ。そして、オズさんが死に物狂いで捜してる人でもある。そいつが私のご主人様なのさ。そいつが私にルルカを助けるよう指示した。えーっと、ゼオン……だっけ。あんたの脱獄もルルカの脱獄も仕組まれてたんだよ」


ルルカとゼオンが言葉を失っていった。仕組まれていた。この言葉はキラにも重くのしかかった。ブラックは更に続けた。


「あたしは元々ルルカの家に代々仕えてた騎士の家の子だったんだ。結構でかい家で、今の王家のエヴァンス家とは仲悪かったんだよね」


「その騎士の家って……ゴデュバルト家ですか?」


思い当たる節があったのか、ルルカはすぐにそう尋ねた。ゴデュバルト。それはたしかネビュラやテルルが一度か二度口にした名前だ。ルルカが聞き返すとブラックは頷いた。


「そのとおり。あたしの本名はショコラティエ・ゴデュバルトっていう。ショコラ・ブラックって後から勝手につけられた偽名なんだよね。まあ、そっちの方が言いやすいからいいんだけど」


「ゴデュバルト家は、クーデターで滅んだと聞いたわ……なんで私を助けに来れたの、あなたは死ななかったの」


「死んだよ、ばっちりね」


ブラックははっきりと言った。キラは耳を疑った。目の前に居るブラックはどう見ても生きた少女だ。死んでなどいない。死人が動けるはずがない。

唖然とするキラ達を置いて、ブラックは話を続けた。


「あたしには弟が居たんだ。事故で障害をを抱えて入院してた。その弟をエヴァンス家は利用したのさ。弟が、あたしや家族に毒入りのお茶を飲ませた。その時にあたしは死んだ。あっけなくね。けどその後あいつがあたしを蘇らせたのさ。リディがね。」


そしてブラックは右手の甲の刺青を見せた。


「あたしはリディと契約してるんだ。あたしを蘇らせる代わりに、リディに仕え、リディの命令に従う……ってね。この刺青はその契約の印。で、リディから受けた初仕事が……ルルカ、あんたの救出だったんだ」


「……なんでそんな名前も知らない奴が、私の救出を指示したの」


「杖だよ。あんたの杖。あの杖はあの中庭の地下に封印されてた。その封印を解く条件が『旧王家サラサーテ家の血縁者の血を垂らすこと』だった。だからあんたが必要だったんだ」


ルルカは硬直し、言葉を返さなかった。言葉を返せないのはキラも同じだ。ブラックは続きを話した。


「で、今あたしがどうしてここに居るかだっけ。それも命令だったんだ。リディを通じて、メディとイオからのね」


キラは自分の耳が信じられなかった。イオの名前と共に、先日のあの笑い声が頭を駆け巡る。キラにはメディという人のことはわからない。だがイオの声は頭にこびりついている。


「あ、もしかしてあんたらまだメディを知らないんだっけ。でもイオはわかるだろ。あたしのご主人はあいつらに脅されてるんだ。それであいつらの言いなりになるしかなくなってるんだよ。それで、イオ達に命令されたのさ。あんたらを監視しろ。そしてあいつらの企みに協力しろってね」


キラは頭がくらくらしてきた。ブラックの言葉をすぐには受け入れられなかった。現実的に考えて「ありえない」話のオンパレードだった。だが今正面に立つ少女の目を見ると、冗談だと笑い飛ばせない。キラは後ずさりする。だがすぐ後ろに居たゼオンやティーナに身体がぶつかり、後ろに逃げることすらできなかった。


「死んだ人が、そのリディって人の力で蘇った……? 監視してた、イオ君達に協力してた? そんな、そんなこと……」


「そうだよ。信じられない話かもしれないけど、残念ながらそれが事実でね。そういえばあんた、気付かなかったの? 反乱の前にあんたを誘拐したの、あたしだよ。イオも反乱軍に協力してただろ、イオからの頼みでやったんだ」


心に氷の錘を落とされたような気分だった。ブラックが何を言っているのかわからなかった。見知った人物であるはずのブラックが全く知らない人のように見えた。


「だから、あたしはあんた達の敵なんだ。あたしはあの反乱にも協力してたんだよ」

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