第8章:第4話
「くそっ、あのジジイ相変わらずやな!」
村長との話が終わり、オズとルイーネが村長の屋敷を出た頃にはもう日は沈んでいた。
人の居ない静かな道に怒りを帯びた足音が響いた。オズから少し離れたところをルイーネがついてくる。
「何が思い上がるなや。だいたい思い上がっとるのは……」
「オズさん落ち着いてくださいっ! 村長に腹が立つ気持ちはわかりますがオズさんもオズさんですよ。
あんな反抗的な態度じゃ村長だって怒るに決まってますよ。どうしてあんな態度とるんですか?
……その、こんなこと勧めるべきじゃないとはわかっていますが、やろうとすればオズさんならもう少し要領よくやりすごせるんじゃないですか?」
「要領よくやる必要が無いからやらへんだけや。」
「じゃあオズさん、いつか村を追い出されることになってもいいんですか?」
「構わない」とすぐ答えようとした。だが耳の奥であの優しくも賢しい声が引き止めた。オズは言葉で返事をせず舌打ちした。
ここに姿は無いくせに聞こえもしない声で自分を迷わせ踊らせるあの声が煩わしかった。
そして、あっさり返事もできなくなる自分が憎かった。
黙り込むオズを見てルイーネが言う。
「もうっ、これだからいつまでたっても放っておけないんですよオズさんは……。
あの、どうしてあんな態度とるんですか? 何か理由があるんでしょうか?
お力にはなれないかもしれませんが話くらいは聞きますよ……。」
オズは後ろを振り返りもせず歩いていく。小さな可愛らしい声も一生懸命ついてくるがオズが立ち止まることはなかった。
村人も村長もオズにとっては敵だった。そしてルイーネやシャドウやレティタさえも、それなりの愛着はあるが信用はしていなかった。
オズは誰の声も聞く気はなかった。いつか聞いたあの繊細な声だけがふわふわ誘い込むように何度も再生された。
だがオズの足は突然止まった。ただでさえ日も沈み暗いというのに、夜の髄をかき集めたような少女が目の前に立ちはだかったのだ。
「クスクス……こんばんは、オズさん。村長さんちに遊びに行ったご感想は?」
「最悪やな。」
この外見でこんな人を見下すような笑い方をする少女などセイラしかいない。
セイラは道を塞ぐようにオズ達の前に立っていた。
「なんか用か?」
「可愛い幼女とちょっと二人でお話しません?」
「生憎ロリコンの趣味は無いんや。幼女はさっさと帰れ。」
「先月の反乱についてのお話でもですか?」
セイラはクスクス笑う。先月の反乱、キラ達やセイラがアズュールまで行った中、オズだけは遠く離れたこの地で待つしかなかった。
大まかなことはキラから聞いたが、当然オズはもっと詳しいことが知りたかった。
「キラが俺に言った以上のことをお前は教えてくれるんか?」
「ええ。キラさんがお話したのは『表』の話。でも私やオズさんには舞台裏の話題の方が合っているのではありません?」
「タダでか?」
「タダです。」
セイラが見返り無しで情報を与えてくるなんて、何か見返りを求めてくるよりも胡散臭く感じた。だが、興味深い話だ。
「なんでタダなん? お前そんなお人好しちゃうやろ。」
「餌をあげようというわけです。オズさんがそれにホイホイ釣られて動いてくださればそれだけで私の望む展開になってくれるんです。」
煙が渦巻くようなはっきりしない言い方でセイラはごまかす。
相手が何を企んでいるのかはわからないが、セイラの知っている情報はおそらく他の誰も知らない情報だろう。
乗ってみる価値はあるとオズは考えた。
「わかった、来い。ルイーネ、図書館に戻ったらしばらくレティタとシャドウの面倒頼む。」
いつものように不満そうな様子で返事が返ってくるかと思っていたがその時は返ってこなかった。
「ルイーネ?」
振り返ってみるとルイーネはオズから少し離れたところで俯いていた。
「オズさん、それは私やレティタさんやシャドウさんは同席してはいけないということでしょうか?」
「そうやな。」
「どうしてです?」
「邪魔や。」
オズがはねのけるようにそう言うと、ルイーネは小さな肩を震わせて呟いた。
「何がいけないんでしょうか……どうしてその人に話せることを私には教えてくれないんですか?
私は何か悪いことをしたでしょうか。もしそうなら直すよう努力しますから……」
「いいや、何も悪くない。お前は利口で優秀や。」
「じゃあどうして……!」
必死に言うルイーネにオズは笑いかけた。今日も笑顔は完璧だった。いつもルイーネの隣で作ってきたその表情を、オズは今日ルイーネに向けた。
それを見てルイーネは諦めたように「わかりました。」と小さく呟いた。
セイラがクスクス笑いながら言った。
「すみませんね、ルイーネさん。あなたに否はありませんよ。
お利口さんなら騙されないファンタジーを無邪気な幼女は信じている。その程度の差です。
幼女はおとぎ話が大好きなんですよ。」
そう言ってセイラは図書館の方へ歩き出し、オズも後を追った。
ルイーネも後からついてきていたが可愛らしい声はもう聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
図書館に戻るとすぐにシャドウとレティタが出迎え、昼間村の人が来たことや、キラ達が話していたことなどを話してきた。
ルイーネが二人をなだめて二階へと連れて行く。オズはそれを確認した後に自分の机に向かい、セイラは近くの椅子に腰掛けた。
もう外からの光は入ってこない時間だ。図書館の中も闇にすっぽり覆われていた。
オズがパチンと指を鳴らすと図書館中に置かれたり吊されているランプに光が灯った。
そして白い陶器のカップを取り、自分用の紅茶を淹れた後に話は始まった。
「で、あの反乱の話の『舞台裏』。聞かせてくれるんやな?」
「勿論。まず、反乱軍の裏で糸を引いていた黒幕が誰か……そこまではお前も知っているか?」
黒幕の一人は、キラ暴走の件の直後にセイラ自身が話していた。
「はっきり確信が持てるのは……お前の片割れの白いやつ。」
「そう。名前はイオという。多分一番大っぴらに動いていたのはあの子だろう。
反乱軍側の方と会う機会があっんだがどうやらイオが反乱軍側に潜り込んでサラ・ルピアを密かに操っていたみたいだ。」
「大っぴらに……というと、他にも居るんか?」
「ああ。イオの存在だけでは説明できないことがあるだろう。反乱の前に起こったキラの誘拐。あれの犯人はまだわからない。そうだろう?」
セイラの言葉にオズは頷いた。
「確かに。あのガキが村の外に居たんやったらキラの誘拐はできへんな。」
「キラの誘拐に手を貸した奴は間違いなくイオと繋がりがある。黒幕の一人だ。
イオや私と同じ種類の魔法を使った痕跡が残っていた。あれは普通の奴には使えない魔法だ。
そしてそいつは多分この村の村人だ。この村には黒幕の手先が居る。」
村人を疑え。そうセイラは眼で訴えていた。セイラの話を聞いて、オズは初めて自分が村の外にばかり目を向けていたことに気づいた。
まるでオズを誘導するように、セイラは次にこう話を振った。
「ところで、イオはなぜサラが反乱を起こし国王に復讐するよう仕向けたのだろうな?」
それを誘導だと承知の上で、オズは素直にこう答えた。
「……国王を殺させたかった?」
「そうだ。あと反乱が最後どのような形で終結したか知ってるか?」
「サラが杖から出てきた黒いのに腕と脚を呑まれたってことくらいやな。」
「あの時、最初杖から出た闇はキラを狙った。キラを庇おうとして間に入ってサラは腕と脚を呑まれた。
ちなみに、あの杖を復讐の道具として使うよう吹き込んだのもおそらくイオだ。」
「……イオはキラもサラも邪魔やった?」
「そうだ。そしてキラとサラと国王、この三人の共通点は?」
バラバラだった話がある一点で繋がった。この三人の共通点はこれしかない。
「十年前、キラの両親が死んだ時に城に居た。」
「そう。」
「イオはこの反乱を通してあの事件の目撃者を消すつもりやったんか?」
「おそらくそうだろう。その為にサラを誘導したんだ。」
セイラは力強くそう言った。夜闇のような深い蒼の瞳がランプの光を受けて煌めいた。
これは重大な話だ。だが、もしそうだとしたらわからないことが一つある。
「なんでイオがあの事件の目撃者を消したがるんや。あいつもあの事件に関係しとるんか?」
「正確に言えば、それを望んでいたのはイオではない。イオの後ろに更に黒幕が居る。
考えてみろ。普通に考えたら、何らかの事件があった場合に目撃者を消したがるのは誰だ?」
「……事件の犯人。」
セイラは再び頷いて話をつづけた。
「そうだ、理解が早いことだけはいいな。その事件の犯人がイオを操って今回の反乱が起きるよう仕向けたんだ。」
「なんでそんなことわかるんや。」
「そこは言えないな。その確証が私にはあるとしか。」
「なら、しゃーないな。んで、次は十年前キラの両親を殺した犯人は……ってなるんか?」
セイラはまたクスクス笑う。オズは紅茶の入ったカップから手を放し、よそ見をせずセイラだけを見る。
十年前の事件については、他とは違った興味があった。セイラは続けた。
「お前はキラの両親を殺したのは誰だと思う?」
「はっきりとはわからへん。」
「なら教えよう。キラの杖だ。あの杖に身体を乗っ取られて暴走したミラがまずイクスを殺し、その後サラが腕と脚を呑まれたのと全く同じようにミラは全身を呑まれて消滅した。」
オズは言葉が出なかった。いきなり鵜呑みにできるような内容とは思えなかったが、不思議とセイラが嘘をついているようにも思えなかった。
キラでもゼオンでも、誰かに確認すれば一発で嘘か真実かバレる箇所で嘘をつくとは考えにくい。
「もし、お前の言うことが真実やとしたら、そのイオの後ろに居るっちゅうミラとイクスを殺した奴っていうのは……」
「そう。あの杖が『何』だか、あれに何が宿っているか、お前はある程度は知っているな?」
オズは頷き、机に爪を立てた。憎しみがこみ上げてきた。あの杖に宿っている『それ』をオズはよく知っていた。リディと同じ顔をした黒い少女。挑戦的な目つきと高笑いが脳裏を駆けた。
嗤いが止まらなかった。
「メディレイシア……!」
セイラは静かに頷いて肯定した。
「正しくは宿っているのはメディの身体だがな。今のメディは精神と身体を切り離され、精神の方だけが自由に動き回れる状態だ。」
「なんやそこら辺のことはようわからへんけど、とりあえずお前は『全ての黒幕はメディ』って言いたいってことでええんか?」
「そういうことだな。どうだ、この話……お前は信じるか?」
セイラは何か探るようにこちらを見ていた。オズは背もたれに寄りかかり頭を抑えた。
「すぐには判断できへんわ。情報量が多い。」
セイラの説明は最もらしいようで所々繋がりが不自然な部分があった。
まだ何か隠している情報があるかもしれない以上、今すぐに全てを鵜呑みにするわけにはいかない。
だがもしセイラの話に嘘が無いのだとしたら、推測できることがあった。
もし、すべての黒幕がメディだとするならば――
「一つええか?」
「なんだ?」
「あいつは、リディはどこに居る?」
「お前本当にその話好きだな。知らないと、前も言ったはずだが?」
セイラは呆れた様子で溜息をついた。しかしオズは次にこう尋ねた。
「なら、これならどうや。リディは『誰のとこに』居る?」
すると、セイラは薄く微笑んだ。
「正解だ。メディの精神は今リディと共に居る。」