第10章:第3話
キラはホワイトの傍に向かった。
「こんにちは、今日はどうしたんですか?」
「あ……キラちゃん、こんにちは。ちょっとオズさんに届け物があってね」
今日のショコラ・ホワイトはどこか元気が無かった。何か悲しいことでもあったのだろうか。ホワイトはオズのところに行くと持ってきた袋を手渡した。
「オズさん、これ、クローディアさんからのお届け物です」
「クローディアからって……なんでお前が届けるんや」
「私宛ての荷物に一緒に入ってたんです。それで、オズさんに渡してって手紙が……」
オズは怪訝な顔をして手紙を覗き込んだ。それから再びホワイトに尋ねた。
「……ちなみに、中身は?」
「ブラッドベリーのジュースだとか……ブラッドベリーって何でしょうか。ブラックベリーの間違いかなとも思ったんですが」
それを聞いたオズは頭を抱えながら袋を受けとった。
「あいつ……もう少しぼかせや……」
「えっ」
「いや、なんでもない」
オズは袋の中身を確認してそれを受けとった。それから、しげしげとホワイトの顔を覗き込むと優しくこう言った。
「なんや、今日はいまいち元気ないみたいやな。なんかあったん?」
ホワイトは驚いて「えっ」と声をあげた。しばらくもじもじと黙り込んでいたが、その後ホワイトは力の無い声で言った。
「すごいな、ばれちゃいましたね。ちょっと、最近友達のことで悩んでいることがあるんです」
キラも不安になって身を乗り出した。いつも明るく天真爛漫なホワイトが落ち込むのは珍しいことだ。
「友達のこと……? どうしたんですか」
「ちょっとショコラのことでね……。なんだか最近様子がおかしいのよ」
ホワイトが言う「ショコラ」とはショコラ・ブラックのことだろう。ブラックと仲がいいホワイトが「様子がおかしい」と感じるとはどういうことなのだろう。話を聞いてみると、こういうことらしい。
「最近なんだか、ショコラが私に秘密で誰かと会ったり連絡とったりしているみたいなのよ。ご飯食べてる最中に突然席を外したり、出かける約束も突然断ったり……」
「彼氏でもできたんやないか?」
オズが遠慮も無くそう言ったのでキラは呆れた。するとショコラは首を振った。
「そうじゃないみたいなんです。もしそうなら私も喜んで茶化したりするんですけどね。なんか、そういう嬉しそうって感じじゃなくて……なんか辛そうなんです。なんだか深刻そうで……」
そう言われるとキラも心配になってきた。ネビュラが帰ったあの日ブラックと会った時は特に辛そうだったり苦しそうには見えなかった。しかし、今思うと何か決意を固めているようには見えた気がする。
キラはホワイトに尋ねた。
「様子がおかしくなったのっていつぐらいからですか?」
「夏休みの前くらいかしら」
夏休みというと、キラ達がヴィオレに旅行に行き、クローディア達と出会った時期だ。「最近」と言うにはかなり前の出来事だ。
「最初はたまに待ち合わせに遅れたり、断ったりする程度だったから単に忙しいのかなって思っていたの。けれど、そう、キラちゃん達がしばらく村に居なかった時期……9月くらいだわ。キラちゃん達が帰ってきた時あたりから、それが酷くなってきたのよ」
9月はアズュールでのサラの復讐があった時期だ。キラの背筋が震えた。それからホワイトは言った。
「夏休みに旅行に行った時ね、私、最初はショコラに一緒に行こうって誘ってたの。でも断られたわ。『実家に帰るから』って。でも……ショコラに実家なんて無いはずなのよ。あの時、どこに行っていたのかな……」
「実家が無い? どういうことですか」
「ショコラの家は、5年前のエンディルス国で起こったクーデターで滅ぼされているはずなの。夏休み前にクローディアさんに調べてもらったんだ」
クーデター。それはつい最近耳にしたはずの単語だ。その一言で図書館じゅうに緊張が走った。つい先程までこちらの話に興味を示さなかったはずのゼオンやルルカまでホワイトから目を離さなかった。
すると、オズがホワイトに尋ねた。
「なるほど、確かに妙やな。ところで、お前なんでそんなこと調べてもらってたん?」
キラは首を傾げた。夏休み前にブラックの様子がおかしくなりはじめたと言ったばかりだ。ショコラ・ブラックが心配になったから調べてもらったのではないのだろうか。オズは蛇のような目で笑った。
「いやあ、わざわざ裏の情報屋のクローディアの力借りて調べるなんて、よっぽどショコラ・ブラックが心配なんやなあって」
それを聞いたホワイトの顔が一瞬青ざめた。必死に言葉を探すホワイトにオズは言った。
「いやあ、無理して言わんでええ。きっと個人的な事情やろ」
「……すみません」
「せやったら、思い切って一度そいつに言ってみたらどうや? なんかあったんかーって」
「そうですね、言ってみます……答えてくれるかな……」
ホワイトは不安そうに肩を竦めた。キラは明るくはきはきとホワイトに言った。
「そんな、落ち込まないでください。きっと大丈夫ですよ! とにかく一度聞いてみましょう、ね?」
「うん……そうね。キラちゃんの言うとおりだわ。元気出さなきゃね」
ホワイトは弱々しく微笑んだ。その時、急にルルカが立ち上がってキラ達のところまでやってきた。なぜルルカが突然こちらにやってきたのかキラにはわからなかった。そしてホワイトに尋ねた。
「あの、一つお聞きしたいんですが、その友達……ショコラ・ブラック、でしたっけ。その人って、赤毛でボーイッシュな雰囲気の人ですか?」
「ええ、そうよ」
「剣を持っていて片耳にイヤリングをしている?」
「そうね」
「その人……種族は天使ですか?」
「そうよ」
「右手に、剣と薔薇の模様の刺青はありますか?」
「ああ、そういえばあったわね。それがどうしたの?」
ルルカの様子がおかしかった。蝋人形のように固まったまま動かない。ルルカは硬直したままなんとか唇だけを動かした。
「なんでも、ないです」
「そ、そう? じゃあ、私はこれで。キラちゃん、オズさん、また今度ね」
ホワイトはとぼとぼと頼りない足取りで図書館を出て行った。キラはホワイトの背中を黙って見送った。
ホワイトが去った後、ルルカがキラの肩を叩いた。蝋人形のような頬の緊張がまだ消えていない。一体何があったというのだろう。ルルカはキラに言った。
「ねえ、ショコラ・ブラックってあなたも知ってるのよね。今度、その人を紹介してくれないかしら」
「それはいいけど……どうしたの、そんな顔して」
「ちょっと、嫌な予感がしたのよ。とにかくその人に確かめたいことがあるの。だから頼むわ、お願い」
キラは言われるがまま頷くことしかできなかった。キラが困惑していると、今度はセイラが声をかけた。
「キラさん、私も今のことであなたにいくつか聞きたいのですが、よろしいですか?」
セイラもただ事とは思えない緊迫した様子だった。キラはなぜ二人がショコラ・ブラックにこれほど関心を示したのかわからなかった。二人にとってショコラ・ブラックは「知り合いの先輩」程度の存在のはずだ。ルルカとセイラに特別縁がある人物のようには思えない。
「別に構わないけど……」
「さっき話題に上がってた方……ショコラ・ブラックという名前で間違いないですね?」
「うん、そうだけど……」
「ショコラティエではなく?」
「うん、ショコラ・ブラックのはずだよ」
「念のため、瞳の色は普段黄金色ですか?」
「うん、そうだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言ってセイラも蝋人形のように黙り込んでしまった。オズが「どないしたん」とセイラに尋ねたが、セイラはそれに答えることすらしなかった。二人の様子を見たゼオンが口を開いた。
「お前ら、ショコラ・ブラックのこと知らなかったのか?」
ルルカとセイラは言った。
「何度か見かけたことはあるけど、あまり話したことはないわ」
「私は会ったこともありませんでしたね。キラさんの友人と会うことは少ないですからね」
「そう、キラの友達のことってよく知らないのよね」
言われてみれば学校でのキラの友人達とルルカ達が親しく話すことなどそうそうない。だが、その友人達がルルカ達が硬直するほどの存在だとは考えたこともなかった。
ルルカは念を押すように言った。
「明日、必ずよ。お願いね」
「わ、わかった。じゃあ明日ちょっと学校まで来てよ。そしたら案内するから」
ルルカは静かに頷いた。燃えるような日差しが図書館じゅうの本を照らした。小悪魔達がカーテンを閉めた。陽が当たらなくなった本達は本棚の中で静かに眠っていた。




