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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第28話

先日の戦いと今日の別れを同じ場所ですることになるとは思わなかった。あの夜の冷たい風が嘘に思えるような、穏やかな日だった。

今日はネビュラ達が村を去る日だった。キラとゼオン、ティーナとルルカがネビュラ達を見送りに来ていた。

テルルはキラ達に深々とお辞儀をした。


「本当に皆さんお世話になりました。なんとお礼を申し上げればいいか……」


「お礼なんてそんな、気にしないでください!」


するとネビュラがゼオンとティーナを指さして言った。


「お前ら見送りなんて来るんだな。意外だ」


「ちょっとネビュラ様! 失礼ですよ!」


テルルがたしなめるとゼオンがいつにもまして愛想の欠片も無い口調で言う。


「これ以上我が儘王子のお守りはごめんですからね。ちゃんと帰ったか確認しないと安心できないんで」


「ちょっと、ゼオンまでそんなこと言わないでよ……」


キラは苦笑いしながら言った。ネビュラはそれからおそるおそるルルカの方へと視線を向けた。ルルカは澄ました様子で真っすぐネビュラを見ている。

ネビュラは少しぎこちなくルルカに言った。


「えーっと……俺が言えたことじゃないけど、元気でな。あと、もしあの国王様にまた会ったらよろしく言っといて」


「はいはい。そっちこそ、まだ私に会ったことを知られずにお家に戻るって仕事が残ってるんでしょう? わざわざ生かしてやったんだからヘマしないでよ」


「わかってるよ。俺はごまかすのと嘘つくのとすっとぼけるのだけは得意だからな、任せとけ」


「ほんと自慢にならない特技ね……」


ルルカは呆れていた。それからネビュラは後ろめたそうに俯いて言った。


「本当に、このまま帰っていいんだよな。感動の別れの後に後からズパッとやられるのは流石に俺も嫌だからな。やるなら今が最後だよ?」


その言葉を聞いたルルカは更に呆れていた。


「まさか復讐のこと? 馬鹿ね、もういいの、一発ぶん殴ったからもう十分よ。それに、復讐するなら別のやり方の方がいい気がしたのよね」


するとルルカはあの手紙の入った封筒を取りだし、ネビュラに見せつけて微笑んだ。ルルカが笑うのを見るのは初めてだった。


「あの日の仕返しよ。『騙してくれてありがとう、この裏切り者。おかげで私は自由になれたわ』」


その時のルルカは不安そうにも見えないし、人を拒絶する様子も無かった。むしろ、今に満足しているように見えた。それを聞いたネビュラはむしろ安心したようだった。ネビュラはからかうように言った。


「はいはい、サバト国王の手紙が嬉しいのはわかったから。さっさとしまわないとまた隙を見て紙飛行機にされても知らないよ?」


「な……貴方に言われると特に腹が立つわね。この仕返し、結構考えたのに……。あまり調子に乗ると今度は言葉じゃなくて矢で仕返しするわよ」


「おお怖い怖い。テルルぅ、早く帰ろう? 俺、怖いよー」


「ほんと貴方は昔も今も調子がいいわね」


そうしてしばらくの雑談の後、ついに二人が村を発つかと思われた。しかし、歩きはじめる直前、ネビュラとテルルがルルカにこう尋ねた。


「そういやルルカ、一つ聞いていい? お前、あのクーデターの時にどうやって牢から抜け出したの? それにあの杖の封印場所もよく知ってたな? あの当時ずっと父上がそれで怒ってたよ」


「それは私も不思議に思っていました。武器も何も持っていない少女が牢から逃げ出すなんて……」


キラには事情が全くわからないので傍で話を聞いていることしかできなかったが、それを聞いたルルカは神妙な面持ちで言った。


「そうね、今ならもう言ってもいいかしら。名前も知らない騎士が牢の鍵を開けてくれたのよ。杖の場所も、封印を解く方法もその人に教えてもらったの。たしかゴデュバルト家の者と言っていたけれど……」


ネビュラとテルルは顔を見合わせて話し始めた。


「ゴデュバルト……? たしか、クーデター時に滅んだ家じゃないか? 残党でもいたのかな……」


「そんなはずは……ゴデュバルトというと、遺体と名簿を照らし合わせて全員死亡を確認したくらいなんですが……。でも、現にルルカ様を助けた以上、生き残りがいらっしゃったのかもしれないですね」


「まあ、不幸中の幸いだったな」


その様子を見たルルカも何かを考え込んでいた。その時、キラは隣にいたゼオンの顔色が悪いことに気づいた。


「脱獄の手引き……杖への誘導……?」


「ゼオン、どうしたの?」


「……なんでもない。……俺の時と似てるな、と」


キラは「俺の時」が何のことなのか思いつかずに首を傾げた。そうこうしてるうちにネビュラ達の出発の時が来たようだ。

ネビュラはキラ達に手を振った。


「じゃあ元気でね。今度は俺の国にも遊びに来てよ」


「……ネビュラ様、一応ここに来たこと、内緒なんですからね?」


「あ、ヤベッ、そっか。じゃあ俺が即位するまで待って。そしたら俺の天下だから」


「こんな方が即位して大丈夫なんでしょうか……。どうせ言っても聞きませんけど。皆さん、本当にお世話になりました。どうかお元気で!」


そうして二人は深い森へと姿を消していった。キラは二人に手を振り見送った。キラはルルカに目を向けた。ルルカはじっとネビュラの去った方向を見つめていた。

「赦さない」──ルルカの声がキラの頭に浮かぶ。決して明るく優しい結末とはいえないが、それでルルカが満足したのならそれでよいのかもしれない。

ネビュラ達を見送った後、キラ達は来た道を引き換えして村中央の広場の方へと歩いていった。道中、ゼオンが言った。


「そういやオズとセイラが居ないな……」


「オズ、なんか村長に呼び出されたって言ってたよ。なんかあったのかな……」


キラがそう言うとティーナが口を挟んだ。


「また説教か何かかね。なんかあいつ村長と仲悪いみたいだし。セイラはどうしたんだろ。ルルカ、知ってる?」


「さあ、今日は特に見かけてないわ。部屋に居るんじゃない? 元々見送りに来るって感じの子でもないでしょ」


「んーまあ、そうなんだけどねえ。なんかあの二人がどっちも現れないと不吉な予感がするんだよなー……」


ティーナが浮かない様子で言った。セイラも来ればよかったのにな。とキラは思った。

そうこうしているうちに中央広場へとたどり着いた。ここで四人は別れ、ゼオンは寮へ、ティーナとルルカは宿屋へ、キラは家へ帰ることになる。

キラが別れの挨拶を挨拶をしようとした時、少し離れたところに見覚えのある顔を見つけた。

相手はショコラ・ブラックだった。キラはブラックの方へと駆け出した。ショコラ・ブラックはベンチに腰かけ、自分の剣の様子を見ていた。ブラックの瞳と同じ黄金色の薔薇の装飾がついた剣だった。

キラはブラックに声をかけた。


「こんにちは、今日はどうしたんですか!」


「ああ、あの怪力魔女……えっと、名前なんだっけ」


「……キラ・ルピアです……そろそろ覚えてください」


キラはがっくりとうなだれた。話しているうちにゼオン達も近くまでやってきた。真剣に剣の様子を見ているブラックにキラは尋ねた。


「今日は一人ですか、珍しいですね。いつもホワイト先輩が一緒なのに」


「ちょっと昨日から隣町の加治屋に剣の手入れをお願いしてて、今日帰ってきたとこなのさ。泊まり込みだったからね、一人で行ってきたんだ」


「その剣、とても大事な物なんですね」


「そうだね、相棒さ。だからたまにはこうして手入れしてやらないと。……いざその時が来たら、いつでも戦えるようにね」


ブラックは鞘から僅かに剣を引き抜いて、刃の煌めきを確認した。その時、ふとブラックの右手の刺青が目に入った。剣と薔薇を模った刺青だ。まるでブラックの剣そのもののようだった。

剣が万全の状態であることを確認すると、ブラックはベンチから立ち上がった。そして思いがけないことを言った。


「あんた、ルルカだよね?」


そう言ってブラックはルルカを見た。何度も会っているはずのキラの名前は覚えていなかったのに、さほど面識もないはずのルルカの名前は間違えなかった。

ルルカもきょとんとしてブラックを見ている。すると、ショコラ・ブラックは旧友を懐かしむような目で微笑んだ。


「いい顔になったね。……じゃあ、また今度ね」


そう言ってブラックはキラ達に背を向けて去っていった。キラもルルカも、ブラックがなぜそんなことを言ったのかさっぱりわからなかった。

ショコラ・ブラックは背筋を伸ばし、腰に剣を下げ、勇ましく歩いていく。その後ろ姿は、まるでお伽話に出てくる騎士のようだった。

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