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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第26話

辺りが静まり返るまで、キラは呆然とその場に座り込んでいた。イオの気配が消え去った頃、頭上から愛想の無い声がした。


「立てるか」


ゼオンがキラを見下ろしていた。キラはうん、と頷いて立ち上がる。もう脚は震えなかったが、頭にはまだイオの笑い声が残っていた。


「……ありがとね、助かった」


とゼオンに言うと、


「別に」


としか返ってこなかった。キラは少しだけ笑った。誰が優しいかなんて、見た目や話し方ではわからないものだなと思った。

キラは一度深呼吸をして冷静になると、ルルカ達の方を見た。皆無事だったのだろうか。見たところ重症の人は居ないようだったが、ルルカの向こうに居たネビュラは先程の出来事に腰を抜かしていたようだった。


「あああ、あ、あいつは、もう居ないんだよね、行ったんだよね?」


「行ったみたいです……。大丈夫ですか、立てますか?」


「う、うん。大丈夫。大丈夫だけど、あいつ怖い。すっげえ怖い……」


ネビュラはテルルに支えられながら立ち上がった。テルルはネビュラの無事を確認すると、こう問い掛けた。


ネビュラ様……あの方が、ネビュラ様にこの村のことを教えた方で間違いないですか?」


「そうだよ、間違いない。あの声だ、あいつだ……」


「そうですか、では、先程おっしゃっていたとおり、全てはあの方に仕組まれていた……ということなのでしょうか……」


テルルはそう言って震えながら俯いた。口には出さないが、テルルも先程のイオは怖いと思ったようだ。仕方が無い。キラだってあのイオの前では怖くて動けなかったのだから。

その時、後ろから妙な威圧感を感じた。ルルカがキラのすぐ後ろに居る。あくまで穏やかにルルカは言った。


「ねえキラ、少しいいかしら。人の手紙を勝手に持ち出して紙飛行機にしてブン投げたお馬鹿さんって、貴女達でいいのよね……!」


キラは硬直したまま後ろを振り向けなかった。ルルカのおっしゃるとおりである。キラはルルカの部屋からサバトの手紙を持って行き、紙飛行機にしてティーナが結界に空けた穴から飛ばしたのだ。

キラは絶対零度の眼差しを向けるルルカに事情を説明した。手紙の封筒を返すと、とりあえずルルカは怒りを収めてくれたが、まだ少し不満げに手紙の皺を伸ばしていた。

詳しい話を聞いたルルカはこう話した。


「杖に操られる……ね。頭が痛かったりはしたけれど、自分がそんな状態だったなんて、正直あまり気づいてなかったわ」


「あ、そうだったんだ……」


「……止めてもらえて、正解だったかもね。ネビュラを殺す殺さないは別として、さっきのイオに利用されて私の人生が終わることになったら死んでも死にきれないわ」


そう言われると、少しだけキラの気持ちが和らいだ。キラのしたことは間違いではなかったのだ。

それから、ルルカはキラに言った。


「それにしても……サバトさんの手紙だなんて、よく思いついた……というより、よくこれで杖を手放すだなんて思ったわね。イオの言い方は気に入らないけど……自分でも、なんであんなことで杖、というか弓を手放したのかわからないわ」


するとゼオンとセイラが頷いた。


「俺もうまくいくわけないと思った」


「私も絶対無理だって言いました」


ティーナだけはキラの肩に手を回して得意げに言った。


「あたしだけはやる価値あるって言ってたけどね! 結界も壊したし魔法で風起こして飛行機の飛距離も稼いだし、今回あたし大活躍だったんだから! ふふんっ」


それからキラはルルカに尋ねた。


「結局どんなかんじで弓を手放したの?」


「紙飛行機が飛んできた時、思わず飛行機に矢を射ったのよ。その時に飛行機に文字が書いてあることに気づいて、まさかと思って慌てて紙飛行機を取りに行って……」


「へーそうなんだー……」


ルルカは少し呆れて言った。


「へえって、貴女たちが仕組んだことでしょう……」


「あー、いや、もしかしたら王様の手紙なら気を逸らせるかなぁくらいの考えで、手紙に矢を射るとか、そんなとこまでぜんっぜん考えてなかったんだよね。ほんと、何が起こるかわかんないもんだね」


キラの言葉にルルカはぽかんとしていた。キラ自身も、どうして紙飛行機なんかでルルカが杖を落としたのかよくわからなかった。ルルカはしばらく唖然としていたが、やがて手紙を大切そうに封筒にしまった。

その時、ルルカの表情が急に堅くなった。驚いてキラが振り向くと、ルルカの視線の先にはネビュラがいた。キラの背にも緊張が走る。忘れていた。まだ終わっては居ないのだ。

ネビュラはルルカに言った。


「ルルカ……。あの時のことは本当にごめん。謝るよ……」


ルルカは黙ってネビュラの元へと歩き出した。キラは不安が止まらなかった。杖を手放しても過去が消えるわけではない。

ネビュラの前にたどり着くと、ルルカは冷たくネビュラに言い放った。


「赦さないわ。何度謝られようと」


「はは……そりゃあね。じゃあどうする。やっぱり殺す? さっきの続きをしようか?」


ルルカは黙り込んで何か考えていた。キラが思わず止めに入ろうとすると、ティーナが袖を掴んで首を横に振った。

互いの声の響きも風の音も消え去った時だ。ルルカは突然拳でネビュラの頬を一発ぶん殴った。ネビュラは驚いて後ろにのけ反った。キラも驚いて思わず声をあげた。

ルルカが殴ったのはその一回きりで、その後はネビュラを痛め付けることも殺そうとすることもなかった。


「赦さないわ、一生赦さない。貴方が後悔してるというなら尚更よ。けれど、この一発で十分だわ。なんか、殺す気失せちゃった」


「……俺のことは、これで見逃すっていうこと?」


「見逃す? 馬鹿ね、仕留めたのよ。貴方、ずうっと後悔してたって言ってたわね。後悔して、自分が嫌になって、罪悪感に潰されそうになってたみたいね。いいザマよ。もっと苦しめばいいんだわ。殺して楽にしてやるのなんて勿体ない。

 赦さないわ、一生赦さない。貴方はこれからも後悔から逃げられずに王子の椅子に居座りつづけるのよ。生きて苦しめ」


そう言い終えると、ルルカは憑き物が落ちたような様子で顔を上げた。ネビュラはぽかんと驚いた様子でルルカを見つめていた。今言われたことが信じられないようだった。おそるおそるネビュラは言った。


「それは、今日は俺はこのまま帰っていいということ……?」


「そうよ、さっさと帰りなさいよ。私はもう帰るわ。寒いもの」


そう言ってルルカはネビュラに背を向け、キラ達の方へ歩いてきた。戻ってきたルルカにゼオンが言った。


「……それでいいのか?」


ルルカの出した答えは決して明るく優しい答えではないだろう。けれど、ルルカの表情は以前よりもずいぶん軽く、穏やかになっていた。


「ええ、これでいいわ。そんな気がした」


「そうか……じゃあ、戻るか」


ルルカは頷いた。ティーナが嬉しそうにルルカとゼオンの方へと走っていった。キラはふとネビュラの方を向いた。テルルがネビュラの腕を掴みながら泣き崩れていた。


「もう、もうネビュラ様の馬鹿馬鹿馬鹿! ほんっと自分勝手なんですから! なんですか、あの時の帰っていいよって! 私すごく怖かったんですからね。ほんとに死んじゃうんじゃないかって、怖かったんですから……!」


ネビュラは震えて青ざめながら答えた。


「うん、うん俺もすっげえ怖かった……今も怖い。……けど、やらなきゃいけないことは終わったと思う。だからテルル、帰ろう」


テルルは涙をこらえながら、うんうんと頷いた。


「ほんと、お前には迷惑かけたね」


そう言ってネビュラはテルルと共に歩き出した。ネビュラはルルカとは違う道を通って村の中心部へと歩いていく。ネビュラの横顔にはまだ重苦しさが残っていた。しかし、どこか安心しているようにも見えた。ふと、ネビュラが呟くのが聞こえたような気がした。


「……よかった、赦されたりなんかしたらどうしようかと思った」


二人の姿が見えなくなってから、キラは慌ててルルカ達の後を追った。ルルカはもうネビュラの方には目を向けずに自分の目の前に続く道を歩いていた。

隣にゼオンとティーナが居て、三人で何か話している。少し離れたところを歩くセイラと三人の間にキラは割り込んだ。


「ずるいよー置いてかないでよー」


「もたもたしてるからよ」


「馬鹿は置いてかれてるって気付くのも遅いんだな」


「ああ、キラ? ごっめーん、あたしのゼオンが麗しすぎてキラのこと霞んで見えなかった」


三人の言葉にキラはぶうっと膨れた。しかし、その返答に少しだけ安心もしていた。よかった、いつものみんなが帰ってきた。

荒みきった気持ちが少しだけ癒された。頭に響くイオの笑い声もほんの少し和らいだ。

すると、キラは隣を歩くセイラがどこか浮かない表情をしていることに気づいた。


「どうしたの?」


「……私にはわかりません。どうしてあの時、あんな紙飛行機一つで全てがうまくいったのか。結局うまくいったのだからそれで良いといえばそうなのですが……でも、わかりません……」


「……確かに、不思議なもんだよねえ」


キラもしみじみと言った。すると隣を歩くティーナが言った。


「セイラってば女の子なのに乙女心がわかってないねえ。サバトしゃまの優しさが詰まった手紙にルルカちゃあんが気付かないはずないのにさ」


ティーナの隣でルルカがすごく不満そうな顔をしていたがティーナは全く気に留めなかった。セイラはティーナに言った。


「乙女心ですか……それ、わかったら何かの役に立つんですか?」


「ああんダメだなあ、まずその役に立たなきゃいらないって姿勢がダメだ。乙女心は大事だよ? わかると人生が潤う。おお、ラブイズマイライフ!」


「くだらない……寒気がする……」


ボソボソとセイラが吐き捨てると、ティーナはため息をついて言った。


「あんた真面目すぎるんだよねえ。まずリラックスしてさあ、もう少し色んなことを楽しんでみればいいのに。世界は楽しいよ」


「楽しむだなんて、私には必要ないですよ。私は……」


「ほら、またそう頑なになる」


セイラはムッとしかめっつらをした。キラはティーナの言うことに同調した。セイラももう少し誰かと楽しく遊んだりしてみればいいのに。そう思った時、キラはイオのことを思い出した。

もしかしたら、セイラにとってのその「誰か」はイオなのかもしれない。そう思うと悲しくなった。


「確かに感情に意味なんて無いかもしれないけどねえ、心を侮ると心に呑まれるよ。あんた不器用だから、ちょっと心配だ」


その時のティーナの顔は、普段キラやゼオンやルルカに向けるものとは少し違うように見えた。

そういえば二人はここに来る前から知り合いなんだったっけ、とキラはふと思い出した。


「あなたが言えたことではないでしょう。……けど、気には留めておきます。情報は多いに越したことはありません」


「ほんっと、真面目だねえ……」


その時のティーナはどこか大人びて見えた。キラは普段のティーナと怒った時のティーナを思い出した。不思議な人だなと思った。

ゼオンがキラに言った。


「おい馬鹿」


「ば、馬鹿じゃないもん」


「リーゼのことがあるから、一度図書館寄るんだよな」


「あ、そっか、そうだね」


「ついでについてく。この手のこと、治せる薬とかあったら聞きたいんだよな」


ゼオンは自分の手を見た。あの紅の石の欠片でついた傷がまだ治っていなかった。それを聞いたティーナが急に黄色い声をあげた。


「きゃわああん、ゼオンが行くならあたしも行くっ! 愛するゼオンの御手はあたしが救う!」


キラはズルッとこけそうになった。先程まで大人っぽいだなんて思っていた自分が馬鹿だった。するとルルカが言った。


「なら私も行こうかしら。オズには色々文句を言いたいし。あとあそこ、暖かいし、勝手にお茶が出てくるし……」


確かに今夜は風が冷たくて冬らしい天気だ。キラはぴんと閃いた。


「みんな図書館行くなら、ついでにお茶してかない?」


三人とも、キラの言葉に頷きながら言った。


「いいんじゃないか。オズの奴、紅茶なら言われなくても小悪魔達に出させるし」


いいねえ、今日寒いしね。あたしのゼオンが冷えちゃいけないし! あいつほんとお茶とお菓子だけは何も言わなくても出すよね。なんでだろーね」


「餌付けされてるんじゃないの? まあ、だとしたらこっちも貰えるだけ貰うけど。紅茶もお菓子も高級品だから、タダで貰えるのは美味しいし」


「やだぁ、ルルカちゃあんが意地汚いーサバトしゃま泣いちゃうー」


「ティーナ、それ以上サバトしゃまって言うのやめてくれる?」


「サバトしゃまぁー」


「お前らうるさい」


ゼオンが最後に呆れて言った。キラはその様子を見て嬉しくなった。いつもの仲の良い三人だ。イオの言葉でささくれた心が治っていくような気がした。図書館へと行き先を変えるゼオン達の後をキラはすぐに追いかけた。

だが、セイラはついてこなかった。それに気づいたキラは思わずセイラの手を引っ張っていた。


「セイラも行こうよ。ほらっ」


「離してください。余計なお世話です」


キラは勿論離さずに歩きつづけた。


「何が悲しくてまた図書館なんか行かなきゃならないんですか。私は宿屋に戻ります」


「そんなこと言わないで、セイラも一緒にお茶しようよ」


「嫌です」


「でも行こう」


「……聞く気ありませんね?」


「うん」


セイラはしばらくキラを振り払おうとしたが、キラはセイラを引っぱって歩きつづけた。


「セイラもさ、少し休憩しなよ。なんか、疲れてそうに見える」


キラはセイラに言った。一見平然としているように見えるが、やはりイオとの戦いはセイラにとって重い出来事だったのかもしれない。どうもこのところセイラがどこか辛そうに見えるのだった。

しばらくセイラはキラの手を振り払おうとし続けた。キラは懲りずに手を引きつづけた。しばらくしてセイラは諦めたようにため息をついた。


「全く……」


そうしてセイラも含め、五人でお茶をしに行ったのだった。


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