第8章:第3話
役場の人が立ち去った後もピリピリとした緊張が続いた。
主にシャドウとレティタのせいだ。二人は普段絶対に恐ろしい顔つきでドアを睨みつけていた。
いつだかセイラがオズに冷たい言葉を浴びせた時も、小悪魔達はセイラにこんな目を向けていた。
村の人達にはオズが「化け物」に見えても、小悪魔達にとっては大切な人なのだろう。
キラはシャドウとレティタに言った。
「ね、お菓子でも食べて一旦落ち着こう?」
「……そうね。シャドウ、そうしましょう?
もう行っちゃったんだし、これ以上怒っても仕方ないわ。」
レティタがそう言うと渋々シャドウは頷いた。それからシャドウはキラに言う。
「なあ、キラはオズのこと、化け物だとか頭いかれてるとか……そんな風に思うか?」
「あたしが? そんなことないよ。もしそうだったらここに来たりするわけないって!」
シャドウは何度も瞬きしてキラを見つめた。そしていつものように楽しそうに笑った。
「そうか……! キラはいいやつだな!」
そしてシャドウはちょこんとテーブルの上に降り立ちお菓子に手をつけ始めた。
シャドウは機嫌が直ってきたようだったが、ゼオンやティーナやルルカはまだ黙り込んでいた。いつもと変わらないのはセイラだけだ。
ルルカがシャドウ達に尋ねる。
「さっきの話、本当なの?」
「オズは化け物でもいかれてもないぞ!」
「そっちじゃないわ。年をとらないことについてよ。」
ルルカはキラに言った。
「貴女昔からずっとこの村に居るんでしょう。気づかなかったの?」
キラは返答に困った。本音を言うと今初めて気づいた。
オズは昔から「近所の背の高いお兄さん」といった印象があった。その印象が変わったことがないせいか違和感を感じたことなどなかった。
変わらないことが不自然だとキラは今になって気づかされた。
「本当……かもしれない。今気づいた。」
するとレティタがキラ達の間に入ってきた。
「本当よ。オズはここ50年はあの外見らしいわ。」
「らしいって?」
「私50年も生きてないもの。正直、私達もオズの正体についてあまり詳しくないの。ルイーネなら私達よりもう少し詳しいと思うけど。
それと、悪いけどここであまりそのことについて話すの止めてもらえない?」
レティタは哀しい目でシャドウを見た。お菓子を持ったシャドウの手が止まっていた。
大切な人の秘密について勝手に探り出そうとしているのを見るのは辛いのだろう。
「わかった、ごめんね。ゼオン達もとりあえずそうしてくれないかな?」
ゼオン達がキラの話を聞いてくれるか自信が無かったが、ゼオン達はしばらくキラとレティタ達の様子を見た後に頷いてくれた。
話を聞いてくれたことがキラは少し嬉しかった。オズの謎について気にはなったが、オズとの仲はともかく小悪魔達との間にも亀裂が入ってほしくはないとキラは思っていた。
その時突然セイラが立ち上がり、何も言わずに図書館を出て行った。
◇ ◇ ◇
呼吸の音さえも刺々しく感じる日は珍しい。カルディスと話が合わないのはいつものことだが今日は普段以上に部屋の空気が重かった。
アンティーク調の小さなテーブルと椅子があり、カルディスはその椅子に座ってオズに数枚の紙切れを突き出した。
オズはそれを受け取り目を通す。それにはゼオン達が村にやってきた時から今までオズがやってきたことがいくつか記されていた。
どうやら話とはオズが今までしてきたことへのお説教らしい。
「外部からの来訪者を突然学校に転入させたりしたことに関してはまあまだいいとしよう。だが問題はその後じゃ。
その後キラ・ルピアの記憶の封印が解けるよう、ディオン殿が来た時は村のはずれで大規模な戦闘が起きるように仕向けたのはお前だというのは本当か?」
憎しみの籠もった冷たい目がオズを捉えていた。オズから少し離れたところでルイーネが居心地悪そうに俯いていた。
「そうやけど、その話誰から聞いたん?」
「記憶の件はリラから大体の話は聞いた。『もう両親についてキラに隠さなくていい』と村人達に伝えてくれと言われたな。
ディオン殿の時のことはあのゼオンという子がこの屋敷に来た時にじゃ。」
「なるほどな。」
オズは反省する気も無ければ驚く様子もなかった。カルディスはその態度に腹が立ったようで怒鳴り出した。
「お前という奴は……! なぜお前はいつもこの村の平穏を乱すのじゃ!
いつもそうじゃお前は。身勝手で自分の為に他人など平気で傷つける……。
村という共同体にそのような思考の者がおると村全体が危険にさらされるのじゃ!」
「なら言うけどな、ディオンの件の時に俺に『責任をとれ』言うたのは、お前やったはずやでクソジジイ。
結果的に『国と揉め事起こさず事態を収拾』させることはできたやないか。
キラの記憶の件は確かにやり方があかんかった。俺にいくらか非があるのは認める。
けどキラが記憶の封印が解けへんかったら、国は、反乱軍は、サラは、国王は、一体どうなってたやろな?
キラがサラの復讐について知らへんかったら、国側がキラを含む四人を城に招くことはできへんかったと思うんやけど。」
「反乱はウィゼート王家の問題じゃ。この村の者が関わる必要などなかった。」
オズの眉間に皺が寄る。
「ジジイ……お前はサラと国王が潰し合うのを放置した方が良かったって言うのか……!?」
「村の子供を辛い目に遭わせ度々危険に晒すことをしてきたお前が言えることではないじゃろう。」
オズは舌打ちしてカルディスを睨みつけた。カルディスは「平穏」と称して「何も起こらない」ことを常に望む。
そんなカルディスの考えがオズは嫌いだった。オズにはカルディスの考えは平穏を保つ為に現実から逃げているようにしか見えなかった。
オズとカルディスが睨み合い口論を続けているとルイーネが間に入った。
「二人ともやめてください! もう過ぎたことじゃないですか。こんなことで喧嘩しても何の意味もありませんよ?」
するとカルディスの目がオズからルイーネに向く。
「お前にも言いたいことがあるぞ、ルイーネ。お前がついていながらこのような事態……どういうことじゃ?」
「それは、すみません……。」
「役目を忘れるな。よいな?」
ルイーネは悲しそうに俯いていた。それからカルディスはオズに言う。
「お前もじゃ。これ以上村の平穏を乱すようならこちらもそれなりの対応をさせてもらう。
今までは口頭での注意や罰則程度で済ませてやったがもう我慢ならん。
お前の存在がこの村に再び厄災をもたらすことになる前に排除させてもらう。もしそうなりたくないのなら、自分の罪を確かめろ。そして反省し黙ることじゃな。」
オズは挑戦的な目でカルディスを睨み、まともな返事をしなかった。
オズはカルディスが何をしようとしているか既にわかっていた。
だがルイーネはカルディスの目論見を理解していなかったようだ。ルイーネはうろたえながら言う。
「排除って、どういう意味ですか? 追放でもする気ですか? オズさんを村から追放するすることはできないはずですよ。
50年前のウィゼート内戦終結時『スカーレスタ条約』が結ばれた時にできた密約があるはずです。
ウィゼート国とこのロアル村の間にできた密約。それがある限り、オズさんを追放することはできないはずですが。」
そういえばディオンが初めてこの村に来た時に出た話の詳細をルイーネには伝え忘れていた。
オズを追放することはこれから可能になるかもしれないのだ。カルディスは言った。
「その密約を撤廃しようという話を国側が持ちかけてきたのじゃよ。」
「撤廃……?」
「ルイーネ。お前も知ってのとおりこの村は特殊な村じゃ。逃亡者でも異端者でも犯罪者でも、村人の一員としてやり直す意志があるなら受け入れる。
ウィゼート国の領土の一部でありながらその特性を守り続けることは難しく国側とはいつも対立してきた。
そんな中で折り合いをつけることになったのがその密約じゃ。
国は村に自治権を与えた。その代わりに押し付けられたのが内戦の敗戦側の頭領の妹であったリラと、紅の死神……オズだ。
その密約を撤廃しようと国側が言ってきたのじゃ。」
今から50年前、ウィゼート国では国を二分して大きな内戦が起こった。原因は当時のエスペレン王家の後継者争いだ。その当時の王には3人の子が居た。上の二人の兄弟がそれぞれ東のスカーレスタと西のアズュールに陣を構えて争ったのがこのウィゼート内線である。
そして、この兄弟の妹――つまり当時の王の末の娘があのリラ・ルピアだ。リラは東に陣を構えた兄について行った。
この内戦は「奇妙」な終焉を迎える。スカーレスタ付近にあったとある街「ブラン」。そこを中心として突如巨大な爆発が起こったのである。この爆発の規模は凄まじく、ウィゼート国の3分の一を巻き込むほどの大災害となった。
その爆発によってブランの付近にあったスカーレスタの街は壊滅的被害を受け、東側の頭領もその際に死亡した。結果、西陣の勝利という形で内線は終結した。オズはこの内戦に終焉をもたらした謎の爆発に深く関わっていたのだった。
内戦終結の後、当時の国には二人恐れる人物が残っていた。リラとオズだ。
国はリラが東陣頭領の妹であることと、オズが国を滅ぼしかねない位の強大な力を持っていることを恐れていた。
この二人が国に脅威をもたらすことが無いように一つの場所に留まらせ、監視する必要があった。
その場所として選ばれたのがこの村だ。それ以来オズとリラはこの村の中で生活することを義務づけられていた。
その密約を撤廃しようというのが今回の国の提案だった。
「先日国から手紙が来た。密約撤廃に向けて前向きに検討したいそうじゃ。前回ディオン殿がいらした時は撤廃はオズに関してだけとの提案じゃったが今回はリラについても含めて検討するそうじゃ。
この密約が撤廃されればお前がこの村に居る必要はなくなるのじゃ。
そうすれば、この村がお前を受け入れてやる必要もなくなる。お前を追い出すことも可能になる!」
カルディスのしわだらけの顔にいっそうしわが寄り、長く積もった怨みをぶつけるようにこちらを見る。
オズは深いため息をついた。提案した国側――国王はこの展開を果たして予想しているのだろうか。
そして、オズ自身は果たして長年の縛りから解放されることを望んでいるのだろうか。
「撤廃の話、村と国の間でだけ進めるつもりなん? 俺やババアは話に入れてもらえへんのか?」
「国側はお前とリラの意志も是非聞きたいと言っていた。この撤廃の話に賛同するか否か、なるべく早く答えるようにな。」
やはり国側はこの話を「純粋な善意」のつもりで切り出してきた可能性がありそうだった。確かに傍から見ればオズとリラは「居住の自由を奪われ、村に縛り付けられた哀れな被害者」のようにも見えるのかもしれない。
だが、その考えは村長や村人とオズの関係を理解していれば出てくるものではないだろう。そうオズは考えた。
カルディスはその撤廃について書かれた数枚の書類を手渡した。
口では意見を聞くようなことを言っているが、終始カルディスはオズの意志全てを殺すような目を向け続けていた。
「力で全てが操れるなどと思い上がるな。協調する意志が無ければ排除される……それを忘れるなよ。」
嘲るようにオズは笑った。馬鹿馬鹿しいと心の底で吐き捨てた。
もう届かない過去が心に蘇る。オルゴールのような繊細な声が脳裏を駆け抜けて消えていった。
『この場所で、みんなで、ずっとずっと、一緒に居られたらいいね。』