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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第21話

夜の道をキラはひたすら走った。身体じゅうに目玉がついた魔物──ホロがついてゆく。行き先は図書館だった。

夕食が済んだあたりのことだ。突然ホロがキラの家までやってきて、至急図書館まで来てほしいと頼んできたのだった。

ホロによると、広場で倒れたリーゼをゼオンが図書館に連れてきたらしい。


「一体何があったの。どうしてそんなことに……」


『私にもわかりません。とにかくまずはゼオンさん達から事情を聞いてみましょう』


ホロを通じてルイーネがそう言った。

図書館に駆け込むと、中はもぬけの殻だった。キラが首を傾げると、奥の部屋からレティタとルイーネが出てきた。


「キラさん、こっちです! 皆さん二階にいます!」


言われたとおり、キラは奥の部屋へと向かった。図書館の二階に上がるのは初めてだった。

二階には普段の図書館とは全く違う景色が広がっていた。台所があり、リビングがあり、まるで一般的な民家の中のようだ。リーゼはリビングのソファーにぐったりと横たわっていた。近くにゼオンとティーナが居る。キラは二人のもとに駆け寄った。


「リーゼの様子は? 一体どうしたの?」


ゼオンは普段と変わらずすました様子だったが、腕に包帯を巻いていて、右手に火傷のような跡があった。


「ようやく来たのか。ちょっと広場でな……リーゼは多分気を失ってるだけだ」


ゼオンは広場での出来事を話しはじめた。リーゼがおかしな手紙を持っていたこと、そしてルルカの身に起こったことを詳しく説明した。


「それで、ルルカはどこ行っちゃったの?」


「多分あの手紙に書かれてた場所だろうな……。一発俺に攻撃した後、どこかに走って行った」


「その傷はその時にできたの? ゼオン、大丈夫?」


キラはゼオンの腕の包帯を指差した。ゼオンは怪我など気にも留めていないようだった。


「ああ、これか。大丈夫だ。腕は治癒術ですぐ治る程度だし。どっちかってと気になるのはこっちだな」


ゼオンは右手の火傷のような跡を指した。それから、ゼオンはテーブルの方を指さした。テーブルには封筒と手紙の他に、紅色の水晶のような石が置いてあった。


「それに触るなよ。ルルカが落とした封筒に入ってたんだけど、その石に触ったらこうなった。それの正体はわからねえけど、何らかの魔力が篭っているのは確かだ」


キラはその石を覗き込んだ。泉のように透き通った石だった。キラはその紅色の煌めきをどこかで見たことがあるような気がした。

ティーナもキラの隣でじっとその石を見つめていた。キラはティーナに言った。


「ルルカが心配だね……」


「そうだね。ルルカ、大丈夫かな……」


すると、キッチンからオズがホットミルクを持ってやってきた。この前ゼオンを脅したことへの憤りは消えてはいなかったが、今回ばかりはキラはオズに感謝していた。


「オズ! 連絡ありがとね」


「お、ようやく来たな。礼ならゼオンに言え。そいつを連れてきたのはゼオンやから」


「うん、ゼオンもありがと!」


キラは笑顔でゼオンにそう言った。ゼオンは無言でキラから目を逸らして頷いた。


「それにしても、二階なんて初めて来たよ。なんか普通の家みたい」


キラはぐるりと周りを見回した。キッチンにリビング、奥には寝室らしき部屋への入り口がある。するとオズが言った。


「みたいも何も、ほぼ家やし。ここに住んどるし」


「えっ、そうなの」


「図書館は俺の城やから、ジジイに二階作らせて生活スペースにした」


「うわぁ……」


実に強引且つ意味があるのかよくわからない改装だ。キラはリビングの奥の方を除いた。部屋の扉はどれも堅くしまっている。開けたら起こられそうだな、と思った。

するとオズはリーゼを見て言った。


「そういやこいつって、あれや。キラが暴走した時にゼオン達と一緒に来た奴やろ。名前なんてゆーたっけ。リで始まってリで終わる名前だったのは覚えとるんやけど……」


「えっ、そんな名前だったっけ。リーゼ・ラピスラズリ……あ、ほんとだ」


「そんな覚え方する奴初めて見たな……」


ゼオンの言葉にキラは苦笑いした。オズは持ってきたホットミルクをキラに渡した。


「それで、これはそのリーゼが目覚ましたら渡せ」


「え、わかったけど、珍しいー! オズが自分で飲み物入れてる!」


「いや、入れたのはレティタや」


「あ、なんだ」


「なんだってなんや。ひどいなー」


「だってぇ」


キラは思わず笑っていた。オズは非情な部分もあるのに、中途半端に優しいからどうも憎めない。

その時、後ろで何かが動いた。眠っていたリーゼの瞼が開き、目を覚ましたところだった。キラはリーゼに駆け寄った。


「リーゼ! よかったあ、大丈夫? 具合はどう?」


「うん……ここは……?」


「図書館の二階だよ。ゼオンがリーゼをつれてきてくれたんだよ! あ、これ、オズが飲めってさ」


リーゼはホットミルクを受けとると、少しずつそれを飲みはじめた。リーゼの顔色はまだ良くない。不安そうに辺りをきょろきょろ見回していた。


「ゼオンの話聞いてびっくりしたよ。一体何があったの?」


「私もよくわからないの……。ペルシアの家から帰ろうとして、玄関に行こうとしたの。そしたら廊下の窓が割れて真っ暗になって、目の前に誰かが居て……そこから先は思い出せないの……」


リーゼは肩を竦めて俯いた。ティーナが傍にやってきた。


「精神操作の魔法でも使われたんじゃない?」


「そうかもしれない……。そうだ、そういえばペルシアは? ペルシアは一緒じゃなかったの?」


リーゼが慌ててそう尋ねると、オズとルイーネがやってきて言った。


「安心しろ。ペルシアは無事や。さっき村長んちに連絡とったら、ペルシアもお前と似たような感じで倒れたんやって。目は覚ましたらしいし、大丈夫や」


「そう、ですか……よかった」


リーゼは安心したようだった。まだリーゼの顔色は良くないが、とりわけ異常があるわけではなさそうだった。キラがリーゼの具合を見ている様子を、ゼオンが傍でじっと見守っていた。オズはリーゼに言った。


「じゃ、とりあえずお前は一段落したらキラにでも送ってもらえ。キラはこいつの家知っとるんやろ?」


「うん、もちろん!」


「なら、そうしてくれ。ゼオンは知らん言うから困ってたんや。で、あとはルルカやな」


キラは頷いた。ルルカは今どこで何をしているのだろう。早く見つけなければ取り返しのつかないことになりかねない。

オズはキラ達に言った。


「村長んちに聞いたらな、あの王子と護衛、さっき屋敷を出て行ったらしいで。あとは……だいたい想像つくよな?」


「やっぱり……ルルカのところに……」


「十中八九そうやろな」


するとゼオンがテーブルの上の手紙を指した。


「その手紙には『村の入り口に来い』って書いてあったから、多分そこじゃないか?」


キラはじっと手紙を見つめた。きっともう猶予は無いだろう。ルルカはどうするだろうか。キラは心配で仕方なかった。ゼオンは険しい表情でキラに言った。


「ルルカの様子もおかしかった。とりあえず早く見つけてやるべきだと思う」


「うん、そうだね……早く捜しに行かなきゃ」


「多分、またあの時と同じだ。お前が暴走して、俺と戦った時。さっきのルルカはあの時のお前と似てた。杖も持っていたし」


キラの心が痛んだ。自分が暴走した時の記憶が蘇る。そして同時にこの前セイラが言った言葉を思い出した。このままでは、サラの時と同じようなことが起こるかもしれないと。

精神を乗っ取られ、暴れつづけていたらまたあの闇が現れるかもしれない。サラの手足を飲み込んだ闇が。

キラは奮えが止まらなかった。たとえルルカやネビュラに恨まれたとしてもその結末だけは避けなければならないと心が叫んでいた。

キラは顔を上げ、リーゼに言った。


「リーゼ、あたしちょっとルルカを捜してくる。一段落したら家まで送るから、それまでちょっと待ってて」


「うん、わかった。キラ、気をつけてね」


キラは力強く頷いた。それからリーゼはゼオンに目を向けた。


「ゼオン君、キラのことお願いね」


「……なんで俺に頼む?」


「キラよりしっかりしてるから。キラってば、いつも危なっかしいんだもの」


キラはぶーっと膨れたが、リーゼは楽しそうに微笑み返すだけだ。


「私、ゼオン君ならどんな時でもキラを助けてくれるって信じてるよ」


反応に困ったのか、そう言われたゼオンは黙り込んでしまった。ろくな答えを返さないまま、ゼオンは杖を手にして階段の方へと向かった。キラは慌ててゼオンを追いかけた。

その時、階段の下の方から足音がした。二人は足を止めた。階段を上ってきたのはセイラだ。


「セイラ……どうしたの?」


キラが尋ねるとセイラはキラの横を通りすぎていった。


「ちょっとこちらに用がありまして」


するとオズが怪しく笑った。


「一人で動いた結果はどうやった?」


「少々厄介な魔法に阻まれました。ですから応援を求めに来ました」


セイラはそう言うと真っ先にティーナのもとに向かった。セイラはティーナに手を差し出した。


「ティーナさん、ついてきていただけませんか。ルルカさんを追いかける途中、面倒な魔法に邪魔されました。その魔法を打ち破るのにあなたの魔法が必要なんです」


ティーナはセイラが協力を求めたことに驚いたようだった。口を真一文字に閉じ、目を大きく見開いてセイラを見つめている。

ティーナは低く震えた声で問い掛けた。


「……それは、ゼオンでも、キラでもなくて、あたしの魔法なの?」


「ええ、そのとおりです。あなたの魔法さえあればお友達を助けに行けますよ」


ティーナは深いため息をつき、自分の杖を呼び出した。それから再びセイラに問い掛けた。


「別に、行くのは全然構わないんだけどね。一つ聞かせてよ。どうしてセイラがルルカのこと追いかけていったりしたの?」


「ルルカさんにもしものことがあったら、少々こちらにとって都合が悪いんですよ」


ティーナは再びため息をついた。そして返事一つ返さずにセイラの横を通りすぎて階段へと向かった。


「あんたもさあ、不器用だよねぇ……」


ティーナはそう呟きながら階段を下りていった。セイラは無言で後に続いた。キラはゼオンに言う。


「あたし達も行こっ」


キラとゼオンもティーナ達の後に続いた。出入口の扉を開いた途端、冷たい空気が流れ込んできた。一歩一歩、キラ達は夜の闇の中へと踏み込んでいった。

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