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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第19話

片付けが済んだ時にはもうすっかり日が暮れていた。窓の外を見ると、ちらちら星が空に浮かんでいるのが見えた。


「こんな時間になっちゃった……。思ったより時間かかったね」


リーゼは皿を拭きながらペルシアに言った。二人はミルフィーユ作りの後片付けをしていたところだった。


「そうですわね。リーゼ、もう帰っていいですわよ。後はこちらでやっておきますわ」


「えっ、なんか申し訳ないよ。やりたいって言い出したのは私だし……」


「けど、あまり遅くなるとあなたも親御さんが心配するでしょう? 使用人達にも手伝ってもらうから大丈夫ですわ」


ペルシアは優しくそう言ったが、リーゼとしては一人で先に帰ってしまうのは気が引けた。


「親のことなんて気にしなくていいのに……」


「あら、そんなこと言うもんじゃありませんわ。家族は大切にできる時にめいっぱい大事にしてあげないといけませんのよ?」


そう言ったペルシアの横顔はどこか寂しそうに見えた。最終的にリーゼはペルシアの言うとおり先に帰ることにした。ペルシアの横顔を見ているとなんだかいたたまれなくなってしまったのだ。


「じゃあ、先に帰るね。ごめん、私が言い出したことなのに片付け任せちゃって」


「気になさらないで。じゃあ、玄関までですが送りますわ」


そう言って二人はキッチンを出て玄関ホールへ向かった。玄関ホールまでの廊下は長く、左手にはそれぞれの部屋への扉が、右手には大きな窓がずらっと並んでいた。リーゼは今日のミルフィーユの作り方をおさらいしながら歩いていった。

その時だった。突然廊下の明かりが落ちた。風が弾幕のように廊下の窓ガラスを割っていく。リーゼはとっさにペルシアの腕を引いてガラスの破片が当たらないように壁際に寄った。


「びっくりした。どうしたんだろう、急に……」


「とりあえず、ガラスを片付けなきゃいけませんわね……」


ペルシアが使用人を呼ぼうと歩きだそうとした。だがペルシアはすぐに立ち止まった。リーゼがすぐにペルシアのもとに駆け寄ると、ペルシアは前方を指した。


「あれ、誰ですの……?」


ペルシアが指さした方には小さな人影があった。ガラスの破片の煌めきを受けながら、静かにそこに佇んでいた。この屋敷には居るはずのない10歳前後の子供の影だった。


「何……?」


リーゼが呟いた時、窓から月明かりが射しこんだ。子供は無邪気に笑っていた。


「こんばんは。ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだよねぇ、キャハハハ……」


◇ ◇ ◇


キラとゼオンが帰っていった後は退屈だった。ネビュラはソファーに寝転がり、天井を見つめながら悶々と考え事をしていた。脚を振り回して靴下を片方脱ぎ捨てると、テルルの声がした。


「ネビュラ様ったら、だらしないですよ。きったない靴下を拾うこちらの身にもなってください」


「こちらの身になれって、俺がテルルの靴下拾ったらってこと? そしたらマニアとかに売るよ。小遣いくらいにはなればいいね」


「そうじゃないです! 全くもう……」


テルルの頬がぶうっとふくれていた。ネビュラは全く聞いていなかった。

ネビュラはルルカの声、顔を思い出していた。ルルカが弓矢を向けた時、ネビュラは思った。「やっぱりそうか」と。手も脚も震えて何もできなかった。天井を見つめながらネビュラは思った。「俺はどこまでも臆病だ」と。父に、ルルカに、そして自分自身が起こした罪に怯えていた。

昼間のキラの一言が頭をよぎった。「ネビュラ様は臆病なんかじゃないですよ」と。ネビュラは鼻で笑った。その時、部屋をノックする音がした。ネビュラはすぐに起き上がった。テルルが扉を開いた。


「はぁい、何かご用でしょう……か……?」


テルルが困惑していたようなのでネビュラはそちらに目を向けた。来客は村長の孫娘のペルシアだ。だがその時のペルシアは様子がおかしかった。

人形のような棒立ちで虚ろな目をしていた。テルルが話しかけてもうんともすんとも言わない。するとペルシアは一枚の手紙を差し出した。


「これをネビュラ様に」


壊れた蓄音機のような声だった。恐る恐るテルルが受けとった瞬間、ペルシアはふっと糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。


「ペルシア様、どうなさったんです、ペルシア様!?」


ネビュラもすぐにテルルのもとに駆けつけた。テルルは気を失ったペルシアを抱えながらネビュラにペルシアの手紙を差し出した。


「ネビュラ様、いかがいたしましょう……」


ネビュラは手紙の封を開けてテルルに見せた。手紙の内容はこうだった。


『あの杖のことについて二人で話がしたい。今から村の入口まで来てほしい。 ルルカより』


手紙を見てすぐにテルルは言った。


「罠ですよ」


「だよね」


ネビュラもそう思った。今のネビュラはある程度だが落ち着いていた。ネビュラはペルシアを見て言った。


「とりあえずこの子を放っておけないよね。テルル、屋敷の使用人を呼んできてくれる?」


するとテルルはじとっとした目つきで言った。


「呼んでくるのは構いませんが……その隙にまた屋敷を抜け出したりしないですよね?」


ネビュラはため息をついた。そんなにネビュラは信用できないのだろうか。


「しないよ。そんなに疑うなら俺もついてこうか? それなら文句無いだろ」


「それではペルシア様はこの部屋に一人で置いていくことに……」


「俺が抱えてくよ。……あ、その『自分の着替えさえ他人に持たせるネビュラ様が女の子抱きかかえたりできるですか。いやできないでしょ』って顔やめてくれない?」


それでもテルルは訝しげにじっとこちらを見ていた。ネビュラはひょいとペルシアを抱え、二人は屋敷の使用人達を捜しに向かった。

歩きながらネビュラはずっとルルカのことを考えていた。幼い頃、まだルルカが友達だった頃のことを思い出していた。そして再会したあの時の、刃物のような瞳を思い浮かべてはため息をついた。

ネビュラはふと思った。サバトには決してあの瞳を向けたりしないだろうな、と。クーデターの後、王子となったネビュラは一度サバトに会った。サバトはクーデターの後でも以前と変わらずネビュラと接してくれた。ルルカを裏切った相手だと知りながら。ネビュラはますます自分が嫌になった。


「俺は、あの人のようにはなれないな……」


ネビュラはぽつりと呟いた。テルルが傍らで心配そうにこちらを見つめていた。ネビュラは言った。


「テルル、俺は、ルルカに会いに行くよ。さっきの手紙の場所に行く」


テルルは愕然として立ち止まった。止まらずに歩きつづけるネビュラにテルルは怒鳴った。


「何を言ってるんですか! 罠ですよ、わかっていますよね? キラさんとゼオンさんにも手紙に従うなって言われたでしょう!?」


「うん、そうだね。でも、どのみちいずれ決着をつけなきゃいけないだろう。ちょうどいいだろ、ここでつけるよ」


「でも、そしたら、もしかしたら……」


テルルは震えながらネビュラを追いかけてきた。ネビュラは立ち止まって振り返る。


「そこでテルルにお願いがあるんだ」


テルルはきょとんとしてネビュラを見上げた。


「今度はテルルも一緒に来てほしいんだよ。甘いケーキで疲れは取れたんだろ? じゃあ仕事してくれるよね」


テルルは大きく目を見開くと、不安そうに俯いた。そして拳を強く握り、渋々頷いた。それを確認すると、ネビュラは自嘲するように言った。


「悪いね、テルル。俺は一人じゃダメなんだ。臆病で弱いんだよ」

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