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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第9章:ある王女の幻想曲
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第9章:第14話

二人が去った後の沈黙を破るように、突如オズが口を開いた。


「なんか面倒臭い奴やなー!」


他人事のような緊張感のない物言いだったのでキラは呆れた。


「もうオズってば、そんな言い方しないの!」


キラがぶぅっとふくれてそう言ったが、ゼオンまで


「確かに、面倒ではあるな」


と言い出したのでキラはため息をついた。キラは先程の話を再び頭の中で再生する。そしてまたネビュラの苦しそうな表情が浮かんだ。それからまたルルカのことが浮かぶ。キラはぽつりと呟いた。


「これからどうすればいいんだろう……どうすればみんなうまくいくのかな」


するとティーナが不思議そうに聞き返した。


「みんな?」


「うん、みんな。ルルカは勿論そうだけど、ネビュラ様やテルルさんも」


それを聞いたティーナは一瞬言葉を失った。苦しそうに一瞬目を見開いたかと思うとそのまま深くため息をついて俯いた。

そしてキラにこう言った。


「キラはさ、ルルカのこと心配してる?」


「うん、勿論」


「じゃあさ、キラはさっきの王子のことを憎いとは思わないの? 消えて朽ち果てろって、思わないの?」


キラは驚いた。そのようなことは考えたこともなかった。ネビュラのことに限ったことではない。キラは誰かに対して消えてしまえばいいなどと考えたことは一瞬も無かった。勿論キラも人だ。多少の怒りを感じたことはいくらでもある。だがそこまでの殺意は抱いたことはない。


「そこまでは思わないかな。勿論ネビュラ様がルルカを裏切ったってのはルルカから見たら酷いと思うし、ルルカが怒るのも無理ないと思うけどね。でもなんか、あたしはあの人そこまで嫌いになれないんだよね。なんでだろ」


それを聞いてティーナはどこか寂しそうに笑った。


「あはは、そっか。やっぱり優しいなあ……」


なぜかティーナはそう言って肩を竦めていた。ネビュラが立ち去り、図書館中が落ち着きを取り戻した後もキラはずっとルルカとネビュラのことが気になっていた。そして裏で展開を操っているという黒幕のことも気になっていた。キラはネビュラが来てからの一連の流れを思い返してみたが、怪しい言動をした人は特にいなかったはずだ。

だが「黒幕が居る」──多分これはもう揺るぎようのない事実だ。これだけは事実だろうとキラは信じていた。ルルカの為に怒るティーナの姿、ルルカの放った矢を止めたゼオンの姿をキラは思い出していた。

キラにはわからない。キラは二人がしたことがそんなに間違っているとは思えないのだ。二人はルルカの為を思ってそうしたはずなのに、どうして悪い方へ悪い方へと事が進んでしまうのだろうか。

心が深い悲しみで染まるのと同時に、黒幕への怒りがふつふつと沸き上がってきた。


「黒幕って誰なんだろう。どうしてこんなことするんだろう……」


キラはポツリと呟いた。オズは窓の外を、セイラは机の上を黙って見つめていた。

ゼオンだけが隣でこちらをずっと見つめていた。時々ちらちらとセイラの方に視線をやりながら、どこか落ち着かない様子で黙り込んでいた。ゼオンは一つため息をついた後にキラの肩を叩いた。


「怪しい奴は、本当に思い当たらないのか?」


「う、うん。ネビュラ様が来てからのことを思い出してみたんだけど、全然……」


「違う、あいつが来るより前だ。前のことも思い出して……」


その時、椅子が床を擦る音がゼオンの言葉を遮った。セイラが席から立ち上がり、椅子を乱暴に元の位置に戻した。


「ところでゼオンさん、今日はもうお開きなんですよね? でしたら私はこれで失礼します」


「え? ああ、わかった……」


ゼオンの表情が曇った。そして横目でセイラを見送りながら一言ボソッと呟いた。


「わかんねえな……」


その言葉など聞こえないかのようにセイラは出入口の扉を開いた。ゼオンは結局先程の言葉の続きは話してくれなかった。扉をくぐる直前にセイラはこう呟いた。


「そう、姿を現さないんですよね……さっさと出てきてくれればいいのですが……」


そうつぶやきながらセイラは去っていった。その言葉を聞いたオズが天井を見ながら呟いた。


「姿か……たしかになぁ」


オズはしばらくそのまま天井を見つめていた。

ゼオンもティーナも黙り込んだまま、時間だけが過ぎた。窓の外の空はもう暗くなり始めていた。

姿の見えない黒幕のことを考えるとキラの心も暗くなるのだった。



◇◇◇



家に帰ってからもルルカとネビュラのことが頭から離れなかった。

夕食までの間、キラは意味もなく廊下をうろうろしたり、2階の自室に行ったり、また1階に降りてリビングまで行ったりを繰り返していた。

すると突然リラがキッチンから顔を出して言った。


「さっきからうろうろ落ち尽きがないねえ。意味もなく歩き回るくらいなら手伝っておくれ」


「い、意味無くはないもん」


「じゃあどんな意味があるっていうんだ。何か悩み事でもあるのかい?」


うっ……とキラは言葉に詰まった。そんなにキラの考えていることはわかりやすいのだろうか。少し迷ったが、キラは思い切ってリラに相談してみた。


「あたしじゃなくて、友達がなんだけどね……」


キラはルルカのこと、ネビュラのことを全てリラに話した。二人を影で翻弄している黒幕のこともだ。リラはキラの話を最初から最後まで目を逸らさずに聞いてくれた。それだけで、少しだけ心が軽くなるような気がした。


「あたし、どうすればいいんだろう……。黒幕が誰かはさっぱりわからないし、ネビュラ様のことも心配だし、ルルカは一人で塞ぎこんじゃって……」


リラは腕を組んで考え込んだ末にため息をついた。


「そうかい、あのルルカって子にはそんな事情があったのかい。懐かしくなるねえ……」


「えっ?」


「いや、こっちの話さ。あたしが思うには、キラがなんとかしようって考えを改めるところから始めるべきかと思うがね。」


キラはその言葉を聞いて思わず言い返した。


「そんな、じゃあそのまま放っておけっていうの。このままじゃ、もっと最悪なことが起こっちゃうかもしれないのに、そんな……!」


「おやおや、若者はせっかちでいかんねぇ。最後までお聞き。これはルルカって子とネビュラって王子の問題だろう。キラじゃなくて、ルルカとその王子が気をしっかり持たなきゃいかんのさ。当人たちが自信持って、しゃんとできりゃ、黒幕だってそううまくつけこめはしないと思うがね」


「そ、そうなのかな。でも今のままじゃルルカ達はそうできそうにないよ……」


リラの言うことはたしかに一理あると思った。だがルルカもネビュラも苦しそうな顔をして必死にキラ達を拒絶していた。このままではリラの言うこととは真反対の方向にしか二人は進まないだろう。するとリラは軽く微笑んだ。


「そこを見守ってやってこそ友ってもんだと思うがね。ルルカって子も、その王子のことも。

 どんな結論を選ぶかは結局当人次第だろう。王子を赦して和解することがルルカの幸せかもしれないし、逆に恨みつらみ全部ぶつけて消してしまう方が幸せかもしれない。結局、自分の選択に責任持てるのは自分だけだとあたしゃ思うよ」


リラの言葉を聞いてキラは黙り込んでしまった。それではまるで他人のことに口出しすべきでないと言っているように聞こえる。納得できる部分もたしかにあったが、全てを飲み込むことはできなかった。


「あたしは、ルルカが苦しむのもネビュラ様が消えるのも嫌だよ。そんなのはあたしのわがままなのかな。あたしにできることは何もないのかな?」


するとリラは言った。凛と、若い女性のようにきびきびと。


「何かするのも、しないのもエゴだよ。だから好きな方を選びな」


キラは口をへの字に結んでリラを見上げたが、リラはそれ以上の答えはくれなかった。

キラはフローリングの床を見つめながら、「難しいな」と呟いた。リラはふと、何かに想いを馳せるようにこう言った。


「キラまで思い詰めなくてもいいじゃないか。…………家族を殺した仇と50年も同じ村で暮らしているような奴も世の中には居るんだ。最悪に転ぶかなんてまだまだわからんと思うがねえ」


そう言ってリラはエプロンを翻してキッチンの方へと戻っていった。キラは首を傾げてリラの後ろ姿を見送った。 不安でまだ強くは握れない手を見つめて、キラは一つため息をついた。

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