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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第14章:ある罪人の為の序曲
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第14章:第37話

 リディとのデートから数週間が経過した。昔は想像することもできなかったリディとの平穏な暮らしが「日常」へと移り変わろうとしていた。リディの問題が一段落し始めると、俺たちは別の問題へと目を向け始めた。


「よう来たな、イクス。んで前も聞いたんやけど、その手袋の下にある黒い刺青、何なん?」

イクスは図書館の入り口で微笑みながら黙りこんでいた。俺の隣ではリディが、イクスの隣ではミラが、不安そうに様子を伺っていた。


「ああ、これ。たいしたものじゃないよ。それより、今日は食堂で人気のプリンを買ってきたんだ。みんなで食べようよ」


 ミラは大喜びでプリンを受け取っていたが、俺やリディは流されない。

 そう、次の問題はイクスのことだ。以前にも俺たちは彼の手に刻まれている呪いの刺青について尋ねたが、するすると流されてしまった。その問題は未だ解決していない。


「でも、イクス……多分あなた、呪われてるわ。手袋の下にある刺青がその印。……大丈夫なの?」


 リディが問いかけると、イクスは笑顔を崩さずにこう答えた。


「大丈夫だよ。痛みも何も無いし」


「なら、なぜ隠すの?」


「あんまり見ていて気分のいいものじゃないだろ? ほら、オズたちも気になるみたいだし」


 イクスの様子を見て、俺はにやりとほくそ笑んだ。最近気づいた。イクスは他人との間に壁を作る癖がある。イクスの場合は、辛い時ほどよく笑う。……俺にも同じ癖があるため、「弱みを見せたくない」という感情は理解できた。

 俺とリディが眉を潜めながらイクスの顔をじっと見ていると、イクスは小さく溜息をついた。


「……はぁ。じゃあ、お土産は渡したから。今日のところは借りた本の返却だけして帰るよ。ここ、置いておくから。じゃあね」


 そう言ってイクスはカウンターに一冊の本を置いて立ち去ろうとした。すると、ミラがプリンが入った袋を抱えながらイクスを引き留めた。


「えーっ、なんで!? 一緒にプリン食べようよ!」


「ごめん。用事思い出しちゃって。また明日ね、ミラ」


そのままイクスは帰ってしまった。扉が閉まる音がした後、俺は深い溜息をついた。


「やっぱ、自分から話してはくれへんなぁ……」


すると、リディが俺に言った。


「というより、なぜイクス自身に話させるの? あの呪いの詳細を知る手段なんて他にいくらでもあるわ。それこそ、私が一度ブラン聖堂に戻って記録書を見てくればすぐわかることよ」


「本人の了解無しに神のやり方でプライバシーを暴いたら、イクスかて不快に思うやろ」


「記録書で情報を得た後にイクスと話をすればいいことよ。イクスからの話を聞いた時に初めて情報を知ったように振る舞えばいいわ。相手の機嫌を損ねないような接し方はいくらでもある。そうでしょう?」


「あのな。これ、諜報とはちゃうねん。あくまでイクスを心配しとるんやから、あいつへの誠意に欠けることをしたら本末転倒なんや」


 リディはまだ眉間に皺を寄せながら首を傾げていた。……まだ、このように複雑な「礼儀」のことは理解できないようだ。

 すると、俺たちの会話を傍で聞いていたミラがしゅんと俯いた。


「ねえ、イクスが……のろわれてるの?」


「多分な。せやけど、まだどんな呪いかはわからへん。せやから、大事にならへんうちに事情を詳しく聞いておきたいんや」


「そっか……うん。それはそうだね」


「ま、お前がしょぼくれる必要はあらへんて。とりあえず、イクスが置いてったプリンでも食おか」


 その時、再び図書館の扉をノックする音がした。穏やかな雰囲気の少年が館内へと入ってきた。カルディスの息子──ロシアン・B・サリヴァンだ。ミラが立ち上がって声をあげた。


「あーっ、ロシアンだ! どうしたの?」


「お父様からの届け物があってね。こんにちは、オズさん。これ、いつものです」


 そう言って、ロシアンは俺に紙袋を差し出した。中には吸血鬼用栄養剤と、お裾分けのお菓子がいくつか入っていた。


「ありがとな。あ……せや、ロシアン。お前、ミラたちと同学年やろ。イクスと仲ええか?」


 ロシアンはイクスと性格が似ている。もしかすると……と思い、そう尋ねてみたところ、俺の予感は見事に的中した。


「はい。よく話したり、昼ごはんを一緒に食べたりしますよ」


「よっしゃ。せやったらな、それとなーくイクスに訊いてみてほしいことがあるんやけど……」


ミラとロシアンが帰ったあと、リディが俺に話しかけてきた。


「二人に任せて大丈夫なの?」


俺はミラとロシアンの二人に、イクスの手に刻まれた呪いの正体について聞きだすよう頼んでおいた。俺やリディよりも、同年代のほうが話しやすいかもしれないと考えたからだ。


「さあ、うまくいくかはわからへんわ」


俺がソファに寝ころびながらそう言うと、リディは険しい表情を浮かべた。


「さっきのように流されてしまう可能性は高いわよ。最適な手段とは言い難いわ」


「最適な手段なんていつでも取れるやろ。仕組みはようわからへんけど、ブラン聖堂で何でも調べられるみたいやし」


「それはさっきあなたが否定した手段じゃない」


「そら、今はまだ急を要する状態やないからや。まずはなるべくイクス自身に話してもらえるように促す。もし、あいつが苦しんでいるような兆候があれば、最終手段としてお前がブラン聖堂に行く……ってつもりで、俺は考えとるんやけど」


「……やっぱり、私はなぜそんな中途半端な手段を取るのかよくわからないわ」


 俺は小さく溜息をついた。こればかりは仕方が無い。リディはこちらの提案に納得できないようだが、今すぐ強引に情報を集める気は無いようだった。ひとまずリディのことはこのまま様子を見ることにした。


「ま、それはそれとして。お前にはお前で確認しときたいことがあるんやけど」


「なぁに?」


「あれや、ミラの持ってる杖や。結局アレ、今のところは人に無害な物って認識でええんやな?」


「今のところはね。アレはメディの身体を四つに割って封印した杖。精神と切り離して封じられている以上、ヒトにとっては少し強い魔法が使える道具でしかないわよ」


 リディはそう断言するものの、ミラが破壊の女神の力を宿した杖を持ち歩いている状況はなんとも落ち着かなかった。

 その時、ルイーネが俺とリディの間に割って入ってきた。


「はいはい、イクスさんやミラさんを心配する気持ちはわかりますが、オズさんは自分の仕事の進捗のことも心配してください」


「えー、いややー。面倒やからいややー」


 俺が駄々をこねると、ルイーネは俺の頭の上に書類の束を乗せてきた。


「嫌やじゃありません! ほら、地脈調査に関する協力のお願いがまた来てるんですよ!」


「せやから、なんで俺がそんなことせなあかんねん! 俺は図書館の館長サマやろ!?」


 すると、俺たちの話を聞いていたリディがきょとんと首を傾げた。


「それはたしかに不思議かも。なんでオズにそんな仕事が回ってくるの?」


 ルイーネは書類と共に添えつけられた手紙を手に取り、俺とリディに見せた。


「調査チームから、オズさんを直接指名で協力のお願いが来てるんですよ。オズさんの魔法が『地脈』というスポットを探すのに役立つんだそうです。なぜ役立つのかはわかりませんけど……」


「地脈……ああ、そういうこと。この村の近くにあるのね?」


リディは意外とすぐに納得した。


「いや、何がそういうことやねん。俺は仕事押し付けられて大迷惑やで」


「ええ? だって、地脈探しなら破壊か創造の力のどちらかが必要になるのは当たり前でしょう?」


 俺はブルドッグのように眉間に皺を寄せた。この女神は相手の視点に合わせて物事を考えるということが全くできない。何が当たり前だ。俺は「地脈」の意味すらうろ覚えだった。


「地脈ってそんな『お前ら』の領域が絡んでくるような場所なんか?」


「多少はね。地脈は世界中に『創造』の力を運び、『破壊』の力を世界樹に戻すための道なのよ。世界を一つの生物に例えるなら、地脈は身体に張り巡らされた血管のようなものよ。『創造』や『破壊』の力が流れているから、オズの力にも反応するの」


「似た力同士で共鳴するっちゅうことか?」


「それもあるし、対なる力同士でも共鳴するわ。そうね、ヒトにもわかるようにたとえると……バタフライピーの紅茶にレモンを入れると色が変わるような、そんな感じ?」


「冗談にシャレっ気が出るようになったんはええけど、わかりやすさとしてはイマイチやな。要は俺の力のせいでまためんどくさーい仕事が降ってきたっちゅうことやろ。はー、つらいわあ」


 すると、リディは黙り込んで俺の目の前に積まれた書類に視線を落とした。


「うーん、じゃあ私も手伝いましょうか?」


「……は?」


 リディは少し嬉しそうに微笑みながら書類を手に取った。


「お仕事、楽しそう。オズが普段どんなお仕事をしているのか、興味があるわ」



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