第9章:第11話
テルルから話を聞いた後、キラはティーナとテルルと共に宿屋に向かった。ネビュラの様子から、行く場所があるとすれば宿屋しか無いだろうという話になったのだ。
キラ達は緋色の空の下を駆け抜けて宿屋を目指した。ネビュラと会った直後のルルカの震えた瞳が脳裏に浮かんだ。このままではいけない。では、最善の結末に向かうにはどうすればよいのだろう。キラはそう考えながらひたすら走った。
宿屋のある通りに入った時、誰かが言い争う声が聞こえてきた。すぐにキラ達が宿屋の前へ行くと、ネビュラとゼオンの姿が見えた。
ネビュラは青ざめて立ちすくみ、ゼオンは剣を手にして宿屋に向かって何か話している。ゼオンの視線の先にあるのは宿屋の二階の窓だった。キラはゼオンに駆け寄った。
「ゼオン、どうしたの?」
「来たのか、馬鹿女。」
「ば、ばかじゃないもん! 一体何があったの?」
キラはゼオンの隣でゼオンと同じ景色を見た。二階の窓のところには、弓矢を手にこちらを睨むルルカが居た。ルルカがこんなに冷えきった瞳でゼオンを睨むのは初めてだった。
ルルカは低い声で言う。
「どうして、邪魔したのよ」
ゼオンは答えた。
「そりゃ、目の前に居た奴がいきなり殺されたりなんかしたら気分悪いだろ。反射的にこれは止めるべきだと思ったんだよ。お前こそ、どうしていきなりこいつを殺そうとしたんだ」
「今更言うまでもないでしょう。こいつは敵なの。裏切り者なの。生かしておけば何をするかわからないわ。」
「だからって仮にも村の中でいきなり殺しにかかることはないだろ。一度落ち着け」
「他人事だからって随分悠長なこと言ってくれるわね。私はこの杖をそんな奴に渡すわけにはいかないのよ。貴方はそいつに肩入れする気?」
「そんなこと一言も言ってないだろ。もう少し冷静に話し合えないのか」
「一言も言ってないですって? じゃあ聞くけれど、昨日そいつのところに行ってたらしいけど、何をしに行ったの? それにどうしてそいつはこの宿屋の場所を知っているの? もしかしてあなた、この宿屋に私が居るって教えた?」
「違う、なんでそうなるんだ。昨日こいつのところに行ったのは、お前がこの村に居るって情報を流した奴を捜すためだ。」
「本当にそうかしら? 疑わしいわ。」
「どうしてそうなるんだよ。お前、何があったんだ。何にそんなに怯えているんだ」
その言葉を聞いたルルカの目は震えていた。険悪な空気が流れる。キラにはゼオンが嘘をついているようには見えなかったが、何を言ってもルルカはこちらを突き放した。
キラはルルカに言った。
「ルルカ、何があったの? あたしなんかじゃ頼りにならないかもしれないけど、話を聞かせてほしいな……」
冷たい瞳がゼオンからキラへと標的を変えた。眼光は鋭いのに不思議と怖くは感じなかった。
「何も話すことなんてないわよ。放っておいて、お馬鹿さん。」
「じゃ、じゃあ一度落ち着いて、話せるようになったら、話してほしいな。」
ルルカは深い溜息をついた。
「聞こえなかったの? 放っておいて。」
「や……やだ!」
キラは思わずそう怒鳴った。怒鳴らずにはいられなかった。だがルルカは逃げるように窓の戸を閉めはじめた。ルルカはキラとゼオンを睨み、最後にこう言い放った。
「私は、あなたたちのようにはなれないわ……」
そうして窓は堅く閉じられてしまった。キラは肩を落として俯いた。ゼオンも黙り込んだまま動かない。最悪の展開だった。ティーナとがキラ達に駆け寄った。
「二人とも大丈夫?」
「大丈夫、あたし達は。それよりルルカが心配だよ。」
同時に、背後でテルルの声がした。
「ネビュラ様、お怪我はございませんか?」
「おかげさまで……」
ネビュラに目だった外傷は無かった。しかし、なぜか青ざめた様子でゼオンの方を見ていたのが気になった。キラはゼオンとネビュラに尋ねた。
「一体何があったの?」
ゼオンが真っ先に答えた。
「俺がこいつを捜してここに来たら、ルルカが二階から今にも矢を放とうとしてるとこだった。だから魔法で止めたんだが、そしたらこんなことに……」
「そっか……。ネビュラ様は、何のために……というより、どうしてルルカがここに来てるってわかったんですか?」
ネビュラは頑なに口を開かなかった。キラは困ってしまった。これでは何もできない。
テルルがネビュラに言った。
「ネビュラ様、私からもお願いします。何も迎っしゃってくださらないと私もお力になれません。」
ネビュラは渋々頷き、上着のポケットから一枚の紙を取り出した。
「部屋に戻ったら、これが机の上に……」
キラはその紙を手にとってみた。紙にはペルシアの家から宿屋までの地図があり、その下にこう書かれていた。
『ルルカ・E・サラサーテの居る宿屋です。少しでもネビュラ様のお力になれば幸いです。』
一体誰がこのような手紙を置いたというのだろうか。キラは何度もその文を読み返したが何も手がかりは掴めなかった。
「どういうこと……? 屋敷の誰かが置いたのかな。」
するとゼオンが言った。
「この状況で屋敷の奴らが本人に無断で居場所を教えたりしないだろ……多分。これ、今の出来事が起こるように……ルルカがこの王子の命を狙うよう仕向ける為に置いたってことは考られないか?」
「そっか、そうかもしれない……。あの『黒幕』の仕業ってこと?」
「その可能性が高いと思う。もしそうだとしたら、ルルカの方も手紙か何かで誘導されてたかもしれない。」
「確認しなきゃ、ルルカにきいてみる!」
ゼオンが頷き、キラ達は宿屋に飛び込んだ。二階への階段を駆け上がろうとした時、上から小さな影が降りてくるのが見えた。人影の正体はセイラだった。
「セイラ! どうしてここに!?」
「こんにちは、キラさん……と言いたいところですが、私に構っている場合ではないのでは? 二階に行くのでしたらどうぞ。」
「そ、そうだった。」
セイラが道を空け、キラは二階へと駆け上がった。キラはルルカの部屋の扉を叩いた。
「ルルカ、ルルカ聞こえる? さっき部屋の中に知らない人からの手紙とかあったりしなかった?」
ルルカからの返事は無かった。部屋の扉には鍵がかかっていて、入って確かめることもできなかった。
一緒についてきたティーナ達も呼びかけたが、結局どうすることもできなかった。
「どうしよう……このままじゃ……」
キラが俯いた。ティーナも心配そうに扉を見つめていた。このようなことが続けば、いつか取り返しのつかないことになりかねない。するとゼオンがセイラに言った。
「それにしても、毎度毎度お前は都合のいい時に現れるな。」
「酷いですねえ。一応私もこの宿屋のお客ですよ。私が自分が泊まってる宿屋に居て悪いですか?」
「悪くはないさ。で、何があった?」
キラはその会話を聞いてギョッとした。ゼオンの鋭い目がセイラを捉えた。キラは慌ててゼオンに言った。
「待って待って、ゼオン、まさかセイラが黒幕だって疑ってるの? そんな決めつけないでよ、セイラがそんなこと……」
途端に二人の目がこちらを向いた。
「違う」
「キラさんどこまで頭パッパラパーなんです?」
二人は冷たくそう言い放ったが、キラはなぜそんなに怖い顔をされてしまったのかわからなかった。
セイラはゼオンと話を続けた。
「先程の騒ぎは私も聞いていましたよ。ゼオンさんが私の予想以上に使えない子だったんで、私、悲しくなっちゃいました。」
「使えないって、おい、さっきのは俺が悪いのか……? 納得いかねえ……」
「悪いとは思いませんが、黒幕さんの忠実なお人形になってたことは確かでしょうね。まあ、かといって王子様が死ねばよかったとは思いませんが。」
「じゃあどうすりゃ良かったっていうんだ。」
「何が最善だったかはわかりません。ですが、このままでは良かれと思って動いても悪い方へ悪い方へと仕向けられてしまうでしょうね。」
ゼオンはぐっと黙り込んだ。キラも言い返せなかった。しかし黒幕が誰で、どこに居るかは想像もつかない。姿すらも見えない状態でどうすればいいのだろうか。
するとセイラはキラ達の間を抜けてルルカの部屋の扉の前に立った。そして扉の鍵に手をかざす。すると小さな魔方陣が宙に浮かんだ。蒼い魔方陣だった。
「さっきの騒ぎの直後、魔法の痕跡が残ってないか調べていました。そしたらありましたよ。この鍵に。」
「誰かが魔法で鍵を開けて中に入ったってこと?」
キラが尋ねるとセイラはこう言った。
「逆ですよ。閉めたんです。」
「閉めた?」
「はい。部屋の外から開いていた鍵を閉めたようです。たしかルルカさんの部屋は窓が開いていましたね? 窓から部屋に入り、手紙を置いて、この扉から部屋を出て、そして魔法で外から鍵を閉めたんでしょう。」
「んー……そんなことしてたら、ルルカだって気づくんじゃないかなあ。」
セイラはキラに背を向けたまま言った。
「ルルカさんに気付かれずにそれをやり遂げる『魔法』を使える人は…………一人、居るんですよ。」
セイラの顔は見えなかったが、心なしか声が震えているように感じた。するとゼオンが言った。
「なあ、そこまでわかったなら、言っていいんじゃないのか……?」
セイラは鼻で笑った。くるりと振り返り、ゼオンに言った。
「クスクス……ほんと脳天気ですね。まだ、足りません。ゼオンさんは先程わかったはずでは? 伝えるとは、そう容易くはないんです。」
キラはゼオンとセイラをちらちら見たが、二人とも何も教えてくれなかった。二人は黒幕に心当たりがあるらしいということは察したが、キラにはそれ以上のことはわからなかった。
ゼオンは何か諦めたように溜息をついてから、再びネビュラへと目を向けた。
「とりあえず、もう二度と変な手紙の指示に従ったりしないでください。あと、一人でルルカのとこに行くのも止めた方がいいです。」
「なんで俺が指図されなきゃいけないのかな。まあ、手紙のことは気をつけるけどさ。」
ネビュラはつんけんとそう返してきたのでキラ達は呆れた。この様子ではこれから何事も起こらずに済むことは有り得ないだろう。
するとネビュラは突然ゼオンの杖を指差した。
「ところで、それについて君に一つ言いたいんだけど、いいかな?」
ネビュラはひどく青ざめながら言った。眉間にはしわがより、目つきや立ち方に余裕が無かった。このようなネビュラの姿を見るのは初めてだ。
ゼオンは言った。
「構いませんが、何ですか?」
「その杖は、ルルカのものと同じものか?」
「宝石の色がそれぞれ違うこと以外は同じだと思います。」
「それぞれ……というと、君とルルカ以外にもそれを持っている人が居るのか……?」
「この馬鹿とティーナも持ってますけど、それがどうかしましたか?」
ネビュラは突然身を乗り出して怒鳴った。
「どうしてそんなもの、平然と持っていられるんだ! 君達その杖が何をしでかしたのか知らないのか!?」
抑えていたものを吐き出すように、ネビュラは怒鳴りつづけた。
「それは人だろうと何だろうと呑みこんで消し去ってしまう破壊の杖なんだぞ!? 君達はいつそれに消されるのかわからないってこと、わかってるのか!? つい先日のウィゼートの反乱の首謀者──サラ・ルピアだって、その杖に手足を呑まれたっていうのに、どうして──」
「ちょっと待って、どうしてそんなことまで知ってるんですか!?」
キラは思わず叫んだ。ネビュラがあの反乱の顛末やこの杖について知っていることも、そのことについてそこまで気にかけるということもおかしかった。
キラに怒鳴られたネビュラはハッと我に帰って再び黙り込む。キラはネビュラに迫り、まくし立てるように言った。
「誰が、ねえ、誰がそんなこと言ったんですか。教えてください!」
その時、ゼオンがキラを諌めるように手を肩に置いた。キラは少し俯いてネビュラから離れた。




