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ある魔女のための鎮魂歌【第2部】  作者: ワルツ
第14章:ある罪人の為の序曲
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第14章:第30話

ロアル村──そこは、俺の長い旅路の終着点だった。

そこに辿り着くことができて幸福だった──だなんて、今でも全く思えない。

世俗から離れた辺境の村。行き場を無くした者達が、寄り添い合って暮らす地……と言えば聞こえは良いが、同時に人の出入りが少ない閉鎖的な場所でもある。

それでも、初めてロアル村をこの目で見た時は希望の光を視たような気分になった。

なぜなら、その村はかつて失った俺の故郷とよく似ていたから……


「着いたね」


山を越え、森を抜け、俺とリラは村の入口へと続く道に降り立った。ここに辿り着くまでに何度もウィゼート国の兵士に追われ、戦う羽目になった。強大な力を抱えながら、「相手を殺さない」ようにするのは難しい。死人はどうにか出さないように努めたが、軽く相手をあしらおうと魔法を使用した際に予想以上の火力が出てしまい、相手に怪我を負わせたことは何度もあった。その度に頭の中で声が聞こえてくる。殺せ、壊せ、何もかも破壊しろ──この生活をいつまでも続けていると、碌なことにはならなさそうだった。


「さて、どういうことになるやろな。こんな追っかけっこ生活、はよ終わらせられるとええんやけど」


「同感だ。まずは村人たちと話をしないとね。んでまあ、オズ。あっち側と話をする前にもう一度互いの方針を確認しておきたいんだけど。あたしは、西陣と王位を争ったりすることは望んでいない。ただどこかで穏やかに生活していければそれでいい。けど、もしもこの村への移住が認められた上で、西陣がこの村を解体しようとしたらその時は……」


「全力で村の解体を防ぐ。ただし、あくまで村を護ることに協力するのであって、内戦を繰り返すつもりはない。やろ?」


「うん。それで、あんたは?」


「今更何を。俺もそんなかんじやって言うたやろ。誰とも争わず、平穏に暮らしていけるのならそれが一番ええ」


リラは僅かに俯き、小さく頷いた。


「本当にそんな都合良く済めばいいんだけどね……」


「せやな、村側がそう寛容とは限らへんし……」


「あんたのことを言ってるんだよ」


「俺?」


リラはその理由は答えずに先に村の奥へと進んでいってしまった。



「村への移住を希望している」──村人にそう伝えたところ、俺とリラは村長の屋敷へと案内された。扉を開くと、ちょうど金髪の少年が入口の広間にやってきたところだった。


「誰だ、お前たち」


「村人に移住を希望していると言ったら、ひとまずここに行けって言われてね」


すると、金髪の少年は頭を下げて丁寧にお辞儀をした。たしかに、ただの無法者とは思えない礼儀正しさだった。


「そうか。私はこの村の村長の孫、カルディス・F・サリヴァンだ。」


そう、この少年が後にロアル村の村長となり、俺に憎しみの目を向けることになるクソジジイのカルディスだ。リラは同じように頭を下げて王女らしくお辞儀をしたので、俺も帽子を取ってお辞儀をした。


「あたしはリラ。そして、こっちがオズ・カーディガル」


「ふうん。リラ、姓は? なぜそちらの男の姓は伝えておいて、自分は姓を伏せるのだ?」


カルディスは厳しい目つきで指摘した。リラは一瞬黙り込んだあと、すぐに訂正した。


「ああ、たしかにね。すまない、リラっていうのは、昔の友に貰った愛称だ。本名は、アルフェリラ・エスペレン」


その名前を聞いた途端、カルディスの表情が凍り付いた。


「……エスペレン……ってことは、ウィゼート国の王女か? その方が、移住を希望すると?」


「そうさ。村長に取り次いでもらえるかい? ちょいと話がしたくてね」


「…………わかった。爺様に伝えておこう。ルイーネ。客人を応接室に案内してくれるか」


すると、カルディスの背中から、白髪の小悪魔の少女が顔を見せた。……だが、すぐに震えあがって顔を引っ込めてしまった。


「あの……カルディス。初めての方に私は……その、怖がられるのでは」


「大丈夫だ。もし文句を付けてきたら私が怒ってやる」


ルイーネは小さく頷くと、ふわふわと空を飛んでこちらに近づいてきた。一見すると「怖がられる」要素などどこにも見つからなかったが、ルイーネの影から飛び出してきた魔物──ホロを見た瞬間、ルイーネが何を怖れていたのか理解した。


「あ、あの……大丈夫です。取って食べたりしませんので。こちらにどうぞ」


蛙のようなヌルリとした身体に紅い目玉が無数に埋め込まれた巨体が屋敷の奥へと進んでいく。俺もリラも、気になることは山ほどあっただろうが、黙ってルイーネの後へと続くことにした。



先々代のロアル村の村長は、カルディスとよく似ていた。良く言えば村のことを第一に想っている、悪く言えば保守的な人物だ。だが、それでも最終的に俺とリラの移住を認めたあたり、カルディスよりは考え方が柔軟だったのかもしれない。

こちらの考えと、移住希望の旨を伝えたところ、村長は険しい顔で言った。


「……なるほど、たしかにお前たちを受け入れようと受け入れなかろうと、いずれこの村は国に取り潰されるじゃろう。君たちの移住を認めれば、国に対抗するカードができるというわけじゃ。君たちの言い分はわかった」


「そうだ。私達は、ただ穏やかに暮らしていける場所を探しているだけさ。あなた方が村の一員としてあたしらを受け入れてくれるのなら、あたしたちはこの村に危害を加えるようなことはしないし、この村を守るために全力を尽くすよ。だから……お願いします」


リラは深く頭を下げて村長に頼み込んだ。村長はリラをじっと見つめた後、俺の方へと視線をずらした。


「話は変わるが……お二人はどういうご関係かな?」


「オズと? ああ、逃亡中にたまたま出会った。互いが置かれてる状況も目的も近かったんで、一緒に行動してた。そんなかんじだよ」


「ほう。オズと言ったのう。君はどう捉えておる?」


村長はリラよりも俺に興味を持ったようだった。不審に思いながらも、俺は正直に答えた。


「俺も同じ感じやけど。利害が一致したから共に行動してた。それだけやで」


「なるほど……」


当時の村長はカルディスよりも食えない奴だった。表面上は柔和な顔をしているが目の奥は笑っていない。──こちらの提案に素直に乗ってはくれなさそうだ。すると村長は傍らで話を聞いていたルイーネに何か耳打ちした後、俺たちにこう言った。


「話はわかったが、この場ですぐに答えを出すのは難しくてのう。数日、時間をくれんか。勿論、その間寝泊まりする場所はこちらで用意する」


たしかに即答できる事柄ではないだろう。俺とリラはひとまず相手の提案に乗ることにした。


「ありがとう。ではルイーネ、お二人を客室に案内してくれるか」


「承知しました」


そう言うと、ルイーネは数体のホロを呼び出して部屋を出た。俺たちがルイーネの後についていくと、階段が見えたところで、ルイーネが俺たちに声をかけた。


「リラ様はこちらのホロについて行ってください。オズ様は私がご案内します」


「俺とリラで部屋の階が違うんか?」


「リラ様は女性の方ですから、別々のお部屋のほうが気を遣わずに済むと思いますので」


ルイーネの提案自体に疑問を投げかけたり、反論をするつもりは無い。たしかにリラは女性なので部屋を分けるのは当然だ。だが、その時のルイーネの表情にはやや焦りが見えた。


「ちなみに……俺の部屋は何階で、リラは何階?」


「……後ほどお伝えします」


この一言で、この村が素直にこちらの提案を呑むことはあり得ないと確信した。ルイーネは疑問を挟む余地を与えず前を進んでいく。俺がリラに横目で「気をつけろ」と合図を送ろうとしたところ、ホロが間に入り、リラを急かした。


「ほら、オズさんも、お部屋はこちらです」


ルイーネは少し申し訳なさそうに笑って手招きする。これが、俺とルイーネの出会い。この先50年も振り回したり騙されたりを繰り返すことになる相棒との邂逅だった。



翌朝、朝食の時間になると再びルイーネが部屋にやってきた。


「おはようございます、オズ様。昨日はよく眠れましたか?」


神の血を吸って以来、殆ど眠ることができない身体になっていたのだが、ここは笑顔で適等に流した。


「それより、オズ様オズ様ってなんや気色悪いな。オズでええで」


もちろん、「気色悪い」のは「オズ様」という呼び方そのもののことではなく、こちらに対して明らかな悪意や敵意を持って接しているのにもかかわらず、妙に礼儀正しく接しようとするところが気色悪いという意味だ。


「でも、お客様に失礼な態度で接するわけにもいきませんので……では、『オズさん』でどうでしょうか?」


「ま、ええんとちゃう? で、用件は?」


「朝食をお持ちしました」


俺は「へえ」と苦笑いした。「お呼びしました」ではなく「お持ちしました」ということは、つまり「ここで食え」という意味だ。


「なるほど、お前ら、俺とリラを会わさへんつもりやな?」


はっきりと俺が指摘したところ、ルイーネは笑顔を崩さずに答えた。


「そんなつもりはありませんよ。ただ、こちらの返答が決まる前にお二人に何か企てられても困りますので。それよりも……」


明らかに話を逸してきた。だが「何か企てられると困る」という部分は引っかかる。8割本音、2割まだ含みがあるといった印象だった。


「朝食についてなのですが、オズさんは吸血鬼族なんですよね?」


「せやな」


神の血を吸って以来、食事によるエネルギー補給は殆ど必要ない身体になっていた。だがリラが「あんた飯は? 食わなきゃダメだよ!」とうるさいので、一応神の血を吸う前と似たような食事を取るようにしていた。


「実は、吸血鬼族の方用の血液って住民の為のほんの僅かな分しか無いんですよ。ですから、吸血鬼用栄養剤でも構いませんか? すみません、本当ならきちんとした食事が取りたいとは思うのですが……」


「…………吸血鬼用栄養剤?」


この時、初めて俺は吸血鬼用栄養剤の存在を知った。ポカンとした顔をしている俺を見て、ルイーネは首を傾げながら錠剤が入った瓶を出した。


「え……? はい、吸血鬼ならご存知です……よね?」


「知らへん、なにそれ……」


「え!? だ、だって、それ無かったら食事できる機会、かなり限られませんか? 吸血鬼から血を吸われるのを嫌がる方も多いですし……」


「血を吸わなくても栄養補給ができるってことか?」


「はい」


俺は目玉が飛び出そうな勢いで小瓶を凝視した。話を聞いた感想は「天才なのか?」だ。昔、死ぬほど苦労していた血の確保の問題がこの瓶一つで解決できる。


「なあ、一応……一応聞いておきたいんやけど、この時代って、これ常識? 普通に流通しとるんか?」


「まあ、多少高価ですけど、吸血鬼の方は普通に手に入れて使用してると思いますよ」


時代の変化ってすごい。文明にありがとう。世界に感謝。これが元の時代から云万年後の世界にやってきて一番嬉しかったことだ。


「天才なん……天才なんか……?」


「え、この栄養剤で感謝されたの初めてなんですけど……」


だがその直後に思い出す。そもそもこれをくれたこの村は、俺とリラを引き離し、どす黒い陰謀を企てているクソ野郎共だった。


「いや、待て。実は栄養剤と言っておいて堂々と毒飲ませようとしとる可能性も……」


「は? しませんよ! あまりにも堂々としすぎじゃないですか! しないですよ!!」


「嘘やー、俺は騙されへんで! そんな嘘みたいな発明あるものか! 世界が俺を騙そうとしとるー!」


「人聞きの悪いこと言わないでください! そ、そんなに信用ならないなら、この村の吸血鬼族の住人を呼んで証明しましょうか?」


実はもう多少の毒なら効きづらい体になっていたのだが、俺はわざと大袈裟に怒鳴り散らした。


「俺はまだお前らのこと信用してへんからな! リラや、リラ呼んでこい! あいつがコレがこの時代の常識やって証明せえへんと、俺は飲まへんからなあ!」


「うわーん、カルディスー! お客様が朝食を頂いてくれませーん!」


俺は地団駄を踏んで怒鳴り散らし、ルイーネは大声を出しながら部屋から飛び出していった。



しばらくすると、大量のホロに囲まれたリラとルイーネが部屋にやってきた。リラは部屋に来るなり眉間に皺を寄せながら一発凸ピンを食らわせてきた。


「あのさあ……こんなことで迷惑かけないでほしいんだけど……」


「ええから答えろ。吸血鬼用栄養剤て、この時代の常識か?」


「常識だよ。たしかに逃亡中はそれを手に入れるどころじゃなかったけどさあ」


「世界は俺を騙そうとしてへん?」


「してないしてない」


それを聞いてから、ようやく俺は栄養剤を3錠手に取って、水で流し込んだ。それを飲み込んだ途端、神の血を吸ってからずっと湧き上がってきた「殺せ」という衝動が少しだけ和らいだ。これは自分の身体にとって害ではない。そう確信した。


「騙してた?」


「騙してへんかった」


「そりゃよかった。じゃ、あたしは部屋に戻るからね」


そう言って去る間際、リラが袖口に小さな紙を滑り込ませてきたので、こちらからも小さい紙をリラの手の中に押し付けた。


「ほら、お嬢ちゃん。あたし戻るから。ついてこなきゃいけないんだろう?」


そう言って、リラは再びルイーネと大量のホロを連れて去っていった。二人の姿が見えなくなってから、早速袖口に入っている小さな紙を取り出した。


「おはよう。こっちは特に危害を加えられたりもしてないし、ひとまず無事だよ」


その文面を見て、俺は素直に安心した。


「ただ、こっちからあんたの部屋に行こうとしたらあのホロって生き物に邪魔された。あいつ、身体を透明にしたり分裂したりできるみたいだ。あたしらを極力会わせないよう指示されてるみたいだね。一応、部屋の場所だけ教えとくよ。階段を二階まで降りて、左手の突き当たりの部屋だ」


こちらの部屋は階段を四階まで上がり、右手の突き当たりの部屋だ。正に真反対の場所に置かれたようだ。先程リラにこちらの部屋の場所も渡したので、何かあった場合は適等に騒いでくれればこちらから助けに行けるとは思うが──ここまで警戒が強いと、今後も何か不味いことが起こりそうな予感がした。

その時、外が急に騒がしくなった。村人たちが村の入り口に向けて走っていく。中には武器を手にしている者もいた。これはただ事ではない……そう思った時、再びルイーネが部屋に入ってきた。


「あの……オズさん。さっき、村の入り口にウィゼート国の使者の方が来てまして……リラ様とオズさんを出せと要求してます……」


チッ、と舌打ちをする。予想以上に追手が早く着いてしまった。


「それで、村側はどう対応する気や?」


「それをこれから1階で話し合う予定です。あの、しばらく部屋から出ないでくださいね……」


そう言うと、ルイーネはそそくさと部屋から出て行った。たしかに、下手に部屋から出て国の使者と鉢合わせになると何が起こるかわからない。だが、俺がリラと離されている状況がどうにも引っかかる。自分やリラが関わる話なのに、自分たちだけが話の場からバラバラに遠ざけられている──この状況に違和感を感じながらも、話が終わるまで部屋で待ち続けた。



数時間後、再びルイーネが部屋にやってきた。


「オズさん、お待たせしました。お話が終わりましたよ」


「んで、どうなったんや」


「結論から言いますと、今日すぐに国にオズさんたちを引き渡すようなことはありません」


「へえ、なんでそんなことできるんや」


ルイーネは少し俯いて黙りこみ、震えた声で言った。


「それは、その……あの、オズさんたちの移住を認める代わりに、リラさんを東陣の代表としてウィゼート内戦の講話条約を結ぶ。その中に、お二人の今後の扱いについても載せよう……という方向で話が進んでいるからなんですよ」


耳を疑った。リラに東陣の代表の役割が務まるはずがない。逃亡中に話を聞いた限り、東陣を指揮していたのはあくまで彼女の兄であり、リラ自身はあくまでスカーレスタで暮らしていただけのお姫様だ。それが東陣が壊滅したからといっていきなり代表に据えるのはあまりにも横暴だ。代表が勤まらないどころか、代表を支えるだけの臣下もいない状況だ。下手な傀儡政治のほうがまだ良心的なレベルの要求だった。


「その話、リラは同席してたんか? ……しとるわけないよな?」


「はい。リラ様にはオズさんと同じようにお部屋で待っていただいてましたので……。けれど、いずれリラ様には話に参加していただくことになるのではないかと」


「その話、俺は参加できるんやろか。……これまでの扱いを見る感じ、参加できひん流れになりそうやな?」


「はい……オズさんはその、国土に甚大な被害を及ぼした危険な兵器という扱いになってますので……」


ボスッと鈍い音が響く。怒りで何度もベッドを殴る。ルイーネはそんな俺の様子を口を噤んだまま、諫めもせずに見つめていた。


「よーしわかった。これは大人しくしたらあかんってことやな。わかりやすくて何よりや」


俺が指をボキボキ鳴らしていると、ルイーネが小さなホロを俺の頭にぶつけてきた。


「困りますよ! もし村長たちに危害を加えるようでしたら、私が相手になりますからね!」


「おお、威勢の良い奴やな。せやけどまあ、今すぐ村をブッ壊したりはせえへんから安心しろ。俺はただ、リラを話に加えさせるのであれば俺も入れろって、そう言いたいだけやねん。なあ、お嬢さん。ほんとのところ、お前もこの流れに納得いってへんのやろ?」


俺はルイーネの両手を指でつまむと、ニヤリと笑って問いかけた。


「なあお前って何者なん? なんや、あいつらの使いっぱしりさせられとるみたいやけど、お前ほんとはあいつらなんて尻の下敷けるだけの力があるんとちゃう?」


そう言うと、ルイーネの目つきが冷えた。背後でホロが大きく口を開ける。


「……そうかもしれません。ですが、私は人と共に生きていくためにむやみに力を行使しないと決めたのです」


「人に怖がられるからか? 文句一つ言えへん関係のどこが『共に生きている』って言えんねん。まあ、力使わへんのは勝手やけど、かといって物も言えへん奴隷同然の状態で落ち着いててええほど、お前の器は小さないはずやで?」


「もしかして……私を買収しようとしてます?」


その時、扉をノックする音がした。


「そこまでだ」


その声と共にカルディスが部屋に入ってきた。ルイーネはすかさず俺の手を振り切ってカルディスの腕にしがみついた。カルディスは冷たい目でこちらを睨みながら踵を返して去っていく。


「お前の言う事はわからないでもない。ルイーネ、お前は仮にも『女王』なのだから、もっと堂々と振る舞うべきだ。そこは同意する。だがな、ルイーネにおかしなことを吹き込むのはやめろ。いいな」


扉が重い音を立てて閉まる。二人が去った後、俺は窓から外を覗いた。2階の端の部屋のカーテンは固く閉ざされており、手も声も届きそうになかった。



それから数日間、国と村との話し合いは続いた。その間、俺は碌に外を出歩くこともできず、殆ど軟禁状態だった。「もうこの村も国の使者もブッ潰して逃げたほうがいいのではないか?」と何度も考えた。きっと、メディが俺の立場なら迷わずそうしただろう。リディだったら、誰か他人に村を潰させただろう。だがそのたびギリギリのところで思いとどまった。封印が解け、地上に降り立った時、周囲に散らばっていた遺体を思い出す。──あんなことのために、力を欲したわけではなかった。

ならばせめて、無理矢理リラの部屋まで殴り込んで、どう話をしていくかの相談だけでもするか──そう考えながら窓際と扉の前をうろうろしていた時、扉をノックする音がした。

ルイーネが扉の隙間から顔を出した。


「あのぅ、オズさん?」


「なんや、どないしたん?」


「あのー、ちょっと、廊下をお散歩しませんか?」


俺は「はぁ?」と声をあげる。あまりにも怪しい言動だった。すると、背後からカルディスの声がした。


「出るのか、出ないのか、どっちなんだ。もうすぐ姫が1階に連れていかれると思うが?」


「はぁ!?」


即座に部屋から飛び出した。だが、その直後、この二人の行動がおそらく当時の村長の意志に反しているということに気づく。


「どういうつもりなん?」


ルイーネはカルディスの頭の上でもじもじしながらこう答えた。


「あのですねー、昨日オズさんが言ってた『力を使わないのは構わないけれど、文句一つ言えない関係は共に生きていると言えない。それは奴隷同然の状態だ』というの、確かにそのとおりだと思ったんですが……それって、オズさんにも言えることだなぁと思いまして」


俺は引き攣った笑顔を浮かべた。なるほど、このチビ女、こちらが本性のようだ。だが、オドオドしたまま使用人みたいな態度でいるよりかはこちらのほうが良いと思った。すると、カルディスがこう付け足した。


「勘違いするなよ。正直、話は村側にとって不利に進んでいる。お前の乱入で事の流れが変わるならと思って手を貸しただけだからな」


「ほら、オズさん。お話の場はこちらですよ」


ルイーネの案内で1階まで降りたところ、武装した兵士が何人も集まっていた。兵士はルイーネやカルディスを見るなりワァワァと文句を付けていたが、ルイーネが「『紅の死神』様をお手洗いにご案内するところでして」と大嘘をついて俺を紹介したところ、兵士たちはピタリと黙り込んだ。そして、会議が行われる部屋の入口まで辿り着くと、カルディスが部屋をノックし、扉を開いた。


「何者だ?」


国からの使いと思しき初老の男性が低い声で言った。部屋の中には村長と数名の村人、テーブルの向かい側には使者の男性と護衛の兵士が5名ほどいた。そして、一番入口に近い席でリラが一人ポツンと書状を見つめていた。


「失礼します。『紅の死神』、オズ・カーディガル殿をお連れいたしました」


すると、初老の男性が眉間に皺を寄せる。


「彼が同席する必要は無いと言ったはずだが?」


するとカルディスは初老の男性ではなく、村長のほうへと視線を向けた。


「ですが爺様、彼もこの件の関係者であるのなら、同席する権利はあるはず。それにこれだけの大人がアルフェリラ姫一人を囲んで決断を迫るという状況はあまりにも酷ではありませんか。一人でも見知った顔がいたほうが、姫も冷静な判断が下せるのではないかと思うのですが」


村長は険しい表情で考え込む。顔色があまり良くない。村側としても、あまり状況は芳しくないようだった。


「そうじゃな、たしかに一理ある。いかがかな、彼にも同席してもらうというのは」


「ふざけるな。奴がどれだけの凶悪犯かは説明したはずだ。暴力を盾にどんな世迷言を言い出すかわからないだろう。この場で我等全員を皆殺しにする可能性もある」


「おや、面白いことを言いますのう。何やら彼のことを意思疎通のできない怪物だと言っているように聞こえますが、儂はそうだとは思いませぬ。彼にも理性があるということは、これまで彼がアルフェリラ姫と共に行動してきたという事実を見ればおわかりになるでしょう。まあ、いざとなれば……アルフェリラ姫がきっと、彼を止めてくれると儂は信じております」


俺はまた引き攣った笑みを浮かべた。この村長は本当に狡い。つまり、「極端に出しゃばった真似をすればリラを盾にする。もし紅の死神がこの場で全員を皆殺しにするようなことがあれば、それはリラの責任となる」と言いたいのだろう。出過ぎた真似をすれば全てリラを盾にされ、許容範囲内の行動で済ませれば全てこの村長の思い通りに事が進むところが大変面白くないところだ。だが、ひとまずこれで話の場に立つ権利は得ることができた。


「寛大なお心遣い感謝いたします。ほな、まずは自己紹介させていただきますか。俺はオズ・ガーディガル。よろしゅうたのんます」


そう言ってお辞儀し、早速リラの隣の席へと腰掛けた。


「全く無茶をする……助けにでも来たつもりかい? 余計なお世話だよ」


「よう言うわ。もうちょい素直に礼を言う気とか無いんか。んで、内容は?」


俺がリラと小声で話しながら書状の中身を確認しようとすると、初老の男性が苛々しながら言った。


「中身を見る必要は無い。どうせ、あとは王女にサインさえ貰えば済む話だからな」


やはり、乱入しておいて正解だったようだ。話は国と村の間だけで進め、内容が決まったらリラを呼び、サインだけ貰う。悪質極まりない方法だ。


「そら、なおさらちゃんと確認しとかへんと困りますなあ」


俺は相手によく聞こえるように声をあげて、リラと書状の内容を読み始めた。旧東ウィゼートの支配下にあった地域は西に併合されるなどの領土問題はひとまず置いておく。こちらに領土を支配・管理する力は無いのだから、好きにさせればいい。問題は俺とリラの扱いだ。俺はウィゼート南部の島に幽閉され、国の監視下に置かれる。一方、リラは国に引き渡されて処刑……と書かれていた。


「だからさ、あんたに監視を付けるのならばこの村でもできることだろ。そこんとこの条文だけ変えてくれないかって頼んでたとこだよ」


リラが少し目を逸らしながら言う。


「ふーん。んでお前、自分の扱いのところの抗議、した?」


「…………」


「ははぁん、お前にしては殊勝なことするんやな。なんや、『姫がこちらの要求を呑めば連れの方だけは助けてやろう』みたいなド定番の騙し文句とか言われたん? あかんで。己の未来を潰そうとする奴は、殴って殴って殴りまくらなあかん」


俺はドンと両肘をテーブルに叩きつけ、国側を威圧する。おそらく、国の圧倒的な武力を盾にリラも村も黙らせようとしていたのだろうが……残念、武力による威圧勝負ならこちらのほうが上だ。


「さあ、リラ。徹底抗戦の時間やで。あ、俺の知識足らんとこは補ってな。互いの未来、ぶん取ろうやないか」


そこからは半ばいちゃもんのつけ合いだった。まずはそもそも条約の内容を当事者以外の人々が勝手に決め、サインだけを王女に迫るという行為そのものが王族に対する無礼千万だというところから始まり、これまでのウィゼート国の歴史の中でも争いを直接指揮していたわけでもない王族がいきなり処刑された前例は無い、せいぜい保護観察がいいところ……と俺がリラに歴史の内容を確認しながら告げたところ、リラが同じく前例が無いとの理由で俺のウィゼート南部の島の幽閉という部分の撤回を求めた。俺がリラに理由を尋ねたところ、ウィゼート南部の島はエンディルス、デーヴィアとのにらみ合いが激しい地域だという。そこに幽閉するということは俺を周囲の国に対する抑止力としての兵器として使用するということだ。リラがそう言うのに合わせて俺は「うわー、ご立派な大国ウィゼート国が個人の人権を蔑ろにしてええんやろかー、品位が問われるわー、他国に示しがつかへんわー」とわざとらしく騒ぎ立てた。すると村長が「このようにオズ殿は正義感の強い人物ですので、リラ殿が処刑されると国への報復を考える可能性も……」と話し始め、ロアル村での保護観察という手段を取った場合のメリットとデメリット、またデメリットに対する対策を……と話が続いた。要するに、全身全霊で国からの一方的な要求をぶち壊しにかかったわけだ。

こちらからの猛反発を喰らった国側は顔を真っ赤にして怒り狂い、内容を書き直しながら俺の顔をじっと睨みつけた。


「なるほど……『紅の死神』殿がこれほど人間味に溢れ、姫様の身を案じるような思慮深さをお持ちだとは思わなかったな」


そう言うと、国側は改めて書状を突きつけてきた。内容はこう変更されていた。

「アルフェリラ・エスペレン、オズ・ガーディガル両名はロアル村にて無期限の保護観察処分とする。また、オズ・ガーディガルは村内にて他者を攻撃する意図のある魔法の使用を全面的に禁止する」

保護観察付きとはいえ、この村で暮らしていくことが認められたのだから、先程よりはかなりこちらの要望に近い内容となっただろう。あと気になる点といえば……


「俺はともかく、リラの保護観察が無期限である理由は?」


「敗戦側の姫とはいえ、アルフェリラ様は現国王様の妹君であらせられるからな。その地位を利用して反逆を企てる心配がなくなるまでは監視が必要だろう。もちろん、今後の状況によっては期間短縮も検討しよう」


「ふーん……それと、保護観察期間中の待遇については?」


「そこについては村長殿の采配にお任せしよう。この村の内部のことについて、我らの口出しが認められるとは思えないのでな」


俺は笑顔で座っている村長に視線を向ける。つまり、ここから先はそっちで殴り合えということらしい。国側は俺やリラではなく、村に対して何か賭けを仕掛けようとしているようだった。村長は柔和な笑顔を崩さずに言った。


「構わん。ロアル村としてはこの方向で問題ない」


「承知した。だが、こちらも当初予定していた内容から大分変更があったのでな。一度今回の話し合いの内容を持ち帰り、再度サインを貰いに伺おう」


「承知した」


今回の話はそこで終了となり、国側の使者と村長は握手をして解散となった。使者団を見送った後、部屋に残されたリラは俺に言う。


「……まあ、一応礼は言っとくよ。ありがとさん」


「らしくないやないか。また余計なお世話やいうて頭蹴られるかと思っとったけど」


「あたしだって、命を救われておいて礼の一つも言わないほど恩知らずじゃないんだよ」


「おお怖。我が身可愛さに会談ぶち壊しにきたらジャジャ馬姫にお礼言われてもうた。明日は真っ赤な雪が降るかもしれへんなあ」


「全く……やっぱ歪んでるねえ、あんたは」


そう言うと、リラは立ち上がって自分の部屋へと戻っていった。小さな背と凛とした横顔。そのささやかな未来が失われずに済んだだけでも今は良しとしよう。この程度のことで、自分の罪の償いにはならないとしても……。

その時、再び部屋の扉が開き、村長が中に入ってきた。


「お疲れ様、オズ。まずは我が村の窮地からの脱出に手を貸してくれたこと、感謝しよう」


「……俺は、村を護ったつもりはないんやけど」


「いや、最初の内容のままじゃと、君と姫が国に引き渡された後、すぐに別件扱いでこの村は大罪人を多数匿った罪を指摘されて解体されたじゃろう。『移住を希望する代わりに、この村が危機の際には全力で村を護る』……君たちの意志が本物であることは伝わった。改めて、村への移住を認めるとしよう……君がもう一つ、こちらのお願いを聞いてくれればじゃが」


「お願い?」


すると、村長は一度扉の外を確認し、聞き耳を立てている者がいないか確認した後、俺にこう言ってきた。


「君、とても強大な魔力を持っているんじゃろう? 時々でかまわんから、ルイーネに魔力を分けてやってほしいのじゃ。血液数滴分で足りるじゃろう」


「別にかまへんけど……なんでや?」


「これから、国とこちらの共存の条件が一つできるとなると、餌が足りなくなる可能性があるからのう。詳しくは彼女に直接尋ねてみるといいじゃろう。君の監視にはルイーネを付けるつもりじゃからな」


餌……そういえば、カルディスも「女王」と気になることを言っていた。魔物ホロを操る点といい、初見からルイーネのことはただの小悪魔とは思えないと感じていた。俺がルイーネの正体を知るのはもう少し先の話になる。


「ところで、改めて聞くのじゃが、アルフェリラ姫とはどういうご関係かのう?」


「それは、前にも言うたはずやけど。たまたま目的が一致したから一緒に行動してただけやで」


「それも間違いではないのかもしれぬ。じゃが、ここ数日の君たちの動向を見て確信した。君たちが共に来た理由は、君の方にあるのじゃな」


「……何が言いたい?」


すると、村長は蛇のように細い目を見開き、嗤いながら言った。


「『紅の死神』──オズ・カーディガルよ。君はアルフェリラ姫を横暴な国の使者から護り通したつもりかもしれん。じゃが、そもそも君がウィゼート国の三分の一を吹き飛ばすという出来事を起こさなければ、彼女は自らの居場所を失うことも、国から追われることも、この先保護観察という立場でこの村に縛り付けられることもなかった。彼女から全てを奪ったのは君だということを、ゆめゆめ忘れんようにな」


その一言は、思いのほか胸に深く刺さった。自分の腕に爪を立てる。マオと同じくらいの背丈の少女。もしも、あの出来事が起こらなければ、彼女は今も暖かい城で家族と共に暮らしていたかもしれない。華やかな街の中を歩き、友達と共に笑い合っていたかもしれない。そんな生活を紅に染め上げ、不幸をもたらした死神は紛れもない自分自身だ。俺は多くの未来を奪った両手を見つめて黙り込む。そんな俺を見て、村長は言う。


「……その表情ができるのなら、君はこの村に来る資格があると言えるじゃろう。さて、明日からは君たちの移住の準備をしていかんとな。ようこそ、ロアル村へ。ここでは罪を犯した者にもやり直しの機会が与えられる。だが、犯した罪を消してやるつもりも甘やかすつもりもない。君が己の罪を悔いているのなら──その身が朽ちるまで、その罪と向き合うことじゃ」


狡い村長は部屋の扉を開き、遠くの窓から射しこむ茜色の太陽を見せる。そこにはいつか滅びた故郷とよく似た村の景色が広がっていた。


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